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東印度演義 第八回

若き法学者『自由海論』を草し 閉ざされし海に檄を飛ばす


前回の末尾、ハーグの下宿で若き法学者フーゴー・グロティウスが、新しい紙のいちばん上に「海は、果たして誰かの所有となりうるか」と一行を書きつけ、羽根ペンが朝の光まで止まらなかった、と記した。本回はそのペンの行方の話である。一本の羽根ペンが一冊の書物となり、書物が休戦の談判を揺さぶり、ついには海というものの考え方を、真っ二つに割ってしまうまでの話である。

会社が若者に頼んだのは、一隻の船の弁護であった。ところが、届けられたのは弁護の一文ではない。法の大伽藍であった。

そも戦とは何か。正しい戦と、正しからざる戦の境はどこにあるか。私の者が——国ならぬ会社が——戦をなして、その獲物をわが物とすることは、神と自然の法に照らして許されるのか。聖書を引き、ローマの法典を引き、ギリシアの賢者を引き、スペインの神学者の説くところまで敵に回すために丁寧に引いて、若者の筆は、依頼された塀を築くつもりで礎を掘り、掘るうちに城をひとつ建ててしまったのである。数年がかりで書き上げられた草稿は、紐で縛れば赤子ほどの重さになった。

会社の重役たちは要のところだけを読んで満足した。読まぬところのほうが多かったが、それは学者に金を払う者の常である。金子を包み、礼を述べ、そして——刊行は、見合わせた。

なぜか。剣が勝っているあいだ、理屈は急がれないからである。

事実、このころ連合会社の剣は、面白いように勝っていた。東の海ではポルトガルの砦がひとつ、またひとつと落ち(その次第は次回に譲る)、西の海では、あの男が健在であった。荷を捨てぬ男、ヤコブ・ファン・ヘームスケルクである。

かくて大伽藍の草稿は、ハーグの若者の机の抽斗で、静かに眠りに就いた。書物にも、人と同じく、生まれるべき時というものがある。

眠りを待つあいだに、若者の身辺を少し語っておこう。サンタ・カタリナ弁護の一件で、グロティウスの名は法曹の間に鳴り渡った。一六〇七年にはホラント州の法務官に取り立てられる。齢二十四の検察官である。翌年にはゼーラントの名家から嫁を迎えた。マリア・ファン・レイヘルスベルフ、快活で気丈、夫の才を敬いはしても怖れはしない女である。

新居に運び込まれた嫁入り道具のなかに、頑丈な書物櫃が三つあった。花嫁は、亭主の机で埃をかぶる例の草稿を持ち上げて、眉を上げた。

「これがぜんぶ、たった一隻の船のお話?」

「一隻の船から引き始めたら、海ぜんぶの話になった」

「あなたの癖ね。糸を一本引くと、反物ごとほどけてくる」

言い得て妙、であった。亭主の癖をこれほど正しく言い当てた者は、ハーグの法曹界にも一人としていなかったのである。

ところ変わって——一六〇七年四月二十五日、イベリアの南端、ジブラルタルの湾内である。

湾の奥に、スペインの艦隊が錨を降ろしていた。大船二十隻余り、頭上には岩山の砦の砲が並ぶ。獅子の寝床に等しいこの湾へ、外から二十六隻の帆が、まっすぐに入ってきた。オランダの艦隊、率いるはヘームスケルクである。本国の政庁は彼に、スペインの艦隊を本国の岸で叩け、という思い切った任を授けていた。防ぐ側から、踏み込む側へ。海の戦の潮目が、変わろうとしていた。

戦端を開くまえ、提督は各艦の船長に短い書き付けを回した。曰く、二隻して敵の一隻に取り付け。錨を降ろした敵は逃げられぬ。逃げ場のない敵ほど恐ろしいものはないが、逃げ場のない敵ほど確かな獲物もない。——旗艦は、わしが受け持つ。

甲板に整列した乗員へは、こう言ったと伝えられる。

「見よ、敵は岸を背にしておる。われらの背には、海しかない。だが忘れるな。海はわれらの庭である」

砲戦の口火が切られてほどなく、スペイン旗艦の放った一弾が、オランダ旗艦の後甲板を薙いだ。砲弾はヘームスケルクの左脚を膝から持ち去った。倒れた提督は、駆け寄る士官の襟を掴んで言った。

「旗はそのまま。戦は、始まったばかりぞ」

それが最期の下知となった。氷の海を生き延びた男は、南の温かい湾で、戦のいちばん初めに逝った。だが下知は生きた。オランダの各艦は下知のとおり二隻して敵の一隻に食らいつき、舷と舷が擦れ合うほどの間合いで、砲門と砲門が向かい合った。この近さでは、狙いも何もない。込めては放ち、放っては込める、どちらの腕が先に萎えるかの根競べである。やがてスペインの大船が一隻、火薬庫に火を呑んで裂けた。轟音は岩山にこだまし、燃える帆布が雪のように湾に降った。夕刻までに、スペインの艦隊は一隻残らず焼かれ、沈められた。敵将ダビラも艦と運命を共にした。オランダ側の沈没は、ない。海戦の歴史にも稀な、完璧な勝ちである。

戦の已んだ湾は、不思議なほど静かであったという。勝ち鬨はまばらで、短かった。旗艦の後甲板に、勝ちを見ずに逝った提督が横たわっていたからである。水夫たちは燃え残りの漂う湾を黙って眺め、それから黙って帆を上げた。

ただし、戦利の荷はなかった。焼き尽くしたからである。荷を捨てぬ男の最後の戦利は、目方のないものであった。すなわち——外海の艦隊戦でスペインに勝てる、という確信である。目方はないが、これほど高くつく荷を、スペインは他に知らなかった。

遺骸はアムステルダムへ帰り、旧教会に葬られた。海の男が国の費えで葬られるのは、これが初めてである。参列の群衆のなかには、新地島の白熊と巨船の白帆の歌を、あの南海の武勇談を、声を潜めて口ずさむ者が幾人もいた。

同じ年の暮れ、マドリードの宮廷は支払いの停止を布告した。無敵と謳われた王国の、幾度目かの破産である。剣に勝てぬ敵にも、利払いには誰も勝てぬ。ジブラルタルの黒煙と、金貸しの帳簿と——この二つに挟まれて、スペインはついに、口にしたこともない言葉を口にする。休戦、である。

ところ変わって——一六〇八年の二月、ハーグ。

その日、町は朝から祭りのようであった。スペイン方の全権が、安導券一枚を懐に、敵地のただなかを馬車で乗り込んでくるという。全権の名はアンブロジオ・スピノラ。ジェノヴァの富豪の家に生まれ、私財を傾けて軍を養い、野戦では統領マウリッツと互角に渡り合ってきた、当代随一の敵将である。

沿道の見物は鈴なりであった。子を肩車した男が呟く。

「あれがスピノラか。……なんだ、角も尻尾も生えておらんぞ」

「あたりまえだ。あれで角があってみろ、うちの統領の立つ瀬がない」

町はずれまで、マウリッツみずから騎兵を率いて出迎えた。八十年殺し合ってきた両軍の将が、鐙を並べて轡を進める。見物人は歓声を上げてよいのか息を呑むべきなのか分からず、結局その両方をした。

だが、卓に着いてみれば、談判は初手から巌に突き当たった。スペイン方の言い分は、剥けば芯は二つである。一つ、旧教の信徒に祈りの場を許せ。そして二つ——

「国王陛下は、そなたらを自由の邦と認める用意がおありだ」と、スペイン方の使節は言った。「八十年欲しがってきたものを、進呈しようというのだ。引き換えの品は、ただひとつ。両インドの海から、綺麗に手を引かれよ」

議場がざわめいた。独立と胡椒を、天秤に掛けろというのである。

宰相オルデンバルネフェルトは、老いた掌で書類の縁を撫でながら、しばらく黙っていた。それから、静かに言った。

「胡椒を返上して頂戴する自由は、籠の鳥の自由でござろう。籠の鳥は、餌の出どころを主に握られておる」

「では談判は決裂かな、宰相どの」

「決裂とは申さぬ。ただ、値札の掛け違いと申しておる」

談判の卓には、当事者のほかに二組の仲立ち役が着いていた。仏蘭西とイングランドの使節である。表向きは和平の産婆役、その実、腹の底はそれぞれに黒い。廊下の窓辺で、仏蘭西の使節がイングランドの使節に囁いたという。

「オランダ人が両インドを手放せば、あの海に空きができますな」

「空きは、埋まるためにある」とイングランドの使節は答えた。「もっとも貴国とわが国と、どちらが先に埋めるかは、また別の談判ですが」

産婆が赤子の遺産を数えている——低地の商人たちが仲立ち役を信用しなかったのも、無理からぬことであった。

卓の下で、しかし宰相の胸算用は複雑であった。戦を続ける金は、正直、もう心許ない。休戦は要る。だが両インドを差し出せば、生まれて六年の連合会社は死ぬ。会社が死ねば、あの六百五十万ギルダーに群がった万人の出資者が牙を剥き、共和国の台所そのものが裂ける。加うるに厄介なのは身内である。統領マウリッツは休戦そのものに渋面を作っていた。軍人にとって、戦は生業である。生業ばかりではない、戦のあるかぎり統領の威は宰相の上にあり、戦が已めば、その逆になる。——宰相と統領のあいだに、このとき初めて、目に見えぬ細い亀裂が走った。走ったことに、当人たちだけが気づかなかった。

さて、談判の雲行きに誰よりも青くなったのは、東インド館の重役たちである。

「聞いたか。談判の卓で、会社が売られようとしておるぞ」

「仏蘭西とイングランドの仲立ち役どもは、内心、われらの独占が目障りなのだ。スペインに花を持たせ、われらの帆を畳ませて、空いた海に自分らが乗り出す肚よ」

「ならば大砲か。いや、大砲は談判には間に合わぬ。……紙だ。紙の艦隊を出すのだ。使節どもの、学者どもの、王侯どもの頭の中を、先に占領してしまうのだ」

一六〇八年の霜月、ハーグの法務官の家を、ふたたび会社の使いが訪れた。四年前と同じ客間で、使いは今度は、書類の山ではなく注文を一つだけ置いた。

「全巻は、いりませぬ。あの大部の草稿から、海の章——第十二章だけを切り離して、いま、刷っていただきたい」

ここで思い出していただきたい。かつてエンクハイゼンの男の大著『東方案内記』から、航路の部だけが切り離され、『水路誌』として先に刷られたことを。なぜ急いだか——船が、出るからであった。こたびも理屈は同じである。談判が、進むからである。あのときは海図が船に間に合わされ、このたびは理屈が卓に間に合わされる。低地の国の書物は、いつも何かの出帆に急かされて生まれるのだ。

「名は伏せていただく」と使いは付け加えた。

「ほう。手柄を独り占めなさるか」

「逆でございますよ、先生。州の法務官の名で出れば、それは一国の言い分になる。無名で出れば——天下の公論の顔がつくれます」

グロティウスは笑った。笑ってから、抽斗を開けた。

刷りに回すまえに、草稿は一人の男の閲読を経ている。宰相オルデンバルネフェルトである。老政治家は一夜でそれを読み、翌日、若い著者を呼んで、じかに斬り込んだ。

「よう書けておる。だがわしはこれから、敵方の弁士の役をやる。返答してみよ。——第一。海は囲えぬとそなたは言うが、鰊の漁場は現に囲われておるぞ。スコットランドの岸を見よ」

「岸の入り江や浅瀬は、陸の続きにございます。囲えもし、守れもしましょう。されど大洋は違う。大洋は使っても減らず、通っても跡が残らぬ。減らぬものを独り占めする理は、自然のどこにもございませぬ」

「第二。ポルトガルは百年、あの海に砦を築き、艦隊を回してきた。百年の実効は、権利にならぬか」

「砦は点にございます、閣下。海は面にございます。点をいくら並べても、面の持ち主にはなれませぬ。それに——百年他人の家の門前に立っていた者が、百年目に家の主になれるなら、泥棒に時効の褒美を与えるようなものにございます」

「第三」老人は声を落とした。「では、わが社の独占はどうなる。そなたの理屈は、いつかわれら自身の胸に刺さりはせぬか」

若者は、一拍おいて答えた。

「われらは、海を鎖しませぬ。海は万人に開いたまま——ただ、丁子の木の持ち主である島の君主と、先に約定を交わすだけにございます。海の自由と、契約の自由。この二つは両立いたします」

「両立、な」老人は書類を若者の胸に返した。「見事な縫い目だ。……だがグロティウスよ、覚えておけ。縫い目というものは、見事であるほど、いつか誰かが解きに来る」

一六〇九年の春、ライデンの書肆エルゼフィアの版木から、薄い一冊が刷り上がった。ラテン語、著者名なし。題して『マーレ・リベルム』——『自由海論』である。

薄いが、火薬は詰まっていた。紙面の説くところ、およそこうである。

ポルトガルは東の海をわが物と称するが、その根拠なるものを一つずつ検めてみよ。発見の功と言うか。人の住み、王のあり、千年商いの続いてきた海を、いまさら「見つけた」とは笑止である。教皇の裁定と言うか。教皇は地上の霊の牧者ではあろうが、大洋の持ち主であった例しはない。持たぬ者は、与えられぬ。占有と言うか。海は耕せず、柵えず、住めもせぬ。手に握れぬものは、法の上でも握れぬ。年月と言うか。握れぬものは、百年経っても握れぬ。——されば海は、風と同じ、光と同じ。神が万人の用のために開き給うたものである。神は産物を諸国に分けて生やし、風を諸方に分けて吹かせ給うた。互いに欠けたるを補い合え、行き交うて商え、との思し召しにほかならぬ。ゆえに航海と通商は万民の権利であり、これを閉ざす者にこそ、正しき戦の名分は立つ——。

一隻の船の弁護として始まった理屈が、ここに至って、閉ざされたすべての海への檄文となった。

書物は、狙いどおりに走り、狙いを越えても走った。マドリードとリスボンは色をなし、異端審問所は早々にこれを禁書の列に加えた。禁書とは、当局が発行する最上の推薦状である。写しと重版は却って国境を越えて殖え、パリの学者が引き、ヴェネツィアの外交文書が引き、談判の卓の袖で仲立ち役たちが頁を繰った。

アムステルダムの埠頭でも、この小冊子は評判になった。もっとも、ラテン語の読める荷役はいない。読める者が読めぬ者に講釈し、講釈は伝わるうちに水夫の言葉に化けた。

「つまりだ、海はもともと誰のものでもねえ、タダだと書いてあるんだとよ」

「タダの海か。豪気な話だ」と、年寄りの荷役が梱に腰を下ろした。「するとあれか、タダの海で銭を稼ぐ算段だけは、うちの会社の独り占めというわけか」

「爺さん、それは言いっこなしだ」

一同が笑い、笑いながら、誰もが薄々、笑い話で済まぬものをそこに嗅いでいた。学者の縫い目は、埠頭の荷役にすら透けて見えたのである。

著者の名がないだけに、詮索はかえって賑やかであった。ハーグの晩餐の席で、さる高官が居並ぶ客に新刊を勧め、末席のグロティウス本人にもこう言った、という笑い話が残っている。

「貴公も法律家の端くれなら、読んでおかれよ。筆の若々しさは装いで、あれは相当の老学者の仕事と見た」

「なるほど。心して拝読つかまつります」

と、若き法務官は神妙に頭を下げたという。名を伏せた書物には、こういう余禄がついてくるのである。

ところが、思わぬ岸にも弾は跳ねた。イングランドである。同じ年、国王ジェームズは布告を発し、わが島の沿岸で網を打つ異国の漁船は許可の料を納めよ、と命じた。異国の漁船とは、名指しこそせね、北海を埋めるオランダの鰊船団のことである。自由の海の福音は、イベリアの胸を狙って放たれ、隣に立つイングランドの鰊をも掠めたのだ。ロンドンの学者たちが、海は囲えるという反駁の筆を研ぎ始めた。自由海論に対する閉鎖海論——このとき鳴り始めた論戦の通奏低音は、以後二百年、本作の底で鳴りやまぬ。

読者諸賢、ここに気づかれたであろう。「海は万人のもの」とは、海の上ですでに強い者の言い草ではない。まだ弱い者、これから乗り出そうとする者の武器である。昨日リスボンに向けられた理屈は、今日アムステルダムの鰊を守り、明日は——誰の手で、誰に向けられるか。理屈というものは、鍛えた者の手を離れて歩くのである。

本回の先読みはこの一言である——四年ののち、ロンドンの談判の席で、この無名の小冊子は朗々と読み上げられることになる。読み上げるのはイングランドの使節、聞かされる側の卓に着くのは、連合会社の名代として海を渡った、ほかならぬ著者その人である。

さて、談判である。一六〇九年四月九日、アントウェルペンにて、十二年の休戦条約はついに結ばれた。スペインは低地の連邦を「自由なる邦のごとく」扱うことを呑み、低地の連邦は十二年、剣を鞘に納める。では、あの天秤の片皿——両インドの海は、どうなったか。

条文は、黙した。

インドの「イ」の字も、書かれなかったのである。スペインは「書かれておらぬ以上、旧来の権利は生きておる」と読み、オランダは「書かれておらぬ以上、われらの商いを妨げる文言はない」と読んだ。双方が違うことを聞き取れる沈黙——それが談判というものの、奥の手である。連合会社は売られなかった。籠の扉は、開いたままにされた。

低地の国じゅうの鐘が鳴った。八十年ぶりの、戦のない春である。ただし、鐘の音は喜望峰を越えない。休戦の報せが東の海へ届くには半年余りかかり、届いたところで、大砲というものは条文より耳が遠いのである。

さて、同じ春のアムステルダムの埠頭に、一隻の小さな帆船を見送っておきたい。

船の名は半月号。船主は連合会社、船長はイングランド人のヘンリー・ハドソンという。会社が彼に授けた訓令は一行に尽きる——北東へ向かい、新地島の北を回って、唐土への氷の抜け道を探れ。ほかの針路は、まかりならぬ。

北東の氷の道。バレンツが海図を膝に息を引き取り、ヘームスケルクが帳簿を担いで生還した、あの白い夢の続きである。南回りの航路が休戦の綱引きの種になるならばこそ、誰の旗も立たぬ北回りの近道は、会社にとって捨てがたい賭けであった。

四月、半月号は出帆した。そして案の定、五月の新地島の手前で、氷の壁に頭を押さえられた。霧の中から氷山が牙のように現れては消え、索具は凍って鞭のように鳴り、甲板を洗う飛沫は落ちる前に霰になった。寄せ集めの乗員——半分はオランダ人、半分はイングランド人で、日ごろから飯の炊き方ひとつで啀み合っていた——は、ここにきて珍しく心をひとつにした。すなわち、こんな海は真っ平だ、という一点である。

「船長。これ以上北へ行けば、船より先に人が氷る」

ここでハドソン船長は、懐から別の海図を取り出した。西回りにも唐土への抜け道の噂がある、という古い手紙の写しである。訓令は北東のみと言う。海図は西を指す。乗員は南か西かで割れ、船長は——舵を、西へ切った。

本国の訓令より先に走るのは、南の海の提督ばかりではないのである。

半月号は大西洋を横切り、秋口、名も知れぬ大河の口に達した。川幅は広く水は深く、潮は遥か内陸まで川を遡って、両岸には人の手の入らぬ森が黙って立っていた。これが唐土への抜け道かと、船長は幾日も川を遡ったが、川はやがて浅くなり、抜け道は夢と知れた。代わりに、岸の民が丸木舟を漕ぎ寄せて、艶やかな毛皮を刃物や玉と取り替えた。水夫たちは川口に横たわる森深い細長い島の陰で錨を休め、鴨を撃ち、水を汲み、焚き火を囲んだ。その島の名は、まだ、どの国のどの帳面にも載っていない。

半月号の帰りの舵がどこへ着き、その海図がどの抽斗に納まるか——それはまた、別の糸である。糸はいずれ、思いも寄らぬ結び目を作る。

かくて一六〇九年は暮れてゆく。休戦の鐘と、禁書の火と、名なしの島と。だが時の流れを語り急ぐまい。自由の海の福音がまだ抽斗の中にも生まれていなかったころ、東の果ての海では、剣がひと足先に、おのれの答えを書き始めていたのである。時を四年ばかり、巻き戻さねばならぬ。ところは香料の海の要、丁子の島アンボン。百年ポルトガルの十字架を戴いてきた岬の砦の沖に、連合会社の大艦隊が姿を現す。砦は如何にして落ち、丁子の島は如何にして主を替えるのか。次回「アンボンの砦一戦にして落ち 丁子の島初めて主を替う」を待たれよ。

(第八回 了)


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井ノ上裕之 感じるままに。