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ミニミニパンケーキ朝食をどうぞ|連作小説⑬

2147字 

 こんなことは、はじめてだ。
 誘うように漂ってくるバターの香りが、花歩かほの胃をたたき起こす。
 彼のおはよう、がハチミツみたいに甘く感じる。あまりに自然なので、歴代彼女ともこんなふうだったのかな、ときゅっと胸がきしんだ。

 見ると、一青いっせいの手もとにはかわいいサイズの薄いパンケーキが山盛りになっている。絵本の世界に紛れ込んだよう。
「これに好きな具材をはさんで食べるよ。どらやき風もあり、甘くないサンドもあり」
「やったあ」
 一気に目が覚めた。どんなサンドを作ろうか、ワクワクがとまらない。手巻き寿司も大好きだけど、選択肢にスイーツ系があるのとないのとでは大違い。   
 
 ハム、チーズ 、きゅうり、卵焼き、アボカド、ウインナー、サラダチキン、シャキシャキレタスにカリカリベーコン、カレー風味のしなしなキャベツ。
 ジャム系はマーマレード、ラズベリー、ブルーベリー。ミルクを煮詰めた、みるからに甘々なものも。いちご、キウイ、マンゴー、 バナナにプルーン。粒あん、ホイップクリーム、チョコソース、メープルシロップ。
 特製カスタードクリームもあり、夢がいきなり実現した気分。

 「甘やかすの上手だよね」
「そうかな?」
 ウィンナーとキャベツに少量のケチャップを加え、ホットドッグ風。バナナとベーコンの甘じょっぱい組み合わせも、どこかで聞いたことがあるから試してみよう。
 ずっとこうしていられたらいいのにな。
 永遠に続くものはない、人の気持ちなんてなおさら。移り変わるはかなさを知っている。
 泉のようにふつふつわきあがった願いを、花歩は珈琲と一緒に飲み込んだ。
「ん? 濃すぎた?」
 できたてのもちふわパンケーキと心配顔に、泣きそうになった。  

「ごめんねえ、月曜日なのに引き留めちゃって」
「ほんとだよ。オレはともかく、花歩さんはちゃんとした勤め人なんだから」
 だってえ、としゅんとしている一青ママのかわいさよ。ヒナタボコは昼からの営業のため、仕込みは午前9時スタートだそう。
「早く起こしちゃってごめんなさい。こんな豪華な朝ごはんまで。雪野さんも、なにからなにまですみません。ずうずうしく甘えて」
「いいのいいの! 好きでやってんだから、いろんな意味でね」

 むふふ、と口を押さえる雪野。
 通販で買ったふわふわ部屋着の丈が合わず、捨てるに忍びないとタンスの肥やしに。それを花歩に着せて小躍り。
「きゃあ、かわい~。ぴったり! あげる。てゆーか、もらって!」
 タオルやら化粧品やらをいそいそと用意し、世話を焼いてくれた。ゲストルームがある家なんて、カルチャーショックである。

 そもそもこの状況をつくったのは彼女。
 夜のヒナタボコでグラタンを食べている最中に電話があり、連れて帰ってこい、と指令が下されたのだ。
「話し足りないから泊まって泊まって!」
 話し足りない気がする、いつも。
 昨夜、まったく同じことを一青に言われたばかり。花歩は彼と目を合わせ、くすりと笑った。

 珈琲を飲みながら、3人で遅くまで話した。
「人とのご縁を大事にしたいなと思ってるんだ。一生ぶんの後悔はしたから」
 家族になにも言わず、前ぶれもなくこの世から消えた夫。
 なんで、どうして。答えの返ってこない疑問にさいなまれ、無間地獄に陥った。半年間、彼女は声を失ったという。
「せっかく声が出るようになったんだから、マイナスなことは口にしないことにした」
 姑と同居していた頃は、顔をしかめっぱなしでグチしか言わなかった花歩の母。今は憑き物が落ちたみたいに、すがすがしい表情になっている。
「あと、やりたいことは後回しにしない。だから、花歩ちゃんを無理やり泊めたってわけ」
 ひとりでうつ病に苦しんでいた一青の父。心配をかけたくないという意識が強すぎたのだろうか。

 雪野に見送られ、みずみずしい光の中をふたりで駅まで歩く。
「なんか怒涛どとうの一日だったねえ」と頭を掻く一青が、ぴたりと足をとめた。
「……なにしに来たわけ」
 表情を硬くした彼の視線の先にいたのは、七生ななおだった。
「結婚記念日だろ、今日」と花束を差し出す。ピンクとオレンジの薔薇、カスミソウが愛らしい。
 ひなまつりパーリーはそのお祝いも兼ねていたのか、と花歩は合点した。
「めずらし。自分で渡せば?」と一青は受け取らない。
 ふと花歩に視線を向け、七生がぼそりと言った。
「ぼやぼやしてるのはこいつじゃなくて、こっちのほうだったか」
「え?」
 話があるからあとで来てほしい、と週明けしょっぱなから呼び出しを食らってしまった。

 「なんだあ。やってないんかい!」
 社食で軽くありさに報告。彼女の声の大きさにヒヤヒヤする。
「交際0日、実家お泊まりて。聞いたことないわ~」
 関係を深めることに自信が持てない。うまく説明できない想いを、とぎれとぎれに話してみる。
 臆病にもほどがある、とスパッと斬られにけり。
「なんかよくわかんないけど、自分から悪いほう悪いほうに向かってない? イミフ」
 ありさみたいなポジティブモンスターになれたら、どんなにいいだろう。
「考えかたしだいなんだから、特訓したる」
 ありさや雪野といると、よいエネルギーがもらえる気がする。
 話を聞いてくれる相手がいること。そのしあわせに、花歩は心から感謝した。

(つづく)

パンケーキの待つ朝

▽つづき(第14話)

▽前回のお話(第12話)

▽やわパスシリーズ・目次:第1話~

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