377. 傾聴する私が、傾聴されて知ったこと〜二つのバトンが繋がった30分〜
誰かに静かに耳を傾けてもらう時間には、一体どれほどの価値があるのだろう。
私は普段、「傾聴100人チャレンジ」を通して、人の話を聴く側にいる。
けれど今回、私は聴かれる側として、ある小さな奇跡を体験することになった。
「話すことは、少し苦手だな」
それが、ずっと私の中にある自己像だった。
緊張すると頭が真っ白になってしまう。
だから、ドキドキが半分以上。
(30分も、自分の話を持たせることができるだろうか……)
私の話を聴いてくれたのは、聴話人のくるみさんだった。
柔らかく優しい笑顔。
急かされることのない穏やかな空気。
その場に身を置いた瞬間、心の奥にあった小さな緊張が、するりとほどけていくのを感じた。
今回、私がくるみさんに聴いてもらったのは、大切にしている「バトン」の話だった。
一つは、自主映画『いきたひ』上映会で受け取った、いのちのバトン。

もう一つは、私がこれから誰かへ渡していきたい「傾聴のバトン」。
人から人へ。
想いから想いへ。
受け取った優しさを、また次の誰かへ手渡していく。
そんな話だった。
あれは2020年のこと。
サロンのお客様が主催する『いきたひ』上映会に参加した。
上映が終わったあとも、なぜか席を立つことができなかった。
胸の奥が静かに震えていた。
そして気づけば、私は手を挙げていた。
「次は私が主催したいです」
上映会を主催した経験などなかった。
それでも、不思議なくらい迷いはなかった。
ところが、その後まもなく世界はコロナ禍へと入っていく。
本当に開催していいのだろうか。
人が集まること自体が、誰かを傷つけてしまうかもしれない世界で、今やるべきなのだろうか。
何度も立ち止まり、何度も迷った。
それでも私は開催した。

そして上映会が終わった時、今度は次の方が主催の手を挙げてくれた。
あの日、私が受け取ったバトンは、確かに次の人へ渡っていった。

その時の喜びは、今も忘れられない。
そんな話を、私は夢中で語っていた。
ひとつ言葉を紡ぐたびに、またひとつ記憶が呼び起こされる。
話しながら、自分でも気づいていなかった思いが顔を出す。
私の中に、こんなにも語りたい言葉があったのだと、自分自身が一番驚いていた。
「……だから私は、このバトンを繋ぎたいんです」
すべてを話し終え、ふと壁の時計に目をやった。
思わず、息をのんだ。
長針は、ちょうど真上を指していた。
一分も違わず、ぴったり30分だった。
あれほど不安だったのに。
話すことが苦手だと思っていたのに。
私の中には、こんなにも誰かに伝えたい思いが眠っていたのだ。
そして胸に残っていたのは達成感ではなかった。
「ああ、楽しかった!」
その一言だった。
まるで長い間忘れていた自分自身に再会できたような、そんな気持ちだった。
そして何より心に残ったのは、くるみさん自身の在り方だった。
話を引き出そうとするわけでもない。
何かを教えようとするわけでもない。
ただ、私の言葉を大切なものとして受け取ってくれている。
そんな安心感があった。
だから私は、話すことが苦手だと思っていたことさえ忘れ、自分でも知らなかった思いに出会うことができたのだと思う。
終わった後、くるみさんからメッセージが届いた。
「よかったところだけでなく、改善した方がいいところがあれば教えてください」
その誠実な言葉に、私は胸を打たれた。
けれど正直に言うと、昨日のくるみさんは120点満点だったと思う。
お世辞ではない。
私は、これ以上何かをしてほしいとは思わなかった。
特別なアドバイスも。
鮮やかな問題解決も。
何ひとつ必要なかった。
ただ、そこにいてくれること。
否定せず、評価せず、安心して話を聴いてくれること。
それだけで十分だった。
むしろ、それこそが何より大切だった。
そして、それを当たり前のようにできる人は決して多くない。
だからこそ私は、くるみさんの傾聴に深い敬意を感じた。
私たちは誰かの話を聴く時、
「役に立たなければ」
と思ってしまう。
アドバイスをしなければ。
励まさなければ。
解決しなければ。
そんなふうに自分を追い込んでしまうことがある。
けれど本当に必要なのは、もっとシンプルなことなのかもしれない。
安心して話せること。
最後まで聴いてもらえること。
それだけで、人は自分の中にある答えへ辿り着くことができる。
あの日の私は、くるみさんに話を聴いてもらいながら、実は自分自身の声を聴いていた。
そして気づいた。
私が渡したいと思っていた「傾聴のバトン」は、まず誰かから受け取ることから始まるのだと。
傾聴する私が、傾聴されて知ったこと。
それは、人はアドバイスを求めているのではない。
安心して還っていける場所を求めていることがある、ということだった。
あの日の30分は、そのことを静かに教えてくれた。
自主映画『いきたひ』で受け取ったバトン。
くるみさんから受け取った傾聴のバトン。
二つのバトンは、あの日の30分の中でひとつに繋がった。
そして今、私の手の中には、確かにその温もりが残っている。
話すことが苦手だと思っていた私が、自分の声に出会えたように。
今度は私が、そのバトンを手渡していきたい。
誰かが、自分自身の声に出会えるように。
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