靖國神社参拝〜令和7年8月16日〜
今日は終戦の日。鎮魂の思いを込めて、昨年8月16日(土)に靖国神社を参拝した際に書いた文章をアップします。
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靖国神社。
自分にとって、長らくここは「近くて遠い場所」であった。学生時代から、御茶ノ水、神保町、九段下にかけては馴染み深い場所だ。
ところが、靖国神社だけは近寄り難かった。学生時代に刷り込まれたリベラリズムの影響からだろうか。ここは軍国主義の象徴との思い込みがあり、安易に近寄ってはいけないように感じていた。
今年は戦後80年である。この機に日本人として、太平洋戦争について向き合わねばならないと思い参詣した。
本殿に参拝後、遊就館を見学した。江戸末期から大東亜戦争に至る我が国の戦史を、大きな戦争や事件の詳細が一部屋ごとに展示されている。西欧列強に対峙するために、富国強兵、殖産興業を推し進め、ついに日清戦争、日露戦争に勝利する。この辺りを転機として、西欧社会は日本を強く警戒するようになった過程がわかる。
大東亜戦争の展示室に入るときは、少し覚悟が必要だった。
日米開戦前夜。我が国が石油、鉄などの資源を米国からの輸入に大きく依存していた状況が図解され、昭和16年の日米交渉の過程も時系列で説明されていた。我が国が戦争に一歩踏み出すきっかけはエネルギーであったことをあらためて確認した(我が国のエネルギー自給率の低さは今でも解決できていない)。
歩みを進めるにつれて、ずしりと重い感情がのしかかる。特に、戦争で亡くなった多くの英霊の遺書の展示は胸に迫る。周囲に啜り泣く人がいた。私もその中の一人である。
「戦争はしてはいけない」
当たり前なことだ。異論を挟む余地はない。しかし、我々日本人は、先の大戦で国のために戦い、尊い生命を失った先人に対して畏敬の念を忘れてはならない。
敗戦後の日本はどん底から這い上がり、高度成長を経て今がある。昭和20年を境にして日本社会は大きな変革があった。国民の意識も大きく変わり、戦前・戦中の日本社会に対する否定から、この戦争で命を失った多くの兵士に対する感謝の念すら持てずにいた。
私たちは、毎日当たり前のように食事ができ、安全な暮らしを享受している。他国の軍隊が攻め入ることはなく、無人機によって家が破壊されることもない。
しかし、これは当たり前ではない。私たちは、このような平穏な毎日が送れていることの大切さを考えなければならない。
こんな思いを胸に刻んでこれからを生きて行こう。
