173.【3回目のありがとう】本田健さんのハッピーライティングマラソンのおススメに選んでいただきました。
昨日、noteを開いたらコングラボードが
目に飛び込んできました!

本田健さんの心が動いたおススメ作品として
ハッピーライティングマラソン#32で
ご紹介いただきました!!
その時の記事はこちらです。
その後、ありがたいことに
子どもアドボカシー専門講座の
代表レポート発表への依頼もいただき
本日夜の子どもアドボカシー専門講座の
最終日に発表させていただきます。
3分間で、制度と思いを話し言葉で
私の伝えたいことを、みんなにも届くように。
発表は辞退する事もできます。
でも、せっかくいただいたチャレンジの機会。
できるかどうかよりも
チャレンジしてみたい気持ちを大切に
当たって砕けろ!の精神で
発表させていただく事にしました。
昨日は傾聴セッションで
miyabiさんにも聴いていただき
夫にも何度か聴いてもらい
人前で話すのは苦手だからこそ
この機会をいただけて
ワクワク伝えたいことを選んで
ワクワク練習して
ワクワク3分以内で話せることに
心から感謝しています。
ということで
代表発表用・3分スピーチ原稿です。
自分の言葉で話せるように
夜まで練習します!
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私は、
子どもの「声にならない声」に心を傾けるアドボカシー
をテーマに、このレポートを書きました。
私が、このテーマに強く惹かれた背景には
子どもの頃の体験があります。
小学生の頃、場面緘黙症の友達がいました。
教室ではひとことも声を出せない子が、
あるとき、私の耳元で
そっと気持ちを伝えてくれたことがありました。
私はその声を、クラスで代弁するようになり、
そのときに、私は、
話せないからといって意思がない
という訳ではないことを、知りました。
そののち、保育士として0歳から5歳の
障がいのある子どもたちが通う
療育の現場で働く中でも、
言葉よりも先に安心感があることで、
子どもたちの表情や動きが変わっていく場面を、
何度も目にしてきました。
現在、社会的養護のもとで暮らす子どもたちは、
制度上は「意見を表明する権利」を保障されています。
けれど実際の現場では、
大人との立場の差や、安全配慮、
善意ゆえの判断によって、
子どもの本音が
沈黙として現れることも少なくありません。
特に、
傷ついた経験を持つ子どもや、
言葉で表現することが難しい子どもほど、
「聞かれること」自体が負担になる場合があります。
だからこそ私は、
沈黙もまた、ひとつの意思表明である
という視点が、アドボカシーには欠かせないと考えています。
基礎講座修了後、
私は「傾聴100人チャレンジ」を始め、
多くの方の話を、評価や助言をせずに聴く
という経験を重ねてきました。
その中で実感したのは、
人は「評価されない安心安全な場」でこそ、
自分でも気づいていなかった本音に触れる
ということです。
アドボカシーにおける「聴く」とは、
情報を引き出すことではなく、
その人の呼吸や間に現れる、
言葉にならない言葉を一緒に眺め、
共に居ることなのだと思います。
また、私はOriginal Play®︎という学びを通して、
非言語の関わりそのものが、
「あなたはここにいていい」という
メッセージになることを学んできました。
ますは、アドボケイト自身が勝ち負けも、
目的も持たず、ただ安全な存在として
そこに在るということ。
それは、制度と自分の気持ちの狭間に生きる
子どもたちにとって、
確かな権利擁護の土台になると感じています。
(発表文、以上)
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まだまだ3分以上かかっていますが
なめらかに話せるように
チャレンジ続けます!
【今回は3回目のおすすめ選出でした!】
1回目のおすすめ選出いただいた記事はこちら↓
2回目のおすすめ選出いただいた記事はこちら↓
今回おすすめ選出いただいた記事はこちら↓
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