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【民主系・迷走の裏面史①】消えた1000万票の行方と、第三極を喰い殺した民進党誕生の真実

果てしなき迷走の裏に隠された一つの法則

2012年12月、3年3ヶ月にわたる民主党政権は、国民の強烈な失望と怒りの中で幕を閉じました。それ以降の日本の野党史は、まさに迷走の二文字で表現されます。

民主党、民進党、希望の党、立憲民主党、国民民主党……。有権者が名前を覚える間もなく離合集散を繰り返し、新党ができては分裂し、かつての仲間同士が選挙区で骨肉の争いを繰り広げる。そのあまりにも場当たり的で、大義の見えない内ゲバの連続に、多くの有権者は「野党は一体何がやりたいのか」、「ただの保身と権力闘争ではないか」と冷ややかな視線を送り続けてきました。

しかし、永田町の権力闘争において、純粋な狂気や無計画だけで巨大な政党が動くことはありません。一見すると滑稽にすら見える彼らの迷走の裏には、実はある一つの明確で、強烈な目標が存在していました。彼らは決して無軌道に迷走していたわけではなく、そのたった一つの目標を達成するために、手段を選ばず、もがき苦しんでいたのです。

本連載(全4回)では、2012年の政権転落から現在に至るまでの旧民主党系政党の動きを、表面的なイデオロギー対立や人間関係の愛憎劇ではなく、極めて冷徹な票の算盤(そろばん)から読み解いていきます。

本稿の結論を先に言いましょう。 2012年以降、彼らが人生を懸けて追い求めたもの。それは政権交代などという遠い夢ではありませんでした。彼らの至上命題は、「ゼロ年代のように、比例ブロックで『2000万票』を獲得できる政党に戻ること」。ただそれだけだったのです。



民主党のトラウマ:2000万票という幻影と消えた基礎票

民主党が迷走を深めた理由を理解するためには、まず彼らが「かつてどれほど巨大だったか」、そして「何を失ったのか」を正確に把握する必要があります。

よく、民主党の全盛期として2009年の政権交代選挙が持ち出されます。あの時、民主党は比例代表で約3000万票という途方もない得票を記録しました。しかし、あれは「自民党政治を終わらせたい」という熱狂的な追い風(バブル)がもたらした異常値であり、実力ではありません

民主党の真の実力を測る上で、最も適しているのは2005年の郵政解散選挙です。小泉純一郎首相が仕掛けたこの選挙では、自民党に強烈な追い風が吹き、民主党には全く風が吹いていませんでした。代表の岡田克也氏が辞任に追い込まれた大敗の選挙です。しかし、この大逆風の中でも、民主党は比例代表で約2100万票をがっちりと獲得していました。

そう、ゼロ年代の民主党は、どんなに逆風が吹いても、都市部の無党派層や穏健な改革保守層、そして連合の組織票をまとめ上げ、比例で2000万票を固く取れる巨大な受け皿として機能していたのです。これが彼らの誇りであり、いつでも政権を狙えるという自信の根源でした。

しかし、2012年の総選挙。政権運営の失敗、消費税増税を巡る党内分裂(小沢一郎一派の離脱)、そして東日本大震災の対応への批判。あらゆる負の遺産を抱えて臨んだこの選挙で、民主党が獲得した比例票は、わずか約963万票でした。

大敗北です。議席を失ったこと以上に党幹部を震え上がらせたのは、2005年のどん底の時ですら確保していた岩盤の2000万票のうち、実に1000万票以上が煙のように消え去ったという残酷な事実でした。

消えた1000万票の行方:邪魔な第三極の台頭

では、民主党を見限った1000万人の有権者は、自民党に寝返ったのでしょうか。答えはです。2012年選挙での自民党の比例得票数は約1662万票で、2005年の郵政選挙(約2589万票)どころか2009年の政権交代選挙(約1881万票)よりも大幅に減らしています。つまり、民主党の票は自民党には流れていません。

答えは、同じく2012年選挙に突如として現れた第三極にあります。

この選挙で、橋下徹氏と石原慎太郎氏が率いる日本維新の会は比例で約1226万票を獲得。渡辺喜美氏が率いるみんなの党は約525万票を獲得しました。

この数字を足し合わせてみてください。自民党の古い政治にも愛想を尽かし、かといって民主党の素人政治にも絶望していた有権者の受け皿として、これら第三極が完璧に機能したのです。(2009年時点でみんなの党に入れていた層や、自民党から流れた層を勘案しても、民主党から逃げ出した1000万票の大部分が、維新とみんなの党に吸収されたという推測は、数字上極めて合理的につじつまが合います)。

民主党の幹部たちは、この選挙結果を見て青ざめると同時に、一つの冷徹な結論に達しました。

「我々が再び政権を狙う(比例2000万票政党に戻る)ためには、自分たちから票を根こそぎ奪っていった『維新』と『みんなの党』という第三極が邪魔で仕方がない。自民党と戦う前に、まずこいつらを潰し、その票をそっくりそのまま我々の元に回収しなければならない」

これが、2012年以降の民主党のすべての行動原理となります。彼らのターゲットは自民党ではなく、野党陣営内のライバルを解体・吸収することに向けられたのです。

みんなの党の崩壊:内部抗争と解党の悲劇

民主党による第三極潰しの最初のターゲットとなったのが、みんなの党でした。みんなの党は、渡辺喜美代表の強烈なリーダーシップとアジェンダ(政策)重視の姿勢で都市部の中道保守層から強い支持を得ていましたが、徐々に党内に亀裂が生じ始めます。

その隙を突いたのが、民主党です。みんなの党内で渡辺氏と路線対立を深めていた浅尾慶一郎氏らに対し、民主党は野党再編を名目に秋波を送り続けます。「自民党に対抗するためには、バラバラに戦っていては駄目だ。合流しよう」という甘い誘惑です。

この野党再編路線(民主への接近)を巡り、みんなの党内部は渡辺派(独自路線・自民寄り)と浅尾派・江田派(野党再編・民主寄り)に真っ二つに割れ、激しい内部抗争が勃発します江田憲司氏らが離党して「結いの党」を結成するなど党は四分五裂し、最終的に2014年の衆院選を前に、みんなの党は解党という最悪の結末を迎えました

民主党にとっては、手を汚すことなく目の上のたんこぶが一つ消滅した瞬間でした。みんなの党が持っていた500万票という中道・改革派の票田を、これで再び刈り取ることができる。そう踏んだのです。

維新の党との暗闘と、橋下徹の挫折

みんなの党を解体した民主党の次なる標的は、最大のライバルである維新でした。

当時の維新は、太陽の党(石原慎太郎一派)との合流と分裂を経て、みんなの党を飛び出した結いの党(江田憲司一派)と合流し、維新の党を名乗っていました。この時、民主党にとって幸運だったのは、維新から極右的な石原一派が出ていき、代わりに元官僚で政策志向が強く、野党再編を志向する江田一派が主導権を握りつつあったことです。

2014年の衆院選において、民主党は維新の党と一部で選挙協力を行うという芸当を見せます。イデオロギー的には水と油にも見えましたが、巨大与党に対抗するという名目の下、共闘の地ならしが始まりました。

しかし、この時点ではまだ、維新の党側(特に橋下徹氏や江田憲司氏)は、民主党に吸収される気など毛頭ありませんでした。彼らが描いていた政界再編の青写真は、次のようなものでした。

  1. 大阪で大阪都構想の住民投票を可決させる。

  2. その圧倒的な勝利と世論の熱狂をテコにして、改革の勢いを全国に波及させる。

  3. 弱体化した民主党から保守・中道右派の議員(前原誠司氏や細野豪志氏など)を引き抜き、維新を核とした新しい野党第一党を創り上げる。

維新の党内には、小沢一郎氏が率いていた生活の党から潜り込んできた議員たち(太田和美氏など)も在籍していました。これも、きたるべき政界再編を見据えた、小沢一郎氏の戦略的な布石であったと見る向きもあります。

つまり、民主党は「維新を吸収したい」と考え、維新は「民主党を解体して使える部分だけ引き抜きたい」と考えていた。同床異夢の暗闘が繰り広げられていたのです。

しかし、この力関係は2015年5月17日、一つの歴史的な出来事によって完全に逆転します。

「大阪都構想の住民投票、否決」

僅差での否決。この瞬間、橋下徹氏の求心力は急落し、彼が政界引退を表明したことで、維新の全国制覇の野望は完全に頓挫しました。テコとなるはずの熱狂を失った維新の党は、もはや民主党を解体する力を失いました。

そして、窮地に陥った維新の党(江田憲司氏や松野頼久氏ら)に、民主党は優しく手を差し伸べたのです。

「もう独自路線は無理でしょう。我々と一緒に、大きな塊を作りましょう」

まとめ:民進党結成というぬか喜び

2016年3月。民主党はついに、維新の党(大阪系であるおおさか維新の会へ分離した勢力以外)を事実上吸収合併し、民進党を結成しました。

この結党大会の熱気は、今振り返れば奇妙なほど楽観的に見えます。所属議員たちは、これで第三極潰しという第一目標が完了したと確信していました。みんなの党は解党させ、維新の党は吸収した。かつて自分たちから逃げていった1000万票の受け皿は、もう民進党しか存在しない。

「これで我々は、再びあの比例2000万票政党に戻ることができる!」

彼らが目指した自民・社会の55年体制に代わる、新しい二大政党制の復活。野党が一つにまとまれば、有権者は必ず戻ってくるという、足し算の論理。永田町の数合わせの観点から見れば、民主党の執行部が数年がかりで進めたこのライバル解体工作は、見事なまでに成功を収めたと言えるでしょう。

しかし、彼らは一つだけ、決定的な見落としをしていました。

それは、有権者の心は、政党の看板を掛け替えただけでは戻ってこないという残酷な真実です。維新やみんなの党に票を投じた有権者は、民主党じゃないからこそ期待したのであって、その残骸が民主党に戻ってできた民進党に対して、かつてのような熱狂を抱くことはありませんでした。

かくして、2000万票政党の復活を夢見て結成された民進党は、船出したその瞬間から、過去の負の遺産と内部の矛盾を抱え、さらなる深い迷走の海へと漕ぎ出していくことになります。



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