ライトSFP#13: 三ヶ月免許
ゴールドではないのは、いつものことだった。
⾊は⻘だった。
だが、その下に書かれている数字を⾒て、男は⽬を疑った。
《有効期間 三ヶ⽉》
「間違いじゃないのか」
男は窓⼝の職員に免許証を突き返した。
「いいえ」
職員は画⾯を確認した。
「今回の有効期間は、三ヶ⽉です」
「三ヶ⽉?」
「はい」
「普通は三年だろう」
「違反履歴によって、有効期間が短縮されています」
男は⿐で笑った。
「違反なら、罰⾦を払った」
「確認しています」
「全部払った。それで終わりじゃないのか」
「罰⾦は、違反した⾏為に対するものです」
職員は免許証を男の前へ戻した。
「免許期間の短縮は、これから安全に運転できるかを確認するためのものです」
男は免許証を⼿に取った。
これまでにも、速度超過や⼀時停⽌違反で何度か捕まっている。
駐⾞違反も少なくない。だが、⾦を払えば済む話だと思っていた。
実際、これまではそれで済んでいた。
「三ヶ⽉後に、また更新するのか」
「更新基準を満たしていれば、更新できます」
「そのときは三年に戻るんだな」
「いいえ。次も三ヶ⽉です」
男は顔を上げた。
「何回続くんだ」
「安全運転の実績によります」
「曖昧だな」
「⼈によって異なりますので」
職員は更新期間の⼀覧を画⾯に表⽰した。
通常は五年または三年。
違反の内容と回数に応じて、⼀年、六ヶ⽉、三ヶ⽉のいずれかが適⽤される。
改善が⾒られれば、少しずつ期間が戻る。
再び重⼤な違反をすれば、さらに更新条件が厳しくなる。
「三ヶ⽉ごとに、ここへ来いというのか」
「はい」
「⾯倒だな……」
男は免許証を財布へ⼊れた。
「更新料はいくらだ」
「四千⼆百円です」
「それくらいなら、毎⽉でも払える」
職員は何も答えなかった。
三ヶ⽉後、男は免許を更新した。
違反はなかった。だが、有効期間は、また三ヶ⽉だった。
さらに三ヶ⽉。
その次も三ヶ⽉。
制度は、数ヶ⽉の無違反だけで、それまでの違反履歴を消してはくれなかった。
男は腹を⽴てたが、更新料を払い続けた。
⾃分には⾦がある。
三ヶ⽉に四千⼆百円程度なら、痛くもない。
やがて男は、以前と同じ運転へ戻った。
制限速度を超えた。
⻩⾊信号で加速した。
交差点の直前で⾞線を変えた。
そのたびに警告が届いた。
だが、事故は起こしていない。
男はそう考えた。
ある夜、再び速度超過を検知された。
翌朝、免許管理局から通知が届いた。
《危険運転警告が基準回数を超えました》
《次回の更新には、遠隔運転監視装置の設置が必要です》
男は管理局へ電話をかけた。
「監視装置って何だ」
「速度、⾞間距離、急加速、急ブレーキ、信号の通過状況などを記録する装置です」
「ずっと監視されるのか」
「運転中のみです」
「拒否したら?」
「免許は更新できません」
男は⾆打ちした。だが、⾞に乗れなくなる⽅が困る。
数⽇後、⾃宅の駐⾞場へ作業員が来た。
運転席の下へ記録装置を取り付け、フロントガラスの上部に⼩さな監視ユニットを固定した。
作業員はエンジンをかけた。
⾚かったランプが、数秒後に緑へ変わった。
それを確認すると、⼯具をケースへ戻し、無⾔で帰っていった。
男は運転席に座った。
緑⾊のランプが、⾃分を⾒ているように感じた。
最初の数⽇は、慎重に運転した。
速度を守り、⻩⾊信号では⽌まった。
⾞間距離も⼗分に取った。
だが、すぐに窮屈になった。
後ろの⾞に追い越される。
⽬的地へ着く時間も、以前より遅くなる。
何より、⾃分の⾞なのに好きに⾛れないことが気に⼊らなかった。
ある⽇、前の⾞が遅かった。
男は⼀気に追い越した。
監視ユニットのランプが⻩⾊く点滅した。
《危険な⾞線変更を検知しました》
⾳声が流れた。
「うるさい」
男は装置を指で叩いた。
その直後、信号が⻩⾊に変わった。
男はアクセルを踏み込んだ。
交差点へ⼊る直前、信号は⾚になった。ランプが⾚く変わった。
翌⽇、通知が届いた。
《免許効⼒停⽌期間 六ヶ⽉》
男はすぐに管理局へ向かった。
「事故は起こしていない」
窓⼝で声を荒らげた。
「今回は、重⼤事故につながる可能性の⾼い運転が記録されています」
「可能性だろう」
「はい」
「実際には、誰もけがをしていない」
「誰かがけがをしてからでは遅いためです」
男は机を指で叩いた。
「罰⾦なら払う」
「罰⾦の問題ではありません」
「いくらだ」
「免許は、本⽇から六ヶ⽉間、効⼒を停⽌します」
「⾦ならある」
「存じています」
職員は静かに答えた。
「だから、⾦額では⽌められないと判断されました」
男は何も⾔えなかった。
その⽇から、男はタクシーを使った。
会社へ⾏くにも、買い物へ⾏くにもタクシーを呼んだ。
⾦はかかったが、払えない額ではなかった。
運転⼿へ⾏き先を告げれば、あとは座っているだけでいい。
「これなら、免許なんていらないな」三ヶ⽉後、男は経理担当者へタクシー代の明細を渡した。
「交通費として処理しておけ」
経理担当者は明細を確認した。
「六⼗⼆万円です」
「そうだ」
「以前の免許更新料は、三ヶ⽉で四千⼆百円でしたね」
「⾦額の問題じゃない」
「そうですね」
「⾃分の⾞なら、好きなときに乗れる」
経理担当者は答えなかった。
六ヶ⽉が過ぎた。
男は管理局へ向かった。
再交付された免許証の有効期間は、三ヶ⽉だった。
遠隔運転監視装置の使⽤も継続される。
「まだ三ヶ⽉なのか」
「安全運転の実績がありませんので」
「この六ヶ⽉、違反はしていない」
「運転していませんから」
男は黙った。
それからは、以前より慎重に運転するようになった。
初めは、免許を失わないためだった。
速度計を何度も確認した。
⻩⾊信号では⽌まった。
前の⾞との距離を取った。
少しでも監視ユニットのランプが変化すると、背中に⼒が⼊った。
だが、数ヶ⽉が過ぎるころには、運転そのものが変わっていた。急がなくなった。
無理に追い越さなくなった。
歩⾏者が横断歩道へ近づけば、早めに⽌まった。
以前なら腹を⽴てていた遅い⾞にも、距離を取ってついていった。
免許は、六ヶ⽉になった。
その後、⼀年になった。
ある⽇、男は信号待ちをしていた。
隣の⾞線に、派⼿な⾼級⾞が⽌まった。
若い男が運転している。
信号が変わる直前、若い男は⾞を前へ出した。
⻘になった瞬間、勢いよく発進した。
男の⾞を追い抜き、制限速度を超えて⾛り去った。
次の交差点で、その⾞は取り締まり⾞両に⽌められていた。
後⽇、免許管理局で、男はその若い男を⾒かけた。
若い男は窓⼝で怒鳴っていた。
「たった⼀回だろ」
職員が何かを説明している。
「罰⾦なら払う」
若い男は財布を取り出した。
「⾦ならある。
何度でも払える」
男は⾃分の免許証を⾒た。
有効期間は、ようやく三年になっていた。
若い男の横を通り過ぎながら、男は⼩さく⾔った。
「だから短くなるんだよ」
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