少し離れることで、戻ってくる感覚がある― 距離を置くことは、関係を壊すことではない ―
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。
ここ数日、
人に合わせすぎた日のことや、
やさしさで疲れた日のことを書いてきました。
人に合わせすぎた日は、
自分の呼吸を戻す。
やさしさで疲れた日は、
自分にもやさしくする。
そんな話でした。
誰かを大切にしようとすること。
場の空気を読むこと。
相手の気持ちを考えること。
できるだけ傷つけないようにすること。
それは、
決して悪いことではありません。
でも、
人に合わせすぎたり、
やさしさを向け続けたりしていると、
気づかないうちに、自分の感覚が鈍くなっていきます。
相手のことを考えすぎて、
自分が何を感じているのかが、
わからなくなる。
そんな時に必要なのは、
もっと頑張って関わることではなく、
少し離れてみることです。
今日は、
少し離れることで、戻ってくる感覚がある。
そんな話をお届けします。
離れることに、罪悪感を持ってしまう
人に合わせやすい人ほど、
「離れること」に罪悪感を持ちがちです。
距離を置いたら、
相手を傷つけるのではないか。
連絡を減らしたら、
冷たい人だと思われるのではないか。
一人の時間を欲しがるのは、
わがままなのではないか。
少し休みたいと思うのは、
相手を大切にしていないことになるのではないか。
そんなふうに考えてしまうかもしれません。
でも、
離れることは、
拒絶することではありません。
距離を置くことは、
関係を壊すことではありません。
むしろ、
近づきすぎて、自分がわからなくなっている時には、
少し離れてみることが必要です。
相手のことが嫌いだから離れるのではなく、
相手と、ちゃんと向き合うために、
一度離れてみる。
関係を終わらせるためではなく、
自分の呼吸を取り戻すために、
少し距離を置く。
離れてみることで、わかることがあります。
近すぎると、見えなくなるものがある
近くにいるからこそ、
見えるものがあります。
相手の変化。
表情。
声の調子。
言葉の奥にある感情。
一緒にいるからこそ、
感じ取れるものがあります。
でも、逆に
近すぎると、
見えなくなるものもあります。
相手の気持ちばかり見て、
自分の気持ちが見えなくなる。
相手の状態ばかり気にして、
自分の体の状態がわからなくなる。
相手の期待ばかり考えて、
自分が本当はどうしたいのかが曖昧になる。
相手との関係を保つことに意識が向きすぎて、
自分との関係が薄くなる。
近さには、
あたたかさがあります。
でも、
近さには、
飲み込まれやすさもあります。
相手の感情に引っ張られる。
相手のペースに巻き込まれる。
場の空気に合わせ続ける。
自分の輪郭がぼやけていく。
そういう時、
自分を取り戻すために、
少し離れることは、大切な余白になります。
少し離れると、呼吸が戻る
人に合わせすぎたあと、
一人になった瞬間に、
ふっと息が抜けることがあります。
誰かの前では気づかなかった緊張が、
一人になってから出てくる。
相手に合わせていた声の高さが、
少し落ち着く。
ずっと前のめりだった体が、
ようやくゆるむ。
胸の詰まりに気づく。
肩に入っていた力に気づく。
本当は疲れていたことに気づく。
本当は少し嫌だったことに気づく。
本当はもう帰りたかったことに気づく。
少し離れることで、
自分の呼吸が戻ってくる。
それは、
相手を否定する時間ではありません。
自分の状態を確認する時間です。
相手の空気から少し離れて、
自分の体の空気を感じ直す時間。
相手の言葉から少し離れて、
自分の内側の声を聴き直す時間。
関係性の中で外側に向いていた意識を、
自分の足元に戻す時間。
その時間があることで、ととのい、
また人と関わることができます。
離れることは、逃げではない
少し離れたいと思うと、
「逃げているのではないか」と感じるかもしれません。
ちゃんと向き合わなければいけない。
もっと話し合わなければいけない。
もっと理解しなければいけない。
もっと我慢しなければいけない。
そう思うかもしれません。
もちろん、
向き合うことが必要な場面もあります。
話し合うことが大切な場面もあります。
逃げずに関わることで、
関係が深まることもあります。
でも、
いつもすぐに向き合えばいいわけではありません。
自分の呼吸が浅くなっている時。
感情が高ぶっている時。
相手の言葉に過剰に反応してしまう時。
疲れすぎて、
何を言われても責められているように感じる時。
そういう時に無理に向き合おうとすると、
かえって関係がこじれることがあります。
一度離れて、
自分の状態をととのえる。
少し時間を置いて、
感情が落ち着いてから話す。
距離を取ることで、
言葉がやわらかくなることがあります。
離れることは、
逃げではなく、
戻るための準備です。
離れてみて、わかることがある
少し離れてみると、
わかることがあります。
その関係が、本当に自分にとって大切なのか。
何に疲れていたのか。
どこで無理をしていたのか。
何を我慢していたのか。
本当は何を伝えたかったのか。
どこまでなら関われるのか。
どこから先は、
今の自分には難しいのか。
近くにいる時には、
相手の反応が気になりすぎて、
見えなかったこと。
少し離れることで、
ようやく見えてくることがあります。
距離を置くことで、
相手のことも少し客観的に見られるようになります。
相手が悪いのではなく、
自分が合わせすぎていたのかもしれない。
相手の言い方が強いのではなく、
今の自分に余裕がなかったのかもしれない。
相手を大切にしたい気持ちはあるけれど、
今の距離感では苦しくなるのかもしれない。
そんなふうに、
関係性の形を見直すことができます。
離れることは、
終わらせるためではありません。
見直すための時間です。
戻るために、離れる
大切なのは、
離れることを目的にしすぎないことです。
すべての関係から離れればいい、
という話ではありません。
人と関わらない方がいい、
という話でもありません。
離れることは、
戻るための余白です。
自分に戻るため。
呼吸に戻るため。
感覚に戻るため。
自分の本音に戻るため。
必要な関係に、
より丁寧に戻るため。
一度離れることで、
自分がどこに戻りたいのかが見えてきます。
この人とは、
もう少しゆっくり関わりたい。
この場には、
少し距離を保ちながらいたい。
この関係には、
境界線が必要だ。
この予定は、
今の自分には多すぎた。
このやさしさは、
少し自分を置き去りにしていた。
離れることで、
自分の戻る場所が見えてくる。
だから、
少し離れることを、
悪いと思わなくていいです。
自分の輪郭を取り戻す
人に合わせすぎている時、
自分の輪郭は少しぼやけます。
相手がどう思うか。
相手が何を望むか。
相手がどう反応するか。
そこばかりを見ていると、
自分の中の「私はどう感じているか」が、
だんだん小さくなっていきます。
少し離れる時間は、
その輪郭を取り戻す時間です。
私は今、疲れている。
私は今、静かにしたい。
私は今、少し距離がほしい。
私は今、本当は断りたかった。
私は今、少し一人でいたい。
そういう感覚を、
もう一度受け取り直す。
自分の輪郭が戻ると、
人との関係も少し変わります。
相手に合わせるだけではなく、
自分の状態も見ながら関われるようになる。
相手を大切にしながら、
自分を消さずにいられる。
近づくことも、
離れることも、
自分で少し選べるようになる。
その選べる感覚が、
とても大切です。
少し離れる時にできること
少し離れると言っても、
大げさな話ではありません。
誰かとの関係を急に断つ必要はありません。
すべてを説明する必要もありません。
まずは、
小さく距離を取ってみる。
すぐに返信しない。
予定を詰めすぎない。
人と会ったあとに、
一人の時間を残す。
音を減らす。
スマホを置く。
少し散歩する。
お茶を飲む。
深く息を吐く。
日記を書く。
自分が感じていたことを、
誰にも見せないメモに書いてみる。
「今日は少し合わせすぎていたな」と認める。
それくらいでいい。
離れることは、
大きな決断ではありません。
日常の中で、
自分に戻る小さな隙間をつくること。
その小さな隙間が、
自分の呼吸を取り戻す時間になります。
離れても、戻ってきていい
少し離れると、
そのまま戻れなくなるような気がするかもしれません。
離れたら、
関係が終わってしまうのではないか。
距離を置いたら、
もう前のようには戻れないのではないか。
そう感じることもあるかもしれません。
でも、
そんなことはありません。
少し離れて、
自分の呼吸を戻して、
もう一度関わり方を選び直す。
以前と同じ距離に戻らなくてもいい。
以前と同じ関わり方に戻らなくてもいい。
少し、距離を変えて戻る。
少し、境界線を持って戻る。
少し、自分の感覚を大切にしながら戻る。
それでいいです。
戻るとは、
元通りになることではありません。
今の自分に合った形で、
もう一度関わり方を選び直すこと。
少し離れたからこそ、
戻る場所を選び直せます。
今日の小さな問い
最後に、
今日の小さな問いを置いておきます。
今、少し離れたいものはありますか。
人でしょうか。
場所でしょうか。
予定でしょうか。
情報でしょうか。
役割でしょうか。
期待でしょうか。
その距離を取りたい感覚は、
何を知らせてくれているのでしょうか。
疲れているのでしょうか。
合わせすぎているのでしょうか。
自分の呼吸が浅くなっているのでしょうか。
本当は、
何に戻りたいのでしょうか。
一人の時間でしょうか。
静けさでしょうか。
自分のペースでしょうか。
体の感覚でしょうか。
自分の本音でしょうか。
少し離れることで、
何が戻ってきそうですか。
全部に答えなくていいです。
ひとつだけでもいい。
離れることを恐れないで、
そこにある自分の声を聴いてみる。
それくらいでいい。
少し離れることで、戻ってくる感覚がある
少し離れることで、
戻ってくる感覚があります。
呼吸が戻る。
体の感覚が戻る。
自分の本音が戻る。
静けさが戻る。
自分の輪郭が戻る。
相手を責める前に、
自分の状態が見えてくる。
関係を終わらせる前に、
距離感を見直すことができる。
近づくことだけが、
やさしさではありません。
関わり続けることだけが、
大切にすることでもありません。
少し離れることで、
自分に戻れます。
自分に戻れるから、
また必要な関係に、
少し丁寧に戻れます。
だから、
離れたいと思う自分を、責めなくていい。
距離を置きたいと思う自分を、
冷たい人だと決めつけなくていい。
少し、離れて、
少し、休んで、
少し、呼吸を戻して、
また、自分の足元から選び直せばいい。
今日、もし何かから少し離れたいなら、
それは自分に戻るためのサインかもしれません。
離れることも、
ととのえることの一部です。
近づきすぎると、距離感が掴めなくなってしまいます。
距離を取ることで、客観的に判断がつきやすくなります。
距離感を、適切な範囲に戻しましょう。
ととのえ職人
五木田穣
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