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生成AI文章の行き着く先と付き合い方の七転八倒風味な模索 (モブキャラ右往左往執筆論)

[題材]
AIに頼る?頼らない?どう付き合うべ?な方向性をモブキャラが模索するお話


[内容の要約]
(無駄に8000文字ほど右往左往してるので・・・)


AI使用の指針的なものではない

モブクリエイターが現時点のゆるふわ視点でAI作業をどう捉えているかの自己分析(隣の芝生をオープンする話)

右往左往の思考の足跡ではなく"正しい結論"が知りたい方にとっては面白味のない話・・・まぁ目次になっていない目次も一応貼っときます(゚д゚)



[注意]
あくまで偏った認識(情報収集も特にしていない)の一個人が最近のAI周りをどう捉えているかを赤裸々に書き綴った備忘録的な内容です。

心情の吐露も含むので文章の引き算も特にはしておらず、いつも以上にくどい(;´Д`)かも知れませぬ。

あと文中の例えが微妙なのは許して・・・orz




=== はじめに ===

ここ数年の間にAIによる社会変革が顕著になってきました。ずーっと昔にAIや人工知能といえば2001年宇宙の旅のHAL9000(怖いよデイブ)やファミコンの頭脳戦艦ガルにドラゴンクエストIVと空想上の産物や超背伸びして言い張った存在が主なものでした・・・セレクト偏ってない?

<冗談も言える人工知能>


まぁどんなことを出来るか等の性能的な話はAIや人工知能の定義を先ずはっきりさせないと論旨が噛み合わなくなるわけですが・・・やはり2000年代以前のマシンパワーだとその要求を満たすのは厳しかったのだと思います。

ハード面の懸念が解消されてきたのか、またはソフト面(法令や社会的受容含む)で大きく前進したのかはわかりませんが・・・ここ数年で急速にAIによる恩恵(不都合)は私達一般人でも享受出来るほどの広まりを見せたと感じます。

まぁ私がそっち方面にアンテナを立てていなかったこともあってか、識者から見れば「何言ってんだこいつ!」的な見当違いな考察かも知れませんけど。

それでも話を進めるとAIに関する技術はここ数年でぽっと出たというより目立たぬ場所で社会を支える技術としてじんわり育っていたのだと思います。

それが各種相談受付やクリエイティブな事柄における代行作業(生成AI)で実際に「メリット(実利)」を体感できる表舞台に現れると、そこからはもう加速度的に広がっていたイメージです。

似た話?だと我々の手元から世界へと繋がる板切れデバイス(携帯電話)が今の形に落ち着いたのは何年前の話かなぁ的に。

つい15年程前に遡ればまだシンプルな板切れ一辺倒のインターフェースではなく、もっと様々な可能性を模索して轟沈したデバイスが一定数は存在していた記憶があります。

そんな最高の板切れデバイスが携帯電話(スマートフォン)のデザインを画一的に塗りつぶしていくスピードすら比較にならない程にAIに関しては「あっちゅーまにまわりが使っとるんやけど!?」的な現状になっていた記憶です。

まぁこの辺は本題から外れるのとあくまで個人の感覚話なので打ち止めで。

でもこの速度感はなんかSF的というか世界の各首脳と裏で繋がっているシリコン系生命体の宇宙人さんが「そろそろ文明の段階を押し上げて欲しいので先ずは人工知能を広げていきましょう!」とか号令をかけたのではないかなとかあらぬ妄想をしてしまうわけです・・・妄想話もこの辺でやめときましょうか(;´Д`)



=== このさきのごちゅうい ===


注意事項として・・・本記事は「AIサイコー!」だったり「AI許さん、滅する!」的な左右それぞれにエンジン全開な思想で無いことは予めお伝えしておきます。

何故かというと期待した内容と違うからと石礫を投げられるのが嫌だからです(;´Д`)

そして私本人は道具の使われ方は最終的にそれを扱う人間次第であり、道具はより使いやすく、より生産的に、手に馴染む相棒として一緒に育っていく的な思想を持っていることもあわせてお伝えしておきます。



=== えーあいとわたし ===


現状周回遅れ程度の理解しかないのですが、昨今流行りのAIあれこれについてはそれなりに興味を持っています。

どちらかというと冒頭でも妄想で触れたSF目線での興味でしょうか? 私の生きている間に昔憧れた話し相手になってくれるような人工知性が誕生してくれないかなという。一足飛びで日々親身に身の回りのお世話をしてくれるドジっ子メイドロボが誕生してくれるとより嬉しいはわわ


<妙齢(250歳)のコンピューター姐さん>


最初にスタンスというか現状を述べさせて頂くと私はnoteに関してはAIを全く利用していません。

これは別に「AI利用の是非」等の話題とは関係なく現時点で必要性がないから使っていないという雑なお話です。


ちょっと語弊がありますね。


もう少し突っ込んで話すと足元が定まっていない今使えば「自分らしさが薄れる = ぐらぼまというモブクリエイターの個性が薄くなる」からスルーしているという感じでしょうか。

まぁ個性の喪失というのも使い方でどうこう的な話も含めて単純な話ではないのですけどね。

・・・念の為の補足なんですけど、これはAIに対してのネガティブ反応でもないですし、またその逆でも無い事を改めて。 あくまで現段階の私の立ち位置ではそれ以前の話であるわけです。

蝙蝠野郎?

いや、蝙蝠は第三の選択肢であってその時は胸を張って選ぶぜ!(よくわからない。前向き感)

まぁ記事単体だけでなく検索汚染的な話で一部のAI記事に思うところがないというのは嘘になってしまいますが。


これを素人目線のラーメン屋経営に例えると「ぐらぼまによる無化調を売りにした梅干し納豆鰻ラーメン」が私の店で、これに化学調味料(AI)を入れると「ぐらぼまによる化学調味料(AI)を活用した美味しいかも知れないラーメン」になるわけです。


ここでまた補足を入れておかないと印象が大きく変わってしまうのですが・・・別に無化調だから美味いラーメンというわけではありません。ひどい場合は手間だけかかって不味いラーメンが出来上がるので(TдT)


「無化調でここまでの味を出した!」という部分ではそれを求める方向けの評価ポイントなのは間違いないのですが、「一般的な味覚を持つ人間からみて美味いか不味いか?」という点とはまぁ無関係なのです。


そう、無化調は魔法ではありません・・・化調は魔法の粉だけど(うまいこと言おうとしてる)


あくまで味に関していえば無化調は「スタンス」であり、さらに別視点としていつもの対戦ゲーマー的にいえば「相手を攻略するための戦法」でしかないわけです。


ここで個人的な初心を振り返ってみると私のnoteでの取り組みはいつか世に送り出したい大切に温め続けた企画への支援活動であり、そこに必要なのは右往左往七転八倒暗中模索しながらも私個人の脳内妄想から不特定多数の人が目にできる作品へと昇華できるだけのエネルギーを蓄積することだったりします。

なので現在は足掻きによる蓄積真っ最中であり、お行儀の良い文章を書くという段階にすら行き着いていないこともありAIの介在する余地があまりないのです。

マラソン大会に向けて長距離を走る訓練中に自動車を乗りこなす技術を習得しようとする感じ?

自動車が徒歩とは別方向で優れた移動手段であることは確かなのですが、本番で必要とされる技術はソレジャナイというわけなのです。 

自動車は素晴らしい乗り物でありつつも、乗り手次第で交通の和を乱す凶器になり得る点もAIの現状と似ている気がします。


ではAIを全く使ってないのか?


いえ、普通に使ってますよ。あくまで現在noteで使ってないだけです・・・といっても本格的ではないですが。やはり三流とはいえエンジニアの端くれでしたので新しい技術には触れておきたいわけです。使える、使えない、使わないはそれぞれ別ですので。

まぁこの辺の話題も本題から逸れるのでここらで打ち止め。



=== えーあいとどうつきあう? ===


どつきあうではない(゚д゚)

将来的な話としてAIに個人的な味付け(専属的な調教個性の育成)が難しいとするなら素晴らしい文章が出来たとしてもそれは自分だけのアドバンテージにならないと思います。


なんでって?


そりゃ最適解を求めたらみんな似た答えになりがちやん!


という話だからです。


別にAIの欠点云々ではないですよ?

例えにしても微妙な極論ですが、超かっこいいと評判のガンプラ(パチ組可能な色分けスナップフィットモデル)を説明書に従って作ったら「周囲の作例と全く同じで個性をあまり感じない」みたく呟くのと似たような話かなと考えているわけです。

個性がないというか差異がないわけですから、完成度を高めた上で大量生産される量産品へ向けての最高の褒め言葉なんですけどね。

ここでの個性がないは物理的な意味合いであり、
精神的なものは含みません。形は同じでも製作者
個々人の想いが込められている云々はまた別の話。

同時に個性を感じない程似たものを作る場合も
それなりの試行錯誤や技術が必要なのも念の為。

じゃぁどうするかというと単純に手作り度が増せばオリジナリティが上がるので色を塗ったりキットにヤスリを入れてみたり別パーツを盛ったりと個性の継ぎ足しを試みるのです。

前述のラーメンの話と同様にそれがプラスに働くかは一先ず置いて。


脱線しつつあるので話をふりだしに戻すと・・・AIの使用で最適解を導き出すと前述のガンプラでいう完成度の高い評判の品に辿り着くのではないかなぁと。

なんというか発想の根っこの部分は使っている土台(蓄積されたデータ)が同じ限り然程成果物の出来栄えに大きな違い(振れ)は出ないかもと妄想するわけです。

収斂進化に近いようで遠い話というか・・・なんというかクリエイターに対してオンリーワンな結果を出力した様に見えたとしても、参照する根っこが同じなわけですから実のところ金太郎飴状態の可能性も高いのかなと。


「あなただけのオーダーメイド」
(同じものを山程売ったとは口にしない)



=== えーあいのとくせいをまなんだり ===


繰り返しますがAIの仕組みにおいて、結果が似たりよったり(正しい内容かどうかは一先ずおいての最適解)なことが悪いという話ではないのです。


AI利用も後から手を加えるだけでなく、スタート時のパラメーター諸々でいくらでも結果は分岐するとは思います。先程も述べた個性の継ぎ足しですね。

そして急激な進化を遂げたとは言えまだまだAI周りは発展途上ですから、たとえ唸るような文章を魅せられてもそれは出力結果の上澄みであって常に継続してその上澄みを出せるわけではない気がします。

根拠としては学習データが成熟した分野とそうでない分野での出力品質の差が激しい(のではないか?)という結果を予測しての話ですね。

まぁ人間も得意不得意で成果物の落差が激しいことはままありますが、少なくとも「今年のボ〇ドーワインは出来が云々」的な違和感程度で収まるのかなと。

で、これがAI出力そのまんまだと「おいおい、これ別の国のパクリ品と差し替えられとらんか!?」レベルで別物になっちゃって・・・なんというか良いも悪いも「ブランド(作風)」からはみ出す異物が生まれやすい気がするわけです。


結果として水準の高いAI小説家が生まれた様に
見えるのだけど、深堀って読んでいくと複数人の
実力バラバラなゴーストライターが都度作品を
持ち寄り、一人の人格に無理やり擬態している様な
違和感を感じてくるのではないでしょうか。

勿論後々手を加えて云々の話が出てくるとは
思いますが、その手を加える能力がAIに及んで
ない場合・・・作り手として行き詰まるのかなぁと。

だとすればやはり安易にAIに頼らず自己の創作力を可能な限り高めることが私個人としては現時点で一番肝心なのではないかなぁと。


あ、これも補足なんですがこのまま無化調ラーメンでいくかどうか(AIを使うかどうか)や使うとすれば自身の個性を薄めずどう工夫するかという部分は話し出すと終わりが見えなくなるのでここでも触れないこととします。

使用の是非やカスタマイズ。有料の上位サービス等の課金要素をどう捉えるかも含めて。

尚、以降の項目ではクルクル掌返しではないですが
AIを使わないという部分で早々に注釈が入ります。

とっ散らかりつつありますが、本日の話の骨子としては創造の源泉である自家発電力を高める為に私自身は当面の間はAIとは距離を置くという点です。


要は素振りが大切。


別の言い方をすると筋トレは裏切らないというやつでしょうか?(脳筋かよ)

先ずは足腰を鍛えないとせっかくの技術も中途半端にしか身につかない・・・要は私って昭和思考なんですよ(笑)


<特訓推奨でもこの人程ガチ勢ではない>


この話はあくまで私個人の目指すゴールに向けてのアプローチであって、個々人それぞれ最適解というか選ぶ進路はバラバラなんだと思います。

足腰を鍛えない(その時間と労力を惜しんで他に注力する)まま技術を突き詰めて個性を爆発させる方もなかにはいるとは思います。それはそれで正解のアプローチなんですよ。フットワークの軽さとも言えますし。

良い道具を使うのなら先ずそれに見合う腕前を持ちたい。未熟な腕前を良い道具で最初からカバーする・・・どちらも理にかなった手法だと思うわけです。

まぁスタンスはある程度決めているとはいえ、私は自分が凡人と認識しているからこそ穏やかかと思えば荒れ狂ったりと忙しい大海には飛び込まずに先ずは自分の庭にある池でパシャパシャ水遊びから始めることを方針としています。なのでまだAIとの接し方について蝙蝠野郎にすらなれていないのです。



=== まとめ(まとまってない) ===


AIを使うどころか知らず知らずで使われるにならないように。そして使われても良いと思えば最終決定権だけは奪われずにその波に自らの意思と責任で乗っていく。

こいつ何を言ってるんだ?的な謎のお気持ち表明ですが、今の自分が思うAIとの接し方を言語化するとこんな感じかなぁというところです。


いろいろと荒れまくっている創作界隈のAI使用ですが個人的には創作力を伸ばすための可能性なんだと思っています。今まで形に出来なかった熱量を術を持たない人間が具現化出来るという体で。


とはいえ術を持たない人間を救う為に術を持つ人間を踏みつけては本末転倒ですし、その辺しっかりと足場を固める必要があるのだと思います。

そして得たのは創作の新しい可能性だけではなく、怠惰な道への片道切符であることも忘れずで。



=== せいぶんひょうじ ===


ここまで書いてて主語が曖昧だったことに今更気がついたのですが、今回語ったAIの種類って文章作成向けが主なターゲットなんですよね。私の創作範囲が文章なので。

まぁnoteのAIがまんまその機能?だから自然と内容もそうなった感じなのですが。

今はまだ様子見なこともあり導入してはいないのですが、今後文章はともかく画像についてはAIに頼る可能性が大いにあります。

極力自力素材で頑張ってはいるものの、やはり解説等でイラストに頼りたいシチュエーションは多いわけで。

この辺は欠けた能力の補填という視点ですね。

<欠けた能力 = 画伯絵(笑)の足跡>


これを書いておかないと無化調ラーメンを売りにしつつも具材はうま味調味料(化学調味料)マシマシの無化調ラーメンを出したことになってしまうかなと。

無添加食品(無添加とは言っていない)はよくある話ですからね。法令的には問題はなくとも、心情的にはNGが多いあれです。

別に表明する必要迄は感じないのですが、やはりこんな記事を書いたからにはスタンスを分かりやすくしておく方が良いと思い。

ただ無添加問題と合わせて画像に関してのAI利用は一番センシティブというか、火炎瓶が飛んできそうな話題ですのでハラハラしつつ向き合いたいところですヽ(; ゚д゚)ノ



=== よだんでがいやのおはなし ===


よくわからないまま外野で遠目にAI使用に関する議論を眺めているとお互い初手に火炎瓶を投げあっていたりといった((((;゚Д゚))))ガクブルな光景を目にすることがあります。

<火炎瓶を投げる前に>

まだ渦中にいない人間の視点ですと「そこまで衝突しなくてよい人間同士が、相手の姿を見つけた途端に角棒振りかぶって殴りに行く」感触があるというか。口撃を推奨すると受け取られるなら困るのですけど「先ず殴りに行く相手は目の前で掴み合ってるその人じゃなくね?」と感じることがあるのです。

あ、別に双方に対して短慮だ云々言っているのではないですよ?

なんというか、双方共に自己の中で思考が堂々巡りし過ぎたり、事前に碌でもない相手と接したことでヘイトが溜まりすぎて見敵必殺な思考に染まっているんじゃないかなぁと。

意思疎通の上で対立するのは仕方ないけど、誤解の末に殴り合うのはちょっと見ていてられないというか。まぁなんというか、それぞれに対する本当の敵?がその脇を素通りで「あばよとっつぁん!」と財宝担いで逃走してますけどそちらは追っかけなくていいの的な?(;´Д`)



=== こんどこそさいごに ===


改めてですが今回の話はAIの使われ方にアレコレ物申すとか、こうすべき的な道標を表すのではないのです。

曖昧過ぎて役に立たない?

逃げずに論旨を明確にすべき?


いや、考えが定まっているのならともかく、知識不足の思い込み全開で持論(こうあるべき論)をぶちまける方が良くないと思うので・・・というか私は周囲に道を示す立場も欲求もなく、あくまで自分の進む道を模索(右往左往)しているだけなのですよヽ(; ゚д゚)ノ ドッチニ ススムンダー


クリフトザラキ問題
(物事は見た目程単純ではない)


そんな事情から単純に文章を書くことに対して闇雲に素振りを続けるモブキャラが「AI」に向かってどういった距離感を持っているかの自己認識を整理することも含めて言語化してみたというわけです。

その結果に対して共感や拒否反応をそれぞれで感じるのは勿論自由ですし、私はこう考えるんだ!とその想いを自身の発信スペースで形にするなら尚も良しという。

なのでもし皆様の思考や記事作りの糧の一つとでもなれたのなら私自身も眠い目をこすりつつ不器用ながらに記事として絞り出した意義も出てくるのかなぁと思いつつ本日も力尽きますさようなら。

2025年11月19日に総計90,000ビューに達しました。常日頃、または偶然の通りすがりだったとしてもモブキャラの天然由来の妄想に触れて頂けたことに感謝致します。

この先も無化調ラーメンを貫くのか、化調の力を借りながら自分なりの理想のラーメンを生み出すのかはこれを書いている私自身わかりません。

ひとつわかっていることは・・・日々の余力がなくてもうダメポ(゚д゚) クリフトハ ユカデ ネテイル


<答えを出しました!>

<次のお話>

前のお話>

<どくのぬまちをあるくのにそんなそうびでだいじょうぶか>
私のマガジンの中で唯一笑えない話や真面目な話を纏めています。 まぁフィクションですし(゚∀゚) シカタナイ


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