照射|序文|あわいの掌編集0
毎日は、名前もつかない感情の連なりでできている。
それは、意識しなければ忘れ去られてしまうような些細な心の動きで、気がついたとしても、誰かに話すほどのできごとでもない。
けれど、そんな小指の先ほどの瞬間が、不思議と胸の奥底を照らし、長く残ることがある。訳もなく、物語もなく、ただ心に差し込んだ光の束である。
この掌編集は、そんな“あわい”だけをすくい取った連作である。派手な設定も、劇的な物語進行もない。それを期待するなら、そっと後戻りしてほしい。
巷では派手な設定や劇的な快楽が求められているけれど、“俺TUEEE”のような分かりやすさは、僕にはどうしたって向いていない。テンプレに乗る前に、きっとわたしのほうがテンパってしまう。
それよりむしろ、何も起こらない平凡な日々のあわいに生まれる、かすかな揺らぎこそ、書き留めたいと思っている。
表題の『照射』は、名もなき感情の残滓を指している。光と、光が照らす事物との“あわい”である。
物語であれ、記録であれ、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、その境目はいつも曖昧で、揺らぎの中にある。
すべては両者の“あわい”にすぎない。まるで、光と影とで毛色を変える黒猫のように。
黒猫は、この世界を織りなす“縦糸”である。ときに語り手となり、ときに観測者となり、ときに物語の中から、ときに外側から、事物の揺らぎを観測する存在である。
ここに収めた十六編は、静謐で、ほとんど何も起こらない日々に生まれた、ほんのわずかな揺らぎの記録である。
幼き日の原罪、青春の滑稽さ、青年期の出会い、未来の揺らぎ──
断片的に見える物語は、実は緩やかに密かに円環している。
ある世界線では、青と黒の二層構造を描く『水無月の二層のラムソーダ|Rhamsoday in Blue and Black for June』を経て、未来へと至る“もうひとつの未来”が開かれる。
また、別の世界では、二人が結ばれなかった場合の“IFの揺らぎ”が記録される。
これらの物語は、やがてあとがきにあたる『結文(ゆいぶん)』に向かって収束し、掌編集全体の円環は静かに閉じる。
どうか、あなた自身の“あわい”と重ねながら読んでほしい。
照射|あわいの掌編集|目次
光と、光が照らす事物との“あわい”に、
名前もつかない感情の残滓だけが、澱のように沈む。
これは、そんな揺らぎの記憶をひとつずつ照らし返す、掌編たちの円環である。
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