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愛車遍歴 Vol.2|地球5周分。19歳から30代まで、僕の「青春」はすべてフィットの中にあった。

こんにちは。ごんごん夫です。
自分の人生で一番心に残る相棒であることは間違いなしです。
だって一緒に20〜30歳を駆け抜けたんだもん。
そんな話です。



愛車遍歴 Vol.2|ホンダ・フィットと、地球5周分の移動距離

ホンダ・フィットとは、結果的に約20万キロを一緒に走った。
距離にすると、地球をおよそ5周分。

2020年ごろにフォレスターを購入したとき、
自分は30歳代の中盤になっていた。

そこまでの約16〜17年間、
19歳のときに買ったホンダ・フィットに乗り続けていたことになる。

時間だけでなく、
距離という概念も一緒に過ごしてきた。

だから、自分にとって車は
「モノ」というよりも、
一緒に時間と距離を共有してきた存在なのかもしれない。

私が好んで愛読している高城剛さんの言葉に、
「アイデアは移動距離に比例する」というものがある。

フィットのおかげで、
自分の中のアイデアはかなり増えている。
勝手にそう思っている。

最後の2〜3年は、
毎年のメンテナンス費用が
年間で15万円ほどかかるようになっていた。

それでも、
このフィットは、間違いなく自分の愛車だった。

※車の買い方や当時の状況については、
前回の 愛車遍歴 Vol.1 を参照してほしい。



軽自動車か、コンパクトカーか

車を選ぶにあたって、
最初に迷ったのは
「軽自動車」か「コンパクトカー」か、という点だった。

学生でお金がない。
現実的には、この2択しかない。

ただ、正直に言うと、
自分は軽自動車が嫌だった。

理由はシンプルで、
精一杯、できるだけ、
可能な限りカッコつけたかったから。

イキりたかった。

完全に、19歳の若気の至りだと思う。

だから、
自然とコンパクトカーを選ぶことになった。
(コンパクトカーでイキるのか?という話は置いておいて)

新車ではなく中古車、
という点は最初から決まっていた。


丸みのあるデザインがよかった

コンパクトカーの中でも、
丸みのあるデザインがいいと思っていた。

前回の記事にも書いたが、
当時人気だった角張ったキューブは
どうしても好みではなかった。

お世話になる車屋さんで、
とにかくカタログを見まくった。

当時は、
ネットで車を探すという文化が
今ほど浸透していなかった。

車を調べる手段は、
基本的にカタログしかない。

しかも、
カタログは新車のものしかない。

中古車の情報は載っていない。

それでも、
新車カタログを眺めながら、
「こんな感じかな」とイメージすることはできた。


フィットのカタログが目に留まった

丸いコンパクトカー。
街中で見たことはあった。

その中で、
ホンダ・フィットのカタログが目に留まった。

デザインは、嫌いではない。
他の車と比べて、
室内も広そうだった。

ただ、
正直に言うと、
その時点では、
そこまで強く刺さったわけではなかった。

なんとなく、決めきれない。


街中の車を見るようになった

決めきれないまま、
街中を走る車を
意識して見るようになった。

それまでは、
車の車種なんて知らないし、
興味もまったくなかった。

でも、
「自分が買う」となると、
自然と目がいくものだ。

「あれがフィットか」
「お、あれもフィット?」

フィットは、確かに丸い。


エアロ仕様のフィットを見た瞬間

そんな中、
丸いけれど、
どこかスポーティな外観のフィットを見かけた。

エアロ仕様のフィットだった。

あれ、かっこいいやん。

そこで決まった。

エアロ仕様のフィットの中古車が欲しい。

車屋さんにそう伝えて、
2〜3ヶ月ほど経った頃。

エアロ付きのフィットを
探してきてくれた。

理想通りの外観だった。
素直に、気に入った。


値段と、フィットとの生活の始まり

走行距離は3万キロ。
3年落ち。

価格は83万円。

今思えば、
かなり格安だったと思う。

この83万円は、
前回の記事に書いた通り、
毎月2万円ずつ返していく。

ここから、
ホンダ・フィットとの生活が始まった。


青春も、結婚も、フィットと一緒だった

19歳から30歳代の中盤まで。
学生時代の青春も、
人生のパートナーと結婚する瞬間も、
このフィットと一緒だった。

本当に、どこへでも行った。

正確な場所はもう覚えていないが、どこかの登山道の入り口にある駐車場で撮った一枚。
おそらく2012年ごろ。今から考えると、かなり昔の写真だ。

茨城・ひたちなかで開催された
ロッキングジャパン。

北陸からフィットで運転して行き、
フェスが終わったその日の夜、
約600kmを深夜に走って北陸まで帰った。

今思えば、
よくやったなと思う。
いい思い出だ。

山形・蔵王へのスノーボードも、
このフィットで行った。

温泉街の凍った坂道を、
フィットが登りきれなかったこともあった。

それも含めて、
全部、いい思い出だ。

若気の至りで、車の上に乗るという無茶をやっています。
今見ると普通に危ないので、これは絶対に真似しないでください(笑)

燃費と積載量、そして壊れなさ

燃費は、
だいたいリッター16kmくらい。

高速道路を80kmでゆっくり走ると、
カタログ値の
リッター24kmが出たこともある。

正直、かなりすごいと思った。

そして、
何より室内が広かった。

外観からは想像できないくらい、
なんでも積めた。

妻と2人でのスノボトリップも、
まったく問題なかった。

見た目も気に入っていたが、
それ以上に、
とにかく壊れなかった。

道具として素晴らしく、
相棒としても素晴らしい。

本当によく働いてくれた。


23万kmを超えた頃の、嫌な予感

30歳代の中盤になった頃、
フィットの走行距離は
23万kmを超えていた。

裏磐梯へのスノーボード帰り。
東北自動車道を
東京方面に走っているときだった。

何か、嫌な予感がした。

具体的に、
何がどうおかしいのかは説明できない。

ただ、
「もうすぐ壊れる」
そんな感覚があった。

直感、というやつかもしれない。

このまま運転していたら、
何か危ない。
そんな感覚だった。


悩んだ末の決断

毎年、
15,000kmほど走る。

それなりに、
酷使する乗り方だった。

妻も運転する。
安全面は、特に気をつけたい。

悩みに悩んだ末、
買い換えることにした。

約20年落ち。
走行距離は24万km。

この状態で、
フィットは3万円で売却した。

中古車屋さんに引き取ってもらった。


フィット、ありがとう

こうして振り返ると、
ホンダ・フィットと過ごした
約20年弱。

本当に、
いいパートナーだったと思う。

道具としても、
相棒としても。

改めて、
「フィット、ありがとう」と言える。

そんな存在だった。

次回はフィットの次に乗っている
スバル・フォレスターについて書いていきます。

※続編の記事はこちら


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