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漫画家アシスタント物語 諦めま章〈1〉 アシスタント同士の喧嘩

 
《 画像上: 2008年、ブログ書籍化のために描いたイラスト。右上にあるセリフ『出っ腹で、チンポが見えない‥‥』この画像が規制されないか心配 》
            < この諦めま章〈1〉は、文庫本約10ページ分 >


「諦めま章」( 無料 )は、独立した「章」ですので、「第9章」の続きではありません。 ほとんどは、雑多な回想ですが、一部連続していますので、やはり、この「諦めま章〈1〉」からお読みになる事をお勧めいたします。
 
それから‥‥
はじめての方は、
「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!

 
 
 
実は、何人かの方から「第9章」の学校( ※参照 )の話を続けて欲しいとのリクエストがあったのですが‥‥

学校といえば、どうしても学生の話になってしまいます。 しかし、彼等のプライバシーに触れるわけにもいきません。( 私が「プライバシー」なんて書くのはおこがましいのですが )

学校の話は、私の背景画授業の一端をご紹介する‥‥ という事でご勘弁願いたいと‥‥‥‥どうかお許し下さい。( 授業の話は、しばらく後で少しだけ書けるかもしれません )
 
 
 

            諦めま章  その1  

   《 漫画家アシスタントが・・・仲間割れする事も!? 》

 
昭和の頃の漫画家の仕事場風景を漠然と想像すれば‥‥‥‥

きっと、Zライトの下で原稿に向かっているアシスタントたちと、難しい顔で原稿をにらむ漫画家先生を想像されるかと思います。

そんな仕事場のアシスタントたちは、仲良く話しをしたり、音楽を聴いたりしながら平和な毎日を送っているのだろうと‥‥‥‥

しかし、実際には‥‥ 結構、もめ事もあるのです。

今回、私がこの章の最初に書こうと思っている事も、元々の原因はある二人の先輩アシスタントの喧嘩でした。

( いつもの事ですが、プライベートな話ですので登場人物の名前や地名、出来事を若干脚色、物語化する事をお許し下さい‥‥ )

1960年代の終わりにその二人のアシスタントは1年ほどの間をおいて秋山プロ( ※参照 )にやって来ました。

最初に入ったのは吉さんで16歳( 繊細な自信家で、吉幾三にちょっと似ている )。 そして1年遅れで入ったのが17歳の長さん( 人が良くて、頭が脂っぽい )。 年上である長さんの方が後輩として吉さんに遠慮しなくてはならない関係からスタートします。

この当時、技術的には吉さんが秋山プロのリーダー格でしたので、新入りの長さんは年長者なのですが、使い走りや雑用専門の立場でした。

この辺からして何やら緊張感が漂うわけですが‥‥‥‥

誰から見ても、二人は好人物ですし、変な欠点や悪いクセは微塵も見られなかったと思います。( 本当にこの二人は親切で優しかったのです )

しかし・・・・性格の違いか、好みの違いか( 野球では、巨人ファンとパ・リーグファン )‥‥‥‥ 少しづつソリが合わなくなってきます。

誰が誰の悪口を言ったとか言わないとか、誰が無視したとかしないとか‥‥‥‥ はた目には、ど~でもよい事で口論になる事があったそうです。

特に、吉さんは長さんが仲間の事を先生に告げ口した( 口を滑らせた )事を蔑んでいました。( 些細な事でも気になる吉さんでした )

しかし、表面上はおとなしく仕事をしていたのです。 それから10年が経ちます‥‥

私( 23歳 )が秋山プロに来た1978年( 昭和53年 )にも二人( 私より2、3歳、年上 )はベテランとして秋山プロを支えていたのですが、普段は本当に静かで、私は二人の仲が悪いなどとは気が付きませんでした。

仕事のデスクも、吉さんと長さんは真向かいにありましたし、当時は口喧嘩を目撃する事もありませんでした。

ただ、他のスタッフから‥‥

「 あの二人は、仲が悪いけど‥‥‥‥ もうオトナだから‥‥‥‥ お互いに距離を置いて、仕事場では割り切っているんだよ 」

‥‥と説明されていました。

ある年の忘年会だったか‥‥ 私はこの時、初めて二人が喧嘩( 口論 )をする場面に遭遇しました。( ちなみに、アシスタント同士で口喧嘩するなんて事は5~6年に一度位しかありません! 秋山プロでは、めったにない事なのです )
 
喧嘩の原因は野球の話‥‥‥‥ お互いにひいきチームとひいき選手が違うので、一方の選手やチームを中傷すれば、それが簡単に火種になるわけです。

私は、野球の話でムキになりる先輩同士の激昂した姿に驚きました‥‥ でも‥‥‥‥ 内心では、くだらない事で喧嘩するなぁ~‥‥と、可笑しくて仕様がありませんでした‥‥‥‥

しかし、この二人の険悪な関係が後々、私に思わぬ形で災いするわけです‥‥‥‥
 
 
  漫画家アシスタント物語、久々の・・・・・血の教訓(?)
『 「俺、漫画は止める」「もう漫画は諦めたよ」‥‥‥‥と、多くの仲間が去っていった。 私の、38年間のアシスタント人生‥‥‥‥ なぜか諦める事さえ出来なかった。 仕方がないので諦める事を諦めた‥‥‥‥ 』
          
( この「諦める」がこの章のタイトルになります )

 
 
 


1970年頃に秋山プロのアシスタントたちが共同生活したアパート「うさぎ荘」があった豊島区要町です。この道の先を進むと私の先輩たちのアパート(タコ部屋)がありました。 2012年6月撮影

 
                その2  

    《 漫画家アシスタントが・・・迷惑電話するのか!? 》


「 諦めま章 」の「 その1 」を公開した直後に、前回から登場した長さん( ※参照 )に会って色々と昔話を聞いたのですが・・・・どうしても吉さん( ※参照 )と仲違いした根本的な原因が分かりませんでした。( 面会した2012年前後、長さんは、60歳で年金生活が始まります )

長さんは、後輩ではあっても年上だということから許容力があったのか‥‥ 気にしなかったのか‥‥ まったく吉さんに対して「敵意」めいたものを持っていません。

事実、私は彼と30年近く仕事を一緒にしましたが、ただの一度も吉さんを批難する言葉を聞いたことがありません。

些細な言葉のやり取りで言い争う事はあっても、どちらかが相手を傷付けたり損害を与えたりした事はないのです。

さて‥‥‥‥

秋山プロに入った当初の長さん‥‥ 新入りだった頃には、先輩である吉さんは年下とはいえ頼りになる存在でした。

「 今度、ギターの弾き方を教えてあげるよ 」
‥‥などと気持ちよく新入りの長さんに話しかけてくれたそうです。

秋山プロで「 デロリンマン 」( '69年、集英社 )や「 銭ゲバ 」( '70年、小学館 )「 アシュラ 」( '70年、講談社 )など、多くの代表作が制作された1970年。

しかし、長さんが入ってから一週間後‥‥ 吉さんが‥‥

「 長さんは、なんだか‥‥ 暗い‥‥ 影があるね‥‥ 」
‥‥そう言ったきり、二人は疎遠になってしまいます。

当時を振り返って長さんは‥‥

「 一週間前にはギターを教えてくれると言っていたのに、その後、何も言ってくれない‥‥ 」

‥‥‥‥つまり、二人の関係があっという間に冷却してしまい‥‥

「 それから30年間、線路のレールみたいに平行線のまま‥‥ ず~~と、交わる事がなかったなぁ‥‥‥‥ 」

秋山プロのスタッフは、この当時、全員が同じ木造モルタルアパート「 うさぎ荘 」( 東京豊島区要町 )に共同生活していました。

掃除から炊事まで、4人のスタッフ( 全員が17歳~20歳ほど )で協力してやっていたのです。

吉さんと長さんがいつも喧嘩していたというわけではないのですが‥‥ 心を交わす関係ではありませんでした。

それでも、ジョージ先生やスタッフが飲み屋でお酒を飲んだ時に、バイクで来ていた長さん( 酩酊状態 )が帰る時でした。 吉さんも酔った長さんを手伝うように、一緒にバイクを引いて帰る‥‥ そんな二人の姿を見送りながらジョージ先生が‥‥

「 良いよなぁ~、若い仲間( 皆10代 )は‥‥ 」

‥‥などと言ってくれた事もあったそうです。

炊事当番が真っ黒な爪の汚い手でコメを研いた時、その手が真っ白く綺麗になっているのを指さしつつゲラゲラ笑いながら炊き上がったドンブリ飯をかき込む4人。

深夜に酒を飲んでプロレスごっこをしてドタンバタンと暴れまわり、階下の住人などから怒られるのはいつもの事‥‥ そんな秋山プロスタッフたちの暮らしでした。

もっとも、この4人のスタッフが起こす近所迷惑は、後に、椎名町や目白などの不動産店でも悪い評判になり、新らしいアシスタントがアパートを借りる時に‥‥

「 あんた、秋山プロの人‥‥? あそこの人には貸せませんねぇ‥‥ 」
‥‥などと断られる様な事が起きてしまうのです。

不仲とはいっても、同じ釜の飯を食い、同じ仕事を続けた仲間ですし、お互いの気持ちは理解していたのだと思います。

でなければ、その後、30年以上も一緒に仕事が出来るわけがなかっただろうと‥‥‥‥

しかし、長さんが仕事場を辞めた2005年から状況が変わります‥‥‥‥

若い頃からアシスタントの仕事に集中し、背景画の実力共に職人風な貫禄を見せていた吉さんですが‥‥‥‥( 私も、職人としての真面目さに一目置いていましたが )

長さんが仕事場にいなくなると、吉さんとの会話に長さんへの批難が目立つようになります。

それは、昔( 20年以上前の )の「 長さんがあ~言った 」「 こ~言った 」という話で、私は‥‥

『 なんで、そんな古い話にいつまでもこだわるのだろう‥‥ 』

‥‥と不思議でしたが‥‥‥‥

そんな批難がエスカレートしたのか‥‥‥‥ 変な事を言う様になります‥‥‥‥( もちろん、秋山プロを辞めている長さんが知るよしもありません )

仕事場で、私と吉さんが二人だけの時でした‥‥
「 うちに無言電話がかかってくるんだ、きっと長さんだ‥‥‥‥ 」
「 ‥‥‥‥? 」
「 昨日、巨人がサヨナラ負けした時に無言電話があったんだよ、あのタイミングで電話してくるのは‥‥ 長さん( アンチ巨人 )以外には考えられない! 」

長さんが30年の間に、迷惑電話なんて一度もした事がないのに‥‥‥‥ なぜ、そんな風に疑いだしたのかさっぱり分かりません‥‥‥‥( ひいきチームの巨人が負けたのが悔しいのは分かるのですが )

しかし、この「 疑惑 」はさらにエスカレートしていきます‥‥‥‥

吉さんが亡くなる2年ほど前の事です‥‥‥‥
  
 
 
 

      「 漫画家アシスタント物語 諦めま章〈2〉」へつづく・・・・

                   「第9章〈10〉」へもどる‥‥

                   「もくじ」 へ‥‥

 

 

 ~~~ 参照 諦めま章〈1〉 ~~~ ( 読んでも、読まなくても!)

 【その1】
・学校 : 私が非常勤講師を務める東京の繁華街にある美術系の大学。一見すると10階ほどの商業ビルにしか見えないのですが。内部は、全階、教室や演習室、事務室などになっていました。教授として漫画家松本零士先生が教えていました。
・秋山プロ : 漫画家ジョージ先生の仕事場。東京目白にあり、バブル期には6~7人のスタッフが在籍。しかし今年2012年にはスタッフ2名。連載は1誌。ちょっと淋しい今日この頃です。
 【その2】
・長さん : 1960年代の終わりに、高校を中退して17歳で秋山プロに入った。気さくでラフ、ちょっとお人好しな好人物。ギャグ漫画が好きで、現在は童話画などを制作。
・吉さん : 1960年代、秋山プロに16歳で最初期に弟子入りした、背景画の職人気質。繊細な感受性と画力を持った自信家。デッサン力と緻密なペンタッチで背景画の秀作を多く生み出した。背景画のオーソリティ

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