Bauhaus回想録 Vol.7:神との共演とスターダム (1982 Part1)
1982年、バウハウスはそれまでの“カルト的人気を誇る先鋭的バンド”から、一気に全国区の認知を得る存在へと変わっていきます。
映画への出演、デヴィッド・ボウイとの対面、そして「Ziggy Stardust」のヒット。
この年は、彼らが夢見てきた場所へ最も近づいた年であると同時に、その成功がバンドの内部バランスを揺らし始めた年でもありました。

神との共演 〜デヴィッド・ボウイとスターダムの光と影〜
オイ! お前、俺の靴を履いてるぞ!(Oi! You've got my shoes on!) ――デヴィッド・ボウイ(ダニエル・アッシュに向かって)
1982年。バウハウスにとって、これ以上の年は考えられませんでした。 ノーサンプトンの灰色の空の下で、デヴィッド・ボウイのレコードを聴き、彼のようになりたいと夢見ていた少年たちが、ついにその「神」本人と同じ舞台に立つことになったのです。
連載第7回は、映画『ハンガー』の撮影現場で起きた奇跡のような一日と、彼らの最大のヒット曲となった「Ziggy Stardust」のリリース、そして急速に肥大化していくピーター・マーフィーの「スター性」について描きます。
1. 映画『ハンガー』への招待状
1982年の春、バンドのマネージメントオフィスに一本の電話が入りました。 ハリウッドの映画監督リドリー・スコットの弟、トニー・スコットのオフィスからでした。
トニー・スコットは現在、カトリーヌ・ドヌーヴとデヴィッド・ボウイ主演の吸血鬼映画『ハンガー(The Hunger)』を制作しており、その冒頭のシーンに出演するバンドを探していたのです。

1982年、トニー・スコット監督の映画『The Hunger』制作の過程で、映画側の関係者がバウハウスのライヴを見て、「Bela Lugosi’s Dead」がナイトクラブの場面にふさわしいと考えたことから、起用の話が進みました。
トニー・スコットはバンドに、ナイトクラブのシーンで「Bela Lugosi's Dead」を演奏してほしいと依頼しました。
メンバーにとって、これ以上のオファーはありませんでした。
自分たちの代名詞である曲を、ハリウッド映画で、しかもデヴィッド・ボウイの目の前で演奏できるのです。彼らは二つ返事で快諾しました。
2. クラブ「ヘヴン」での神との対面
撮影現場となったのは、ロンドンのチャリング・クロスにある巨大なゲイ・クラブ「ヘヴン(Heaven)」でした。
ステージは金網の檻(ケージ)で囲まれ、スモークが焚かれ、退廃的な雰囲気が完璧に作り込まれていました。
バウハウスのメンバーがスタンバイしていると、ふらりと一人の男が現れました。
ブロンドの髪、完璧なスーツ、そしてあの瞳。デヴィッド・ボウイでした。
現場の空気が一瞬で凍りつきました。バウハウスの4人にとって、彼は単なる有名人ではなく、人生の指針そのものだったからです。
ボウイはリラックスした様子でジュークボックスにコインを入れ、ファンク・ミュージックに合わせて軽く踊りながら、メンバーの方へ歩いてきました。そして、ギタリストのダニエル・アッシュの足元を見て、冒頭の言葉を叫んだのです。
「オイ! お前、俺の靴を履いてるぞ!」
ダニエルは、ボウイが主演映画『地球に落ちて来た男』で履いていたのと同じ、先の尖った黒いウィンクル・ピッカー(革靴)を履いていたのです 。
「いい趣味してるじゃないか」 ボウイはニカっと笑い、気さくにメンバーに話しかけました。デヴィッド・Jにとって、それは「今日はいい日になりそうだ」と確信する瞬間でした。
3. ピーター・マーフィーの緊張
しかし、その場の空気を最も強く物語っていたのは、ピーター・マーフィーの反応でした。
デヴィッド・ボウイの姿が現れた瞬間、現場にはそれまでとはまったく違う緊張が走ります。ダニエル・アッシュもケヴィン・ハスキンスも、それぞれに強い衝撃を受けていましたが、とりわけピーターの動揺は深かったようです。
デヴィッド・Jは回想録で、その時のピーターの様子をこう記しています。
ピーターは純粋に気絶しそうなほどの不安から、自分のヒーローの近くにいることを避けていました。彼は物理的に気分が悪くなるほど緊張しており、ボウイと目を合わせることさえできなかったのです
それは、ステージの上では傲岸不遜な「闇の帝王」として振る舞うピーターの姿からは想像しにくい、きわめて繊細な一面でした。
結局、その場でピーターがボウイと親しく言葉を交わすことは、ほとんどできませんでした。
けれども、そこにあったのは気取りでも演技でもなく、長年憧れ続けてきた存在を前にした、一人の青年のむき出しの敬愛だったのでしょう。
バウハウスのメンバー全員がそれぞれの形で緊張していた中でも、ピーターの反応はひときわ人間的で、印象的なものとして残っています。
しかし、本番の撮影が始まると、彼はスイッチを切り替えました。
檻の中で、金網を掴み、獣のように咆哮するピーター・マーフィー。
カメラ越しの彼は、もはやファンの顔ではありませんでした。
ボウイが見つめる前で、彼はボウイがかつて演じた「ジギー・スターダスト」の狂気を、現代的にアップデートして見せつけたのです。
(※注:この映画のオープニングシーンは、ゴシック・カルチャーを象徴する映像として歴史に残りましたが、デヴィッド・Jは「どうせ映るのはマーフィーだけで、俺たちのことなんて誰も見ちゃいないさ」と自虐しています)
4. 作品レビュー:Single "Spirit" (1982)
映画撮影と前後して、バンドは商業的な成功を目指したシングルをリリースします。

7th Single: "Spirit"
発売日: 1982年6月
レーベル: Beggars Banquet
チャート: 全英42位
プロデュース: ヒュー・ジョーンズ
【解説:ポップへの野心と挫折】
バンドは「ヒット曲」を欲していました。そこで彼らは、「Bela Lugosi's Dead」のような長尺の曲ではなく、コンパクトでメロディアスな曲「Spirit」を用意しました。
プロデューサーには、エコ&ザ・バニーメンなどを手掛けたヒュー・ジョーンズを起用。アコースティック・ギターとピアノ、そして女性コーラスを取り入れた、高揚感のある「ポジティブ」なアンセムです。
しかし、レコーディングは難航しました。バンドは外部プロデューサーの介入に慣れておらず、仕上がった音源は「あまりに軽すぎる」と感じられました。
それでも全英42位という、当時の彼らにとっては最高位を記録しましたが、メンバー(特にデヴィッド・J)はこの曲の仕上がりに満足していませんでした。「魂(Spirit)が抜けている」と。
(※アルバム『The Sky's Gone Out』収録時には、バンド自身のプロデュースによる再録音バージョン「Spirit (Album Version)」が採用されています)
5. 「究極の皮肉」としてのジギー・スターダスト
「Spirit」での消化不良を抱えていた彼らは、次の一手として、ある意味で「禁じ手」を使います。
BBCラジオのジョン・ピール・セッションで録音した、デヴィッド・ボウイのカバー「Ziggy Stardust」のシングル化です。
なぜこの曲を選んだのか? それは「ボウイへの愛」であると同時に、執拗に彼らを「ボウイの模倣者(Copyists)」と批判し続ける音楽プレスへの「究極の皮肉(アイロニー)」でもありました。
『お前らはボウイのパクリだ』と言われるなら、いっそ世界で一番有名なボウイの曲をやってやろうじゃないか。それも、オリジナルよりも過激に、完璧にね(ピーター・マーフィー)
デヴィッド・Jは、このシングルのために特別なロゴをデザインしました。
バウハウスの象徴である「オスカー・シュレンマーの顔」のロゴに、ボウイのアルバム『アラジン・セイン』の象徴である「稲妻のメイク」を重ね合わせたのです。
二つのアイコンが重なった瞬間、デヴィッドは「手の中にヒット曲がある」と確信しました。
6. 作品レビュー:Single "Ziggy Stardust" (1982)

8th Single: "Ziggy Stardust"
発売日: 1982年10月
レーベル: Beggars Banquet
チャート: 全英15位
【解説:歴史的カバー】
バウハウス最大の商業的ヒット作です。 オリジナルに忠実なアレンジですが、サウンドの質感は全く異なります。
ミック・ロンソンの人間味あふれるギターサウンドは、ダニエル・アッシュによって金属的でノイジーな「スクレイプ音」に置き換えられています。
リズム隊はより硬質で、そしてピーター・マーフィーのボーカルは、ボウイよりもヒステリックで、冷徹です。
この曲について、当時の『NME』誌の記者クリス・ボーンは、バウハウスへの批判を撤回し、絶賛しました。
バウハウス版にはパロディの痕跡はなく、オリジナルの金切り声を上げるようなムードを正確にコピー(ゼロックス)している。(中略)ゲイリー・ニューマンやウルトラヴォックスといった不運な連中がボウイの表面的な模倣に終わる中、バウハウスはどういうわけか、グラムをあれほどエキサイティングなものにしたヒステリーの源泉を掘り当てたのだ(Chris Bohn, NME, 1982)
B面には、ブライアン・イーノのカバー「Third Uncle」が収録されました。
性急なビートとパンク・アグレッションが炸裂するこの曲もまた、彼らの最高傑作の一つとされています。

7. トップ・オブ・ザ・ポップスと白い光
「Ziggy Stardust」のヒットにより、彼らはついにイギリスの国民的音楽番組『トップ・オブ・ザ・ポップス(Top of the Pops)』への出演権を獲得しました。
毎週木曜日の夜、全英の家族が夕食を食べながら見るこの番組に出ることは、すなわち「全国区のスター」になることを意味します。
バウハウスのテレビ出演に関しては、ある有名な語り草があります。 同じく1982年のBBC番組(『Riverside』での「Bela Lugosi's Dead」収録時)において、彼らは局が用意した派手な照明を拒否し、暗闇の中で下から顔を照らす「アップライティング」だけを要求しました。
本番。
暗闇の中で、下からの白い光だけに照らされたメンバーは、まるでホラー映画の怪物のようでした。
ピーター・マーフィーの頬骨が影を作り、目は窪み、不気味に浮かび上がります。
それはお茶の間に流された「異物」でした。
多くの親たちは眉をひそめましたが、テレビの前の感受性の強い少年少女たちは、その暗黒の美しさに一撃で魅了されました。
この夜、全英に数千人の「ゴス」が生まれたと言われています。
8. マクセルのCMと「ピーター・マーフィー」という商品
スターダムは、バンド内のバランスを微妙に狂わせ始めました。
その象徴的な出来事が、日本のオーディオメーカー「マクセル(Maxell)」のテレビCMへの出演です。
出演依頼が来たのはバンド全員ではなく、ピーター・マーフィー個人に対してでした。
「音の壁を破る男(Break the sound barrier)」というコンセプトで、ピーターが椅子に座り、強烈な風(音圧)を受けて髪や服がなびくという、スタイリッシュな映像です。
ピーターはこれを引き受けました。ギャラは2,000ポンド(当時のレートでかなりの高額)。
彼は後に「あれは破壊的(subversive)で最高だっただろう? 僕は美しかったし、金ももらえた」と語っていますが、一部のファンや批評家からは「魂を売った(Sell out)」と批判されました。
そして何より、バンドメンバーの中に「ピーターだけが特別扱いされている」という小さな、しかし消えないわだかまりが生まれました。
映画『ハンガー』でも、CMでも、注目されるのは常にピーターの顔。
「俺たちはバックバンドじゃない」――ダニエル、デヴィッド、ケビンの3人の心に芽生えたこの感情は、やがてバンドを引き裂く決定的な亀裂へと成長していきます。
【Vol.7 あとがき】
第7回では、バウハウスの絶頂期を描きました。 映画出演と「Ziggy Stardust」のヒットは、彼らが長年夢見てきた成功そのものでした。
しかし、皮肉なことに、彼らがボウイに近づけば近づくほど、バンドとしてのオリジナリティや結束力は揺らいでいきました。
特に「Ziggy Stardust」が、オリジナル曲ではなくカバー曲であったことは、ソングライターとしてのプライドを持つダニエルやデヴィッドにとっては、複雑な心境だったことでしょう(ヒットしたのは嬉しいが、自分たちの曲ではない)。
成功の光が強ければ強いほど、影は濃くなります。
次回Vol.8では、1982年後半、3rdアルバム『The Sky's Gone Out』のリリースと、ザ・バースデイ・パーティとの狂乱のツアーについて。
ピーター・マーフィーのパフォーマンスが「芸術」から「暴力」へと変質し、メンバーが彼に愛想を尽かし始める過程を描きます。
(Vol.8へ続く)
【出典・参考文献】
本連載の執筆にあたり、以下の文献・資料を参照・引用いたしました。
■ 回想録(一次資料)
David J, Who Killed Mister Moonlight?: Bauhaus, Black Magick and Benediction, Jawbone Press, 2014.
■ 当時の音楽プレス(1979-1983)
Phil Sutcliffe, "Bauhaus: University of Surrey, Guildford", Sounds, May 24, 1980.
Andy Gill, "Bauhaus: In The Flat Field", New Musical Express (NME), November 8, 1980.
Mike Stand, "Bauhaus: Darkness and Degradation in Sound and Word", The Face, Issue 22, February 1982.
Paul Morley, "Bauhaus: Breaking Down The Walls Of Art-Ache", New Musical Express (NME), March 20, 1982.
Chris Bohn, "Ziggy Stardust: From Bowie To Bauhaus", New Musical Express (NME), October 23, 1982.
Helen Fitzgerald, "Peter Murphy: Searching for Satori", Melody Maker, October 8, 1983.
■ 回顧録・特集記事(2000年代以降)
Stephen Dalton, "Bauhaus: The Godfathers of Goth", Uncut, Issue 131, April 2008.
Julian Marszalek, "Peter Murphy Interview", The Quietus, July 26, 2011.
Martin Aston, "Bauhaus: A post-punk primer on 'The Godfathers of Goth'", The Vinyl Factory, January 16, 2019.
■ データ参照
Discogs (Release Data)
Official Charts Company (UK Chart Data)
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