見出し画像

人的資本はどのように企業のパフォーマンスを高めるのか?

Vol.1では、「人的資本とは何か」をテーマに、人を“コスト”ではなく“価値を生む資本”として捉える考え方を整理しました。

では、その人的資本は、実際にどのように企業のパフォーマンスを高めるのか?

経営層にとって特に気になるのが、この問いではないでしょうか。
人に投資することが大切だと言われても、それが本当に業績や生産性、離職率、企業価値の向上につながるのかが見えなければ、経営の優先課題として位置づけるのは難しいものです。

今回もこの重要な問いについて、GPTW Japanシニアコンサルタントである今野 敦子さんに聞きました。


企業パフォーマンスにつながる人的資本指標とは何か

Q. 企業が「人的資本」を可視化していくには、何らかの指標が必要になると思います。人的資本を測る指標には、具体的にどのような種類があるのでしょうか。

今野:
人的資本を測る指標には、さまざまなものがあります。
代表的なものとしては、非財務情報可視化研究会(内閣府)が2022年8月に公表した「人的資本可視化指針」があります。
ここでは、人的資本に関する情報が7分野19項目に整理されていて、企業が何を可視化しうるのかを俯瞰する上で参考になります。

<人的資本可視化指針における7分野19項目>

こうして見ると、人的資本というのは単に「研修時間」や「女性管理職比率」だけを指すのではなく、人がどのように育ち、活躍し、組織の中で力を発揮するプロセス全体を捉える概念だということが分かります。

なお、この整理は国内基準にとどまりません。
グローバル企業では、国際規格であるISO30414を参照しているケースもあります。
こちらは同様の領域を11分野で整理しており、海外展開している企業やグローバルスタンダードを意識している企業では、ISO30414を前提に開示や整理を進めていることもあります。

ここで重要なのは、「なにを開示するか」より「なぜ開示するか」という視点です。
自社の経営戦略と人材ポリシーを踏まえ、どんな人材を採用し、どう育て、どう活かすかいう一連の取り組みを示すことが開示の本質です。
つまり、開示に値する指標とは、指標を並べることではなく、経営戦略の実現に向けて人材にどう投資しているかが伝わることが大切です。

Q. こうした人材への取り組みを示す指標の中で、一般的に企業パフォーマンスや組織の持続的な強さと特に結びつきやすい項目はあるのでしょうか。

今野:
人的資本の各分野は、どれも最終的には企業パフォーマンスに資するものだと考えています。
そもそも人的資本という枠組み自体が、「人にどのように投資すれば企業価値につながるのか」という観点で整理されたものだからです。

その上で、私たちGPTWが特に注目しているのがエンゲージメントです。
GPTWでは、エンゲージメントを、「会社への信頼・仕事への誇り・仲間との一体感」と捉えています。
長年、働きがいや職場の信頼関係を測定してきた機関として、エンゲージメントが企業パフォーマンスにどう結びつくのかを研究してきました。

一般的にも、エンゲージメントは生産性、離職率、顧客満足度などと相関があると言われていますが、私たち独自の研究でも、業績や離職率などに対して良い影響が見られることを確認しています。

さらに言えば、エンゲージメントだけが独立して存在しているわけではありません。
たとえば、リーダーシップや人材育成への投資、あるいは公正な職場づくりや多様性の尊重といった取り組みは、結果としてエンゲージメントを高め、それが回り回って企業パフォーマンスに結びついていきます。

つまり、エンゲージメントは人的資本の一項目であると同時に、他の投資の成果が表れやすい“結節点”のような存在でもあるのです。

エンゲージメントが業績や離職率に効くメカニズム

Q. エンゲージメントを高めることは、経営において具体的にどのような効能をもたらすのでしょうか。

今野:
エンゲージメントと関連がある企業パフォーマンス指標として、まず業績が挙げられます。
GPTWはエンゲージメントサーベイの結果を元に「働きがいのある会社」を認定・ランキングしているので、日本でも認定企業やランクイン企業と一般的な企業の業績指標はどう異なるのかをさまざま分析してきました。

一つ目に紹介したいのが株価リターンの分析です。
2022年2月に「働きがいのある会社」認定・ランキングに選出された会社の中から上場している会社をピックアップし、それらの会社の株価が過去5年間でどの程度大きくなったのか、そのトレンドを見ました。
TOPIXのリターンが1.29倍、日経平均が1.47倍であるのに対して、働きがい認定企業や働きがいのある会社のベスト企業の株価は約2.3倍〜2.5倍にまで上昇しています。

また、PBR(株価純資産倍率=企業の純資産に対して株価がどれだけ評価されているかを示す指標)も代表的な投資指標かと思います。
そこで当社はPBRが算出できる上場企業3,768社を対象に、そのうち「働きがいのある会社」として認定された企業、そして「ランキング(ベスト100)」に選ばれた企業のPBRを分析しました。
その結果、全企業の平均PBRが2.7倍だったのに対し、認定企業では4.2倍、ベスト企業では7.27倍という非常に高い水準となっています。

また、エンゲージメントは離職率にも良い影響を与えるとされます。
実際、働きがい認定を受けている企業では、一般企業と比較して離職率が低い傾向がみられます。
以下のグラフは、厚生労働省発表の産業別離職率平均と、働きがい認定企業の産業別離職率平均を比較したものです。
多くの業種において働きがい認定企業の離職率の方が低い結果となっています(認定企業の社数が一定数以上の産業のみ掲載)。

こうした数字は、人的資本、とりわけエンゲージメントへの取り組みが、企業の外部評価や内部の健全性にも関わっていることを示しています。

ただし、重要なのは「エンゲージメントが高いと数字が良くなるらしい」という表面的な理解で終わらないことです。経営にとって大切なのは、なぜそれが起きるのかというメカニズムを理解することです。

Q. なぜエンゲージメントが高まると、こうした指標が改善していくのでしょうか。

今野:
GPTWでは、このメカニズムを説明するために「GPTW Effect(エフェクト)」というモデルを用いています。

GPTW Effect(エフェクト)モデル

考え方の出発点はシンプルで、業績や離職率、生産性、イノベーションといった成果は、いきなり生まれるものではないということです。
その前段階として、まず職場の中で働く人々が日々どのような体験が積み重ねられているかが重要になります。

最初の起点になるのは、リーダー、とりわけ経営層や管理職層の振る舞いです。
会社が何を目指しているのか、どのような価値観を大事にするのか、つまりミッション・ビジョン・バリューを明確に示し、それを従業員一人ひとりが理解できるレベルまで語ることが必要です。

そのうえで、リーダー自身が日々の行動の中でそれを体現していく。そうすると、現場で働く人たちの職場体験が少しずつ変わっていきます。

GPTWでは、働きがいのある職場体験を実現する要素として、信用・尊重・公正・誇り・連帯感という5つの観点を重視しています。
これらが日々の仕事の中で実感されるようになると、従業員の働きがいが高まり、それがやがて組織独自のカルチャーとして定着していきます。

そして、このカルチャーが醸成されて初めて、離職率の低下や生産性の向上、イノベーション創出、業績向上といった成果が持続的に生まれていくのです。

このようにエンゲージメントが持続的な企業パフォーマンスに効くのは、それが単なる満足度を測定しているものではなく、組織に良いカルチャーが根付いているか、成果を継続的に生み出す強さがあるかどうかを反映するものだからです。
リーダーシップの開発がカルチャーの変化につながっているか、働き方改革や人材育成の取り組みが現場に届いているか等、人材への投資が組織の中で実際に活きているかを示しています。

言い換えれば、エンゲージメントとは、将来の業績やPBRといった企業パフォーマンスを予測する“先行指標”、すなわち経営の質そのものを映し出す指標なのです。

エンゲージメントを軸にした企業は、何が変わったのか

Q. エンゲージメントを軸に経営改革を行った、実際の企業事例があれば教えてください。

今野:
象徴的な例の一つが、2018~2024年の「働きがいのある会社」ランキング中規模部門で7年連続1位と歴史的な記録を持つ株式会社コンカーの事例です。
前社長の三村氏は、会社の歴史の中で、事業成長や採用拡大を優先するあまりカルチャーが後回しになった時期を振り返り、「自分たちは何を目指すのか」を明確にすることから経営改革を始めました。
カルチャーに合う人を採用し、合わない人は採らないという姿勢を徹底したうえで、エンゲージメントを測り続けることで組織を着実に変えていったのです。
その結果、働きがいの面でも高く評価され、業績面でも事業規模がアメリカに次ぐ2位になるなど、成果を上げています。

▼コンカー社の事例はこちら

また、株式会社サイバーエージェントも、エンゲージメントと組織づくりの重要性を体現してきた企業の一つです。
創業社長の藤田氏は、離職が相次いだ時期の経験を真摯に受け止め、以来一貫して組織づくりを経営の中心に置いてきました。
その姿勢を象徴するのが、後継者選びにおいても「カルチャーへの理解」が重要な基準になっていたことです。
これは、エンゲージメントやカルチャーが単なる人事テーマではなく、経営継承にまで関わる中核テーマになっていることを示しています。

いずれの企業にも共通しているのは、事業をどう伸ばすかだけでなく、そのためにどういう組織・カルチャーづくりをするのかを経営の中心に据えているという点だと思います。

エンゲージメントは業績の“結果”か、それとも“原因”か

Q.エンゲージメントの業績の関係を語るときによく出るものとして、「業績が良いから、働きがいやエンゲージメントが高いのではないか」という問いがあると思います。今野さんはこれについてどう考えますか。

今野:
確かに、業績が良ければ会社の雰囲気が明るくなったり、報酬や福利厚生が充実したりして、従業員のエンゲージメントが高まりやすいという面はあります。
その意味では、「業績の良さがエンゲージメントを押し上げる」という側面を完全に否定することはできません。

ただ、実際にGPTWが「働きがいのある会社」として認定した企業の経営者に話を聞くと、多くの方が「それは追い風にすぎない」とおっしゃいます。
業績が良かったことは一因かもしれないが、それが主要因ではない、という感覚を持っているのです。

なぜなら、企業業績は常に好調とは限らないからです。
リーマンショックやコロナ禍のように、個社の努力だけではどうにもならない外部環境の変化は必ず起こります。
そうしたときに本当に差が出るのが、普段から築いてきたカルチャーやエンゲージメントです。

たとえば、リーマンショック時にはアメリカでも多くの企業が大きな影響を受けましたが、米GPTWの調査では、働きがいの高い企業群が不況下でも相対的に強いパフォーマンスを示したことが報告されています。(*)
もちろん、それだけで単純に説明できるものではありませんが、平時から築いてきた信頼やカルチャーが、厳しい局面での組織の粘り強さにつながる面はあるのではないかと思います。
(*)The 5 Employee Groups That Can Make or Break Your Recovery From a Recession

また、日本でもコロナ禍で大きな影響を受けた企業がありました。
当時「働きがいのある会社」ランキング常連であったある会社では、仕事が激減して社員が手持ち無沙汰になるような局面がありましたが、その中でも従業員から「今できることはないか」という発案が生まれ、顧客への新しい働きかけにつながり、事業の立て直しに結びついたといいます。

こうした事例が示しているのは、業績は外部環境によって左右されることがあるものの、日頃からエンゲージメントを高めよいカルチャーを醸成していくことは、逆風のときにこそ組織を支える力、経営の強みになり得るということです。 

「業績が好調なときにも、厳しいときも、エンゲージメントに向き合い続ける」、これは人を資本として捉えている経営者の意志の現れではないでしょうか。
どちらが先かという問いよりも、どちらに向き合い続けるかの方が経営者にとって本質的な問いだと考えています。

そしてもう一点、強調しておきたいことがあります。
人材への投資が成果に結びつくかどうかは、エンゲージメントの状態に大きく左右されます。
どれだけ育成に力を入れ、環境を整えても、従業員が「やりたい・やれる・やる意味がある」と感じていなければ、Vol.1でお話しした「人の潜在能力の最大化」、つまり従業員が自分の“能力を使いたくて仕方がない”という状態は生まれません。
投資が企業パフォーマンスとして結実するためには、エンゲージメントが高まっていることが欠かせないのです。

持続的な企業価値向上を目指すなら、エンゲージメントを抜きにして語ることはできない。
だからこそ、人的資本の開示においては、業績面で成果が出せない時でも、経営の質は示すことができる、私はそう考えています。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回Vol.3では、「人的資本経営の地図を描く」というテーマで、人的資本経営をなにから始めたらよいか?という話をお伝えしていきます。
是非ご覧ください。

プロフィール

Great Place To Work(R) Institute Japan
シニアコンサルタント
今野 敦子

名古屋大学大学院経済学研究科(経営管理学)修了
フランス国立ボンゼショセ工科大学MBAコース取得。
外資系航空会社、医療系商社の人事部を経て、リクルートマネジメントソリューションズに入社。人事領域において、採用・制度設計・人材育成など一連の業務に携わる。
2009年GPTW Japan設立メンバーとして、事業立ち上げに参画。働きがいのある職場を目指す多くの企業などに調査分析、経営層への提言と支援を行う。

この記事が参考になった方へ

働きがいに関する知見や企業事例を定期的に発信しています。
経営や人事、マネジメントの意思決定に役立つ情報を受け取りたい方は、ぜひ以下からフォローをお願いします。