山本周五郎の命盤をよむ
パルです。
AIに生年月日と出生時間のわかる作家をおしえてちょとお願いしたところ、4名の作家を挙げてくれました。山本周五郎はそのひとり。周五郎作品を読んだことがないので、いい機会だと思い図書館で借りたり、文庫本を購入してみました。短編小説好きにはたまらん小説をあふれるほど書いておいでです。
ちなみに4名の作家のうち2名については既に鑑定をしておりますのでよければお読みください^^
山本周五郎

1903年6月22日 23時
山梨県大月市出身

生年四化と周五郎の性格・性質
命宮は午宮に破軍があり、星の力が発揮しやすい位置です。
個性的で型にはまることを嫌い、孤軍奮闘して困難に立ち向かいます。組織になじまず独立の道を歩みます。男性は反骨心が旺盛で衝動的。他人からは考えと行動が読み取れず、そこが魅力となります。
右弼と同宮しているので「英星入廟格」となり、並外れた行動力と強烈な好奇心とで常人では思いが及ばないほどの発展を遂げ、親元を離れて成功することが多いです。
さらにこの命宮には生年化禄がはいり、破軍にさらにプラス作用を及ぼします。基本的にはプラス思考で他人からも好かれやすく、人と仲良くやっていこうと思うような性格の持ち主です。周五郎の場合、その気持ちは社会に向けられており、その感情が過剰な傾向にあります。
奴僕宮に生年化権が入り、そこに自化権がついています。奴僕宮の人は同級生や同僚など同じ空間にいることがあってもプライベートな関係を持たない人を示します。化権には自己主張の強さや、曖昧さを嫌い、白黒はっきりさせる作用があり、自化があるのでそのような人達に対し強い態度に出てトラブルになる傾向が強いです。また、親しくなりたいと近づいてくる人をはっきりとした物言いで遠ざけてしまうこともありそうです。
田宅宮に生年化科があります。家庭ではマイペースに過ごすことをのぞみます。家族に気遣いし、家族のために頑張れるひとですが、最終的には周五郎のペースに家族が合わせるという形になりそうです。
官禄宮に生年化忌があります。仕事や活動の場面で化忌の性格が出てきます。自分の流儀にこだわりがあり、サラリーマンなら会社や上司の方針に従うことにストレスを覚えます。同じ宮に文昌や鈴星が入るので腹の中から練り上げるような忍耐強さがあります。また、単なるへそ曲がりではなく、内心で慎重に考えてどのように行動するのかを決定しているので、一度思い定めたら必ずやり通すでしょうし、その結果がどうであろうと受け入れていくという覚悟のある人でしょう。周五郎が小説を書く際の心構えは厳しいものがあったでしょうし、仕事に関わる人にもそれを求めたことでしょう。また、仕事のために妻に協力を強いることも多そうです。
命宮にある生年化禄は全ての宮に影響するので、基本的に善良なひとであり、相手にとって良かれと思って発言したり、行動することが多いでしょう。ただ、物事に対して「こうあるべき」という考えが強いので、それに反する発言や行動をみると黙ってみすごすことができず、対人関係に難がありそう。その分自分に対しても厳しく、妥協なしに仕事にとりくんできた方ではないでしょうか。また、八字でみると地支に四正の星が並ぶので異性に何かと縁のある方だと思います。
周五郎と破軍星
人の性格・性質は生年四化がどこの宮に入るか、自化はどこにあるのか、宮の状態はどうかでよんでいきますが、やはり最も重要視されるのは命宮、そして対宮の遷移宮の状態だと思います。命宮にどのような主星が入るか、副星は何か、生年四化や自化がなくとも、星の組み合わせでざっくりとした性格・性質をよみとることができます。
欽天四化派の命盤でみていくと、周五郎の命宮には主星に破軍、ここに生年化禄がつき、対宮の遷移宮に主星が廉貞・天相で廉貞に自化禄がつきます。
命宮の破軍はまたの名を耗星( こうせい)や損耗星といい、主星の中でも凶星といわれている星です。
周五郎の性格はこの破軍星の性質を色濃くあらわしていると思うのです。そこで、中原派もしくは中洲派紫微斗数の大家である陳俊龍先生の著書『秘本香港紫微斗数教室』に書かれている破軍星の特徴から周五郎についてより深く知っていけたらと思います。
破軍星の特徴
1.剛直無謀、白黒をはっきりさせる、好き嫌いが激しい
2.妄動派。殺破狼の中で最も知恵がない
3.「勇」の性質を持ち、良いか悪いかわからなくてもまずは実行に移す
動きながら考える
4.強情なので人と揉めやすい
5.潜んでいる化忌星
周五郎のあだ名がなぜ「曲軒」だったのか、単なるへそ曲がりではおさまらない一国者の一面があったからだと思います。
1943年、「小説日本婦道記」が直木賞受賞の候補となりましたがこれを辞退し、以降あらゆる文学賞を辞退しています。直木賞を辞退したのは現在までも周五郎ただひとりであり、文学賞を受け取らない理由が、「小説の良い悪いは読者が決めればよいことだ」というものであり、つまり文壇のお偉い人達から賞をもらったとしてもそれがなにものぞという反骨心のようなものがあったからだと思います。
当時の文壇は今と違ってかなり力があったと思うので、一人そのような意思表示をしたとしても一顧だにされなかったかもしれません。「曲軒」、素直でないただのへそ曲がりということで、作家同士の付き合いはほとんどなかったようです。
周五郎は遷移宮の人に当たる、市井に生きる名もなき読者に向けて、彼らが苦しい生活の中で働くことの喜びを得られれば本望だといい、名もなき庶民の生活を描き続けました。武家ものでは、華やかな成功譚ではなく、権力者に翻弄される一介の武士の「己を空しくしてさむらいの節をとおす厳しく美しい物語」(木村久邇典 『町奉行日記』解説)を描きました。武家の妻が主人公の物語であれば「己を空しくしてさむらいの妻として家のために節をとおす厳しく美しい物語」を描いたといえるでしょう。
正直、直木賞候補となった「小説日本婦道記」を読むと、女性が家のためにそこまで我が身を削る必要があるのかと思うのですが、周五郎の母や妻など身近な存在に着想を得た物語であり、最後まで面白く読みました。
ただ、周五郎の女性観には思い込みと女性はこうであってほしいというような一種の祈りのようなものが感じられ、現実に周五郎独特のやさしい配慮を受けた女性達は逆にめんどうで気疲れするというような感想をもっていたそうです。
周五郎の有名なエピソードに、「ひとり酒をのみ、ショパンをきき、「悲鳴だな、繰返し、くりかえし訴えているんだな。こういう小説を書かなくちゃ」とつぶやいていた」(小松伸六 『山本周五郎全集第二巻』付録 新潮社)というものがあるそうで、実際自分の思いどおりにならず、苦労を重ねながら生きていく人間や、筋をとおすためにあえて苦労をひきうけるような人間を多く書いてきた周五郎ですが、自分自身もあえて暖かな家庭を遠ざけ、ひとり古い旅館の一室で孤独の中で物語を書き続けます。
ここまでくると、命宮破軍というよりも仕事や行動全般に影響をおよぼす官禄宮の生年化忌の力が大きいといえます。
さらに官禄宮生年化忌には「獲得」の意味があり、読者のために足が腫れ上がるまで仕事場に座り続け、悲鳴をあげるようにして作品を生み出しました。
最後の作品、「おごそかな渇き」は連載中に亡くなったことで最終的に物語がどう展開するのか予想もつかないところで中断してしまいましたが、この作品で周五郎は自分自身の宗教観を描き出すつもりだったのではないでしょうか。
読者のためではなく、自分の内面と向き合うために作品を書こうとしていたのかもしれません。
破軍の運勢傾向として既成のものを嫌い、それを破壊した後再興し古い体制を一新させようとします。なぜまたの名を損耗星というのか、それは体制を一新させた後の果実を受け取れないといわれているからです。果実をうけとるのは、新しい体制を平和的に維持・発展させる能力をもつ新手になりがちで、汗をかくわりには実入りが少ない、いわゆる「骨折り損のくたびれもうけ」になりやすい星だということです。
破軍の性格上、せっかく新しい体制ができてもそこに安住していられないということがあるかもしれないし、飽きっぽいところが多分にあるせいかもしれません。
私自身命宮破軍持ちで、衝動性から幾度となく人間関係のおおきな失敗を経験し、また何かにつけ中途半端に物事をおわらせてきましたが、自分を戒め、なにか小さなことをひとつでもよいので、こつこつと続けていきたいと思っております。
サムネは2026年2月に公開された「木挽町のあだ討ち」の宣材写真です。
永井紗耶子原作で第169回直木賞および第36回山本周五郎賞を受賞した作品です。ちなみに1987年に新潮社により創設された山本周五郎賞は「すぐれて物語性を有する新しい文芸作品」に贈られる賞だそうです。
ここまでお読みくださり
ありがとうございました🍓
