人的資本経営を動かす「9つのリーダー行動」とは?
人的資本経営では、経営戦略と人材戦略を連動させ、人材の価値を最大限に引き出すことが重要だと語られてきました。
また、その実現には、経営層のコミットメントや、理念・戦略を現場に届ける管理職の役割が欠かせないとも言われています。
一方で、理念や戦略を従業員の日々の職場体験に変えていくために、リーダーには具体的にどのような行動が求められるのでしょうか。
その問いに対する手がかりとなるのが、Great Place To Work®が掲げる「9つのリーダー行動」です。
今回の記事では、人的資本経営におけるリーダーシップとは何かをより具体的に掘り下げていきます。
GPTW Japanシニアコンサルタントの今野敦子さんに聞きました。
リーダーシップとは、理念・戦略を職場体験に変える力
Q. まず、人的資本経営を考えるうえで、「リーダーシップ」はどのように捉えるとよいのでしょうか。
今野:
人的資本経営におけるリーダーシップは、会社の理念や戦略を、従業員の日々のよい職場体験に変えていく力だと考えています。
リーダーシップというと、カリスマ的な強さや、自分が前に出て組織を引っ張る姿を思い浮かべる方も多いと思います。
もちろんそれもリーダーシップの一面ではありますが、人的資本経営の文脈では、リーダーは「理念・戦略」と「職場」をつなぐ橋渡し役として捉えるとわかりやすいと思います。
そもそも人的資本経営とは、人への投資を企業成果に結びつけていこうという考え方です。
人をコストではなく資本として捉え、人に投資することで能力が高まり、企業価値が向上していく。そうした発想が土台にあります。
ただし、能力を持っているだけでは十分ではありません。
どれだけ優秀な人を採用しても、どれだけ研修に投資しても、その能力が職場で発揮されなければ意味がありません。
その意味で、人の潜在能力まで発揮されるような環境をつくることが人的資本経営の本質と言えます。
その環境をつくるうえで大きな役割を持つのが、リーダーの振る舞いということです。
Q. ここで言う「リーダー」とは経営層なのか、管理職なのか、どちらでしょうか。
今野:
リーダーには、経営層と管理職のどちらも含みます。
ただし、役割は異なります。
経営層は、ミッション・ビジョン・バリューを言葉と行動で体現し、組織全体に方向性を示す役割を担います。
一方で管理職は、その方向性を現場に届け、従業員が日々の仕事の中で実感できるようにする役割を担います。
経営層がどれだけ力強いメッセージを発信していても、現場の管理職がそれに一貫した行動を取れていなければ、従業員には届きません。
人的資本経営では、経営層と管理職の言葉や行動に一貫性があることが非常に重要です。
信頼は「9つのリーダー行動」の積み重ねでつくられる
Q.前回の記事で紹介された「人的資本経営が成果につながるまでのメカニズム」図には、「9つのリーダー行動」という言葉がありました。詳しく教えてください。

今野:
職場においては「信頼」が大事だとよく言われます。ただ、信頼と聞くと、やや曖昧な印象があり、例えば上司と部下の相性など感覚的なものとして捉えられがちです。
しかし、Great Place To Work®の研究では、信頼はリーダーによる具体的な行動の積み重ねによって築くことができると考えています。
その「信頼を生む行動」として整理されているのが、9つのリーダー行動です。
具体的には、次の9つです。
触発する:従業員に自分の仕事は単なる仕事以上にどのような意義を持つのか感じてもらう
語りかける:従業員と組織の重要事項を共有する
傾聴する:従業員の声・意見をマネジメント層が吸い上げ、対応する
感謝する:従業員の成し遂げた仕事・努力に対する感謝を示す
育成する:従業員の能力開発の機会をつくる
配慮する:従業員を個人として大切にする
採用する:自社の良い企業文化を継続するために採用し、歓迎する
祝う:成功体験・楽しい経験を通じて連帯感を育む
分かち合う:利益を皆で(従業員だけでなく社会を含む)と分かち合う
この9つは、リーダーが特別な場面でだけ意識するものではありません。日々のコミュニケーション、採用や育成、感謝や配慮、成果を祝う場面など、職場のあらゆる接点に関わるものです。
また、この9つはそれぞれ独立しているのではなく、相互に関係し合っています。
例えば、よい人を採用できたとしても、その後に歓迎し、育成し、必要な配慮をしていく流れがなければ、その人の能力は十分に発揮されない。
よい戦略があっても、リーダーが語りかけ、触発しなければ、現場には届かない。
メンバーの声を傾聴しても、その声を受け止めて行動に移さなければ、信頼にはつながらない。
つまり、どれか一つだけが突出していたり、逆にどれかが欠けていたりすると、従業員の職場体験には歪みが生まれます。
9つの行動を、日々のマネジメントの中でつながりとして意識していくことが大切です。
「管理」ではなく「信頼」をつくるための行動
Q. 9つのリーダー行動は、一般的なマネジメント用語である「情報共有する」「進捗管理する」といった概念とは、表現ばかりか視点も異なるように見えます。このような設計になった背景は何でしょうか。
今野:
おっしゃる通り、一般的なマネジメント行動では、「情報共有する」「進捗管理する」あるいは、「評価する」といった言葉がよく使われます。
これらは、業務を効率的に回したり、生産性を上げて成果を出したりするうえで、とても重要な考え方です。
一方で、Great Place To Work®は長年、「働きがいを高めるにはどうすればよいのか」という観点から職場を研究してきました。
働く個人がどのようなときに働きがいを感じるのか。どのようなときに上司との信頼が生まれるのか。そうした視点から生まれてきたのが、9つのリーダー行動です。
つまり、これは単に業務を管理するための行動ではなく、信頼をつくるための行動です。
マネジメントが「管理」や「成果」に目を向けるものだとすれば、9つのリーダー行動は、そこに従業員の職場体験という視点を加えるものだと考えるとよいと思います。
9つのリーダー行動は、業務遂行の各場面に「相手を理解し、相手の期待を超える」という姿勢を織り込むものです。
例えば、上司が指示を出すときに「一方的に伝える」のではなく「相手の考えや状況を理解した上で伝える」、部下が困っているときに「解決策を示す」のではなく「相手の話に耳を傾ける」といったように、同じマネジメント場面でも、相手を尊重し、その人の期待以上の関心や配慮を示すアプローチを取ることで、信頼が生まれ、働きがいが高まるのです。
Q. なぜ「従業員の職場体験」にまで目を向ける必要があるのでしょうか。
今野:
制度や仕組みだけでは、従業員のよい体験にはつながらないからです。
従業員の職場体験が改善しなければ、カルチャーが育たない。結果として企業成果にもつながりません。

例えば、1on1という制度があったとしても、そこで上司が一方的に話していたり、進捗確認をして何かを問い詰める場になっていたりすれば、従業員にとってはよい体験にはなりません。
一方で、制度としては同じ1on1でも、メンバーの状況を丁寧に聞き、必要な支援につなげていれば、それは信頼を生む体験になります。
9つのリーダー行動は、制度や仕組みを、従業員にとって意味のある体験に変えていくための視点だと言えます。
日本の職場で手薄になりやすい行動、得意な行動
Q. 9つのリーダー行動の中で、日本の職場で特に手薄になりがちな領域はありますか。どういった工夫が必要かも含めて教えてください。
今野:
これはあくまで私自身が企業を支援してきた中で感じていることですが、特に手薄になりがちなのは、「語りかける」「傾聴する」「感謝する」の3つです。
まず、「語りかける」は、従業員と組織の重要事項を共有することです。
経営者の方からは「言っているつもりです」と言われることがよくあります。
実際に発信はされているのだと思います。ただ、それが本当に従業員に届いているかというと、また別の話です。
経営層の言葉が従業員に届くためには、従業員が「自分の仕事と関係がある」と思えるような平たい言葉にして、何度も繰り返し伝えることが必要です。立派な言葉で一度伝えるだけでは、現場にはなかなか浸透しません。
次に、「傾聴する」は、従業員の声・意見をマネジメント層が吸い上げ、対応することです。
1on1を導入している企業は増えていますが、実態としては、管理職がつい話しすぎてしまうケースをよく聞きます。良かれと思ってアドバイスをしたり、自分の経験を長く語ったりしてしまうのです。
しかし、傾聴の観点で言うと、1on1はマネジメントが話す場ではなく、メンバーから思っていることを引き出す場です。メンバーのためになる問いを投げかけ、相手の中にあるものを引き出していく姿勢が大切です。
最後に、「感謝する」は、従業員の成し遂げた仕事・努力に対する感謝を示すことです。
これは業界や職場文化にもよりますが、日本の職場では「言わなくてもわかるだろう」「できて当たり前」という感覚が残っていることがあります。感謝を言葉にすることを照れくさく感じたり、高い成果を求めるがゆえに、なかなか「ありがとう」と言わなかったりする。
感謝は言葉にして初めて職場体験になるということを心がけていただくと良いと思います。
Q. 逆に、日本企業が比較的得意な領域もあるのでしょうか。
今野:
はい、もちろんです。例えば、「採用する」や「育成する」です。
新しいメンバーが入ってきたときに歓迎する、研修やOJTを丁寧に行うといったことは、仕組みとしてしっかり取り組んでいる企業も多いと感じます。
日本企業が、仕組みとして型になっているものは、比較的きちんと運用されやすいのだと思います。真面目に制度をつくり、丁寧に運用する強さがあります。
一方で、日々の関わりの中で一歩踏み込む、何度も伝える、言葉にして認めるといった行動は、まだ手薄になりやすい。
つまり、仕組みとして整えることは得意でも、それを日々の職場体験に変えるところに伸びしろがあるのかもしれません。
感謝や祝うことは、人的資本を生かすための「機会損失」を防ぐ
Q. 「感謝する」や「祝う」については、「照れくさい」や「大げさじゃないか」という声もありそうです。なぜこれらが人的資本を生かすうえで重要なのでしょうか。
今野:
感謝や祝うことを照れくさいと感じる声は、実際によく聞きます。ただ、人的資本経営の流れで考えると、そこには大きな機会損失が生まれている可能性があります。
人は能力があっても、努力や貢献を誰かに見てもらっている・受け止めてもらっているという感覚がなければ、その能力を十分に出し切れないことがあるからです。
感謝する、祝うという行動は、単に褒めることや表彰することだけではありません。
「あなたの貢献は、ちゃんと私に見えている」
「あなたの仕事は、チームにとって意味があった」
そう伝えることが基本です。
「言わなくてもわかるだろう」は、従業員の職場体験としては、やっていないのと同じになってしまいます。
だからこそ、リーダーは率先して言葉にする必要があります。
無理に大げさに褒めたり、リーダー自身のキャラクターを変えてまで称賛したりする必要はありません。苦手な行動ほど、意識や性格に頼るのではなく、仕組みにしてしまうのが有効です。
例えば、定例ミーティングの最初や最後に「感謝を伝える時間」を設ける。毎月の誕生日に、その人のすごいと思うところを言葉にして贈る。小さな達成があったときに、チームで集まって一言ずつ喜びを共有する。
全員出社が通常だった頃は、受注が入ったら全員で立ち上がって拍手をするような職場もありました。リモートワークが増えた今は同じ形では難しいかもしれませんが、節目を見つけて、チームで喜ぶことはできると思います。
そうした仕組みによって、感謝や祝う行動は、特別なイベントではなく日常の一部になっていきます。
9つの行動は、管理職だけのものではない
Q. 9つのリーダー行動で管理職が果たす役割は大きいと思いますが、管理職だけが意識すればよいものなのでしょうか。
今野:
管理職はキーパーソンですが、この9つの行動は管理職だけが意識すればよいものではありません。 経営層や従業員一人ひとりに意識していただきたいものです。
まず経営層は、組織の土台をつくる立場です。方向性を示すだけでなく、9つの行動を経営者自身が体現する必要があります。 管理職に求めるだけで、自分たちが実践していなければ、文化として根づいていきません。
そして従業員も、ただ受け取るだけの存在ではありません。なぜなら信頼は双方向でつくられるものだからです。
リーダーが働きかけてくれたときに、それに応じる。感謝を伝えてもらったら、自分も誰かに感謝を伝える。そうした連鎖が生まれることで、リーダー行動は職場全体のカルチャーへと広がっていきます。
Q. 管理職が9つの行動を実践するために、経営層は何をすべきでしょうか。
今野:
経営層には、管理職が9つの行動を実践できる環境を整えることが求められます。
近年は、プレイングマネージャーとして自らの業績責任も担いながら、メンバーの支援や育成も求められる管理職が増えています。その結果、どうしても業績に直結する仕事が優先され、メンバーの声を聞く、チームをつくるといったマネジメント業務が後回しになりがちです。
経営層は、メンバーを育て、チームをつくることも管理職の重要な仕事であると位置づける必要があります。そして、それを実践するための時間や余白を与えることも大切です。
管理職に「もっとメンバーと向き合ってほしい」と求めるだけではなく、向き合える状態をつくることが、経営層の役割なのだと思います。
明日から始めるなら、「傾聴する」ことから
Q. 9つのリーダー行動の中で、明日からまず一つ始めるなら何がおすすめですか。
今野:
一つだけ選ぶとしたら、「傾聴する」です。
9つのリーダー行動はいずれも重要ですが、傾聴は信頼と非常に深く関わっています。 従業員が意見を伝え、リーダーがそれを受け止め、必要な行動に移す。その積み重ねが、「自分の声は届いている」という実感につながります。
米国Great Place To Work®の研究(*)では、「働きがいのある会社」ランキング選出企業では87%の従業員が「リーダーが自分たちの意見を求め、それに応えてくれている」と回答しているのに対し、一般的な職場ではその割合は55%にとどまるとされています。
さらに、傾聴ができている職場では、そうではない企業と比べて5.5倍収益が成長しているというデータもあります。
(*)Great Place To Work®, Employee Listening Keeps Synchrony and AbbVie No. 1 on Fortune’s Best Workplaces Lists (2026)
そして傾聴を挙げたもうひとつの理由が、明日からでもすぐに始められるということです。特別な準備も、予算も、制度も必要ありません。
先ほども述べたように、傾聴に苦手意識を感じる方も多くいますが、小さなことからで良いのです。
例えば、1on1の最初の10分は話さないと決めてみる。
「最近どう?」と聞いたあと、相手の答えが返ってくるまで待つ。
答えがすぐに返ってこなくても、次の質問を重ねたくなる気持ちを少しこらえる。
それだけでも、相手にとっては「今日は自分の話を聞いてもらえた」という体験になります。
Great Place To Work®のCEOであるマイケル・C・ブッシュは、「たいていのリーダーは話すのが好きだ。しかし最も優れたリーダーは、自分が話すのと少なくとも同じくらい聞く」と語っています。
完璧なリーダーシップを目指す必要はありません。
まずは、自分が話すのと同じくらい、相手の話を聞いてみる。
人的資本経営を動かすリーダーシップは、そこから始まるのだと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回は、こうしたリーダー行動や職場体験を、どのように測り、組織改善につなげていくのかを考えます。
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プロフィール

Great Place To Work(R) Institute Japan
シニアコンサルタント
今野 敦子
名古屋大学大学院経済学研究科(経営管理学)修了
フランス国立ボンゼショセ工科大学MBAコース取得。
外資系航空会社、医療系商社の人事部を経て、リクルートマネジメントソリューションズに入社。人事領域において、採用・制度設計・人材育成など一連の業務に携わる。
2009年GPTW Japan設立メンバーとして、事業立ち上げに参画。働きがいのある職場を目指す多くの企業などに調査分析、経営層への提言と支援を行う。
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