Bauhaus回想録 Vol.8:エゴの衝突と「残酷演劇」 (1982 Part2)
1982年後半、バウハウスは全英チャート4位という商業的な頂点を極めます。 しかし、その頂からの景色は絶景ではなく、断崖絶壁でした。
オーストラリアから来た「本物の野獣」ザ・バースデイ・パーティとのツアー、エスカレートするピーター・マーフィーの暴力、そしてシカゴでの狂乱の儀式。

成功の光が強くなるほどに濃くなる「影」と、バンド崩壊へのカウントダウンを、当時の壮絶なライブレポートと共に描きます。
エゴの衝突と「残酷演劇」 〜崩壊への序曲〜
俺たち全員、ピーターにかなり愛想を尽かしましたよ。無責任でした ――ダニエル・アッシュ(『The Face』1982年インタビュー)
1982年の終わり。バウハウスは英国で最も人気のあるバンドの一つになっていました。 シングル「Ziggy Stardust」は街中で流れ、テレビをつければ彼らの姿があり、アルバムは飛ぶように売れていました。

しかし、楽屋の空気は凍りついていました。 かつて4人を結びつけていた「魔法」は、いまや「呪い」へと変わりつつありました。ボーカルのピーター・マーフィーは、自分が演じる「闇の帝王」というペルソナ(仮面)に飲み込まれ、現実と虚構の区別がつかなくなっていたのです。
連載第8回は、バンド史上最高のセールスを記録した3rdアルバム『The Sky's Gone Out』のリリースと、狂気と暴力に満ちた1982年冬のツアーを描きます。
1. 作品レビュー:Album "The Sky's Gone Out" (1982)
商業的な絶頂期にリリースされた、バンドの3枚目のアルバムです。

3rd Album: "The Sky's Gone Out"
発売日: 1982年10月
レーベル: Beggars Banquet
チャート: 全英4位
プロデュース: バウハウス
【概要:空が消えた日】
全英チャート4位という、バンド史上最高の記録を打ち立てたヒット作です。
初回プレス盤にはライブ・アルバム『Press The Eject And Give Me The Tape』が無料で付属するという豪華仕様も話題を呼びました。
タイトルの「空が消えた(The Sky's Gone Out)」は、当時の彼らが感じていた閉塞感や、核戦争への恐怖、あるいは精神的な暗闇を暗示しています。
【サウンド分析:遠心力の増大】 前作『Mask』で見せたまとまりのあるバンド・アンサンブルとは対照的に、このアルバムはバラエティに富んでいますが、同時に「散漫」でもあります。
Third Uncle: ブライアン・イーノのカバー。パンク的な疾走感と金属的なギターノイズが炸裂する、アルバム最強のオープニング・ナンバー。
Silent Hedges: 歪んだギターリフとアコースティックな展開が同居するドラマチックな曲。「地獄へ行くなら、地図を持っていくな」という歌詞が印象的。
All We Ever Wanted Was Everything: バウハウスにしては珍しい、美しくノスタルジックなアコースティック・バラード。退屈な日常からの脱出を夢見る若者の心情を歌い上げ、多くのファンの涙を誘いました。
Exquisite Corpse: Vol.3の「追加素材」でも触れたシュルレアリスム実験作。エンジニアのイビキをリズムトラックに使い、各メンバーが別々に録音したパートを接合した、奇妙なレゲエ・ダブ・ナンバーです。
アルバム全体を通して、メンバー個々の実験精神は旺盛ですが、「4人で一つの音を作る」という結束力は薄れ始めていました。
2. ザ・バースデイ・パーティとの遭遇
ツアー中のバウハウスにとって最大の脅威であり、同時に刺激となったのが、サポート・アクトを務めたザ・バースデイ・パーティ(The Birthday Party)でした。
オーストラリア出身の彼らを率いるのは、若き日のニック・ケイヴ。
彼らのパフォーマンスは「演劇」ではありませんでした。「本物のカオス」でした。ヘロインとアルコールに溺れ、ステージ上で互いに殴り合い、観客にダイブし、叫び声を上げる。
彼らの前では、バウハウスの計算された照明やメイクアップは、まるで「子供の学芸会」のように見えかねない危険がありました。
デヴィッド・Jは回想録で、彼らへの対抗心を露わにしています。
彼らは野獣でした。純粋で、汚れていて、危険でした。私たちは毎晩、彼らの後にステージに立たなければなりませんでした。
それは戦いでした。彼らの混沌としたエネルギーに対抗するために、私たちはより鋭く、より冷たく、より完璧である必要がありました
しかし、ピーター・マーフィーは違う反応を示しました。
彼はニック・ケイヴの狂気に触発され、自分も「もっと危険」になろうとしたのです。それが悲劇の引き金となりました。
3. グラスゴーでの逮捕と「マイクスタンド事件」
事件はスコットランド、グラスゴーのナイトクラブ「Tiffany’s」で起きました。 スコットランドの観客は荒っぽいことで有名です。
最前列のパンクスたちは、ピーターに向かって執拗に野次を飛ばし、唾を吐きかけていました。

普段なら冷徹に無視するか、ウィットに富んだ言葉で返すピーターですが、この夜の彼は違いました。 演奏中、彼は突如としてキレました。
重い鉄製のマイクスタンドのベース(土台)部分を振り上げ、野次を飛ばしていた観客の頭めがけて振り下ろしたのです。
鈍い音がしました。男は血を流して倒れました。会場は騒然となり、セキュリティがステージに雪崩れ込んできました(デヴィッド・J)
ライブは中断。
ピーターは殺人未遂、あるいは傷害の容疑で警察に連行され、留置所で一夜を過ごすことになりました。
翌日、証拠不十分(あるいは正当防衛的な状況)で釈放されましたが、この事件はバンドメンバーに深い衝撃を与えました。
「あいつは一線を越えた」 ダニエル、デヴィッド、ケビンの3人は、ピーターの行動を「アート」ではなく、単なる「暴力」と見なし始めました。
4. ノッティンガム:ジョアンナのハイキック
暴力の連鎖は止まりません。ノッティンガムの「ロックス・シティ」でのライブでも、ピーターは最前列のティーンエイジャーを威嚇し、流血沙汰を起こしました。
終演後の楽屋は最悪の雰囲気でした。 そこへ、ピーターの当時のガールフレンドであり、振付師でもあったジョアンナが入ってきました。彼女は激怒していました。
デヴィッド・Jはこの光景を鮮明に記憶しています。
ジョアンナは一言も発さず、ピーターの前に立ちました。そして次の瞬間、彼女の足が閃きました。渾身の力を込めた、ストーム・トルーパー(突撃隊)のようなハイキックが、ピーターの股間(急所)に炸裂したのです
ピーターは苦悶の表情で床に崩れ落ち、うめき声を上げました。
「うう……なぜだ……」 ジョアンナは冷たい視線で見下ろし、ドアをバタンと閉めて出て行きました。

部屋に残されたメンバー3人は、誰もピーターを助け起こそうとしませんでした。ただ冷ややかに、床に転がる「闇の帝王」を見つめていただけでした。
ダニエル・アッシュが雑誌『The Face』の記者ポール・モーリーに語った「俺たち全員、彼に愛想を尽かした」という言葉は、まさにこの瞬間の心情を代弁していました。
5. シカゴ:「アントナン・アルトー」の儀式
1982年12月、再びアメリカへ。シカゴの「キャバレー・メトロ」でのライブは、バウハウスの歴史の中で最も狂気じみた、そして伝説的な一夜となりました。
彼らはこの日、通常のセットリストを捨てました。 彼らが敬愛するフランスの詩人・演劇家、アントナン・アルトーの「残酷演劇」の概念を実践しようとしたのです。
ライブ前、彼らはラジオでこうアナウンスしました。 「今夜のライブに来る客は、何か音の出るものを持ってこい。缶でも、笛でも、何でもいい」
ライブの中盤、彼らは新曲(といってもリフだけの曲)「Antonin Artaud」を演奏し始めました。 ピーターは叫びました。 「あの老人は死んだ! 彼らは彼の脳を食った! だから俺は叫ぶ! 叫ぶ!」

そして、中間部のインストゥルメンタル・パートに入ると 同じリフ、同じリズムを、延々と繰り返しました。5分、10分、15分……。
観客は最初こそ困惑していましたが、次第にトランス状態に陥っていきました。彼らは持ってきた笛を吹き鳴らし、壁を叩き、叫び始めました。
ピーターはドラムキットの上に水を注ぎ、ストロボが激しく点滅する中、スローモーションの爆発が起きていました。
ケビンが叩くたびに水しぶきが上がり、光り輝いていました。観客は集団ヒステリーのような状態でした(デヴィッド・J)
20分以上続いたこのループ演奏は、音楽というよりは「儀式」でした。 デヴィッド・Jはこの夜のことを「恐ろしかったが、同時に最高にエキサイティングだった」と振り返ります。
これはバウハウスが「ロックバンド」の枠を完全に逸脱し、純粋な「エネルギー体」となった瞬間でした。
6. 作品レビュー:Live Album "Press The Eject And Give Me The Tape" (1982)
この時期のライブの凄まじさを記録した公式ライブ盤についても触れておきましょう。

Live Album: "Press The Eject And Give Me The Tape"
発売日: 1982年10月(『The Sky's Gone Out』初回特典として。後に単独発売)
録音: 1981年〜1982年のロンドン、リバプールでの公演
【解説】 タイトルの「Press The Eject And Give Me The Tape(イジェクトボタンを押して、そのテープをよこせ)」は、ライブ会場で海賊版を録音していた客に対し、警備員が叫んだ言葉から取られています。
このアルバムは、スタジオ盤よりも遥かに荒々しく、攻撃的なバウハウスの姿を捉えています。特に「Rosegarden Funeral of Sores」や「Dark Entries」のテンションは異常です。 ピーター・マーフィーが観客を煽り、罵倒し、支配する様子が、生々しく記録されています。
7. 孤立する王
1982年の終わり、バウハウスは崩壊寸前でした。
シカゴでの「残酷演劇」のような奇跡的な瞬間もありましたが、それはロウソクが燃え尽きる前の最後の輝きでした。
ステージの外では、ピーターと他の3人の会話はほとんどなくなっていました。
ピーターは自分の取り巻き(グルーピーやスタッフ)と過ごし、ダニエルとデヴィッドはドラッグと音楽談義に没頭し、ケビンは静かにそれを見守る。

そんな中、ピーター・マーフィーの身体に異変が起きます。
度重なるツアーの疲労、不摂生、そして精神的なストレスが重なり、彼は重度の肺炎を発症したのです。
医師の診断は深刻でした。「すぐに入院しなければ命に関わる」。 1983年の年明け、バンドは4枚目のアルバムのレコーディングを予定していましたが、ボーカリスト不在という緊急事態に直面することになります。
しかし、残された3人(ダニエル、デヴィッド、ケビン)が下した決断は、ピーターにとって信じがたいものでした。
「ピーターが治るのを待とう」ではなく、「ピーター抜きで始めよう」だったのです。
【Vol.8 あとがき】
第8回では、商業的な絶頂と反比例するように、バンド内部が崩壊していく様子を描きました。
ピーター・マーフィーの暴力行為は決して肯定できるものではありませんが、彼が背負わされていた「ゴシックの帝王」というプレッシャーの大きさも想像に難くありません。彼は自分自身を「残酷演劇」の生贄に捧げていたのかもしれません。
そしてバンドは、リーダーを失ったままスタジオに入ります。
それはクーデターであり、新しい自由の獲得でもありました。
次回Vol.9では、ピーター不在のまま進んだ『Burning from the Inside』制作、復帰後の断絶、そして1983年7月5日ハマースミス・パレでの「R.I.P.」までを描きます。
(Vol.9へ続く)
【出典・参考文献】
本連載の執筆にあたり、以下の文献・資料を参照・引用いたしました。
■ 回想録(一次資料)
David J, Who Killed Mister Moonlight?: Bauhaus, Black Magick and Benediction, Jawbone Press, 2014.
■ 当時の音楽プレス(1979-1983)
Phil Sutcliffe, "Bauhaus: University of Surrey, Guildford", Sounds, May 24, 1980.
Andy Gill, "Bauhaus: In The Flat Field", New Musical Express (NME), November 8, 1980.
Mike Stand, "Bauhaus: Darkness and Degradation in Sound and Word", The Face, Issue 22, February 1982.
Paul Morley, "Bauhaus: Breaking Down The Walls Of Art-Ache", New Musical Express (NME), March 20, 1982.
Chris Bohn, "Ziggy Stardust: From Bowie To Bauhaus", New Musical Express (NME), October 23, 1982.
Helen Fitzgerald, "Peter Murphy: Searching for Satori", Melody Maker, October 8, 1983.
■ 回顧録・特集記事(2000年代以降)
Stephen Dalton, "Bauhaus: The Godfathers of Goth", Uncut, Issue 131, April 2008.
Julian Marszalek, "Peter Murphy Interview", The Quietus, July 26, 2011.
Martin Aston, "Bauhaus: A post-punk primer on 'The Godfathers of Goth'", The Vinyl Factory, January 16, 2019.
■ データ参照
Discogs (Release Data)
Official Charts Company (UK Chart Data)
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