照射|わたしは黒猫である4 feat. ハチ公|あわいの掌編集9
わたしは黒猫である。クロと云ふ娘猫である。わたしは主人が大切にしていたおしの子を壊してしまった。このうへは、あの人の推しに会うために、いま独り夜行に乗らねばならぬ。
渋谷驛の雑踏にて、汽車に乗るには、スイカなるものが要ると申す。わたしは娘猫である。人の娘のやうに「渋谷はちょっと苦手」などぶりっこじみた挙動はできぬが、スイカとは夏の暑き盛りに台所に鎮座し、我らの牙では歯が立たぬ瓜であること、猫族にも常識。あのべちゃべちゃした果肉は好まぬ。何より、水っぽくて腹を壊す。
そもそも、古今東西、胃腸虚弱は寧ろ主人の側の属性であって、猫に付加される属性ではなかろう。そのような大きなる瓜など、旅先のこの季節外れに持ち合わせておるわけがあるまい。
わたしは堂々と改札を通過することにした。人間が時折、板のやうなものに捕まって、あたふたとして居るが、わたしは都会に適した娘猫であって、そのようなトラップに捕らえられるはずもない。そう思ってゐた時もあった。しかし、駅員なるものは、わたしの高貴なる指摘を理解せぬわりに、一等慇懃無礼な種族であると見えて、わたしを見るや否やいきなり首根っこをつかんで表へ放り出した。これは駄目だと思ったから、運を天に任せていた。
しかし、推しに会うためには、どうしてもこの門を通り抜けねばならぬ。わたしは再び駅員の隙を見て、改札を抜けた。すると間もなくまた投げ出された。このようなことを、何度も繰り返した。このやうな仕打ちなど、祖母猫様とて、何も策を残しては呉れなかった。
と、些か本家へのリスペクトが過ぎた。ふと見上げると、わたしと目が合うものがある。その犬は、確かにわたしの方を見てゐた。しかし、わたしを見てはゐなかった。わたしの目を通して別の物を見てゐた。
街の雑踏は、少しの間も静止しない。人間どもの喧騒、光の洪水、鼻をつく臭いが渦巻く中、その犬だけは影のやうにただ佇んでいた。左の耳は立ち、右の耳は垂れ、黑金のやうな毛並みは、月の光を吸ひ込んで沈んでゐる。わたしは誇り高き娘猫である。犬族など、猫族にはどのようにしても及ばぬ下等生物──そのはずであった。
然れども、黙したその犬は、わたしの胸の奥に主人の瞳と同じ色を落とした。わたしは思はず尻尾の揺れを止めた。犬は動かぬ。ただ、虚空の一点を見つめる視線の奥に、わたしは、信じて待つ者の孤独の臭いを嗅ぎ取った。
その沈黙からは、一切の表情が消えていた。ただただ、孤独だった。静寂と諦念の深淵。ひげがピリピリと震えた。わたしはその深い淵の岸に、そっと右手を差し出してみた。
その静寂のしじま、まばゆい閃光とともに板状のものが近づいてきた。「ハチ公と黒猫ちゃんが挨拶してるよ~、カ↑ワ↓イ↑イ↑~」突然、人間の小娘がその板状のものを携えて不躾に云ひ寄ってきた。その面持ちはきらきらと輝いてゐて、まだ真の孤独など味わったことがないであろうと思へた。ただ無尽蔵に消費されていくカワイさ。──わたしは、胡乱な表情をペルソナに仕舞い、「にゃ」と短くファンサした。それに満足げに去る小娘。にゃんどるのまたSNS界隈をバズらせむるは、あなすさまじ。
それからわたしは、驛前のその犬の脇に腰掛けた。黑金の毛並みに連なる尾をゆらゆら揺らす。その犬はわたしを拒まなかった。わたしもその犬を拒まなかった。そのあわいに、ただひとことの言葉もなかった。然れどこれは、世界一孤独な犬と、世界一カワイイ娘猫が交わした邂逅であった。
わたしは娘猫である。気まぐれな種族故、待つという行為は、猫族の本能にはない。しかしこの犬族は、待つことを「生きること」と同義にしてゐた。雨の日も、風の日も、雪の日も、この犬はただここにゐた。毛の奥に染み込んだ湿り気、舗装の冷たさ、誰かの靴の匂い。誰かにじゃれついて甘えた微かな気配。この者は待つ者である。待つを生きる者である。しかし、この犬は、誰かを待ってゐるのではない。「待つという行為そのもの」を生きおる。だからこそ、その沈黙は深く、その孤独は澄んでゐた。それがこの者の生である。それが主人の生である。わたしはこの犬の眼差しに、主人のそれが重なって宿るを悟った。
どれぐらい経った頃であろう。午睡の些か短かりきこと思ひ出し、大きな欠伸をひとつ置く。少し退屈になった。だんだん瞼がとろんとしてきた。主人の膝上がまことに恋しく思へる。わたしは娘猫であり、家出中の身分である。猫なればこそ、いつもフラッと現れて、何気なき毎日をわたし色に染めて「あげる」やうな存在である。あの温もりが恋しいなどとは、娘猫の矜持に賭けて……。
……いや、違ふ。恋しいのではない。ただ、あの膝が、わたしの温もりを欲してゐるだけのこと。それだけに過ぎぬ。さう云ひ聞かせるほどに、その温もりが、いよいよ胸の奥を占めていった。「にゃー」とひと声、子猫のやうな声が漏れた。祖母猫様の曰く「娘猫たるもの無闇矢鱈に甘えた声出すべからず」と。然れども、何であったか──「定めし者の前のみ」と、確かにさう云っておられた気がした。
そのときわたしは、温かきものに載せられて、スーと持ち上げられるのを感じた。フワフワした感じに少しホッとして目を開けば、それは主人の顔であった。相変わらず珍妙な顔つきである。第一黒毛をもって装飾されるべきはずの顔が、つるつるしてまるで薬缶のやうではないか。のみならず、その薬缶がどうにも霞んで見えて、実に弱った。
「クロよ、君はわたしを待ってくれていたのだなぁ」と主人が小声で申す。何とも可笑しきことを云ふ。その犬の居場所は、待つ者が主人を待つ場所であると云ふ。わたしの帰還を待っていたのは主人の方であって、わたしではあらぬ。なぜなら、わたしは誇り高きにゃんどるである。胸の奥の柔らかき場所が、つと疼いて、思わず「にゃー」と甘ったれた声でひと声啼いたのは、わたしの意志ではあらぬ。それは、何やらわたしのどこか深き場所が勝手に零した声であった。
主人は「家に帰ろう」と云った。腕の中が小刻みに振動してゐて、何やら雨粒さへ降ってくる。大仰に嫌がるのも大人げなかろうと、そのまま静かに抱かれておったが、どうにもいただけない。ここで「腕の中も悪くない」など申すは、漱石様の御心に反するであらう。祖母猫様の教へが──否、わたしがさう思った。一介の娘猫とて、その程度の素養は持ち合はせてゐる。わたしは娘猫である。その心根の名前はまだない。
今時珍しい街角の時計の長針が、かちりと音をたてた。まるで、何かがつひに動き出したやうな。
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