見出し画像

人的資本経営の地図を描く—人への投資を成果に変えていくステップ

「何から始めればいいのか、正直分からない」

「人的資本経営に取り組もう」としている経営者や人事担当者から、こんな声をよく聞きます。
採用、育成、エンゲージメント、カルチャー、開示——

さまざまな言葉が並ぶものの、「結局、何から始めればよいのか」「何がどうつながって成果になるのか」が見えにくい。そんな声も少なくありません。
そこで今回は、人的資本経営が成果につながるまでの全体像を一枚の図で整理しながら、そのメカニズムを紐解いていきます。
GPTW Japanシニアコンサルタントである今野 敦子さんに聞きました。

▼バックナンバーはこちら


人的資本経営は、どんな流れで成果につながるのか

Q. 人的資本経営をやろうと思っても、全体像がつかめない方もいるのではないかと思います。今野さんなら、人的資本経営の全体像をどのように説明しますか。

今野:
「全体像がつかめない」という声はよく聞きます。一般的には、こんなふうに説明されることが多いですよね。

  1. 会社の存在意義や目指す方向性を定める

  2. それを踏まえて経営戦略や人材戦略を描く

  3. 描いた経営戦略・人材戦略に沿って人に投資することで、企業パフォーマンスを高めていく

この説明自体は正しいですし、私もそう思っています。
ただ、これだけだと、「で、何をすればいいの?」というプロセスの解像度が曖昧なまま進んでしまう企業が多い。
何に投資すればよいのか。投資しているのになぜ成果が出ないのか。
その問いに答えるには、もう一歩具体化する必要があります。

そこで私は、Great Place To Work®︎が長年の研究から導き出してきた「GPTW Effect(エフェクト)」の考え方を使って、このプロセスを図にしてみました。
※GPTW Effectについては、Vol2の記事でも紹介しています。

出発点になるのは、(1)会社の経営理念、つまりミッション・ビジョン・バリューです。
会社が何のために存在するのか、どこを目指すのか、何を大切にするのか。これらを明確にすることががすべての土台になります。

そのうえで、(2)経営戦略として人材戦略を考える。
どんな事業で何を生み出していくのか。そのために、どんな人材を採用し、どう育て、どう活かしていくのか。
人的資本経営とは、この二つを切り離さずに考えることが大切です。

そして次の(3)「リーダーの行動」からが、GPTW Effectの考え方になります。
リーダーがミッション・ビジョン・バリューや戦略を現場に届ける。
その行動を通じて、(4)従業員の日々の「職場体験」が変わっていく
良い職場体験があらゆる立場の従業員に積み重なっていくことで、それがやがて(5)「カルチャー」として根づいていく。

このカルチャーが醸成されて初めて、業績向上、離職率の低下、イノベーションの創出といった(6)成果が持続的に生まれていくのです。

Q. この図では、最初に「理念・戦略」があり、その次に「リーダの行動」があります。人的資本経営を考えるうえで、この順番が大事なのはなぜでしょうか。
(図、再掲)

今野:
この順番には、大きな意味があります。

人的資本経営の起点になるのは、ミッション・ビジョン・バリューです。
つまり、「自分たちは何のために存在し、どこを目指し、何を大切にするのか」という会社の軸です。

これが明確であるほど、従業員は迷ったときに立ち返る場所を持てるんです。
「自分はこれをやりたい」「自分にはできる」「自分がやる意味がある」、そういう感覚にも近づいていきます。

ただ掲げるだけでは従業員に届きません。
経営層や管理職が、自分の言葉で語り、日々の行動で体現して初めて、現場の職場体験に変わっていく。

GPTWの調査でも、従業員はリーダーの言葉そのものよりも、その言葉が行動に表れているかどうかを見ています。
言行が一致しているか、価値観を本当に体現しているか。そこを従業員はよく見ているんです。

ミッション・ビジョン・バリューがリーダーの行動を通じて組織に浸透すると、従業員は上司に一つひとつ確認しなくても動けるようになります。
「この会社が大切にしているのはこういうことだから、自分はこう動くべきだ」と、自分で判断できるようになる。
この自律性が生まれることが、戦略を実現する上でとても重要なのです。

リーダーの行動は、なぜ人的資本経営の中核になるのか

Q. ここでいう「リーダーの行動」とは、経営層の話なのでしょうか。それとも管理職の話なのでしょうか。

今野:
結論から言うと、両方です。ただ、両方と言われても困りますよね。
それぞれ果たす役割が異なるので、少し整理させてください。

経営層のリーダーシップとは、ミッション・ビジョン・バリューを体現し、会社の経営戦略を描き、組織全体に方向性を示すことです。
「自分たちは何のために存在するのか、どこを目指すのか」を、言葉と行動で示していく。それが経営層の役割です。

一方で、管理職のリーダーシップは、その方向性を現場に届けていくことです。
従業員が日々の仕事の中でミッション・ビジョン・バリューを実感できるかどうかは、直属の上司である管理職の振る舞いや行動に、実は大きく左右されます。
経営層がどれだけ力強いメッセージを発信しても、現場の管理職がそれを体現していなければ、従業員には届かない。

私がコンサルティングの現場でよく目にするのは、経営層の言葉と管理職の行動がズレてしまっているケースです。
例えば、経営層は「挑戦を歓迎する」と言っているのに、現場の上司は失敗を責めてしまう。これでは従業員はどちらを信じればいいか分からなくなってしまいます。

この全体像に照らして言えば、経営層は方向性を定める人、管理職はそれを職場体験に変える人です
GPTWのエンゲージメントサーベイでは、経営層と管理職を切り分けるというより、その「一貫性」を重視しています。
まず経営層のリーダーシップがあり、それが管理職へとつながっていく。この順番と一貫性が、とても重要なんです。

Q. 図の「リーダーの行動」の中には、「9つのリーダー行動」という言葉があります。これは何を意味しているのでしょうか。
(図、再掲)

GPTWでは、リーダーが従業員に対して行うべき行動を、信頼を生む「9つのリーダー行動」として整理しています。
具体的には、触発する、語り掛ける、傾聴する、感謝する、育成する、配慮する、採用する、祝う、分かち合う、この9つです。
※「9つのリーダー行動」の中身については、次回Vol4の記事でより詳しくご紹介します。

これは、リーダーが従業員と関わるあらゆる場面を想定しています。
会社のビジョンを伝える場面、新しい仲間を迎える場面、日々の努力を認める場面、話を聞く場面、成長を支援する場面、成果や貢献を分かち合う場面などです。

リーダーシップって、特別な場面だけで発揮されるものではないんです。
むしろ、日常のあらゆる接点の積み重ねが、従業員の職場体験をつくっていく。

私がお客様との対話でよくお聞きする中で素敵だな、と感じるエピソードは、「上司が意外な頑張りを見ていてくれた」「失敗したときに責めずに一緒に考えてくれた」といった、一見小さな出来事が、その人の働きがいを大きく変えたという話です。なにか特別なスキルというより、日々の小さな関わりの積み重ねであると実感します。

裏返せば、この9つのどこかが欠けると、従業員の職場体験に歪みが生まれます。
たとえば、良い戦略があったとしても、リーダーが従業員に語りかけなければ方向性は伝わりません。良い人を採用したとしても、その後に歓迎し、育成し、配慮することが続かなければ、その人の能力は十分に発揮されません。

9つのリーダー行動は、それぞれが単発で独立しているものではなく、従業員のさまざまなフェーズにおける体験を支えているものだと考えています。どれか一つが突出していても、どれかが書けてしまうと体験に歪みが生まれる。そういうものだと思っています。

Q. この図を見ると、リーダーの行動が人的資本経営の中核にあるように感じます。なぜリーダーの振る舞いが、そこまで重要なのでしょうか。

今野:
「リーダーの振舞いが中核」と聞いて意外に感じる方もいるかもしれません。人的資本経営というと「制度や施策の話」だと思っていたという方も多いんです。
ですが、Vol.1・Vol.2でお伝えしてきたことを振り返ると、その理由は見えてくると思います。

Vol.1では、人的資本とは単に従業員が能力を持っているかどうかではなく、その能力が発揮される状態まで含めて考えるべきだとお話ししました。
たとえば、仲間との良い関係性がある、上司のリーダーシップがある、安心して意見を言える環境がある。そうした土台があって初めて、人の能力は最大化されます。

どれだけ優秀な人を採用しても、どれだけ研修に投資しても、それを活かす環境がなければ、意味がない。その環境をつくるのが、リーダーの振る舞いです。

Vol.2では、エンゲージメントが高まる仕組みとしてGPTW Effectをご紹介しました。そこでも起点になるのは、リーダーです。リーダーがミッション・ビジョン・バリューを示し、日々の行動の中で体現する。その中で従業員の職場体験が変わり、カルチャーが醸成され、パフォーマンスにつながっていく。

人は、能力を持っているだけでは動きません。
「自分がやってみたい」「自分にはできる」「これは自分がやる意味がある」と思える状態が整って初めて、潜在能力が引き出されていきます。

この感覚は、制度や仕組みだけで生まれるものではありません。
日々関わるリーダーの振る舞いによって、大きく左右される。

たとえば、上司が日々の仕事の中で「あなたの仕事はお客様のこういう喜びにつながっている」と伝えてくれる。新しい挑戦を迷っているときに「いいね」と背中を押してくれる。失敗したときにも、すぐに相談できる状態でいてくれる。
こうした小さな積み重ねが、従業員の働きがいにつながっていきます。

一方で、制度が整っていても、目の前のリーダーがそれを受け止める準備ができていなければ、従業員の良い職場体験は生まれにくい。
だからこそ、人的資本経営ではリーダーの振る舞いが中核になるのです。

職場体験が、カルチャーと企業成果を生み出す

Q. 図の中には「従業員の職場体験」とあります。これは具体的に何を見ているのでしょうか。また、なぜ職場体験が重要になるのでしょうか。
(図、再掲)

今野:
職場体験というと、少し抽象的に聞こえるかもしれません。でも、とてもシンプルなことです。従業員が日々の仕事の中で感じていることの積み重ね、それが職場体験です。

Great Place To Work®︎では、これを3つの観点から捉えています。
信頼(信用、尊重、公正)、誇り、連帯感です。

上司から信頼されているか。
一人の人間として尊重されているか。
公正に扱われているか。
自分の仕事に誇りを持てるか。
仲間との一体感があるか。

これらの要素は、GPTWが世界中の職場を長年研究してきた中で見えてきたものです。「人が働きがいを感じるとき、職場では何が起きているのか」、その答えが凝縮されています。

ここで意識して区別したいのが、「満足」と「体験」の違いです。

満足とは、給与や福利厚生、職場の人間関係といった環境に対して、良いか悪いかを評価するものです。
一方で体験とは、日々の仕事の中で実際に何を感じたかの積み重ねです。

たとえば、育児支援制度や相談窓口が整っているかどうかを聞かれれば、「満足している」と答える人がいる。でも実際には一度も使ったことがない、使いづらい雰囲気があるということもあります。制度への満足度は高くても、職場体験としては十分とは言えません。

人的資本経営の観点から見ると、ここを把握することがとても重要です。
制度を作る、研修をする、福利厚生を整える。そうした投資をしても、それが従業員の体験として届いていなければ、人の能力の最大化には結びつきません。

私がコンサルティングの現場でよく感じるのは、「制度をつくれば人は動く」と思っている企業が多いということです。でも実際には、制度を作っただけでは人は動かない。それが従業員の体験として届いているいるかどうかが、本当に重要なんです。

つまり、会社が何を提供しているかだけではなく、従業員が実際に何を経験しているかに注目します。良い職場体験がたまにあるだけではなく、それが日常として定着しているかどうか。そこを見ることが大切だと考えています。

Q. 職場体験がカルチャーにつながっていくとありますが、職場体験とカルチャーは何が違うのでしょうか。体験がどのようになると、組織のカルチャーになっていくのでしょうか。

今野:
この二つはとても密接していますが、同じものではありません。

職場体験とは、従業員が日々の仕事の中で感じていることの積み重ねです。
上司が言ったこと、困ったときに助けてもらえたこと、自分の意見を聞いてもらえたこと。そうした日々の体験です。

一方でカルチャーとは、組織において当然とされる独自の価値観や信条、行動様式の総体です。目には見えませんが、「この職場ではどう振る舞うべきか」を従業員が自然に判断できるようになっている状態、と言えるかもしれません。
カルチャーは、リーダーの日頃の言動、組織構造、人事制度、ルール、日々のコミュニケーション、さらにはオフィスのあり方まで、職場のあらゆる要素が積み重なって形成されるものです。


では、一人ひとりの体験がどのようにカルチャーになっていくのか。
最初は、一人の個人的な感覚や印象にすぎません。
しかし、同じような体験が組織の中で繰り返され、多くの人が同じ感覚を共有するようになると、「この会社では、こういう場面ではこうするのが当たり前だ」という共通認識が生まれます。

たとえば、会議では聞いているだけではなく、自分の意見を言うことが当たり前になっている。困っている人がいれば助けることが自然に行われる。新しい挑戦を歓迎する空気がある。
こうした体験が一部の人だけではなく、多くの人にとって当然のものになっていくと、それはカルチャーとして根づいていきます。

逆に、ある人は非常に良い職場体験をしているけれど、別の人はまったく違う体験をしている、という状態では、まだカルチャーとは言えません。
GPTWが「働きがいのある会社」ランキングの評価をする際にも、一部の人の働きがいではなく、全員の働きがいが高まっているかを重視しています。年齢、性別、階層、職種といった、属性間の差が小さいかどうかということです。

つまり、カルチャーとは、良い職場体験が、多くの人にとって当然の出来事になっている状態です。
その状態があって初めて、持続的な企業パフォーマンスにつながっていくのです。

Q.企業成果につながりやすいカルチャーには、何か共通する特徴はあるのでしょうか。

今野:
Great Place To Work®︎は世界170カ国以上で展開していますが、各国のランキングや研究の中で見えてきているのは、優れた企業ほど長い年月をかけて、独自の良いカルチャーづくりに力を注いでいるということです。
カルチャーの中身は企業ごとに異なり、「これが正解」という一つの型があるわけではありません。
ただし、企業成果につながりやすいカルチャーには、3つ共通する特徴があると思っています。

一つ目は、信頼(信用・尊重・公正)、誇り、連帯感が、職場の中で日常的に実感されていることです。リーダーの振る舞いが従業員の日々のよい職場体験として積み重なり、それがカルチャーになっていきます。
実際、これらの要素が総合的に優れているとGPTWが判断した企業(=働きがい認定企業)が、株価リターンやPBR、離職率といった指標が一般水準より良いことは、Vol2でご説明した通りです。

二つ目は、ミッション・ビジョン・バリューが、従業員の日々の行動と強く連動していることです。
掲げられているだけではなく、一人ひとりの行動の指針になっているかどうか。GPTWの調査でも、働きがい認定企業において従業員の自律性を高めるうえで有効だった施策として、ミッション・ビジョン・バリューの共有と浸透が挙げられています。

三つ目は、有事のときに力を発揮できることです。
リーマンショックやコロナ禍のように、外部環境が大きく変化する局面では、カルチャーの強さが問われます。日頃から働きがいの高い職場をつくってきた企業では、厳しい局面でも人が離れにくかったり、回復に向けた行動が生まれやすかったりする。
良いカルチャーとは、単に雰囲気が良いということではありません。
従業員が自律的に判断し、互いに信頼し、困難な場面でも同じ方向を向いて動ける。それは、経営の強さそのものだと、私は思っています。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、人的資本経営が成果につながるまでの「地図」を、GPTW Effectの考え方をもとに整理しました。理念・戦略を起点に、リーダーシップ、職場体験、カルチャーへとつながる一連の流れ——この全体像が、みなさんの経営や人事の取り組みを考えるヒントになれば幸いです。
次回Vol.4では、「信頼を生む9つのリーダー行動」について具体的な内容をお伝えします。

プロフィール

Great Place To Work(R) Institute Japan
シニアコンサルタント
今野 敦子

名古屋大学大学院経済学研究科(経営管理学)修了
フランス国立ボンゼショセ工科大学MBAコース取得。
外資系航空会社、医療系商社の人事部を経て、リクルートマネジメントソリューションズに入社。人事領域において、採用・制度設計・人材育成など一連の業務に携わる。
2009年GPTW Japan設立メンバーとして、事業立ち上げに参画。働きがいのある職場を目指す多くの企業などに調査分析、経営層への提言と支援を行う。

この記事が参考になった方へ

働きがいに関する知見や企業事例を定期的に発信しています。
経営や人事、マネジメントの意思決定に役立つ情報を受け取りたい方は、ぜひ以下からフォローをお願いします♪


この記事が参加している募集