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部室棟の天井裏には死体がある④生徒会OBの証言|オーディオミステリー|#創作大賞2025

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第四話 生徒会OBの証言
 
 実の母が生徒会に入っていたことを知り、母が勇太さんのストーカーをしていた疑念を抱いてから、俺はいてもたってもいられなかった。幼い頃に母は他界したため、彼女の記憶はほぼ皆無で思い入れもそんなにないはずであった。しかし、肉親という事実だけで、一連の疑念がここまで強い自責の念を生むとは。最悪のシナリオとして実の母が勇太さんに直接手をくだしたということまで考えられてしまう。どうにか母が無実であることの確証を得たかった。
 とはいえ、母が勇太さんのストーカーをしていたかもしれないなんて実の父に相談するわけにもいかない。
 今、この件を確かめるのにうってつけの人物が一人いた。それは生徒会OBで、俺の母と勇太さんの同期と思われる現国の里崎教諭だ。里崎の名前は昨日の生徒会名簿の中で見つけた。
 俺は放課後、一目散に職員室へ向かった。里崎は自身のデスクで以前行った小テストの採点をしていた。
「お取り込み中失礼します。里崎先生少しお話よろしいですか?」俺は心のうちの動揺を悟られないよう、努めて快活な口調で言った。
「ん、なんだい?」
 里崎教諭は、走らせていたペンを止め、こちらを振り向いた。七三分けで、ふっくらした丸顔。頬から下はうっすら青髭で覆われていた。
「あの、この前の授業のことで質問があって……」
 授業以外では、ほとんど接点のない里崎に、いきなり過去の話をもちかけるのは憚られるし、警戒されるかもしれない。俺は手始めに当たり障りのないような授業の質問をした。
 里崎は生徒の質問にも慣れているらしく、そつのない回答をもらえた。しかし俺にとっては授業のことは前座。ここからが本題だ。
「そいえば先生ってイチ高のOBだったんですか?」うちに秘めた感情が表に出ないよう、あくまで素朴な感じで尋ねる。
「ああ、そうだよ。でも、どうしてそんなことを聞くんだい?」
「ちょっとですね……昔うちの高校に佐村勇太ってカリスマ的人気の人物がいたって聞いて、その人のことが気になってて……僕ってミーハーなんです。すいません。もしかしたら先生何かご存知かなと思って……」
 里崎教諭が俺の顔をじっと見て、少し沈黙してから口を開いた。
「ああ、勇太くんね、よく知ってる。なんせ僕と勇太くんは生徒会の同期だったから」
「なんと! 勇太さんと同期だったんですか」やはりだ。ただ、俺はあくまで初めて知ったように振る舞う。
「勇太くんは生徒会長で僕は風紀委員長。当時は勇太くんにはいろいろお世話になったよ」
「へー、では勇太さんのことは結構お詳しいのですね」
「それなりに仲はよかった。勇太くんは人気者だったけど、こんな僕にもいろいろ親切にしてくれた。そりゃ、みんなから好かれるわって感じだった」
「そうだったんですね。ところで……」俺は少しずつ話を核心へと近づけていく。俺が岩倉未貴の息子だと言うことだけは悟られないように。
 里崎教諭は次の言葉を待ってくれた。里崎は、今のところ当時の話をすることに抵抗はなさそうだ。
「勇太さんは3年生の夏に失踪したと小耳に挟んだのですが本当でしょうか?」
「ああ、たしかに。しかし君よくそんなことを知っているね」目を丸くして里崎が言う。「僕が最後に勇太くんを見たのは生徒会室だった——」
 生徒会室? これは新たな情報だ。俺の父親も綾雪の母も勇太さんは突然姿を消したと言っていたが、里崎教諭の話はもっと具体性がありそうだ。
「あれは3年生の夏の夕方。僕と勇太くんは生徒会室で作業していたんだ。その頃には僕らの生徒会の任期も終わり近くて次期生徒会のために引き継ぎ資料を用意してた。僕もそれなりに丁寧に資料を作ってたけど、真面目で他人想いの勇太くんは僕以上に真剣に資料を作っててね……全くすごいよね、勇太くんは。よくまだ顔もわからない後輩のために熱心になれるなって。ほんと勇太くんには感心させられっぱなしだった。何はともあれ、その日は僕と勇太くんと二人で残ってたんだけど、日も沈みかけて、いい時間だったから僕は先に帰ったんだ」
 里崎の額から脂汗が滲んでいる。
「それからどうなったんですか?」俺はつい言葉を急かしてしまう。
「……ああ、わるい。以降僕は勇太くんを見ていない。勇太くんは僕の前から忽然と姿を消したんだ」
「っう——」俺の口から言葉にならない声が漏れた。里崎からは親父や綾雪母より勇太さん失踪直前の詳細な話を聞くことができたが、やはり話の終着点は今までと同じだ。
「まさか勇太くんが失踪するとはね。勇太くんって身長も高くて体格もよかったから、最初誰も彼が事件に巻き込まれたなんて思わなかった。そこいらの成人男性ぐらいなら、返り討ちにできるだろうから。で、彼の両親も含め周りからは、勇太くんは日常生活が忙しすぎて逃避行したんじゃないかって思われてて、捜査の出だしが遅れたんだ。でも1週間ほどしてさすがに周りも騒ぎだして、警察に行方不明者届が出されたんだ。勇太くんは町の人気者だったから警察でもそれなりの人数をかけて捜索がされたけど、結局勇太くんは見つからなかった……ま、ここいらの情報はネットニュースなどで残っていると思うからそっちを調べたほうが早い」
 俺も事前にネットを調べていたので、なんとなくそのあたりは知っていた。しかし今の話を聞いて、一点、気がかりな点がある。
「先生は今、勇太さんは『事件に巻き込まれた』とおっしゃいましたよね?」
「え? まぁ、言ったかもしれない」里崎が少し動揺を見せる。
「まだ事件と決まったわけではないですよね。僕の調べた過去のニュース記事では少なくとも事件とは断定されていませんでした」自分でもわかっている。この発言が墓穴を掘る可能性があることを。しかし追及することを止められない。
「ああ、わるい確かにそうだ。君の言う通り。僕もしっかり言葉を選ぶべきだった。ただなんとなく僕の思い込みでこれは事件だと錯覚してたんだ」
「錯覚? もう少し具体的にお教えいただけますか?」
「うぐぐ」と聞こえるか聞こえないかぐらいの声を出し、里崎は口ごもった。それから少し時間をおいて口を開く、「ちょっと待ってくれ、君はどうしてこの件にそんなに熱くなってるんだ。君と勇太くん失踪の件は何か関係があるというのかい?」
 迂闊だ。たしかに里崎の言う通り俺は冷静さを失っていた。これではまるで、俺が勇太さん失踪事件の容疑者の息子ですと自らアピールしているようだ。ここまでの話から推測する限り、里崎は、勇太さん失踪に関して俺の父や綾雪母より核心に近づいているような気がする。ひょっとすると岩倉未貴が犯人とすら勘づいているかもしれない。
「すいません……」しかし、俺はただ謝ることしか、やり過ごす語彙を持っていなかった。自分の発する青臭さがまるで自身の鼻までを突くようだった。
「いや、別に謝ることはないよ。僕が誤解を招くような言い方をしたのも確かだし」気まずそうに里崎が言う。「いやね。実はね。勇太くん失踪前日にも、ちょっと不思議な経験をしたから、勝手に僕は事件だと思っていたんだ」
「不思議な経験……?」
「そう。さっきも言ったようにその頃はたいてい生徒会室に僕と勇太くんが放課後まで残ってた。ただ失踪の前日は勇太くん、生徒会室にいなかったんだ。たしか部活の用事だったかで。だから勇太君失踪の前日は僕が生徒会室に一人でいたんだ。トイレか何かで、いったん僕は生徒会室を離れたんだけど、しばらくして戻ると生徒会室で奇妙なものを見つけた」
「奇妙なもの? いったい何を見つけたんですか」
「わるいわるいさっきから周りくどい話ばかりをして。でも本当にこれは言うのも憚られる。机に刃渡りが15cmぐらいのナイフがおいてあったんだ」
「ナイフ?」
「ああ、誰が置いたのかはわからないけど。生徒会室に戻ったら突然それが置いてあったんだ」
「すいません。それは本当にナイフだったんですか? ナイフに似たものではなかったのですか? 例えば細長い鍵だったとか」刃渡り15cmと聞いて、真っ先に思い浮かべたのは部室棟の天井裏で俺が見つけた鍵のことだった。もしかしたら鍵をナイフと見間違えた可能性がある。
「いや、間違いなくナイフだった。念のため、奇妙に思って僕はそのブツを手に取ってよく観察をしたんだ。やはりどう見たって、先の鋭利なナイフだった」
「それは普通のナイフでしたか?」
「ああ、一見は普通のナイフ。ただ一つ変わった点があった。柄の部分になぜか紙が巻いてあったんだ」
「紙? なぜ紙が巻いてあるのですか?」
「いや僕も知らないよ。気味わるかったから、ナイフとわかってからはすぐに、置かれていた元の位置に戻して、その日は帰ったんだ」と話す里崎の顔は全面脂汗で湿っていた。「翌朝、恐る恐る生徒会室を見たんだけど、ナイフはなくなっていた。そして、夕方に勇太君と生徒会で会った。僕は生徒会でナイフを見つけたことを勇太君にいうことができなかった。変なことをいって勇太君を困らせたくなかったから。だけど、その選択は間違いだったかもしれない。以降、僕は勇太君と会っていない」
 恐らく俺の顔も今は脂汗が滲んでいるだろう。
「ほんとうに奇妙な話ですね」
「ああ」
「里崎先生はそのナイフを置いた人物こそが勇太さん失踪の犯人と思われますか?」
「いや、さすがにそこまでは言い切れない。その二つの事象の関連性を示す手がかりはないのだから。誰が置いたものかもわからないし。だけど、勇太くん失踪の直前にそんな物騒な体験をしたから、頭の中で無意識のうちに勇太くんの失踪を僕は事件と結びつけていたんだね。心理学用語でこういうのはたしか連合といったかな。まぁいずれも、君がさっき言った通り、勇太くんの失踪を事件と断定するのは早計だったよ」
 いや実は俺自身が誰よりも今までの状況証拠よりこれは事件だと思っているのだ。そして誰よりも核心には迫りたくないと思っている。思っているはずなのに……
「先生は生徒会で勇太さんをストーカーしていた女生徒に心当たりはありますか?」
 どうして俺は自分自身を制御できなかったのだろう。自分は自分自身のはずなのに……今は自身を制御することは街に放たれた荒馬を素手で御するより難しかった。
「君……どうしてそんなことまで……」里崎は今までもたびたび驚きの表情を見せていたが、それは序の口であった。今はその大きな眼球がこぼれ落ちそうなほど瞼を見開いてこちらを凝視していた。俺も緊張しているが間違いなく里崎も緊張している。つついた瞬間破裂しそうなくらい張り詰めた空気が二人の間にあった。「確かに勇太くんは生徒会の女生徒にストーカーまがいの被害に遭っていた……」
 ああ。ついに俺が一番知りたくなかった事実に行き着いてしまった。何を隠そう俺自身がこの件にすすんで首を突っ込んだのだから言い訳のしようがないのだが。こうなるくらいなら、何も知らずに平穏に暮らしていればよかった。しかしもう遅い。
 隣の里崎は依然俺の顔をじっと見ている。
「……合点がいった」里崎は戦慄くようにまた口を開く、「……合点がいったよ。君の顔を見て。どうして君がこの件にここまで熱くなるのか。表面上の情報に惑わされていた。僕の抱いていた違和感の正体はこれだったんだ」
 顔を見てわかった? まずい、俺が岩倉未貴の息子であることがついにバレたか。俺の顔に生徒会の同期の面影を感じ取ってしまったか。
「わるいが君はこの件にこれ以上首を突っ込まないほうがいい。これは君のためだ」
 間違いない。完全にバレてしまっている。
「僕も迂闊だったよ。君に話すべきじゃなかった。都合がいいが今聞いたことは全部忘れてくれ。そして僕はもう君に話すことなんてない……ここは職員室だ。過去の話をする場ではない。さ、早く出てった、出てった」
 俺は文字通り里崎に突っぱねられ、職員室を後にした。

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