部室棟の天井裏には死体がある③天井裏の見てはいけないもの|オーディオミステリー|#創作大賞2025

第三話 天井裏の見てはいけないもの
1
部室棟に本当に天上裏のスペース、およびその入口が存在するとは。父から聞いていた通り、その空間は狭く、少しカビ臭かった。俺はかがんでやっと空間を移動できた。
親父の直感が確かなら、ここに勇太さんの死体があるかもしれない。そして俺も今は、近くに勇太さんの死体がある気がしてならない。
『ちょっと、独り占めはずるいわ。私も入るわよ』
下の部室から綾雪の声が聞こえる。
「待って、危険なものがないか先に確認する。とりあえず綾雪はそこで待機しててくれ」
『何よかっこつけて、そういうのありがた迷惑っていうのよ』
危険かはわからないが、仮にここに勇太さんの死体があるとすると、綾雪に見せるわけにはいかない。夜中に忍び込んだ部室棟の天上裏で死体を見つけたとしたら、トラウマ必至だ。
いや、俺だって、そんなもの見つけたくはないのだが。
俺は一人で、持っていたスマホのライトで辺りを照らした。
「……」
まずは地面を照らし四隅を調べる。順番にモップがけをするようにライトを当てていく。続いて天井も同様の要領で照らしてみる。
「……」
ない、ないぞ。そこには配管が巡ってるぐらいで、その他、何もない空間が広がっていた。当然、人骨やミイラなんてものはない。さすがにここに死体があるなんてことはなかったか。やはりここで勇太さんが死んでいるというのは親父の妄想にすぎなかったか。
安堵とともに、正直、俺はどことない物足りなさを感じていた。この辺で退散してもよさそうなものだが、消化不良の俺は、もう一度空間の隅々までをさっきより入念に照らしてみた。
二度見ても、ないものはないだろうが……
「……ん?」
期待せずライトで照らしていると、空間の壁際の一辺で一瞬、光が反射した。俺はもう一度その辺りに光をかざすと、やはり何かがキラリと光った。近づいて、15cmほどの細長い金属片が落ちていることに気づく。
「もしかしてナイフか?」
しゃがんで恐る恐る金属片を手に取り、その姿勢のままスマホのライトを当て入念に形状を確認した。
それはナイフではなく少し柄の長い鍵であった。なぜこんなところに?
この学校は現在、物理キーがほとんど使われていない。校舎のほぼすべての教室にはカードリーダーが備え付けられており、各人はカードに記録されたIDを認証し、施錠・解錠を行っている。となると、この鍵は俺の親父や勇太さんが学生のころのものである可能性が高い。しかし、どこの鍵なのだろう。
結局、ここにあったのは使い道のよくわからないこの鍵だけ。これだけで勇太さん失踪の謎に迫るのは正直困難だ。
死体もなかったし、そろそろ綾雪を呼んんでもよいころか。そして俺は腰をあげようとした。
その時——
「痛って」俺は付近で出っ張っていた配管に勢いよく頭をぶつけた。
その瞬間パサと何かが落ちる音がした。しばらく頭の後頭部をさすった後、音がしたほうにスマホのライトを向けた。ライトの先には冊子状の何かが落ちていた。手に持っていた鍵をズボンの前ポケットにしまい、その物体を拾い上げた。
「な、なんだこれは!」俺は驚愕した。
そこには、グラマラスでボインなお姉さんがそのボインなボインを一糸まとわずさらけ出していた。これはアダルト雑誌であった。壁と配管の隙間に隠してあり、さっき頭をぶつけた衝撃で落ちたのだろう。
俺は父の言葉を思い出す
——そういやアイツ、そこにエロ雑誌とか持ち込んでたな
——これは間違いない。勇太さんが天上裏で隠れて見ていたというものだ。もともと人目のつかない天井裏でも、念のためさらに目のつきにくい場所に隠していたのだろう。勇太さんのことが愛くるしく思えた。
しかし、死体のかわりにこんなトンデモナイものを見つけてしまうとは。
「——ちょっと!」
女性の力強い声が耳元で鳴った。エロ雑誌に気を取られるばかり、背後から近づく存在に気づかなかった。俺は咄嗟に身を捩って翻った。
「あわわわ、綾雪?」同時に、俺は手に持っていたエロ雑誌を後ろ手に隠し、背中のズボンとシャツの隙間に挟み込む。
「あわわじゃないよ。私を置いてくなし」
「わ、わるかったよ」
「ところで、今、あんた何か持ってなかった?」
「いや、気のせいじゃないかな」
「そ」
ふう、ギリギリ綾雪に見つかる前に隠せたようだ。
綾雪はスマホのライトで俺がやったように一通り辺りを照らし始めた。
「……この空間、何もないわね」
「ああ」わるいが俺が先に調べさせてもらった。
「あんた何か見つけた?」
「実は、これを見つけたんだ」俺は先ほど見つけた鍵をポケットから取り出し綾雪に差し出す。
「何それ、鍵?」
「ああ、そうみたいだ。この部室棟の鍵だろうか?」
「違うわね。部室棟はまだ物理キーだけど、もっと短いの使ってるわ」
「そっか」
結局、この鍵の正体はわかりそうにない。
「見つけたのはそれだけ?」
「お、お、おう。そうだな」
俺はエロ雑誌のことはとりあえず黙っておく。ここまでの情報からすると綾雪も必然的にこのエロ雑誌は俺の親父か勇太さんのものと行き着いてしまう。実の親父がこんなところに隠れてこそこそエロ雑誌を見ていたなんて誤解されたくないし、勇太さんの名誉のためにも言うわけにはいかない。当時、必死で隠していたものを19年越しに現役部員のJKにバレたら勇太さんも浮かばれないだろう。
「あんたの父さんが探していたものは見つかったの?」
「なかったみたい。どうやら父の思い違いだったみたいだ」
勇太さんの死体を探してたことも言うわけにはいかない。
「ふーん。じゃ、結局見つかったのは、そのよくわからない鍵だけ?」
「あ、ああ」
「リスクを犯して、苦労してここを見つけたと言うのに割に合わないわね」
「俺らが期待しすぎてたみたいだ」
「なんかもったいないから、もう少しだけここにいたい」と綾雪が静かにつぶやいた。
俺もそんな気分だった。
綾雪は黙って壁に背中をつけて座り込んだ。俺も綾雪と向かい合って反対側の壁で腰を落とした。警備員もこんなところまで調べに来ないだろうから、しばらくここにいても大丈夫だろう。昨日から神経を張り詰め、疲れていたので、丁度よかった。
すると綾雪は手に持っていたスマホのライトを消した。俺も合わせてなんとなくライトを切る。辺りは静寂の闇に包まれた。
俺らはしばらく無言となった。
「落ち着く」しばらくして綾雪がひっそりと言った。
「ああ」俺はぼんやりと、今日一日の出来事を思い返していた。
「ね、あんた。サッカー部には入らないの?」
「入らない」
「どうして? あなたのお父さん凄い選手だったんでしょ?」
「俺はバイトしてるから。それに親父と違って俺はサッカーしてこなかったから、今更無理だよ」
「お父さん、あなたにはサッカーしてほしかったんじゃない?」
「どうだろうな」
再び沈黙が訪れる。暗闇に包まれたこの空間で綾雪の表情はわからないが、ゆっくりと俺の言葉を待ってくれている気がした。
「父さん、ずっと男手一人で俺を育ててくれたんだ。しかも高校卒業後すぐに俺が生まれたから、相当大変だったと思う。今は俺も成長して手がかからなくなったし、生業も上手く行ってるみたいだけど、高校卒業後からずっと休む暇もなく家事と育児と仕事をほとんど一人でこなしてきたんだ。親父がサッカーを教える時間なんてなかった。でも俺は親父が一生懸命育ててくれただけで、それだけで満足なんだ。親父も今は俺にサッカーをしてほしいと思ってるだろうが、俺としては早く自立して父さんを今までの分、少しでも楽にしてあげたいんだ」
「……ふーん、男の子ってそういうものなのかな?」
「どうだろうな。少なくとも俺は早く自立して父さんに恩返ししたい」
「お父さんのことが好きなのね」
好きか嫌いかでいうと間違いなく父のことは好きだが、女子の前でそんなこというのは気恥ずかしいので、俺は何も答えなかった。またしばらく、俺らは黙り、空間には二人の呼吸の音だけがあった。沈黙の中、俺は綾雪にかける言葉を探していた。
「あなたのお母さんてどんな人なの?」先に綾雪が声をかけてくれた。
「実は母さん、俺が物心つく前に交通事故で亡くなったらしくて、よく知らないんだ」
「そうだったのね……ごめんなさい、私、変なこと聞いちゃって」
「いや、いいんだ。俺、母さんの記憶がそもそもないから、気にしようがないし……あ、そういや、今日、綾雪ん家(ち)、呼んでくれて、君のお母さんの話を聞けて嬉しかった。単純に俺の父の学生時代の話を聞けたからってのもあるけど、俺、母親というものをずっと知らずに育ったから、母ってこんな感じなんだなって少し実感できた」さらに言うなら、俺にもこんな母親がいてくれたらなとまで思ったが、そこまでは言わなかった。
「そう。そう思ってくれたならよかった。またもし、母さんに聞きたいことがあればいつでも来なよ。お母さんも喜ぶと思う」
「ああ、ありがとう」社交辞令かもしれないが、素直にうれしかった。
「てか結局、勇太って人の手がかり全然掴めなかったね」
「ああ、ここがダメだったからな。もうアテがなくなってしまった」
「これで諦めるの?」
「え……そういうわけでは」
「ここだけじゃなくて学校の他のところにも手掛かりがあるかもしれないじゃない」
「それも、そうだな」
「もしかしたら例の女がこの天井裏を見つけ、重大な手掛かりを学校の違う場所に移動させたかもしれないし」
この天井裏を見つけたとして、学校にここより人目につかなそうな場所があるだろうか。だがそんなことより、意外にも俺より綾雪のほうがこの件に前のめりなことに驚いた。今日で綾雪とは接点は途切れると思っていたが、しばらく勇太さん失踪の謎を綾雪と探ることができるかもしれない。
「でも、君の母さんがこの件には深追いするなって言ってたよね?」
「あんなの気にする必要ないわよ。それに母さんが誰より失踪の真相を知りたがってるはず。だって母さんのあの感じ、勇太って人のこと本当に好きだったみたいだし。かわりに私が真相を突き止めてあげたい」
殊勝な言葉に俺も感化された。俺としても父の親友の真相を突き止めてやりたい。ここまで首を突っ込んで、頓挫するわけにはいかない。
「そうだな、俺ももう少しこの件、探ってみるよ」
「もし、お互いに何か情報を掴んだら、共有しましょ」
「おう約束だ。一緒に真相を究明しよう」俺は力強く返した。
「さ、もういい時間だし、そろそろここを出ようかしら」
「ああ、君の母さんも心配してるかもしれない」
「あなたのお父さんもね」
俺と綾雪は立ち上がり、天井裏を後にすることにした。
2
「気をつけて降りるんだぞ」
「言われなくても」
綾雪はスカートだったから、先に天井裏から降りてもらった。軽い身のこなしで彼女は危なげなく降りて行った。サッカー部のマネージャーだが、運動神経もいいほうなのだろう。
続いて俺も降りようとする。下は天井裏より多少明るいが、それでも外の光が少し差し込むぐらいで、薄暗かった。穴のヘリを掴んで、そっと部室のほうへ足を下ろしていく。下の脚立に足が届いたので、おそるおそる手を離した。
「よし、なんとか降りれた」
「……」
下で待っていた綾雪がなぜか無言で俺の方向を見つめている。
「どうしたんだ、綾雪」
「あんた、何それ?」
「ん? どれ?」
「……背中の」
完っ全に忘れていた。俺は天井裏で見つけた勇太さんのと思しきエロ雑誌を背中のシャツとズボンの間に挟んでいたのだった。
「やべ」つい声が漏れてしまう。
「それ、あんたの?」
ここで天井裏にあったものだと言うと、俺の親父か勇太さんが天井裏でこっそりエロ本を見ていたことがバレる。二人の名誉のためにも身を切るしか……
「そ、そうなんだ。これは俺が持ってきたものなんだ」
「……は? あんた私をおいて、そそくさここに入って行ったのは、まさかそれを一人で見るためだったの?」
く、くそ、今更自分の発言に後悔をした。これなら親父にでも罪をなすりつけるべきだったか。今考えるとそっちのほうがまだダメージは少なかった。しかしもう後戻りはできない、毒を食らわばだ。
「ああ、もちろんさ。スリルの中、こういうのを見るのが俺の趣味なんだ」
はー何言ってんだ俺。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。本心でないことを言うのはこんなにも苦しいことなのか。てか、調子に乗って少し尾ヒレをつけてしまった気がする。俺の悪い癖だ。もう好きなだけ俺のことをののしってくれ、綾雪!
「……あっそ」
完全に引いてらっしゃる。ああ、こういう淡白な反応が一番堪えるんだね。今日一日で築き上げた関係性が一瞬で吹き飛んだ気がした。
「さ、用も済んだことだし、私帰るわ」
さっきからどこかよそよそしくないすか? 綾雪さん。
「ちょっと待って、外は暗いし送ってくよ」
「いい。私一人で帰るから。あ、悪いけど天上の板戻しておいてくれる?」
「は、はい」
綾雪は部室を出て行った。ああ悲しきかな。綾雪には嫌われてしまった。ちくしょう。今思うと身を切ってまで、親父と勇太さんの名誉を守る必要などあったのだろうか……いや、今更そんなことを思い返すのは野暮だ。俺の青春と引き換えに二人の名誉を守れたのだから。
俺は一人で天上の板を元に戻した。
「……さ、俺も帰るか」
あれ、なんか急に寂しさが込み上げてきたぞ。心の中ではすでに泣いていた。でも、このブツは責任を持って俺が持ち帰らなきゃ。俺はとりあえずまた背中に忌まわしきブツを挟み込んだ。
部室に入ったときに通った窓から俺も外に出た。その後、学校の敷地から出るためにフェンスのほうへ歩いて行った。
フェンスの前には一人の人影があった。
「あれ、綾雪? 帰ったんじゃ」
「ええ、帰るつもりよ」
「じゃ、どうし——」
「別にあんたを待ってたわけじゃないわ」
「そ、そっか。あ、あの……」
「何よ?」
「その……今日はありがとう。結局、何かを成し遂げたわけではないけど、楽しかった」
「ふん、私はまさかこんな変態と一日過ごしてたとは思わなかった。こんな男に、お母さんまで紹介したと思うと最っ低」
はぁ、完全に彼女の中では俺は変態か。
「じゃ、私帰るから。スカートの中、覗かないでよね」と言い、綾雪がフェンスに足をかける。
「ちょ……」
俺はもう一度彼女を引き止めたかった。しかし声が出ない。
「でも、早くしないと彼女が行ってしまう」
ここを逃してしまうともう二度と彼女との接点がないかもしれない。綾雪とは引き続き勇太さん失踪の謎を探す約束をしたが、このままじゃ破談だ。今後の学校生活で、女子とここまでスリルに満ちた一日を過ごすことはもうないだろう。いろんな意味で。今更かっこ悪いかもしれないけど、さっきのことを何かしら弁明したかった。今日は、勇気を出して穴に一人で入ったじゃないか。そんな俺がこんなことにびびっててどうする。いいから、声を振り絞れ。
よし……
その時であった——
「コラ! お前たち何をしている」男性の野太い声が飛んできた。「今、何時だと思ってる。なんでまだ校内をうろついている! とっくに下校時刻は過ぎてるんだぞ」
「やっば」
俺でもこの男性の顔を知っていた。そこに立っていたのは、まさしくこの学校の理事長であった。
「仕事が終わって校内を見回りしてたら、まさかまだ生徒が残っているとは。いったい何をしてるんだね。こんな時間に」
終わった。よりによって学校の一番偉い人に見つかってしまうとは。部室棟に入ってたことはバレてないにしても、こんな時間に校庭をうろついてるのがまずい。何かしらの処分は免れないだろう。
理事長がまた口を開く。
「しかもよりによって……綾雪が」
綾雪!?
「ごめんなさい……お父さん」
お父さん!?
3
目の前に立つ本学で一番偉いお方と、学年のアイドル的美少女がまさか……
「あの、お二人のご関係は?」俺は恐る恐る聞いた。
「綾雪は私の娘だ」
「私の父よ」
確かにこのお方は河合理事長で、隣の少女は河合綾雪。名字が同じだ。顔もどこか似ている気がする。まさか綾雪の父が理事長だったなんて。
「俺、恥ずかしながら初めて知りましたよ。二人が親子だなんて」
「あんまりみんなに言ってないからね」先に綾雪が答えた。
「そうだ、学校に娘がいることが周りに知られると厄介なこともあるからな。私は親子だからといって学内で娘を優遇するつもりはないのだが、親子というだけで贔屓に感じる生徒や親御さんもいるんだ。だから我々の関係は公にはしてないんだ」と父が続いて言った。
「とはいっても、知ってる人もいんだけどね」
「ああ、さすがに親子が同じ学校にいて誰にも知られないというのは無理だからな」
うまく隠し通せてるほうではなかろうか。実際俺の周りでは誰一人知らない。
「しかしだね。どうしてまたこんな時間に校内をうろついてるんだ? 君が娘を誘ったのかね?」
「あの、その……」
「違うの、お父さん。誘ったのは私。今日、部室に忘れ物をしたんだけど、こんな時間に一人で取りに行くのが怖かったから、一緒についてきてもらったの」
綾雪……
「だからといって夜遅く無断で校内に入っていいわけではない」
「……ごもっともです」
「ちょっと君、いいか? 少し向こうで話をしたい」
「は、はい」
俺は個別に理事長に呼び出される。説教でもくらうのか。
「私も行くわ」
「お前はそこで待ってなさい」
「はーい」
俺は理事長に言われるがまま、娘の綾雪から話を聞かれない距離までつれてこられた。
「あの、ご用というのは……」
「ああ、その前に、君、名前をなんという? うちの生徒だというのに覚えてなくて恐縮だが」
「し、しかたないですよ。そもそも理事長と僕ら生徒はほとんど接点がないのですから。僕は恒松貴広と申します」
「どこか聞き覚えのある名だな」
「実は父親が棚岡第一の卒業生なんです」
「つねまつ……ああ! サッカーの恒松くんか!」
「そうです。父を覚えてらっしゃるのですか?」
「そりゃ当然。君の父さんには感謝してるよ! 当時うちの高校を有名にしてくれて。当時、私はまだ理事長ではなかったが、昔から学校の経営には関わってたから、よく覚えてるよ。当時、サッカー部はうちの看板だったんだ」理事長がまるで自分のことかのように嬉しそうに語る。「ほんと当時のサッカー部人気は凄かった。君の父さんのおかげで当時学校全体が活気付いてたよ」
「過分に言っていただきありがとうございます。父も喜ぶと思います」
やはり、父が褒められると悪い気はしない。
「ぜひ君のお父さんにもよろしく伝えてくれ」
「はい!」
「ところで君に聞きたいことだが……」
本題か。
「こんな時間に君を学校に連れて来たのは、やっぱり綾雪か?」
「は、はい」
「ま、そうだろうな。悪いのは私の娘のようだが、君も娘を止めてくれなきゃ」
「へ?」
「あいつ一度言い出したら聞かないやつだろ?」
「は、はい、それなんとなくわかります」
「しっかり君が守ってくれ」
「……」俺は呆然とした。
「娘はああいう性格だから、あの子がいつ危険に晒されるかわからない。だから娘に何か起きそうなときは、できれば君が守ってほしい」
「理事長……」
「約束してくれれば、今日のことは見逃してやる」
なんだろう、綾雪の両親は揃って同じようなことを言う。それほど娘のことを愛し、心配しているのだろうか。しかし俺はほとんど赤の他人だというのにどうしてここまで信頼してくれるのか。これも俺の父・広樹のおかげだろうか。
「今日は遅いから、娘を途中まで送ってやってくれないか」
「でも理事長が娘さんをお送りになるんじゃ?」
「野暮なこというな。二人きりで夜中に学校に来てたということは何かそれなりの意味があるんだろ? 父親だからといって、水をさすような真似はしたくない」
「お父さ……」
しまった。俺は何故だかわからないが、その時、なんとなく綾雪と家庭を持ち、父母とも暮らす想像をしてしまった。疲れも相まって、気が緩んで、今の言葉が口から滑り落ちた。
「い、いえ、間違えました理事長」
「なんだね君は、気が早いな。まだ君にお父さんと言われる筋合いはないぞ」ほがらかに理事長が言う。
「し、失礼しました。ご配意いただきありがとうございます」
「はははは、気にするな。さ、娘を待たすな。早く声をかけろ」
「は、はい!」
俺は踵を返して、綾雪のほうに向かおうとした。
その時、
「ちょっと待ってくれ」
俺は理事長に呼び止められた。
「その背中のものはなんだね?」
「あの、その……」
しまった——冷や汗が止まらない。背中にエロ雑誌を挟んでいたことをまたもや完全に忘れていた。
「というより、それは君のものかね?」
「は、はい」
「気が変わった。やはり今日は私が娘を家まで送ってく」
「……はい、異存ございません」
結局、俺は独り寂しく自宅へ帰ることになった。勇太さんが遺したお宝を脇にかかえたまま。河合家にはかねて俺は変態で通ることになるだろう。
「ただいまー」
あれ、今日は父さん、家にいないのか。きっと外に飲みに出ているのだろう。傷心中の俺にとっては、いつもは煩わしい父親でも、出迎えてほしい気分であった。一応、父には今日の出来事を報告しようとしていた。
とはいっても、今日は天上裏の入口を見つけたぐらいで、その他の収穫は使い道のわからない鍵とこのエロ雑誌だけだった。いろいろリスクを冒したのに……でも勇太さんの死体がなかったことは喜こばしいことか。
あと、親父の同期の綾雪母と会ったことも伝えるべきかもしれないが、当人の夫と娘から失望を買ってしまった今、河合家関連の話をするのは気が進まない。はぁ……もともと綾雪とは言葉を交わすような間柄ではなかったものの、最後の一件で、綾雪との接点は完全に途絶えたかもしれない。俺にとって彼女は、また遠い存在となってしまった。
こうなるくらいなら、もっと違う形で綾雪とは関わりを持ちたかった……せめて天井裏に違うものが落ちていれば。勇太さんの死体がなかっただけマシなのだが、人間とは欲深いものだ。こんなものより、俺は勇太さん失踪の真実に迫るもっとすごい手がかりのようなものを勝手に期待していた。あわよくばそれを起点に綾雪との関係をもっと発展させたかった。そんな浅ましい気持ちが心の底にわだかまっていた。
「こんなもの持ってたら俺のイメージも最悪だ! ちくしょう!」
俺は手に持っていたエロ雑誌を壁に叩きつけた。
——直後、
「ん?」
エロ雑誌から、何か紙片のようなものが落ちた。俺はその紙片を拾い上げる。最初、雑誌のページがちぎれて、落ちたのかと思ったがどうやら違う。雑誌のグラビア紙とはあきらかに質感が違った。A4のコピー用紙がエロ雑誌に折りたたまれて挟まっていたようだ。俺はその紙片を開く。

生徒会役員名簿? どうやらこれは勇太さんが会長を務めてたころの生徒会名簿のようだ。会長の名が佐村勇太だから間違いない。
また、その名簿の下にはドイツ国旗と日本国旗とサッカーボールの落書きがあった。スマホで調べると、今から19年前はドイツW杯が開催されていたようだ。おそらくサッカー部の勇太さんが描いたのだろう。
もしかしてこのエロ雑誌は本当に勇太さんが遺した重大な手がかりだったのかもしれない。雑誌はデコイでこの中の名簿が本命。だって、サッカー部の部室にわざわざ生徒会名簿なんて遺すか。しかもエロ雑誌になんか挟んで。
俺はその名簿から、どことなく勇太さんのSOSを感じとった。まぁ、俺の直感にすぎないのだが。
俺はぼんやりと生徒会名簿を見つめる。ん、この名前に見覚えがあるぞ。俺はそこに書いてあった一人の名に目が止まった。
「……里崎叶男、これ現国の里崎だよな」
それは今の学年で現代国語を受け持つ教諭の名であった。比較的めずらしい名前で年代も近しいからきっと本人と思われる。俺は彼の授業は受けているが、30代で独身という情報以外、彼についてよく知らなかった。そもそも学校の教師のことなど、興味ないので、たいていの教師の素性など知らない
「里崎先生はイチ高のOBで、当時、生徒会に入っていたということは、勇太さん失踪に関して何か知っているかもしれない。話を聞く価値はありそうだ」
それからなんとなく名簿を見続けた。ふと、もう一人の名前に目が止まった。なぜその人のことにすぐに気づかなかったのか、まさかその名が生徒会名簿にあるなんて思いもしなかったからだ。
「……岩倉未貴」
それは……俺の母の旧姓だった。
俺の母も生徒会に入っていたのか——
その直後、俺の頭に電撃のようなものが走った。
ここ最近の出来事が走馬灯のように瞬時に頭を巡る。
『俺が物心つく前に母は他界した——』
『実は、勇太くんもストーカー被害に遭ってたの——』
『勇太くんにつきまとってたストーカーは女性——』
『それに彼女は……もうこの世にいない——』
『実は俺が小さい頃、母さん交通事故で亡くなってよく知らないんだ——』
最初俺はその電撃の正体が何かわからなかったが、数秒遅れて理解が追いついた。頭の中にあった交わるはずのない点と点が結びついた。
まさか……
そんなはずはない……
俺の……俺の母さんが……
勇太さんのことをストーカーしてたなんて……
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