白身魚のポワレ春のクリームソースをどうぞ|連作小説⑭
1640字
オムライスやエビフライなど、おなじみの洋食をとりそろえる「喫茶&洋食ヒナタボコ」
本格パスタやピザ、ポタージュ、魚のムニエルなど、イタリアンやフレンチ、いわゆる西洋料理のメニューも交じっている。
広義では洋食に入るのかもしれないが、こんなスタイルは珍しいのでは?
「前身ヒナタボコがあったのは知ってる?」
「はい。前のオーナーさんがよく食事に来られてますよね」
母親の雪野によると、一青が引き継いだばかりのヒナタボコは閑古鳥が鳴いていたという。
ぽかんと口を開けたままになり、あわてて花歩は居住まいを正す。
「え? めちゃくちゃおいしいのになんで……」
腰を悪くした西条シェフが引退を決意。
洋食屋の要・デミグラスソーづくりは体力勝負。大量のセロリ、玉ねぎなど香味野菜を炒め甘みを引き出し、たっぷりの牛肉、牛すじと合わせる。煮ては寝かせ、じっくり5日かけて仕上げる。
大鍋をかき混ぜる作業だけで腕がつりそうになるそうだ。体が悲鳴をあげ、気力も伴わなくなっていた。
「70代前半なんて、まだまだ現役でいける年齢だろって、常連さんたちは納得しなくて。心理的抵抗が強かったんだ」
50年の伝統の味を若いバイトごときに譲る? 同じ味が再現できるはずもない。
いざオープンしてみれば、メニューは長いわ喫茶店の要素も加わっているわで、急激な変化に拒否感を覚えてしまうのは想像にかたくない。以前のお店を愛していればいるほど、その気持ちは強かっただろう。
1カ月ほどした頃、動きがあった。客足が目立って増えたのだ。
旧ヒナタボコの全メニューをひきつづき提供する。その姿勢が受け入れられた。
「味で黙らせたってわけ。やるでしょ、ウチの子」
ウンウンと高速でうなずき、めまいがしそうになった。
「でも、いっちゃんだけの手柄ってわけでもないんだ」
いたずらっぽくウインクする雪野。
「おにーちゃんが暗躍してた」
「へ? な、七生さん?」
肯定のかわりに、彼女は両方の親指を立てる。
暗躍て。せめて「手をまわした」とか、ほかに言いかたがある気がするけども。
おトクでうまかった。ほかの品も気になるし、今度は全額払おう。
客の会話を不思議に思っていた一青。
雪野が問い詰めたところ、法事で帰省中だった七生はしぶしぶ認める。自腹を切って、オープン記念割引キャンペーンを打っていたという。知り合い限定で局地的に。
それがきっかけでクチコミが広まり、ランチタイムには行列ができるように。「行列が行列を呼ぶ」との七生の読みどおり、新生ヒナタボコは軌道に乗った。
「そのこと、一青さんは?」
「知らない。おにーちゃんがこんわい顔で言うなって。あの子、眼光すごいっしょ?」
たしかに人を寄せつけないオーラがある。
そのせいで、以前は花歩も苦手意識があった。七生は言葉が足りないが、クールヘッド&ウォームハート(冷静、されどあたたかい心)を地でいく人なんだ。
「古賀家を継いだのは弟だから、気配を消すことにした。余計な手出しはしない。もちろん、しゃしゃり出るつもりはない」と語っていたそうだ。
真っ白なお皿に、皮目カリッカリの白身魚。クリームソースは春らしいあおさグリーン。
花歩は料理の仕上げを見るのが好きだ。
レンコンを土台に高さをつけて盛りつける、一青の繊細な手つき。タイムをレイアウトする表情は集中し、声をかけたとしても聞こえないかもしれない。
「ハイ、おまたせ。鰆のポワレ・春のクリームソースを召し上がれ」
「いっただきまーっす」
魚は調理がめんどうだし場合によっては生臭いこともあり、ちょっと敬遠していた。彼の腕に絶大な信頼を寄せているため、尻込みすることはもうない。
「ふっくらふわふわ! 身が甘いねえ」
「ありがと。蒸し焼きだからね」
先日の雪野の話を頭の中で反芻する。この兄弟には、ちょっとした認識の食い違いがあるだけ。完全に切れてはいない。
まわりが心配せずとも自然に修復されるだろうと、花歩は心おきなく春の味覚を堪能した。
(つづく)

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