【長編小説】獣戦記(アポカリプス)第十五話 戦う理由
幽玄の深森の吹く風が木々の間をすり抜け、葉を揺らすたびに、どこか懐かしい音が響く。
暗い不気味な森の中、焚火の炎がぱちぱちと音を立て、2人の影を揺らしていた。
ミラは毛布にくるまりながら、じっと炎を見つめていた。傷は応急処置でなんとか落ち着いたものの、まだ痛みは残っている。
だが、それ以上に彼女の心を占めていたのは、目の前に座る男、飛龍の存在だった。
「飛龍……あなた、さっき“娘”って言ってたよね。」
「……」
「亡くなったの?」
「いや……生きている。だが、もう会うことは叶わないだろう。」
飛龍は、手のひらを見つめた。そこには古い傷跡がいくつも刻まれている。かつて何かを守ろうとして、あるいは失ってきた証のように。
「俺たち龍族や他の“幻獣”と呼ばれる種族は、他の種族から恐れられ、そして狙われた。力を持つがゆえに、世界の均衡を乱す存在として……。」
「それで、絶滅したって言われてるんだ。」
「そうだ。だが、完全には滅びていない。わずかに生き残った者たちは、深い地の底や、時の狭間に身を潜めた。俺もその一人だ……」
「それで……娘さんはどこに?」
飛龍はしばらく黙っていた。焚火の炎が、彼の横顔を照らす。
「……神界に居る」
「え?」
「娘は、女神との間に生まれた子なんだ。名前は龍華。」
ミラは目を見開いた。
「め、女神って……あの神界に居る!?」
「そうだ。名を“アストラ”という。風と雷を司る女神。かつて、俺は彼女と出会い、共に戦い、そして……愛し合った。」
——パチッパチッ
「だが、神と幻獣の間に生まれた子は、世界の均衡を乱すとされ、神界からも、地上からも忌み嫌われた。」
「……それで、どうなったの?」
「龍華は神界に連れていかれ、アストラは死んだ……」
「女神が……そんな……」
「アストラと俺は、龍華を守るために戦ったが、神々の絶大だった。妻の亡骸の横で、連れていかれる娘を俺は、地面に這いつくばりながら、ただ見ていることしかできなかった」
飛龍の声は、静かだったが、その奥に燃えるような情熱と、深い悲しみがあった。
「じゃあ、あんたの目的って……?」
「そうだ。十二支になれば、神々の座に近づける。神界への門を開く鍵を得られるかもしれない。そうすれば……龍華を取り戻すこともあるいは……。」
「……あたし、あんたのこと、ちょっとだけ見直したかも。」
「……それか」
「でも、あたしはあんたの背中を狙ってるからね。油断しないでよ。」
「もちろんだ。だが、今夜くらいは、刃を休めてくれ。」
「……わかってるわよ。」
——ボウ……パチッパチパチ
ミラは毛布を引き寄せ、飛龍は薪をくべる。
「ミラ」
「ん?」
「ミラはなぜ、この戦いに命を懸けている?」
「……死んでいった仲間の為よ。私が生き残り、狼族の未来を守る、必ず」
「一族の未来を守ることは、命を懸けるほどの事なのか?」
ミラは炎を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……あたし、孤児なの。小さいころに家族を亡くして。」
飛龍は何も言わず、ただ耳を傾けていた。
「でもね、あたしを育ててくれたのが、狼族の仲間たちだった。血は繋がってないけど、みんなが家族みたいに育ててくれた。だから、あたしは一族に恩があるの。命を懸けてでも、返したいって思ってる。」
ミラの声は、静かに、けれど確かな熱を帯びていた。
「それに……代表選で、あたしは2人の仲間を失った。ルガとトルン。あの2人は、あたしのために……」
言葉が詰まる。焚火の炎が、彼女の頬を照らし、涙の筋を浮かび上がらせた。
「あの2人がいなかったら、あたしは今ここにいない。」
飛龍は、焚火越しにミラの瞳を見つめた。その中には、悲しみと怒り、そして決意が渦巻いていた。
「だから、あたしは生きる。あの2人の分まで、生きて、戦って、最後まで立ってみせる。」
ミラは拳を握りしめ、まっすぐに飛龍を見た。
「狼族はね、仲間のために命を懸けられる一族なのよ。あたしも、そうやって育てられた。だから、あたしもそうする。誰かのために、命を懸ける覚悟はできてる。」
飛龍はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「……その覚悟、偽りではないな。」
「当たり前でしょ。」
「ならば、俺も応えよう。お前の覚悟に、俺の拳で!」
「……それってプロポーズ?」
「違う」
「ふふっ、冗談よ。」
焚火の炎が、2人の間に温かな光を投げかける。夜は深まり、けれどその静けさの中に、確かな絆の芽が生まれていた。
夜は深まり、焚火の灯りが2人を包み込む。瑠璃色の龍と白銀の狼。運命に導かれた2つの魂は、まだ見ぬ未来へと歩みを進めていく。
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