着ぐるみとロボット ⑭百年の恋 連載恋愛小説
1026字
起き抜けにキスを求めてくる人だとは思わなかった。ゆうべのできごとは妄想だったのかと、疑う余地もない。
「甘いな。杏仁かどうかはともかく」
「ん? 杏仁?」
今キスすると、もれなく杏仁豆腐の味がすると、居酒屋でねだったらしい。我ながら、あっぱれなシラフだ。
いきなり本気モードでこられたので、ぶわっと体温が上がった。
「スイッチ入った?」
「入ってません。飽きられたら困るから、これ以上は断固拒否」
一回寝ただけですが。彼のひとりごとは無視し、毛布の中で忍はさっさと服を着た。長屋にとっては、いちいち言動がおもしろいらしい。
「もー、あっち向いてて」
「まあ、40年くらいは飽きなさそうだな」
「それって、熟年離婚……」
「じゃあ、100年」
「死んでるから」
キレるとこおかしいだろ、と彼は笑う。心を許しきったようなその柔らかな笑みに、忍は見とれてしまった。
「今度、忍の部屋に行きたい」
「ムリムリムリムリムリムリムリ……」
「何回言う気」
文具とぬいぐるみの館にお招きする勇気は、まだない。それこそ100年の恋も冷める。
今年の春、ハッコくんがあぶなっかしい手つきで実験に挑む、理科動画シリーズが話題になった。同じ頃、ゆるキャラマニアのインフルエンサーが、ハッコくんを推しとして大学部門の第1位にえらんでくれた。
以前は見向きもされなかった関連グッズが、今では学内のあちこちで販売されている。日陰の存在だった通称カビ研のキャラが、大学の顔として日の目を見たのだ。
長屋将がラボに入ったと同時に担当になってから、5年の歳月が流れていた。
「いやー、忍さんの想い人さん、体張ってますなあ」
学園祭のプログラムを手に、みさきがのんびり言う。
「発酵ものしりクイズに正解したら、トランポリン演技を披露って書いてありますよ」
頭から血の気が引いた。
「聞いてない!」
「言ってないし」
広すぎるキャンパスを呪いながら小走りし多目的ホールに着いたのは、ハッコくんの出番間近。
「引退するって、言ってたのに……」
「これが最後の勇姿ってこと」
まともに前も見えないのに飛んだり跳ねたりするなんて、正気の沙汰とは思えない。天下のガチャピンさんとは、キャリアがちがうのだ。骨折どころじゃ済まない。
もし打ちどころが悪かったら……と、不吉なことばかり思いつく。
「コイツ自体がクッションになるから、なにかあっても知れてるだろ」
(つづく)
最終話「ハッコくん勇退す」の巻

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