【長編小説】獣戦記(アポカリプス)第四十六話 黒に染まる森
ミラがシャバルの強さを体感し、放った一言 ————“怪物” 。
その一言を聞き、シャバルの脳裏に走馬灯のように過去の記憶が流れ込む。
——黒い。
世界のすべてが、夜の闇よりも濃い黒に染まっていた。
黒に染まる森。そこは、豹族の故郷。
木々が空を覆い隠し、陽光も月光もわずかしか差すことが無い。湿った土の匂いと、鼻をくすぐる草花の匂い。
その中心で、小さな影が震えていた。
黒い毛皮に黒い斑点模様。まだ幼い、華奢な体躯にか細い声。だが、その瞳だけは異様に鋭かった幼いシャバル・ナイトパルマ。
彼は、血のついた小さな鉤爪を握りしめていた。
「……シャバル」
低く響く声が、森の奥から聞こえる。
豹族の戦士長、マヌエル。巨大な体躯と、無数の傷跡を持つ老戦士。
「そいつの命を狩り取れ、シャバル……」
シャバルは震える。
「やだ……やだよ、戦士長……」
「弱者は生きられぬ。 狩れぬ者は……死ぬ。我ら豹族は、そうして生き長らえて来た……」
「で、でも……今目の前にいるのは、僕よりも小さい子供だよ……」
「甘えを捨てろ……いずれ一族を背負うおぬしに、相手に対する甘えも、情けもいらん。ただ命を狩り取ることだけを考えろ……」
(で、でも……)
その子は、涙を流しながら震えている。
「シャバル……やめて……お願い、やめてくれよ……」
シャバルの手が震える。
「ぼ、僕……やっぱり、こんな事……出来ない……」
——ガシッ、ダンッ!
戦士長はシャバルの首根っこを掴み、地面に叩きつけた。
「出来ないだと? 甘えるな!」
「コホッ、コホッ!やめてよ……戦士長……」
「よく聞け!こいつは、生まれてから一度も、獲物を取れたことがない。この森では、弱者は死ぬ。狩れぬ者は、獲物になる。それが掟だ!」
シャバルは涙を流しながら叫ぶ。
「でも……! ぼくは……!」
戦士長はシャバルの顔を掴み、無理やり獲物の子供の方へ向けさせた。
「シャバル。お前は数百年に一度生まれてくる “黒豹の血” を持って生まれた。その黒い毛皮は、最強になれる才能だ。ここで、その血の力を証明しろ……奴を殺せ!」
「うぅ……」
(そんな血知らない……ただ黒く生まれただけで、なんで……)
シャバルの手が震えながら、鉤爪を握り直す。
——カタカタカタッ……
「そうだ。狩れ。狩って、生きろ。狩らなければ、お前が死ぬんだぞ!」
(狩らなければ、死ぬ。狩らなければ、生きられない。狩ることが、生きること……)
目の前の子供は、必死に後ずさる。
「やだ……やだよシャバル……! ぼくたち……家族だろ?」
その言葉が胸を刺す。シャバルの視界が涙で滲む。
「本当に、ごめん……ごめんなさい……」
——ザシュッ!!ビシャァ!
幼いシャバルの頬に、生ぬるいドロッとした血がかかる。
「本当に、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「よくやった、シャバル。その感覚を忘れるな。命を狩り取る感覚を……ハッハッハッ!」
その言葉が、シャバルの心に深く刻まれた。
その夜、シャバルは、ひとりで木の上に座っていた。
「ングッ……ゲボッ、オエッ……」
(はぁ……はぁ……眠れない。昼間の事が頭から離れない……それに、手から血の匂いがまだ……)
「シャバル?」
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
同じ豹族の少女。シャバルより少し年上で、優しい目をしていた。
「リ、リィナ……うっ……オエッ……」
リィナはシャバル背中をさする。
「シャバル……あなた……」
「だ、大丈夫……大丈夫だから……」
「フフッ、嘘ばっかり。昼間の事でしょ?良いのよ、吐いたって、泣いたって……家族として育ってきた子を殺して、平気な方がおかしいでしょ?」
「リィナ……うぅ……」
リィナはそっとシャバルを抱きしめる。
「ぼく……ぼく……本当は……」
「分かってる。分てるから……」
「ぐすんっ……ありがとう、リィナ。落ち着いた……」
「これからどうするの?このままじゃ、あなたの心がもたないわよ……」
「僕は、やたらむやみに誰かを殺したくない……でも、掟があるから……」
「そうよね、でも私は、ここの掟が間違ってると思う……」
「えっ?」
(リィナ……)
「弱者を切り捨てるなんて……そんなの、生きるって言わない。ねぇ、知ってる?他の場所では、手を取り合って、生きてる種族も居るんだって……」
シャバルの胸に、初めて温かいものが灯った。
「そんな場所が……行ってみたいな、ぼく……」
気づけば、2人は、暗い森を見下ろいながら、語らっていた。
ここじゃない別の場所にあるもの。住んでる種族。皆何をして、どう生きているのか。想像するだけで、胸が躍る。
「リィナ、ありがとう……」
「急にどうしたのよ、さぁ戻りましょ。あなたが消えたってなったら、大騒ぎになっちゃう」
(本当にありがとう……リィナ……)
豹族の掟は、優しさを許さない。
リィナの存在は、 シャバルにとって唯一の光となった。
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