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Bauhaus回想録 Vol.6:『Mask』と白い粉の美学(1981)

1981年、バウハウスはインディーズの地下性を保ちながらも、より大きな舞台へと歩みを進めます。
4ADで築いた基盤を踏まえ、活動の軸足はベガーズ・バンケット側へと移り、サウンドもまた、初期の剥き出しの衝動から、より洗練され、鋭利で、演劇的なものへと変貌していきました。

その変化を支えたのは、新しい録音環境だけではありません。
当時のロンドンの夜を覆っていたドラッグ・カルチャー、張りつめたスタジオの空気、そしてそこに出入りした伝説的な人物たちの存在もまた、この時期のバウハウスを語るうえで無視できない要素でした。

バンドの最高傑作とも称される2ndアルバム『Mask』の制作背景を、当時の退廃的なスタジオの空気感と共に描きます。


『Mask』と白い粉の美学 〜

『ブロー(コカイン)』でハイになっているときは、あのクリーンで、冷たく臨床的な高音(トレブル)が、メスのように切り裂くのを聴きたくなるのです。
すべての輪郭はより鋭くなり、UVライトはどういうわけかこの感覚の状態を明確に表現していました ――デヴィッド・J(回想録より

1981年。バウハウスはもはや、ノーサンプトンの地下室に潜むカルト・バンドではありませんでした。
デビューアルバム『In The Flat Field』はインディーズ・チャートを制覇し、過酷なヨーロッパ・ツアーは彼らをタフなライブ・バンドへと変貌させました。

次なるステップは、音響的にも視覚的にも、より「洗練」された領域への進出でした。

彼らは4ADを離れ、より大きな予算を持つ親会社ベガーズ・バンケット(Beggars Banquet)へと移籍します。そこで彼らを待っていたのは、最新鋭のスタジオ機材と、ロンドンの夜を支配する「白い粉(コカイン)」の誘惑でした。

連載第6回は、バンドの音楽的ピークとも言われる2ndアルバム『Mask』の制作、スタジオでのシュルレアリスム実験、そして伝説のミュージシャンたちとの退廃的な交流を描きます。


1. ベガーズ・バンケットへの移籍と「ファンク」の導入

1981年初頭、バウハウスはベガーズ・バンケットと契約しました。
このレーベルは当時、ゲイリー・ニューマン(Gary Numan)の爆発的なヒットによって潤沢な資金を持っていました。

4ADのアイヴォ・ワッツ=ラッセルも協力的で、バウハウスを「次のビッグ・シング」として送り出しました。

移籍第一弾としてリリースされたのは、彼らのパブリック・イメージを覆す、驚くべきシングルでした。

作品レビュー:Single "Kick In The Eye" (1981)

Kick In The Eye

5th Single: "Kick In The Eye"

  • 発売日: 1981年3月

  • レーベル: Beggars Banquet

  • チャート: 全英59位

  • プロデュース: バウハウス

【解説:ゴス・ファンクの誕生】 「ゴス=陰鬱」というステレオタイプを真っ向から否定する、強烈なファンク・ナンバーです。

デヴィッド・Jは、シック(Chic)やパーラメントといったファンク・バンドの影響を隠そうとせず、うねるようなグルーヴィーなベースラインを弾き出しました。

ケビン・ハスキンスのドラムは、ハイハットの開閉を巧みに使ったディスコ・ビートを刻みます。

歌詞のテーマは、デヴィッド・Jが当時傾倒していたジャック・ケルアックの小説『パリのサトリ(Satori in Paris)』から取られています。

「サトリ(悟り)」を探す旅と、「目への一撃(Kick in the eye=視覚的な刺激)」という感覚的な快楽が重ね合わされています。
この曲はクラブDJたちに愛され、バウハウスが単なるロックバンドではなく、ダンスフロアを揺らす機能を持った集団であることを証明しました。


2. スタジオの「白いライン」とカミソリの刃

1981年半ば、2ndアルバム『Mask』のレコーディングがロンドンのスタジオで始まりました。
彼らはセルフ・プロデュースを選び、エンジニアにはケニー・ジョーンズらを起用しました。

この時期のサウンドを決定づけたのは、機材の進化だけではありません。
コカインです。
デヴィッド・Jは回想録で、当時のスタジオの状況を赤裸々に語っています。

オーディオテープの編集(スプライシング)に使われていたカミソリの刃は、スタジオでは二重の目的を果たしていました。
一つはテープを切るため、もう一つは鏡の上で白い粉をライン状に整えるためです

コカインは、使用者に「神のような全能感」と「極端な集中力」を与えます。しかし同時に、感情の揺らぎを排除し、冷徹で神経質な感覚をもたらします。
『Mask』に収録された楽曲の、あの張り詰めた緊張感、金属的で鋭角的なギターサウンド、そして過剰なまでにクリアな高音域(トレブル)は、まさに薬物がもたらした「覚醒状態」の聴覚化でした。
彼らは音の「温かみ」を排除し、氷のように冷たく、鋭い音像を構築していったのです。


3. ヴェルヴェットの歌姫、ニコの訪問

深夜のスタジオには、時折、伝説的な訪問者が現れました。 その一人が、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの歌姫、ニコ(Nico)です。

生涯、浮名を流したNico女史

バウハウスのメンバーにとって、彼女はアンディ・ウォーホル・ファクトリーの象徴であり、崇拝の対象でした。

彼女は当時、ロンドンでソロ活動を行っており、共通の知人を通じてスタジオを訪ねてきたのです。 ニコは、メスカル(テキーラの一種)の大瓶を抱えて現れました。

彼女はハルモニウム(足踏みオルガン)のような低い声で話し、その存在自体がゴシック建築のようでした。
彼女はメスカルをラッパ飲みしながら、私の肩に寄りかかり、かつての恋人たちの話を囁きました。ジム・モリソン、ルー・リード、アラン・ドロン……(デヴィッド・J)

しかし、彼女の姿は「過去の亡霊」のように悲しげでもありました。かつての圧倒的な美貌はヘロインとアルコールによって陰りを見せていましたが、それでもなお、彼女は退廃的なカリスマ性を放っていました。

バウハウスのメンバーは、自分たちが憧れる「破滅的な美」の体現者を目の当たりにし、畏敬の念を抱きました。


4. ビリー・マッケンジーと銀のケース

もう一人の重要な訪問者は、ジ・アソシエイツ(The Associates)のボーカル、ビリー・マッケンジーでした。
スコットランド出身の彼は、4オクターブの声域を持つ秀逸なシンガーであり、バウハウスと同様に「過剰な美学」を追求する同志でした。

ビリー・マッケンジー

彼はエレガントな銀のケースを持ってスタジオに現れました。中には最高級のコカインが入っていました。

ビリーとバウハウスのメンバーは、朝までドラッグを摂取し、音楽について語り合いました。ビリーは自身の精神的な脆さを隠すように、常に道化のように振る舞い、周囲を笑わせていました。

ビリーは純粋なエネルギーの塊でした。しかし、その輝きの裏には深い闇がありました。
私たちは皆、同じ『何か』から逃れようとして、同じ薬物で加速していたのです(デヴィッド・J)

(※注:ビリー・マッケンジーは後に1997年に自殺します。この夜の狂乱は、80年代初頭のロンドン・シーンの「あだ花」のような一瞬でした)


5. 作品レビュー:Single "The Passion of Lovers" (1981)

アルバムの先行シングルとしてリリースされたのが、この名曲です。

The Passion of Lovers

6th Single: "The Passion of Lovers"

  • 発売日: 1981年7月

  • レーベル: Beggars Banquet

  • チャート: 全英56位

【解説:カマキリの愛】 アコースティック・ギターのカッティングが主導する、バウハウスにしては珍しく「キャッチー」な楽曲です。

しかし、その内容は決して甘いラブソングではありません。
ピーター・マーフィーが書いた歌詞は、「カマキリの交尾」をメタファーにしています。
メスが交尾中にオスの頭を食いちぎるという習性を、人間の恋愛関係における「支配と被支配」、あるいは「エゴの共食い」に重ね合わせているのです。

She laughs and she cries and she tries to taunt him (彼女は笑い、泣き、彼をなじろうとする)

ライブでは、ケビン・ハスキンスが立ち上がってフロアタムを連打し、部族的な儀式のような高揚感を生み出しました。

この曲は、彼らがゴシック的な枠を超え、より普遍的なポピュラー音楽の構造(ヴァース・コーラス形式)を習得したことを示しています。


6. 作品レビュー:Album "Mask" (1981)

そして1981年10月、彼らの芸術的頂点とも言われる2ndアルバムが完成します。

Mask パンダ

2nd Album: "Mask"

  • 発売日: 1981年10月16日

  • レーベル: Beggars Banquet

  • チャート: 全英30位

  • アートワーク: ダニエル・アッシュ

【概要】 前作『In The Flat Field』の荒削りなパンク衝動を残しつつ、ダブ、ファンク、アコースティック、そして実験音楽の要素を巧みに融合させた傑作です。

ジャケットのイラストはダニエル・アッシュ自身によるもので、バンドの「演劇的(Theatrical)」な側面――仮面(Mask)を被ることで本質を露わにする――を象徴しています。

【全曲解説とサウンド分析】

  1. Hair of the Dog 「迎え酒」を意味するタイトル。歪んだギターリフと、ピーターの狂気的な笑い声で幕を開けます。パンク的なアグレッションと、複雑なリズム展開が同居しています。

  2. The Passion of Lovers 前述のシングル曲。アルバムの中でも際立ってメロディアスで、構築美を感じさせるトラック。

  3. Of Lilies and Remains シュルレアリスムの実験作。デヴィッド・Jとピーター・マーフィーは、互いに見た「夢」の内容を紙に書き出し、不協和音のジャズ・ファンクに乗せて、それを即興で朗読しました。「死体」「百合」「腐敗」といったイメージが、脈絡なく語られます。

  4. Dancing アコースティック・ギターとサックス(ダニエル・アッシュ演奏)をフィーチャーした、奇妙に軽快な曲。歌詞はダンスのステップを指示するような内容ですが、どこか不穏です。

  5. Hollow Hills アルバムで最も「ゴシック」な曲。重厚なダブ・ベースが支配する中、ピーターが「中空の丘(妖精の住処)」について囁きます。エフェクト処理されたスネアの音が、地下洞窟の水滴のように響きます。

  6. Kick In The Eye 2 シングルとは異なる再録音バージョン。よりロック色が強まり、ギターが前面に出ています。

  7. In Fear of Fear ダニエル・アッシュがサックスとピアノを多重録音し、不協和音の渦を作り出しています。「恐怖そのものへの恐怖」という心理的なテーマを扱っています。

  8. Muscle in Plastic プラスチックの中の筋肉、つまり「造られたスター」や「商品化された肉体」への皮肉。変拍子を多用したテクニカルな演奏が光ります。

  9. The Man with the X-Ray Eyes ロジャー・コーマンのSF映画『X線の眼を持つ男』をモチーフにした曲。アコースティック・ギターとシンセサイザーが、悲劇的な主人公の孤独を描きます。

  10. Mask タイトル曲。逆再生されたボーカルとドラム、不気味なキーボードが渦巻く中、ピーターが自己のアイデンティティ(仮面)について問いかけます。アルバムの最後を飾るにふさわしい、謎めいた楽曲です。


7. 「気取った(Pretentious)」という勲章

アルバム『Mask』は商業的に成功し、全英チャート30位にランクインしました。バウハウスはもはや無視できない存在となっていました。

しかし、音楽プレスの反応は相変わらず二分されていました。

ファンジンや一部の記者は彼らの進化を絶賛しましたが、保守的なロック評論家たちは、彼らの演劇性や文学的参照(オスカー・ワイルドやシュルレアリスム)を指して、さらに声を荒らげて「気取っている(Pretentious)」と攻撃しました。

気持ち悪くてもかっこいい?

メンバーはこの批判に対し、開き直りの境地に達していました。 「俺たちが気取っているだと? ならば、壮大に気取ってやろうじゃないか!

彼らはミュージック・ビデオの制作にも力を入れ始めました。
「Mask」のプロモーション・ビデオでは、廃墟となった洋館で、メンバーがゾンビのようなメイクをして演奏する姿が撮影されました。それは、来るべき「MTV時代」に向けた、彼らなりの視覚的プロパガンダでした。



【Vol.6 あとがき】

第6回では、バウハウスの音楽的ピークである『Mask』の制作と、それを支えたドラッグ・カルチャー、そして伝説的なミュージシャンたちとの交流を描きました。

この時期のバウハウスは、パンクの「怒り」を、より洗練された「美学」へと昇華させることに成功しています。コカインの影響による冷徹で鋭いサウンドは、彼らのトレードマークとなり、後のゴシック・ロックだけでなく、ポジティブ・パンクやニュー・ロマンティックのバンドにも多大な影響を与えました。

しかし、彼らの「スターへの階段」はまだ途中です。 次回Vol.7では、1982年、ついに彼らのアイドルであるデヴィッド・ボウイ本人と映画で共演し、「Ziggy Stardust」のカバーで大ヒットを飛ばす「絶頂期」について描きます。

(Vol.7へ続く)

【出典・参考文献】

本連載の執筆にあたり、以下の文献・資料を参照・引用いたしました。

■ 回想録(一次資料)

  • David J, Who Killed Mister Moonlight?: Bauhaus, Black Magick and Benediction, Jawbone Press, 2014.

■ 当時の音楽プレス(1979-1983)

  • Phil Sutcliffe, "Bauhaus: University of Surrey, Guildford", Sounds, May 24, 1980.

  • Andy Gill, "Bauhaus: In The Flat Field", New Musical Express (NME), November 8, 1980.

  • Mike Stand, "Bauhaus: Darkness and Degradation in Sound and Word", The Face, Issue 22, February 1982.

  • Paul Morley, "Bauhaus: Breaking Down The Walls Of Art-Ache", New Musical Express (NME), March 20, 1982.

  • Chris Bohn, "Ziggy Stardust: From Bowie To Bauhaus", New Musical Express (NME), October 23, 1982.

  • Helen Fitzgerald, "Peter Murphy: Searching for Satori", Melody Maker, October 8, 1983.

■ 回顧録・特集記事(2000年代以降)

  • Stephen Dalton, "Bauhaus: The Godfathers of Goth", Uncut, Issue 131, April 2008.

  • Julian Marszalek, "Peter Murphy Interview", The Quietus, July 26, 2011.

  • Martin Aston, "Bauhaus: A post-punk primer on 'The Godfathers of Goth'", The Vinyl Factory, January 16, 2019.

■ データ参照

  • Discogs (Release Data)

  • Official Charts Company (UK Chart Data)

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