ミニミニパンケーキ朝食をどうぞ|連作小説⑬
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こんなことは、はじめてだ。
誘うように漂ってくるバターの香りが、花歩の胃をたたき起こす。
彼のおはよう、がハチミツみたいに甘く感じる。あまりに自然なので、歴代彼女ともこんなふうだったのかな、ときゅっと胸がきしんだ。
見ると、一青の手もとにはかわいいサイズの薄いパンケーキが山盛りになっている。絵本の世界に紛れ込んだよう。
「これに好きな具材をはさんで食べるよ。どらやき風もあり、甘くないサンドもあり」
「やったあ」
一気に目が覚めた。どんなサンドを作ろうか、ワクワクがとまらない。手巻き寿司も大好きだけど、選択肢にスイーツ系があるのとないのとでは大違い。
ハム、チーズ 、きゅうり、卵焼き、アボカド、ウインナー、サラダチキン、シャキシャキレタスにカリカリベーコン、カレー風味のしなしなキャベツ。
ジャム系はマーマレード、ラズベリー、ブルーベリー。ミルクを煮詰めた、みるからに甘々なものも。いちご、キウイ、マンゴー、 バナナにプルーン。粒あん、ホイップクリーム、チョコソース、メープルシロップ。
特製カスタードクリームもあり、夢がいきなり実現した気分。
「甘やかすの上手だよね」
「そうかな?」
ウィンナーとキャベツに少量のケチャップを加え、ホットドッグ風。バナナとベーコンの甘じょっぱい組み合わせも、どこかで聞いたことがあるから試してみよう。
ずっとこうしていられたらいいのにな。
永遠に続くものはない、人の気持ちなんてなおさら。移り変わるはかなさを知っている。
泉のようにふつふつわきあがった願いを、花歩は珈琲と一緒に飲み込んだ。
「ん? 濃すぎた?」
できたてのもちふわパンケーキと心配顔に、泣きそうになった。
「ごめんねえ、月曜日なのに引き留めちゃって」
「ほんとだよ。オレはともかく、花歩さんはちゃんとした勤め人なんだから」
だってえ、としゅんとしている一青ママのかわいさよ。ヒナタボコは昼からの営業のため、仕込みは午前9時スタートだそう。
「早く起こしちゃってごめんなさい。こんな豪華な朝ごはんまで。雪野さんも、なにからなにまですみません。ずうずうしく甘えて」
「いいのいいの! 好きでやってんだから、いろんな意味でね」
むふふ、と口を押さえる雪野。
通販で買ったふわふわ部屋着の丈が合わず、捨てるに忍びないとタンスの肥やしに。それを花歩に着せて小躍り。
「きゃあ、かわい~。ぴったり! あげる。てゆーか、もらって!」
タオルやら化粧品やらをいそいそと用意し、世話を焼いてくれた。ゲストルームがある家なんて、カルチャーショックである。
そもそもこの状況をつくったのは彼女。
夜のヒナタボコでグラタンを食べている最中に電話があり、連れて帰ってこい、と指令が下されたのだ。
「話し足りないから泊まって泊まって!」
話し足りない気がする、いつも。
昨夜、まったく同じことを一青に言われたばかり。花歩は彼と目を合わせ、くすりと笑った。
珈琲を飲みながら、3人で遅くまで話した。
「人とのご縁を大事にしたいなと思ってるんだ。一生ぶんの後悔はしたから」
家族になにも言わず、前ぶれもなくこの世から消えた夫。
なんで、どうして。答えの返ってこない疑問にさいなまれ、無間地獄に陥った。半年間、彼女は声を失ったという。
「せっかく声が出るようになったんだから、マイナスなことは口にしないことにした」
姑と同居していた頃は、顔をしかめっぱなしでグチしか言わなかった花歩の母。今は憑き物が落ちたみたいに、すがすがしい表情になっている。
「あと、やりたいことは後回しにしない。だから、花歩ちゃんを無理やり泊めたってわけ」
ひとりでうつ病に苦しんでいた一青の父。心配をかけたくないという意識が強すぎたのだろうか。
雪野に見送られ、みずみずしい光の中をふたりで駅まで歩く。
「なんか怒涛の一日だったねえ」と頭を掻く一青が、ぴたりと足をとめた。
「……なにしに来たわけ」
表情を硬くした彼の視線の先にいたのは、七生だった。
「結婚記念日だろ、今日」と花束を差し出す。ピンクとオレンジの薔薇、カスミソウが愛らしい。
ひなまつりパーリーはそのお祝いも兼ねていたのか、と花歩は合点した。
「めずらし。自分で渡せば?」と一青は受け取らない。
ふと花歩に視線を向け、七生がぼそりと言った。
「ぼやぼやしてるのはこいつじゃなくて、こっちのほうだったか」
「え?」
話があるからあとで来てほしい、と週明けしょっぱなから呼び出しを食らってしまった。
「なんだあ。やってないんかい!」
社食で軽くありさに報告。彼女の声の大きさにヒヤヒヤする。
「交際0日、実家お泊まりて。聞いたことないわ~」
関係を深めることに自信が持てない。うまく説明できない想いを、とぎれとぎれに話してみる。
臆病にもほどがある、とスパッと斬られにけり。
「なんかよくわかんないけど、自分から悪いほう悪いほうに向かってない? イミフ」
ありさみたいなポジティブモンスターになれたら、どんなにいいだろう。
「考えかたしだいなんだから、特訓したる」
ありさや雪野といると、よいエネルギーがもらえる気がする。
話を聞いてくれる相手がいること。そのしあわせに、花歩は心から感謝した。
(つづく)


▽つづき(第14話)
▽前回のお話(第12話)
▽やわパスシリーズ・目次:第1話~

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