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居場所というものについて

自分の居場所はどこにあるんだろう。

子どもの頃から、
ずっと考えてきた問いです。


ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

その問いについて、
3つの記事を書いてきました。

今日は、その話を
少しまとめてみようと思います。

どこかに属するということ

人は、必ず
どこかに属しています。

会社。
学校。
家族。
地域。

どこかに所属していることで、
安心を感じることがあります。

でも、
どこかに属することで、
窮屈さを感じることもあります。

私自身、
組織に属すことが苦手でした。

だから独立し、
どこにも属さない生き方を選びました。


居場所がなかった過去

ただ、
最初からそうだったわけではありません。

子どもの頃、
私はずっと思っていました。

自分の居場所はどこにあるんだろう。

家にも、学校にも、
居場所はありませんでした。

正確に言うと、
家もあったし、学校もありました。

でも、
安心していられる場所
どこにもありませんでした。

そこにあったのは、
条件付きの居場所でした。

何かができれば、
そこにいていい。

役に立てば、
そこにいていい。

いい子でいれば、
そこにいていい。

空気が読めれば、
そこにいていい。

でも、それができなくなったら?

その場所は、
本当に居場所と言えるのだろうか?

そんなことを、
ずっと考えていました。


本当の居場所

今は、こう思っています。

本当の居場所は、
ただ、そこにいていい場所。
いるだけでいい場所。

誰かの役に立たなくてもいい。
何かができなくてもいい。
変わろうとしなくてもいい。

ただ、
そこにいるだけでいい。

居場所というものは、

どこかに見つけるものではなく、
何かができるから、そこにいられるのでもなく、
誰かの役に立つから、そこにいられるのでもない。

ただ、そこにいるだけでいい。

自分らしく在れる場所。
自分に帰れる場所。

自分の心が、
自分の居場所と感じられるかどうか。

居心地が良いと感じられるかどうか。

安心できるかどうか。


小さな居場所

そんな場所が、
この世界のどこかに
あってもいい。

そう思って、
小さな場所を作りました。

それが
ととのい村です。

ととのい村は、
何かができる人の場所ではありません。

頑張る人の場所でもありません。

ただ、
いるだけでいい場所。

自分を取り戻す場所。
自分をととのえる場所。

自分に帰れる場所。
自分らしく在れる場所。

もし、周りに合わせることに、
少し疲れてしまっているなら、

ととのい村に
きてみてください。


居場所というのは、
どこかに見つけるものではありません。

自分の中に、見つけるもの。


次回は、
「ととのえるということ」
で書いてみたいと思います。

また、次の記事でお会いしましょう。

ととのえ職人
五木田穣


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