漫画家アシスタント物語 古い話で章〈8〉 その原体験は想像を超えて‥‥
《写真上:池袋駅メトロポリタン出口から撮影。中央遠く、霞むように見えるのが新宿の高層ビル街。ここは、人が少なく眺めが良いのです。2014年》
< この「古い話で章〈8〉」は、文庫本約10ページ分 >
「古い話で章」は、独立した「章」ですので、「諦めま章」の続きではありません。 無料で、各話、お楽しみいただけます!
ただし‥‥ 各話が連続していますので、「古い話で章〈1〉」から読みいただく方がよろしいかと思います。
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その15
《 漫画家アシスタントが・・・先生の批評に戸惑う!? 》
私が勤める秋山プロは、噂によると編集員の評判がすこぶる悪い。( あくまで昔の話です。今ではもう噂になる事すらありません )
それは、見込みのあるアシスタントがまったく居ない‥‥‥‥ という意味なのです。
あくまで、編集員が言っているらしい‥‥‥‥ という話ではありますが‥‥‥‥ かなりキビシイ。
「 ジョージ先生の所のは、ダメだね 」
‥‥つまり、アシスタントにまったく漫画家になる気がない‥‥‥‥ という軽蔑感のある噂なのです。
確かに、私がはじめて秋山プロに来た時には、先輩たちがまったく漫画を描かず、勿論、出版社へ持ち込みに行く事もほとんどありませんでした。
そのため、私も某出版社へ原稿を持って行った時に‥‥‥‥
「 珍しいよ、ジョージ先生ンとこの人が持ち込みに来るのは 」
‥‥‥‥と言われたほどです。
秋山プロには、テラさんのように10代で入ってくる人が多いために、持ち込みに行くという経験を知らない。
そのためもあるのかどうか‥‥‥‥
とにかく、秋山プロに入った当初から、どんどんモチベーションが下がり続ける傾向がみられる。
テラさんも先生の所へ来るまでは、いつも4コマ漫画を描いていたのに、アシスタントになった途端にまるで熱でも下がるようにスッパリと漫画を描かなくなりました。
これがテラさんだけなら、彼の個性とか志向とか、解釈の仕様もあるのですが‥‥‥‥ 多数の先輩方が同じような道をたどるので、私は長年疑問だったのです。
私が秋山プロに入って数年たった頃、ジョージ先生に質問した事があります‥‥‥‥
「 先生、なんでうちのスタッフは漫画を描いてデビューする事ができないのでしょうか? 」
すると、ジョージ先生はニヤリと薄笑いを浮かべながら‥‥‥‥
( 先生は、私が『アシスタントがモノにならないのは、先生の影響があるのではないですか?』という内心の疑問を見抜いている )
「 俺ぃはよぉ‥‥ 」意味深い薄笑い。
「 ‥‥‥‥ 」
「 優秀な奴をアシスタントに選んでるわけじゃねぃ~からよぉ~! 」
先生は‥‥ 確かにアシスタントを雇う時に、優秀な人材でも断る事があります。
普通の漫画家なら考えられない事なのですが‥‥‥‥ 極々まれにしか(アルバイト的にしか)雇う事がありませんでした。
結局、優秀ではない人材( 普通の? )は‥‥‥‥ どうなるのか‥‥‥‥?
アシスタントになった当初のテラさんも、漫画を描いて先生に見てもらった事はあったのです。
しかし‥‥‥‥
「 もっと、化けなくちゃダメだ! 」
「 もっと、はじけろ! 」
‥‥などといった意味のよく分からない批評で、「 どこをどうすれば面白くなる 」といった具体的な話はまるでなかったのです。
結局、先生の結論はいつも‥‥‥‥
「 まぁ‥‥‥‥ あせるな! 」
テラさんが聞いた先生の結論‥‥‥‥‥‥ この言葉は、実は、他のアシスタントたちも同じように聞かされているのです。
「 あせるな 」の意味は、「 今は、十分に勉強して力を蓄えろ! 」という意味なのですが‥‥‥‥‥‥
当時、まだ10代だった若い彼らにとってこの言葉は‥‥‥‥‥‥
「 今は、のんびり遊んでろ! 」
‥‥‥‥に聞こえてしまったわけです!
結局、ほとんど全てのアシスタントが、この「 あせるな 」を「 のんびりしろ 」とか「 休んでろ 」と解釈してしまったのですが‥‥‥‥ さすがに、それには先生も頭をかかえます‥‥‥‥
テラさんが勤めて数年たった頃‥‥‥‥ ジョージ先生がお酒を飲みながら話します‥‥‥‥
ブランデーの入ったグラスを手に持ったまま‥‥ 静かに目を閉じて‥‥
「 『 あせるな 』っていう俺ぃの言葉を皆、誤解してるな‥‥‥‥ 」
テラさんは返事の仕様もありません‥‥‥‥
先生は、酒でも不味いかのように‥‥‥‥
「 言わねぇ~方が良かったなぁ~ 」
しかし‥‥‥‥
後の祭りです。
みんな、40歳になり、50歳になり、60歳に‥‥ 私は今年(2014年)で59歳になる‥‥
さて、今回で、テラさんの話には区切りを付けて、次回からは、もっと古株のアシスタント体験談を書きたいと思います。
ちなみに‥‥‥‥ テラさんは、今年( 2014年 )で62歳、秋山プロ卒の人材の中では、最も健康的で元気に暮らしています。今は、イラスト制作や童話画中心に活動中です。
( 追記:2010年前後は、まだ古株の元アシスタントの事を知りませんでした。 でも、その後取材をすすめると、、秋山プロからデビュー出来た人が、少なくとも私を含めて4人いる事がわかりました。 秋山プロ50年の歴史で4人です ‥‥やっぱり少ないかも )

その16
《 漫画家アシスタントが・・・・秘密の話をしてくれる!? 》
その先輩の原体験は、私の想像を超えていました‥‥
先輩は、若いウエイトレスさんがコーヒーを置いてくれても、見向きもしません‥‥‥‥
「 俺は、小学生の時に中学生の娘に手ほどきされたんだよ 」
現代のモラルでは、完全な犯罪、小説や漫画でも描けば、発禁になりそうな話ですが‥‥ 実際にあった話です。( なぜか、最近は、1970、80年代に比べると表現も堅苦しくなってきましたが )
注文したコーヒーには、口をつけることもなく‥‥ 静かに先輩は話はじめてくれました‥‥‥‥
その内容を、そのままgooブログから、こちらのnoteブログへ移植させたらアウトになりますので、この章のみの仮名を使い、文章もソフトに変更してあります。
今回から紹介する先輩アシスタントは、私よりも5歳上( 昭和25年生まれ )の加川さん( 仮名・東京出身のホスト系美男子 )。
1960年(昭和35年)、小学校4年生だった加川さんは、母親の仕事の関係で、東京の浅草にある三味線師範の家で暮らしていました。
夕方には、長い板塀を這うように三味線の音が流れてきます。日が暮れると芸者さんのカラコロという下駄の音も‥‥
当時9歳の加川さんの布団には、夜になると寝間着姿で、そっと忍び込んで来る‥‥ この家の中学生の娘さんがいました。
加川さんは、小学生とはいえ、ほっそりと色白で美しく清純‥‥ 娘さんは、その震える体をなでながら大人の世界を教えてくれます‥‥‥‥
そして、少年と大人になる娘が、真っ暗な布団の中で‥‥‥‥ まるで、仲の良い虎と猫のように‥‥‥‥ おびえる体を愛撫しながら。虎は熱い息を子猫に吐きかけます‥‥‥‥
深夜になると‥‥
4畳半の和室と、一組の布団が‥‥ 彼女の教室に変わり‥‥
加川さんは、先生からたっぷりと2年以上も大人の世界を教えてもらう事になったわけです。
親も親類も‥‥ 誰も知らない‥‥ 秘密の世界を‥‥‥‥
ちょっと間違えればどれほど深く傷付くか分からない危険な「 いたずら 」でした。
これほどではないにしても、誰でも似たような「 いたずら 」や「 遊び 」を経験しながら大人になっていくような気もするのですが‥‥‥‥
また、見方を変えれば‥‥‥‥ こうした体験が作家や芸術家になる素質に大きく関係してくるのかも知れませんが‥‥‥‥‥‥
私が、喫茶店のコーヒーを飲みながら‥‥
「 加川さん‥‥ この話だけで、官能小説がひとつ出来そうじゃありませんか‥‥ 」( 法令上、絶対に無理ですが )
私のつまらない冗談に、加川さんはニコリともしませんでした。
若い頃の色男ぶりも、今ではすっかり白髪の好々爺に変わっています。
50年以上前の記憶とはいえ、思い出せばヌメヌメとねばりつくような当時の記憶を断ち切るように、漫画家への道を話してくれました‥‥‥‥
実は‥‥‥‥
彼の若い頃の話は、以前、書いた事があるのですが‥‥‥‥ 今回は、初めてブログのために直接話をしてくれました。
主に、デビュー前の話になります。 そのため、以前書いたブログとの混乱を避けるため、改めて名前なども変更して、別の人物として書かせていただきたいと思います‥‥‥‥
話は、加川さんがはじめて漫画家アシスタントになった時から始まります‥‥‥‥
18歳だった加川さんが有名な( 私も子供の頃には夢中になっていた )漫画家〇森先生( ※参照 )に師事できたのは昭和43年( 1968年 )でした‥‥‥‥ それは、とてもラッキーだったと思います。
加川さんの友人である漫画ファンや漫画家志望者にも羨ましがられたそうです‥‥‥‥ その頃、私は中学生だったかと思いますが、やっぱり、ものすごく羨ましい話だと思います。
憧れの〇森先生の仕事場は、練馬区桜台にあり、例の有名な‥‥ でかいプールのある豪邸です。
そこには、ちゃんとアシスタントが寝泊まりする場所もあり、2段ベッドが並べられていました‥‥ アシスタント部屋‥‥ ハッキリ言ってタコ部屋ですが。
7~8人のアシスタントスタッフが常時、背景を制作していました。
〇森先生は、別の個室で仕事をしていたので、アシスタントと仕事中に軽く雑談する事はなかったそうです。
よくある話ですが‥‥‥‥ やはり、人間関係は難しくて、若くやさしい加川さんは、入ってすぐに先輩からいじめられます。
もっとも、若いうちは誰だって自信にあふれているもの。加川さんも自分の画力に自信を持ていました。
『 俺が一番上手いんだ! 』
そうした自信が現実の世界では無力であることを思い知るのに時間はかかりません。
「 なんだよ、お前の絵は! 」
そうバカにされたり、軽く見られたり‥‥‥‥
特に、一人の先輩の言葉はキツかったそうです‥‥‥‥
「 これ~ お前が描くのかよ~! 」
完全にバカにされた言い方でプレッシャーをかけられます‥‥‥‥ 仕事にまだ慣れない若い加川さんにとっては苦しい瞬間です。
しかし、その時、やさしく声をかけてくれる人がいました‥‥‥‥
「 漫画家アシスタント物語 古い話で章〈9〉」へつづく・・・・
「古い話で章〈7〉」へもどる‥‥
「もくじ」 へ‥‥
~~~ 参照 古い話で章〈8〉 ~~~( 読んでも、読まなくても!)
【その16】
・漫画家〇森先生 : あまりにも有名な漫画家。私も子供の頃は夢中になって、ジョーやサブを模写していました。「〇イボーグシリーズ」が特に有名、1968年に名作「〇魔大戦」を描いていました。
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