部室棟の天井裏には死体がある⑩決戦のゴングを叩く|オーディオミステリー|#創作大賞2025

第十話 決戦のゴングを叩く
1
俺は数週間前に、勇太さんの居場所に見当がついてから、ある行動を起こすことを決意した。まだ、確証は得られていないが、おそらく十中八九そこには勇太さんが眠っている。決め手となったのは、やはり生徒会名簿に描かれていた横縞の絵である。そこに勇太さんの居場所を示すヒントが隠されていた。俺は今からその場所に行って、真実を確かめる。
そこにはこう書かれていた「ここにいる」
そう、きっと勇太さんはそこにいるのだ。
勇太さんの居場所に見当がついてからすぐに行動を起こせなかったのは、色々と準備をしていたからだ。
俺はまず親父の広樹に話を聞いた。そこで俺はある真実に辿り着いた。正直その真実は衝撃的だった。俺の想像を凌駕した。もしかすると俺が最も辿り着きたくなかった真実かもしれない。
一方、綾雪母にも話を聞くつもりであったが、まだ彼女からは話を聞けていない。
親父に話を聞いたこを発端に、ある真実に辿り着くことができたので、聞く必要がなくなったというのが正直なところだ。かわりに俺は今日まである準備をしていた。綾雪母からは後でゆっくり話を聞けばいい。そしてそれがすべての答え合わせになるだろう。
午前零時、俺は見慣れた鉄製フェンスの前に立っていた。柄が1メートル近くあるスレッジハンマーを右手に持って。
もうすぐ彼女がやってくる。
「お待たせ」
時間通りにショートボブの黒髪の少女はやってきて上目遣いで言った。
「来てくれてありがとう、綾雪」
これからの計画には彼女の協力は不可欠である。しかし、彼女を危険な目に遭わせることになる。約1ヵ月前のトラウマがフラッシュバックしないか心配である。それに、これからの行いは、彼女のトラウマを上書きするとすら思っている。
「綾雪。もう一度確認するが、本当に俺に協力してくれるんだな?」
「うん」彼女は力強くいう。
いつも彼女には勇気づけられる。
「もし怖いと思ったら、それからつらいと思ったらいつでも逃げてくれ、放棄してくれ。俺は君に本当に酷なことを頼んでいる」
「ううん、いいの。私は決意した。中途半端な気持ちなら今日、ここには来てない」
「ありがとう」
綾雪のその言葉を聞けてよかった。俺もやるからにはもう後悔はしたくない。徹底的に戦う準備はできている。
俺は手に持っていたハンマーをいったん綾雪に預け、目の前のフェンスを登った。フェンスのてっぺん付近で、ハンマーをもう一度手渡してもらい、イチ高の敷地内に飛び降りた。
続いて綾雪もフェンスを登り、敷地内へと降りた。1ヵ月前に全身に打撲を負って救急車で運ばれたとは思えないぐらい彼女の身のこなしは軽やかだった。だいぶ彼女の身体も回復してきているようだ。でも彼女の心の傷はいつまでも癒えることはないのだろう。彼女を今日連れ出したことに、まだ少し罪悪感が残る。
「こうやって夜に学校に忍び込むのも三回目だね」彼女が言う。
「ああ」一回目は二人で部室棟に忍び込んだ。綾雪とまともに話したのがその日が初めてだった。二回目は別々に校舎に入って、考えうる最悪な形で彼女とは対面した。
そして今日が三回目。もしかすると前回を上回る事態が起こることも想定される。前回の事態を最悪と思っていたが、それ以上があるかもしれない。でも今はそんなことないと祈るしかない。俺は彼女を信じている。
「行きましょ」
なかなか足をすすめない俺に綾雪が手を引いてくれる。
「ああ、行こう」
いつまでためらっている。綾雪がこうやって導いてくれているんだ。俺がウジウジしてどうする。
俺らはまっすぐと校舎へと向かった。
ある場所の前で止まった。
校舎の東側の一階から飛び出たプレハブ造りの建物で、高さは校舎の二階の中腹ぐらいまであった。また窓ガラスの全面に黒いカーテンがかけられており、外から中は見えないようになっていた。
もう迷う必要はない。
俺は持っていたハンマーを振り上げ、旧生徒会室の窓のうちの一つに思いっきり叩きつけた。
窓は粉々に割れて、残ったガラスは手できれいに払い落とし、サッシだけとなった。
俺はカーテンを豪快に開け、ハンマーを持ったまま旧生徒会室の中に入った。
続いて綾雪も中に入ってきた。
俺はスマホのライト機能をオンにして中を照らした。約2ヵ月前に忍び込んだ天井裏を彷彿とさせた。
「本当に何もないなこの部屋」
「ええ」
一通り、地面を照らした後に俺は天井を照らした。四隅を順番に照らし、最後にある一角を照らした。
やっぱりあった——
黒い物体がスマホのライトに照らし出されていた。
ビデオカメラである。
「っう」綾雪が少し声を漏らした。
1ヵ月前のトラウマがフラッシュバックしたのかもしれない。もう少しだ綾雪。もう少し我慢してくれ。あと少しで終わる。
俺は持っていたハンマーでそのビデオカメラを叩き壊した。きっと気休めにしかならないだろうが、忌まわしきものは処分する。
彼もじきにここにやってくるだろう。
数十秒後、背後から物音がした。
俺はとっさに振り返り、先ほど入ってきた窓にスマホのライトを向けると、大きな黒い物体が動いていた。
動く大きな物体は俺らのいる旧生徒会室へと入ってきた。
スマホのライトを向けると目出し帽を被った黒づくめの太った男が俺らのすぐ背後に立っていた。
目出し帽からは大きくぎょろっとした目が俺らを覗いていた。
その刹那——
「きゃあああああ」
綾雪は出せる限りの悲鳴を張り上げた。部屋の中に彼女の声がこだました。
俺は咄嗟にハンマーを置いて、背後から覆面男に飛びかかり、取り押さえた。
「今のうちだ。できる限り遠くに逃げろ綾雪」
しかし綾雪はその場を離れようとしない。
「何をしている早く。早くしろ」
くそ、早く、頼むから早く。
その時であった——
「大丈夫か、お前たち」
旧生徒会室のドアのほうから誰かが入ってきた。
その声に聞き覚えがあった。
「お父さん」綾雪が叫ぶ。
よし間に合った。
「理事長、早く娘を連れてできる限り遠くに行ってください」
理事長は事態を完全に把握できていないようだ。
「何をしてるんですか早く。こいつは俺が取り押さえておきます。娘さんが腰を抜かして動けない状況なんです。早く綾雪を連れてできる限り遠くに逃げてください」
「わ、わかった」
理事長はようやく状況を理解したようで、地べたで倒れていた綾雪の手を取った。綾雪もなんとか立ち上がれたようだ。
「大丈夫か綾雪?」
「大丈夫、お父さん。早く逃げましょ。私もう走れるから」
「待てえええええ」覆面男が甲高い声で叫ぶ。
「早く! こうやって押さえておくのも限界です。できる限り遠くに逃げてください」
「わかった。ありがとう恒松くん」
そういって、理事長と綾雪は扉から走って出て行った。
それから俺は覆面男から手を離した。
覆面男は振り返り、俺の顔を見た。
そしてお互に睨み合った。
数十秒の沈黙が続く、俺らの間には張り詰めた空気があった。
「ふふふ」覆面男が失笑する。
「ふふふ」俺も思わず声が出る。
男は被っていた目出し帽をとり、顔をあらわにした。
「ありがとうございます里崎先生」
「しかし、ここまでうまくいくとはね」
「はい、怖いぐらいうまくいきましたね」
「ただ彼女のトラウマを思い出させなければいいのだが、あの日、僕が彼女に暴行を加えたのは確かだ。すべては僕の思い込みで彼女にトラウマを植え付けてしまった……」
「彼女にトラウマが残ったのは事実です。しかしそれでもなお彼女は今日の件に協力してくれたんです。彼女はトラウマを克服しようと頑張っています」
「ああ、彼女は、僕のことを許してくれないかもしれないが、すべてが終わったら彼女には改めて謝りたいと思っている。そしてあの日のことを償いたいと思う。もちろん彼女が僕と面会することも含めて許してくれたらだが」
里崎先生の行ったことは確かに悪だ。だけどこれは正義が招いた悪なのである。諸悪の根源は別のところにある。それをこれから明らかにする。
「まず真実を明らかにすることを優先させましょう。すべてが終わったらまたみんなで話しましょう」
「そうだな……しかし、今この状況を警察に通報されたら厄介だな」
「大丈夫です。理事長は警察には通報しませんよ」
「というより、できない」
「ええ」俺は微笑気味に相槌を打った。
一呼吸おいてから、持っていたハンマーを両手で強く握り締めた。
それから旧生徒会室の天井めがけてハンマーのヘッドを叩きつけた。
何度も。何度も。何度も。
すると、叩きつけた部分には直径60cmほどの穴が空き、天井裏が見えた。
「やはり中に入れそうだ」
「はい、思ったとおり」
里崎がおもむろにしゃがみ出した。
「早くしろ、時間がない」里崎が言う。
「はい」
俺は手に持っていたハンマーを床に置き、里崎の肩に跨った。
それから里崎は立ち上がり、俺の目線は天井近くになった。
「下のことは僕に任せろ、見張りをしておく。君は早くあいつに挨拶してこい」
「ありがとうございます」
俺はそのまま空いた穴のヘリを掴み、身体を旧生徒会室の天井裏へと滑り込ませた。あの日、部室棟の天井裏へと忍び込んだときのように。
2
深夜零時すぎ俺はついに旧生徒会室の天井裏に入ることができた。綾雪および里崎の勇気ある協力がなければなしえなかった。二人にはなんと言ったらいいか。
しかしまだ終わっていない。むしろこれからが本番だ。すべてが終わったら二人にはもう一度最大限の感謝を伝えよう。
旧生徒会室の天井裏は、部室棟のときのように漆黒の闇であった。
同様に、天地は狭く、中腰になってやっと移動できるぐらいだった。
俺はスマホを取り出し、あらためてライトをつけようとする。するとスマホが圏外だと言うことに気づく。イチ高で電波が届かない場所なんてないはずなのにここは圏外だった。まるでこの空間だけ電波が遮蔽されているかのように。プレハブ造りの建物の天井裏に人が入れるほどの空間があること事態不思議なのだが、この空間だけ電波遮蔽が起こっているというのは、さらに妙だった。
とりあえず電波は今必要ない。
スマホのライト機能をオンにした。
部室棟のときのように俺は空間をゆっくりと照らした。
するとすぐ近くで何か金属片のようなものが光を反射した。
俺は部室棟の天井裏で鍵を見つけたときのことをふと思い出した。
ゆっくりとその金属片へと近づいた。
ライトをしっかり当て、形状を確認する。
今回は鍵ではない。
金属片の正体は、ナイフだ。
柄の部分には紙のようなものが巻かれていた。
ところどころ、柄の部分に暗褐色のシミのようなものもついていた。しかし切先には汚れがついていない。まるでつい最近研がれたように。だから、スマホのライトをよく反射した。
これは勇太さん失踪直前に里崎先生が見たというナイフだろう。おそらくこのナイフには里崎先生の指紋がついている。万が一誰かにこの部屋の存在に気づかれたときに、里崎先生をスケープゴートにするための。
ではなぜ、このようなものが置いてあるのか……これはいつ使われたのか……
答えはこの奥にある。
俺は天井裏の奥のほうに、ビールケースほどの大きさの漆塗りの箱があることに気づいていた。
ゆっくりと中腰の姿勢で箱に近づき、箱の前で膝立ちになった。
そして、そっと箱の蓋を開いた。
蓋を横に置き、箱の中にスマホのライトを当てる。
「やはり……ここにいましたか」
中には白骨死体が収められていた。
「……お父さん。迎えにきました」
それは俺が探していたもの。俺の肉親の遺骨であることは直感的にわかった。
「19年間、寂しい思いをしましたね。でももう外に出られます。父さん」
俺は勇太のことは広樹の話から聞く以外ほとんど何も知らない。生前の顔すら知らない。勇太が俺の父親であることもつい数週間前に知ったぐらいだ。
だけど涙が出た。
俺は箱の中の遺骨を手に取り抱きしめた。そのままありったけ泣いた。彼の短い生涯や無念を考えると涙が止まらなかった。奇しくも彼と同じ年齢になった今、俺は彼の遺骨を見つけることができた。
抱きしめた遺骨は思っていたよりも小さく感じた。
数分は泣いただろうか。
後は警察に連絡しなくては。
そう、いつまでもここにいるわけにはいかない。下の状況も気になる。
下は妙に静かだった。
俺は手に持っていた遺骨をそっと箱の中に置いた。
その時——
『……あああ、……げろ』
下から何か物音が聞こえてきた。悲鳴のようにも聞こえた。
下で何があったのか。旧生徒会室の天井裏は遮蔽効果が強く、あまり下の音が届かない。
嫌な予感がする。
いや、こうなることは事前に想像できていた。しかし俺は父・勇太の遺骨をみつけた喜びのあまり、警戒を怠っていた。
俺の心臓は暴れ馬のように拍動を始めていた。
スマホのライトを先ほど入ってきた穴に向けると、ヘリをつかむ手が見えた。
その手の主は、蛇のようにこちら側の空間へと体を滑り込ませてくる。
スマホのライトは一人の影を照らした。
ライトは天井裏の漆黒に似つかわしくないくらい白い影を照らし出していた。
俺のよく知る影だった。
「寺島祐綾……」
「あら、よくご存知で。私の名前を」
「どうやって、ここに入ってきた。下には……」
「ああ、あいつ? 殺したわ。昔から邪魔だったのよね。あなたが部屋の窓を粉々にしてくれたおかげで、遠くからでも簡単に狙えたわ。的も鈍くて大きかったし。コンパウンドボウってやつ? 私才能あるかも。始めて使ったのに一撃だった。ああでも安心して。それは下に置いてきたから。大きくて邪魔だったし。あれ持つだけで肩凝るのよね」
俺は体の震えが止まらなかった。根源的な恐怖を感じた。俺よりも体躯の小さい女性に対して。
「かわりに……」といって、女は付近でしゃがみ、近くで輝く金属片を手にとり、こちらに顔を向けた。「これで殺してあげる。あなたのお父さんを殺したときと同じように」
立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
普段なら、返り討ちにできるかもしれない。しかし、タッパのある俺にとってはこの狭い空間では動きが制限されている。このような状況で丸腰の俺が鋭利な刃物を持った殺人鬼に敵うわけがない。
「あらかわいい。震えてるのね。それもお父さんとそっくり。私のためにここまでお膳立てしてくれてありがとう」
ついに女は俺の目の前まで来た。スマホのライトは純白の彼女の顔を照らしていた。
「あ! そうだ」女は大きな声を張り上げる。
俺は目を瞑っていた。
「その前に答え合わせをしましょ。あなたがどうしてここにやって来れたのか」
次話
