絶望の底からどうやって立ち直ったか【実践編】──絶望の底からの回復はこう設計した──
この問題は、実は根が深い。
ひとつずつ解決していくようなものではない。
どこか一箇所でも崩れると、
簡単に、元の闇に引き戻される。
経験した人なら分かると思う。
「心の病」は、そんなに甘いものではない。
「風邪のようなもの」
――そんな言葉では、とても足りない。
前回の「絶望の底からどうやって立ち直ったか」では、
回復の“土台”について書いた。
今回は、その具体的な「カタチ」になる。
僕が実際に何を考え、
どんな手を打ち、
どれくらいの時間をかけて、
回復を組み立てていったのか。
そして――
なぜそれで、回復できると思えたのか。
さらに言えば、
回復と引き換えに、何を手放したのか。
その先にあったものは、
以前書いた「自由」そのものだった。
――誰とも話さない。
落ち込んでいて、それどころではない。
枕元には、2冊の本。
それだけが、いまの僕の相手だった。
何をやっても、自分ではない。
職場では、その感覚が何年もの間、続いていた。
踏み間違えたものを、
すべて自分のせいにしていた。
こんな自分ではない、という焦り。
もっとできるはずだ、と。
そう思えば思うほど、
自分の味方は、誰もいなくなっていった。
そして最後には、
自分さえも、味方してくれなくなった。
絶望――。
降り続く雨の中で、
自分の影が溶けていくような感覚。
食べるものは、砂のようだった。
何の味もしない。
月曜日から金曜日を、なんとかやり過ごす。
土日は、起き上がれない。
日曜日の夕方になって、
ようやく家族と食卓につく。
そんな日々だった。
この頃、僕はすでに
心療内科の門を叩いている。
仕事中、
自分の席にいられなくなった。
「お腹の調子が悪い」と嘘をついて、
向かった先は、精神科だった。
そんななか、何も解決していない中で――
「余命6ヶ月」から始まった長い夏。
傷口に、塩を塗られるようだった。
意欲はない。
ただ、時間が過ぎるのを待つだけの仕事。
力を発揮できないどころか、
その場すら、与えられていない感覚。
理不尽さと、情けなさ。
それを、吐き出す場所もない。
どうしてここまで追い詰められたのか。
あるいは、自分で追い込んだのか。
それは、また別の機会に書こうと思う。
――このまま、川に身を投げてしまおう。
何度、そう思ったか分からない。
同じ年代の人で、
妻を病気で亡くしたあと、
後を追った旦那さんの話を聞いた。
その人の子は、
娘の同級生だった。
同じ思いを、
自分の息子・娘にさせたくない。
その一点だけで、
かろうじて踏みとどまっていた。
立ち向かっていたわけではない。
ただ、逃げていただけだと思う。
精神科に通うようになっていて、
主治医は、話を聞いてくれる。
否定も、肯定もされない。
そして最後に、
「いつもの薬を出しておきますね」
それが、何年も続いた。
薬を飲んでも、
背中がざわつくだけだった。
楽になる感覚は、なかった。
それなら、
酒の方がまだ紛れる気がした。
僕は、嫌われたくなかった。
いい子でいれば、
大きく外さずに生きていけると、
どこかで信じていた。
小学校から、社会人になるまで、
ずっとそうしてきた。
自分を少しずつ誤魔化しながら、
人に合わせて生きる。
それが、自分のやり方だった。
でも、
それに限界が来た。
ある日、
それと決別しなければならない瞬間が来た。
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