漫画家アシスタント物語 諦めま章〈6〉 トイレ掃除と味噌の味
《 写真上: 仕事場の便所掃除をしているフリをする私の後ろ姿です。 このブログが書籍化される時に、資料用に撮影したのですが‥‥。 写真を撮ってくれたのが、亡くなる2年前の吉さんでした‥‥2007年10月撮影 》
< この諦めま章〈6〉は、文庫本約10ページ分 >
「諦めま章」は、独立した「章」ですので、「第9章」の続きではありません。 ほとんどは、雑多な回想ですが、一部連続していますので、やはり、この「諦めま章〈1〉」からお読みになる事をお勧めいたします。
それから‥‥
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その11
《 漫画家アシスタントが・・・便所で精神修行する!? 》
今回は、私の仕事( 40年間のアシスタント業 )‥‥ というか何というか‥‥‥‥ 雑用について‥‥‥‥ お話したいと思います。
ですが‥‥
その前にちょっと‥‥ 先日、ある友人から‥‥
「 小池さんのブログ‥‥ 吉さんの奥さんへの気持ちが晴らされていないような気がするのですが‥‥ 」
‥‥と、感想を言われたのです‥‥‥‥
確かに、私が言われっぱなしで、「 そのままで良いのか‥‥ 」という疑問を持たれても仕方がなく‥‥‥‥
ひょっとして‥‥‥‥ 私がこの奥さんを今でも恨んでいるとか、根に持っているとか‥‥‥‥ 思われるのも当然なのかも知れませんが‥‥‥‥
実は、私は‥‥‥‥ 何とも思っておりません‥‥‥‥ もっとも‥‥ ジョージ先生との関係にヒビが入ったのは残念ですが‥‥‥‥
なぜ、「 何とも思っていない 」のかというと‥‥‥‥
彼女は、吉さんが亡くなってから1年もたたないうちに、後を追う様に他界されてしまったからなのです。( 若い頃から入退院を繰り返すほど病弱な方でした )
つまり‥‥ もう、私は弁明の仕様がない‥‥‥‥ という訳なのです。
さて‥‥
今回のテーマは‥‥‥‥
「 便所掃除 」についてなのですが‥‥‥‥( お食事中の方は、食後にお読み下さい )
このブログを読んでいる方の中にも、自分が務める会社のトイレを掃除している人がおられるかと思いますが‥‥‥‥
特に、漫画制作の仕事場での便所掃除は誰がやるのか‥‥‥‥ これは、結構重要な問題なのです‥‥‥‥( 犠牲者なのか、それとも運をつかんだのか? )
私は、ジョージ先生の「 浮浪雲 」( ※参照 )などの影響もあったのか、「 便所掃除 」をただの「 汚い仕事 」とは思えないものを感じていました。
トイレを綺麗にする事は、心を磨くことに通じると‥‥‥‥ そんな幻想(?)を持っていたのです‥‥‥‥
秋山プロに入社してから1年( 1979年頃 )ほどで、それまでトイレ掃除をしてくれていた女性スタッフが退職したため、私が引き継ぐ事になったのですが‥‥
その時の経緯を簡単に紹介させていただきます‥‥‥‥
いつか、「 便所掃除 」をやりたいと密かに狙っていた(?)私は、彼女が辞めた時に‥‥‥‥
「 先生、オレに便所掃除をやらせて下さい! 」
‥‥と、ジョージ先生に願い出たわけです‥‥‥‥( 今から考えると‥‥ 泣けてくるほど可愛い~っ )
先生は、ちょっとだけ感心したような( 意外だなという )顔をしつつ‥‥
「 便所掃除は俺ぃがやりたかったんだよな~ 」
などと( 心にもない? )事を言いながら‥‥‥‥
「 んじゃ‥‥ おめぃ~にやらせてやるか‥‥ 」( もったいでも付けるように )
‥‥という事になって‥‥‥‥ 30年以上‥‥‥‥ 便所掃除を担当している訳です。( 途中、数年間後輩が交代してくれましたが )
私が便所掃除を始めてしばらくしてからの事でしたが‥‥‥‥
当時( 1980年頃 )、先輩の一人に絵が上手で、ジョージ先生が背景仕事で一番信頼していた人がいました‥‥‥‥。
絵は上手いのですが、だからと言って‥‥‥‥ 人徳があって、他のスタッフから尊敬されていた‥‥‥‥というわけではありませんでした。
そんな先輩についてジョージ先生が‥‥‥‥
「 彼奴が毎日、便所掃除をしていれば‥‥ 皆が一目置くようになるのになぁ‥‥ 」
などと言っていたのを覚えております‥‥‥‥
どこぞの修行僧などにとっても便所掃除は大切な事と聞いております‥‥‥‥
私は、仕事のある日はいつでも‥‥ ズル休みする事なく便槽にブラシを突っ込み、便器や床を雑巾で拭いているわけです‥‥‥‥( ホントです )
こうして自分の魂を磨いて(?)いるのかどうか‥‥‥‥ それは分かりませんが‥‥
便所掃除‥‥‥‥ 苦節8年( 1987年 )‥‥‥‥ 31歳で漫画界にデビュー( ※参照 )する事が出来ました。
ちなみに‥‥‥‥
結論を書かせてもらうならば‥‥‥‥
長年の「 便所掃除 」によって「 心が磨かれる 」とか「 悟りを開く 」とか‥‥‥‥「 便所の神様が顔を綺麗にしてくれる 」とか‥‥‥‥ そんな事はまったくありませんでした。
いつも‥‥‥‥
『 あ~~~ヤダ、ヤダ‥‥‥‥! 』
‥‥とか
『 汚ね~な~ッ・・・・クソッ! 」
‥‥とか
『 バカヤロ! 』
‥‥とか
‥‥禄な事考えませんし‥‥ 「 悟り 」どころか「 歪み 」と「 屈辱 」の33年‥‥‥‥ だったと言った方が正確な気がします‥‥‥‥
ただ‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥ちょっとだけタフには‥‥‥‥ なったかも‥‥‥‥
ちょっとだけ!

その12
《 漫画家アシスタントが・・・味噌汁に精を出す!? 》
私がデビューしたのは、1987年‥‥ 「 週刊ヤングジャンプ 」でしたが‥‥‥‥
当時の記憶も最近ではすっかり‥‥‥‥ 頭の毛の様に薄くなってきてはいるのでありますが‥‥‥‥
実は‥‥‥‥
普通なら、作品を描いて出版社に投稿する前に‥‥‥‥ 一応、ジョージ先生に感想を聞くというのが通例になっていたのですが‥‥‥‥( 講談社系によく投稿して没になっていました )
私は、その作品に関しては‥‥‥‥( たぶん自信があったのだと思いますが‥‥)ジョージ先生に前もって見てもらってはいなかったのです。
先生をスルーして、なんと先生が審査員( そうそうたる漫画界の重鎮揃い!)の一人を務めるマンガ賞に応募したわけです‥‥
私が描いた漫画が自分( ジョージ先生 )が審査員を務めるマンガ賞に応募されて来たのですからジョージ先生も驚かれたこととは思うのですが‥‥‥‥
もっとも‥‥‥‥ その時、ジョージ先生がどう思ったのかを‥‥‥‥ いまだに何も聞いていませんが‥‥‥‥
ただ‥‥‥‥ デビューしてから少ししてジョージ先生が‥‥‥‥ ふと‥‥ 私に‥‥
「 おめぃ~がよ‥‥ こ~なる( 受賞してデビューする )のはわかっていたよ‥‥ 」
何故‥‥‥‥ わかっていたのか?
私は、先生が何を言っているのかわからない‥‥‥‥ え? みたいな顔して先生を見ると‥‥‥‥
「 味噌汁でな‥‥‥‥ こいつはやるかも知れねぇ~ってなぁ! 」
味噌汁‥‥‥‥‥‥‥‥?
妙な話と思われるかも知れませんが‥‥‥
今日は、この「 味噌汁 」と「 デビュー 」の事について書いてみたいと思います‥‥‥‥
仕事場ではお昼頃からアシスタントが背景制作を始め、夜の9時、10時頃まで仕事をするのですが、途中で夕食をとります。
いつも決まった弁当を人数分電話で注文して宅配してもらうのですが‥‥‥‥
この冷めて硬くなったごはんの弁当だけでは寂しいので‥‥‥‥ 簡単な味噌汁は手作りしていました。
私が秋山プロに入った78年当時は、雑用をやってくれる女性が一人いたので、いつも彼女の味噌汁を食べていましたが、一年ほどで彼女が退社したためにしばらくは味噌汁抜きの味気ない‥‥ 冷めた弁当だけの夕食が続きました‥‥‥‥
それから数年して‥‥‥‥
『 女性のいない野郎ばかりのしなびた仕事場だな‥‥ 』
‥‥とか、思っていたのを‥‥‥‥
『 ちょっと変わった事でもして‥‥ 面白くしてみるか‥‥‥‥ 』
こう考えたのがデビューする3,4年前だったかと思います‥‥‥‥
「 味噌汁を作ってみようかと思うんですが‥‥ どうでしょうか? 」
背景処理の作業を中断してキッチンへ向かうのですから、当然、先輩スタッフやジョージ先生の了解がいるわけです‥‥‥‥
「 そんな事は、いいから仕事しろよ! 」
「 そうだよ、仕事、仕事! 」
「 味噌汁より、遅刻するな! 」
‥‥ってな事を言われるかなぁ‥‥‥・と、思ったら‥‥‥‥
「 小池ちゃん、イイね~っ! 」
「 オレはとうふの味噌汁が食べたい! 」
「 俺はナメコね! 」
‥‥などと意外と期待度が高いのに調子づき、材料をふんだんに利用した具沢山味噌汁を毎日作るようになりました。
ただ、カツオのダシ汁に味噌を加えるだけではなく、ダシを取るにも鰹節と昆布には気を使い‥‥ 味噌も厳選‥‥ 具材はゴージャスに‥‥ 予算は秋山プロもちですので‥‥‥‥ まあ‥‥‥‥ とにかく、面白く‥‥ 嬉々として味噌汁作りに励んだわけです。
夕方‥‥ 漫画の仕事の途中で、1時間ほどの気晴らしにもなるし、けっこう楽しかったのです‥‥‥‥
なによりも、ジョージ先生、編集員、スタッフ全員からの評判がすこぶる良く‥‥‥‥( ジョージ先生は少食で、少しだけ食べてくれました )
「 おめぃ~定食屋でもやったらイイんじゃねぃ~か‥‥! 」
などと、言われました‥‥‥‥ 全然嬉しくはなかったですが‥‥‥‥
もっとも、これはジョージ先生の冗談で‥‥‥‥ ホントは‥‥‥‥
私の味噌汁の味から「 デビュー 」が近いことを感じ取っていたのだと思います‥‥‥‥
漫画を読まなくても‥‥‥‥ 味噌汁の味で漫画制作のレベルを推し量る‥‥‥‥
これが‥‥‥‥ 当時、年商が2億円あった頃のジョージ先生の感性の一端です‥‥‥‥
味噌汁の味でデビュー時期を見抜くなんて、バカバカしい話に思われる方もおられるかも知れませんが‥‥‥‥
このぐらいの感覚‥‥‥‥ アンテナ( 感受性 )がないと長く漫画業界で生きていく事は出来ないのかも知れません‥‥‥‥
一方、味噌汁作りに励む私は、その後( デビュー後 )数年間‥‥‥‥ 味噌汁を作り続けましたが‥‥‥‥ 漫画制作がしぼむのと並行して‥‥‥‥ 味噌汁作りの情熱も薄れていきました‥‥‥‥
毎日、汗をかいて向かったあのガスコンロが‥‥‥‥ 今ではすっかりホコリの塊になっています‥‥‥‥
何故か‥‥‥‥ 申し訳ない様な‥‥‥‥
なるべく見ない様にしているガスコンロなのです‥‥‥‥‥‥
「 漫画家アシスタント物語 諦めま章〈7〉」へつづく・・・・
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~~~ 参照 諦めま章〈6〉 ~~~ ( 読んでも、読まなくても!)
【その11】
・「浮浪雲」 : ジョージ秋山作、青年漫画雑誌「ビッグコミックオリジナル」に1977年から2017年まで連載された時代劇。江戸、品川宿を舞台にした遊び人のモテ男‥‥問屋場の頭でもあり剣豪というユニークな主人公の物語。(何度もTVドラマ化、舞台化されました)一時政権党だった党首も大ファンだったらしい。
・デビュー : 1987年、ヤンググャンプ青年漫画大賞で準入選になった「雨のドモ五郎」が本誌に掲載される。読者投票による人気順位は最下位に近い結果となり、その後、二度と本誌には掲載される事なく現在に至る。
【その12】
・スタッフ全員 : 1980年前後にはスタッフが6人。その平均年齢は27~28歳! それが2012年現在はスタッフ2名、平均年齢は57歳!
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