きょうのnoteに詰まった話
きょうは、noteを書く手がどうにも進みませんでした。
「きょうは何を書こうか」と考えるところまでは、いつも通りです。しかし、その先がつづかない。テーマを決めきれず、書き出しも定まらず、気がつけば時間だけが過ぎていきました。結果として、これまでなら当たり前のように書けていた「きょうのnote」に、久しぶりに詰まってしまったのです。
思い返してみると、理由ははっきりしています。きょうから週末まで、私は自分で決めて、noteのルーティーンを休みにしていました。
一週間のnoteはルーティーン化されていた
私はこれまで、noteをかなり強くルーティーン化して書いてきました。それについては『私のnoteのKPT(234日目)』でも書いていますが、曜日ごとにテーマを決め、「きょうはこれを書く」と、あらかじめ決まっている状態を作っていました。
その結果、1週間のnoteは基本的に「考えなくても始められる」状態になっていました。
ところが今週は、年末年始休みということもあり、「一度このルーティーンを休んでみよう」と決めました。毎日書くこと自体はつづけよう。でも、曜日ルールはいったん外して、自由に書いてみよう。そんな気持ちでした。
結果はどうだったか。てきめんに、きょうは詰まりました。
「決断疲れ」という言葉がしっくりきた
この状況をどう説明すればいいのか考えていて、ふと浮かんだのが「決断疲れ」という言葉です。Wikipediaによると、決断疲れ(判断疲れ、決定疲れ/decision fatigue)とは、「意思決定と心理学の分野において、意思決定を長時間繰り返した後に、個人の決定の質が低下する現象」を指すそうです。
「これだな」と思いました。
曜日ルールがあるとき、私は「きょうは何を書くか」という決断を、すでに終えた状態で一日を始めています。ところが、そのルールを外した途端、「きょうは何を書こうか」「このテーマでいいのか」「別の切り口のほうがいいのではないか」と、小さな決断を何度も繰り返すことになりました。
結果、いちばん大事な「書く」という行為に入る前に、エネルギーを使い切ってしまったのだと思います。
同じスーツを3着揃えている理由
この話を書きながら、もうひとつ思い出したことがあります。
私は、スーツや靴を、ほぼ同じものに揃えるようになりました。同じスーツを3着持っている話は、『自分あらば「好き」語り・その34──スリーピースのスーツ』という記事にも書いています。朝、何を着るかで迷わないためです。
これは、いわゆる「服の制服化」と言われるものですが、理由は単純です。服を選ぶという小さな決断を、できるだけ減らしたいのです。
スティーブ・ジョブズとマーク・ザッカーバーグの話
この話をすると、必ず引き合いに出されるのが、スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグです。スティーブ・ジョブズは黒いタートルネックにジーンズ、マーク・ザッカーバーグはグレーのTシャツ。
彼らが同じような服を着つづけていた(着ている)のは、日常の小さな意思決定を減らし、より重要な決断にエネルギーを集中させるための戦略だと言われています。どこまで本当かはさておき、考え方としてはとても納得できます。そして、自分が無意識にやってきたことも、方向性としては同じなのだと思います。
人は1.6秒に1回決断している
さらに驚いたのは、人が1日に行っている決断の回数です。
STUDY HACKERの記事によると、ケンブリッジ大学のBarbara Sahakian教授の研究で、人は1日に最大3万5,000回の決断をしているそうです。
1日は86,400秒。そのうち起きている時間を1日の3分の2である57,600秒とすると、単純計算で「1.6秒に1回」決断していることになります。
これを知ったとき、正直、驚きました。そんなに決断している自覚は、まったくありません。しかし、「次に何をするか」「いま立ち上がるか」「この文章を読みつづけるか」といった、意識にも上らないレベルの判断も含めれば、確かにそれくらいしていても不思議ではない気がします。
ADHDの特性と「決断」の相性
もうひとつ、個人的な背景として書いておきたいことがあります。
私は以前、心療内科に通っていたときに、系列のカウンセリングルームで心理テストを受けました。その結果、ADHDと診断されるのに十分な点数が出ていたことや、先送りをしやすい傾向があることが、分かっています。正式な診断をどう捉えるかは人それぞれですが、少なくとも私自身は、「注意の配分」や「意思決定」に関して、人より負荷を感じやすい傾向がある、という自覚があります。
そう考えると、noteの曜日ルールも、スーツの制服化も、「自分を甘やかす工夫」ではなく、「自分を守る設計」だったのだと思います。
ルーティーンを外した途端に詰まった理由
今回、ルーティーンを休んだのは、決して悪い判断だったとは思っていません。ただ、その結果として、「きょうのnoteに詰まった」という事実が、これ以上なく分かりやすくあらわれました。
私は、自由に選べる状態よりも、あらかじめ選択肢が絞られている状態のほうが、力を発揮できる。そのことを、身をもって再確認したのがきょうのnoteだったと思います。
結論──年末年始が終わったら元に戻そう
結論は、とてもシンプルです。
年末年始の休みが終わったら、noteのルーティーンを元に戻します。一週間のnoteは、これまで通り「基本、ルーティーン」で書く。
自由にすることも大切ですが、私にとっては「決めなくていい状態」を作ることのほうが、よほど生産的でした。きょう詰まったこと自体が、その証拠です。
詰まったからこそ、気づけたことがありました。そう考えれば、きょうのnoteも、無駄ではなかったのだと思います。
そしてたぶん、来週はまた、いつものリズムで書ける気がしています。
なお、明日から1月3日までのnoteは、ほぼ書けていまして、詰まったのはきょうだけでした。
そして、よく考えたら。
私、前にもこのことを書いていましたね……
