Bauhaus回想録 Vol.9:クーデターと崩壊:日本での孤独、そしてR.I.P. (1983)
1983年、バウハウスの物語は急速に終幕へと向かいます。 リーダーの不在、残されたメンバーによる「クーデター」、そして極東の地・日本での冷たい静寂と孤独。
バンドという有機体が機能不全に陥り、バラバラになっていく過程は、残酷でありながらも、ある種の芸術的な美しささえ漂わせています。

伝説となった「解散ライブ」の瞬間までを、メンバー双方の視点(「解放感」と「裏切り」)を交錯させながら、描いていきます。
クーデターと裏切り、そして「R.I.P.」
あのバンドにいるのは強制収容所にいるようなものでした。氷のように冷たく、非常にイギリス的で、お高くとまっていました。人間的ではなかったのです ――ピーター・マーフィー(『Uncut』2008年インタビュー)
1983年の幕開けは、病院のベッドの上でした。 ボーカルのピーター・マーフィーは、過酷なツアーと不摂生がたたり、重度の肺炎で倒れました。高熱にうなされ、呼吸もままならない状態でした。
しかし、バンドの時計は止まりませんでした。
4枚目のアルバムのレコーディング・スケジュールはすでに決まっており、スタジオは予約されていました。
ピーターの療養中にもスタジオ日程は動かせず、残された3人―ダニエル・アッシュ、デヴィッド・J、ケビン・ハスキンス―は、先に制作を始めざるを得ませんでした。
しかし、その“暫定措置”は、やがてピーターにとって既成事実のように映るところまで進んでしまいます。
連載第9回は、バンド崩壊の決定打となったアルバム『Burning From The Inside』の制作を巡る「クーデター」、最初で最後の日本ツアーでの孤立、そして1983年7月5日、ハマースミス・パレでの「最期」を描きます。
0. 悪魔の誘惑:Single "Lagartija Nick" (1983)
1983年の年明け早々、バンドは不穏なシングルをリリースしています。
これは、解散前夜のバウハウスを象徴する、不穏で重厚なシングルでした。

10th Single: "Lagartija Nick"
発売日: 1983年1月
レーベル: Beggars Banquet
チャート: 全英44位
【解説】
「Lagartija(ラガリティヤ)」とはスペイン語で「トカゲ」、デヴィッド・Jはこの語を“悪魔”のイメージとも結びつけています。
この曲の特徴は、脅迫的なまでに継続するリズムと、冷たく研ぎ澄まされたメタリックな音像です。
ダニエル・アッシュのギターとデヴィッド・Jのベースが一体となって押し寄せる様は、まさに「バウハウス版ハードロック」とも言えるアグレッシブな迫力を持っています。
歌詞で描かれる悪魔的な誘惑と、バンドが瓦解寸前で放った最後の「重厚な輝き」が、聴く者を圧倒します。
1. ロックフィールドの反乱:ピーターのいないスタジオ
1983年初頭、3人はウェールズの田舎にある寄宿制スタジオ、ロックフィールド・スタジオ(Rockfield Studios)に入りました。雪に閉ざされた静かな環境でしたが、スタジオ内は異様な熱気に包まれていました。

ピーター・マーフィーという強烈なカリスマ(あるいは独裁者)がいないことで、ダニエルとデヴィッドはかつてない「自由」を感じていました。
私たちは解き放たれました。ピーターの顔色をうかがう必要も、彼の演劇的なエゴに付き合う必要もありません。
アイデアが泉のように湧き出てきました(デヴィッド・J)
彼らは、本来ならピーターが歌うべきパートを自分たちで歌い始めました。 ダニエル・アッシュはアコースティック・ギターを手に取り、個人的な心情を吐露する「Slice of Life」を歌いました。
デヴィッド・Jはピアノに向かい、メランコリックなバラード「Who Killed Mr. Moonlight?」を歌いました。
それはもはや「バウハウス」というよりは、彼らのソロ・プロジェクトの集合体でした。しかし、その開放感は彼らを陶酔させました。
彼らは自分たちがバンドの「音楽的な心臓部」であることを再確認し、ピーターは単なる「顔(フロントマン)」に過ぎないのではないか、という傲慢な考えさえ抱き始めていました。

2. 帰還した王の絶望:「既成事実」
数週間後、病み上がりのピーター・マーフィーがスタジオに到着しました。 彼を待っていたのは、ほぼ完成したアルバムと、自信に満ち溢れた(あるいは共犯者のような目をした)3人のメンバーでした。
新曲を聴かされたピーターは、言葉を失いました。
アルバムの大半はダニエルとデヴィッドがボーカルをとっており、自分の出番はほとんど残されていませんでした。
僕は既成事実(fait accompli)を突きつけられました。
彼らは僕の到着を待たずに、自分たちのエゴを満たすための作品を作り上げていたのです(ピーター・マーフィー)
ピーターは激昂する気力さえありませんでした。
彼はただ、深く傷ついていました。 「ライブでこれらを演奏するとき、俺は何をすりゃいいんだ? 血まみれのタンバリンでも叩いてろってか?」
彼はスタジオの一室に引きこもり、他のメンバーとの接触を拒否しました。 メンバーがスタジオの庭でクリケットをして遊んでいる笑い声が聞こえると、ピーターは「あいつらは俺を笑い者にしている」という被害妄想(パラノイア)に囚われました。かつての「4人の結束」は、完全に崩壊していました。
それでも、ピーターはプロフェッショナルでした。
彼は自分に残された数少ない曲――タイトル曲「Burning From The Inside」やシングル「She's In Parties」――に、全霊を込めて歌を吹き込みました。その歌声には、怒りと悲しみ、そして「これが最後だ」という覚悟が滲んでいました。

3. 作品レビュー:Album "Burning From The Inside" (1983)
1983年7月15日、ハマースミス・パレでの最終公演から10日後にリリースされた、再結成前の4枚目にしてラスト・アルバムです。

4th Album: "Burning From The Inside"
発売日: 1983年7月
レーベル: Beggars Banquet
チャート: 全英13位
【概要:美しき分裂】 「バウハウス」というバンド名義ですが、実質的にはメンバーのソロ作品集に近い内容です。
しかし皮肉なことに、その「分裂」が、アルバムに多様性と深い陰影を与え、ファンからの評価は非常に高い作品です。
【全曲解説と分析】
She's In Parties アルバムからの唯一のシングル。フレットレス・ベースとダブ処理されたドラム、そしてメロディカ(鍵盤ハーモニカ)の音が、映画のような哀愁を漂わせます。ピーターのボーカルは、マリリン・モンローのような「演じられたスター」の悲劇を歌います。
Antonin Artaud シカゴでのライブ(Vol.8参照)で生まれた曲。性急なリズムとピーターの絶叫が交錯する、アルバム中で最も攻撃的なナンバー。
King Volcano 民族音楽的なリズムと合唱を取り入れたインストゥルメンタルに近い曲。後のデッド・カン・ダンスなどを予感させるサウンド。
Who Killed Mr. Moonlight? デヴィッド・Jがボーカルをとる、美しいピアノ・バラード。「月光氏(ロマン主義の象徴)を殺したのは誰だ?」という問いかけは、バンドの現状(夢の終わり)を暗喩しているようです。
Slice of Life ダニエル・アッシュがボーカルをとるアコースティック・ナンバー。「ただの生活の断片(Slice of Life)」を求める歌詞は、ゴシックの虚構に疲れた彼の本音でしょう。
Honeymoon Croon ロカビリー・テイストの疾走曲。
Kingdom's Coming デヴィッド・Jによる、静謐で不気味なワルツ。
Burning from the Inside タイトル曲。ピーター・マーフィーの独壇場です。削ぎ落とされたベースラインの上で、彼は自分自身が「内側から燃え尽きていく」様を、鬼気迫る声で歌い上げます。これはバンドへの弔辞そのものでした。
Hope アルバムの最後を飾る曲。全員でコーラスを歌っていますが、その歌詞は「希望」について問いかける、どこか空虚な響きを持っています。デヴィッド・Jはこの曲の録音中、「これがバウハウスの終わりの音だ」と確信したといいます。
4. 静寂の日本、パウダーブルーのスーツ
アルバムは完成しましたが、バンドは死に体でした。 そんな状態で、彼らは1983年5月、最初で最後の日本ツアーへと向かいます。

当時の日本の観客は、海外アーティストに対して極めて礼儀正しいことで知られていました。東京・渋谷公会堂でのライブで、デヴィッド・Jはその「静寂」に戦慄しました。
最初の音が演奏されるやいなや、毛布を投げかけたような石のような静寂が落ちてきました。
曲が終わると礼儀正しい拍手の嵐が起こりますが、それもピタリと止み、またあの恐ろしい沈黙が続くのです
彼らはステージ上から「もっと自由に、踊ってくれ」と訴えました。
すると、警備員の制止を振り切って、日本のキッズたちが通路で踊り始めました。その光景にメンバーは感動しましたが、ステージを降りれば、冷たい空気が戻ってきました。

バンド内の亀裂を象徴する出来事が起きました。
ある日の移動中、ピーター・マーフィーはメンバーと同じバスに乗ることを拒否しました。彼は自腹で高級ハイヤーを手配し、別行動をとったのです。
そして会場入りの際、彼は驚くべき服装で現れました。
ダニエル、デヴィッド、ケビン、そしてスタッフ全員が「黒」の服を着ている中で、ピーターだけがパウダーブルー(淡い水色)のスーツを着ていたのです。
なんてクソ間抜け(Prat)なんだ!(ダニエル・アッシュ)
ピーターはカメラマンを引き連れ、ファンの前でポーズをとりました。
それは「俺はもうバウハウスの一員ではない。
俺はピーター・マーフィーというスターなのだ」という、無言の、しかし強烈なステートメントでした。
5. 解散の合意:「別れのキス」
英国に戻った彼らは、最後のツアーを行いました。
しかし、楽屋での会話は事務的なものだけでした。
ピーターは当時の恋人(振付師)の影響で、ライブにコンテンポラリー・ダンスの要素を取り入れたいと提案しましたが、他のメンバーは猛反対しました。
「俺たちはロックバンドだ。バレエ団じゃない」 音楽性の違い、人間関係の破綻。修復は不可能でした。
ツアーの最終公演を前に、彼らはミーティングを開き、静かに合意しました。
「ハマースミス・パレのライブを最後にしよう」
それは喧嘩別れというよりは、末期がんの患者が延命治療を止めるような、静かで悲しい決断でした。
6. R.I.P.:ハマースミス・パレの最期 (1983年7月5日)
1983年7月5日、ロンドン、ハマースミス・パレ。 会場は超満員でした。ファンはまだ、これが最後だとは知りませんでした。

この日のバウハウスは、何かに憑かれたように演奏しました。
セットリストには、オリジナル曲だけでなく、彼らのルーツであるカバー曲が多く含まれていました。デヴィッド・ボウイ、T・レックス、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。彼らは自分たちを形成した血肉を、すべて吐き出そうとしていました。

特にアンコールの「Dark Entries」は圧巻でした。ピーターはステージを縦横無尽に走り回り、ダニエルはギターをノイズの塊に変えました。
そして、全ての曲が終わりました。 メンバーが楽器を置き、ステージを去っていきます。
最後に残ったデヴィッド・Jがマイクに近づきました。彼は観客に向かって、短く、決定的な一言を告げました。
R.I.P.(Rest In Peace / 安らかに眠れ)
会場は一瞬静まり返り、やがて悲鳴のような歓声と、困惑のざわめきに包まれました。
アンコールを求める手拍子が続きましたが、客電(ハウスライト)が点灯し、終了を告げるBGMが流れました。
バウハウスは死んだのです。
デヴィッド・Jは楽屋のバルコニーから、雨のロンドンへと帰っていくファンの姿を眺めていました。
「終わったんだ」 そこには悲しみと共に、奇妙な安堵感がありました。もう戦わなくていい。もう憎み合わなくていい。
しかし、彼らはまだ知りませんでした。
死んだはずの「吸血鬼」が、その後15年もの間、亡霊のように世界を彷徨い続け、彼らの人生を縛り続けることになるということを。

【Vol.9 あとがき】
第9回では、バウハウスの崩壊を描きました。
『Burning From The Inside』の制作過程における「クーデター」は、バンドとしての倫理的には裏切りかもしれませんが、音楽的には「個性の開花」でした。バウハウスという枠が壊れたことで、後のラヴ・アンド・ロケッツやピーターのソロに通じる萌芽が生まれたのです。
また、日本での「パウダーブルーのスーツ」のエピソードは、ピーター・マーフィーの孤独なナルシシズムを象徴しています。
彼は黒い集団の中で一人だけ「色」を持つことで、自分を差別化しようとしたのでしょう。
次回、最終回Vol.10。
解散後、3対1に分かれた彼らはどうなったのか? デヴィッド・Jの魔術の実践、ピーターの苦悩、そして1998年の「復活」まで。
バウハウスの死後の世界を描きます。
(Vol.10へ続く)
【出典・参考文献】
本連載の執筆にあたり、以下の文献・資料を参照・引用いたしました。
■ 回想録(一次資料)
David J, Who Killed Mister Moonlight?: Bauhaus, Black Magick and Benediction, Jawbone Press, 2014.
■ 当時の音楽プレス(1979-1983)
Phil Sutcliffe, "Bauhaus: University of Surrey, Guildford", Sounds, May 24, 1980.
Andy Gill, "Bauhaus: In The Flat Field", New Musical Express (NME), November 8, 1980.
Mike Stand, "Bauhaus: Darkness and Degradation in Sound and Word", The Face, Issue 22, February 1982.
Paul Morley, "Bauhaus: Breaking Down The Walls Of Art-Ache", New Musical Express (NME), March 20, 1982.
Chris Bohn, "Ziggy Stardust: From Bowie To Bauhaus", New Musical Express (NME), October 23, 1982.
Helen Fitzgerald, "Peter Murphy: Searching for Satori", Melody Maker, October 8, 1983.
■ 回顧録・特集記事(2000年代以降)
Stephen Dalton, "Bauhaus: The Godfathers of Goth", Uncut, Issue 131, April 2008.
Julian Marszalek, "Peter Murphy Interview", The Quietus, July 26, 2011.
Martin Aston, "Bauhaus: A post-punk primer on 'The Godfathers of Goth'", The Vinyl Factory, January 16, 2019.
■ データ参照
Discogs (Release Data)
Official Charts Company (UK Chart Data)
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