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『原典 ユダの福音書』 ロドルフ・カッセル編(日経ナショナル・ジオグラフィック社)



原典 ユダの福音書
『原典 ユダの福音書』

 1700年ぶりに発見された『ユダの福音書』の翻訳に、文書の修復・校訂にあたった専門家チームの解説を追加して一冊にした本である。翻訳部分は50ページあるが、注釈が多いので本文だけなら20ページもない。明確な注記はないが、おそらく英訳からの重訳だろうと思われる。

 解説部分について紹介すると、まずチームを率いたロドルフ・カッセルによる「チャコス写本と『ユダの福音書』」は発見から出版までの経緯をまとめた文章で、クロスニーの『ユダの福音書を追え』を圧縮したような内容である。
 本欄で『捏造された聖書』をとりあげたことのあるバート・アーマンの「よみがえった異端の書」は聖書文献学の視点から『ユダの福音書』の位置づけをおこなった試論で、初期キリスト教の知識に自信のない人は読んでおいた方がいい。
 グレゴール・ウルストの「リヨンのエイレナイオスと『ユダの福音書』」は、『ユダの福音書』の存在を後世に伝えたリヨンの司教エイレナイオスの『異端反駁』の記述と、今回発見された『ユダの福音書』を比較した論文で、両者は同一の可能性が高いとしている。
 マービン・マイヤーの「『ユダの福音書』とグノーシス主義」は、グノーシス主義の中での『ユダの福音書』の位置づけを試みた論文で、グノーシス主義早わかり的な部分もある。

 『ユダの福音書』とは挑発的な題名だが、裏切者とされてきたイスカリオテのユダが実はイエスのもっとも忠実な弟子で、イエスの意志を実現するために、イエスを祭司長に引き渡したという内容である。正典福音書はイエスがユダに直接使命を託したとまでは書いていないが、イエスの受難が預言の実現だったと意味づけていて、ユダの行動に一定の必然性を認めている。
 正統的なキリスト教とまったく異なるのは、イエスはユダにだけ秘密の奥義を伝えたとしている部分で、秘密の奥義の内容はグノーシス神話そのものである。
 『ユダの福音書』はグノーシス派の文献であって、グノーシス派がイエスの受難を解釈すれば、こうなるというだけのことである。わたしは信仰に無縁な人間だが、正統的なキリスト教信者が『ユダの福音書』を読んでも、信仰が揺らぐようなことはないだろう。グノーシス派の複雑な宇宙生成論が完成した後に書かれた、福音書のパロディではないか。

 おもしろいと思ったのは、ここに出てくるイエスはよく笑うことである。正典福音書にはイエスが笑う場面は一つも出てこない。正統的なキリスト教からは笑いは排除されており、ウンベルト・エーコはそれをモチーフに『薔薇の名前』を書いた。
 笑うイエスは興味深いが、ただ、この笑いは大らかな笑いではない。無知な大衆を見くだす嘲笑であり、笑われた弟子たちは傷ついたり、怒ったりしている。このあたり、インテリの宗教であるグノーシス派の本質が出ているのだろうか。

(初出:「書評空間」2006-06-26)
(改訂:2025-06-02)


2025-06-02のノート

 本書の「ユダの福音書」はやはり英語からの重訳だった。コプト語からの原典訳は現在までに二つ出ている。『解読 ユダの福音書』ファン・デル・フリート(教文館)に収録されている戸田聡訳と、『ナグ・ハマディ文書 チャコス文書 グノーシスの変容』(岩波書店)の荒井献訳である。後者は『新約聖書外典 ナグ・ハマディ文書抄』(岩波文庫)に再録されている。

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