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部室棟の天井裏には死体がある⑪《最終話》答え合わせ(上)|オーディオミステリー|#創作大賞2025

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最終話にあたる「答え合わせ」は㊤㊥㊦の3つに分けました。ラストあと少し、お付き合いください。

最終話 答え合わせ㊤
 
  1
 
 俺はどうやって真実に辿り着いたのか。俺の生死の決裁権を握る純白の殺人鬼の前で滔々と話した。死を前にして走馬灯をみるという話はよく聞くが、死を直前にすると過去のことはこうも鮮明に蘇るのだな。人知れず感動した。これから話すのは俺の最後の言葉になるだろう。話を聞いてもらい快感を得るのは地球上で人間だけの特権だが、人はなんて罪深い能力を獲得したのか。これから俺を惨殺する予定の相手に対しても嬉々として話すのだから。俺の脳髄はエンドルフィンで満たされていた。
 俺はこの殺人鬼に初めて会った日、今から約2ヵ月前、その日、綾雪と一緒に野球部の部室棟に忍び込み、天井裏の入口を見つけた。そこから順を追って殺人鬼に説明した。
 天井裏で謎の鍵と成人誌を見つけたこと、生徒会OBで現役教師の里崎にも話を聞いたこと、自身の母へ抱いた疑念、学校への不登校、綾雪との再会、深夜に綾雪が学校で襲われた日のこと、里崎が主犯で自身の母親が共犯者と考えていたことを順に説明した。
 そして、ここからが俺が真実に辿り着いた重要な分岐点が含まれる。
 
 遡ること今から約1ヵ月前、生徒会名簿の左下に描かれていた横縞の絵に目が止まった。よく目を凝らすと、そこには「ここにいる」という文字が書かれていた。書かれていた場所は、真ん中ではなくて、なぜか一番見づらい、黒縞の部分に、である。
 俺はそこに違和感を覚えた。同時に既視感のようなものがあった。既視感の正体はその日の昼に眺めた旧生徒会室の外観だった。
 旧生徒会室は若干高かったのだ。旧生徒会室が平屋建てであるのなら、隣接する校舎の一階と同じぐらいの高さか、ちょっと高いぐらいでいいはずだが、旧生徒会室は二階中腹ぐらいまでの高さがあった。プレハブ造りの建物にしては、妙に高い。
 そこには何があるのか? おそらく天井裏の空間のようなものがあると推測できた。
 そして、旧生徒会室を横から見た外観と横縞の絵を照らし合わせると、ちょうどその二つは相似の関係で重なった。旧生徒会室の不可解な領域にちょうど上段の黒縞が重なるのである。

 旧生徒会室の鍵と旧生徒会名簿は同じ天井裏で発見した。そこに描かれたイラストと意味深な「ここにいる」という文字が旧生徒会室の鍵と実は密接に関係していたのだ。
 しかし、実際にこの目で確かめる必要があった。確かめない限り、これは推測の域を出ない。だから俺は何らかの方法で、旧生徒会室の天井裏を確認することはその時点で決意した。
 初めは理事長に直談判して、旧生徒会室の中および天井を調べさせてもらうことを考えていたが綾雪が襲われた事件があった直後で、警戒状態にあるときに、理事長に話をすんなり受け入れてもらえる自信はなかった。地位のある大人にこのようなお願いをするにはそれなりの根拠と理由が必要である。
 だから俺は手始めに俺の親父・広樹に、先延ばしにしていた真実を聞くことにした。
 このとき親父から話を聞いたことにより、雲行きは一変した。ここが分岐点となり俺が今までしていた推理を根本的に見直す必要があった。
 いや、それだけではない。俺が今まで信じてきたもののすべてを覆された。
 
  2
 
 その日の夕方に、いつものように自宅のリビングで晩酌している父のもとへ俺は行った。父はすでに生ビールのロング缶を2本空け、酔いがまわり始めていた。
 しかし、緊張した面持ちで俺は父の前に立つと、父も真面目な顔をした。尋常じゃない俺の面持ちに何かを感じたのだろう。
「親父、聞きたいことがある」
 俺は不快な気分だった。これから実の母親への疑念が確信にかわろうとしているのだ。母親が殺人鬼だった、または殺人鬼の手助けをしていたなんて正直知りたくない。しかし、綾雪があのような目に遭った今、俺は真実を明らかにし、最大限の対策に努めなくてはならない。覚悟はできていた。
「ついにこれを話す時がきたか……」父はゆっくりと口を開いた。
 俺は父の言葉を待った。
「本当に聞くんだな?」
「ああ」
 父は重々しく、次の言葉を告げた。
「実は、お前は俺の息子じゃないんだ」
 俺は唖然とした。腹を守っていたところに背中を刺されたような衝撃があった。
「今、なんて……?」
「だから、俺はお前の本当の父じゃないんだ」
「ごめん、俺。やっぱり父さんがまだ何言ってるのかわからない」
「そのままの意味だ。18年間ずっと黙ってて悪かった」
 言葉の意味はわかる。ただ俺の父が実の父でないということは到底信じることができない。この後、父が『なんちゃって』とおどけるのではないかと思っていた。
「まさか、お前、聞きたい話ってこのことじゃなかったのか?」
「まぁ、そう。違うことを聞こうとしていた」
「まじか……で、何を聞こうとしてたんだ?」
 正直、今更こんなことを言うのも憚られる。しかし父の今の発言と俺が聞こうとしていたことはあまりにもかけ離れすぎていたので、逆に俺の口からはすんなりと次の言葉が出た。
「あの……俺の母さんが勇太さんのことをストーカーしてたんじゃないかって……もしかして、母さんが勇太さんを殺めたのではないかと……父さんがそのことについて何か知っていると思って……」
「はあ?」父が大声で言う。「なわけあるか! 未貴はな、勇太のことを愛していた。この世で二番目に愛していた」
「愛してたというのは?」
「そのままの意味だよ! 二人は付き合ってた。カップルだったって意味」
「えええええ⁉︎」衝撃が渋滞を起こしている。「ごめん。まだにわかには信じられないんだけど、でも母さんが一番愛してたのはやっぱり親父のことを?」
「バカ言うな。未貴が最も愛してたのは、紛れもなくお前のことだ。多分俺はもっと下……てかお前、実の母親に対してなんてこと言うんだ」
 俺の思考はまだ追いついてない。
「ということは……」
「お前は未貴と勇太の子だ」
 俺は卒倒寸前であった。
「嘘だ……」
「嘘じゃない。お前は紛れもなく二人が愛し合って生を受けた。そして、お前の誕生を、二人がこの世の誰よりも待ち望んでいた。俺がお前に今までこの真実を黙っていたのが悪いが、お前がさっき口にした疑念は間違いだ。俺が保証する」
 俺が勇太さんと母さんの子供……未だ理解し難いものがある。しかし俺は心の中でも何度も反芻し、その真実を受け入れる努力をした。そして、もう一つどうしても理解しがたい点、いや理解したくない点がある。父の最初の発言に戻るが、それはもう一度確認しなければならない。俺にとってはどちらかといえばそっちのほうが大事かもしれない。
「じゃあ、父さんは……」ここでの父さんの対象は紛れもなく目の前の広樹のことである。
「俺か? 俺はだから、本当の意味ではお前の父親じゃないんだ」
 それは何よりも受け入れたくない事実だ。18年間、俺に対して無償の愛を一身に注いでくれた目の前の人物が父ではなかったなんて。俺の感じていた父親の愛は紛い物だったのだろうか。彼は、本当に俺のことを18年間愛してくれていたのだろうか。真実を聞いた今、それもおぼつかない。
「どうして……あなたは俺のことを18年間、育ててくれたんだ」こんなこと、聞くべきじゃないのかもしれない。しかし、どうしても彼の口から説明を聞きたかった。
「たしかに、お前には伝える必要がある……今まで黙っててわるかった。少し長くなるが、すべてを伝える。お前にはすべてを知る権利がある……前提としてまずいわなければならないことがある」彼がゆっくりと話し始める。「俺は勇太のことが好きだったんだ。それは友情としてではなく、恋愛感情として。そして、今も気持ちはかわっていない」
 俺はもう何を言われても驚かない。彼の話にしずかに耳を傾けた。
 
  3
 
「俺も最初はこの感情を認めたくなかった。少なくとも同性の親友に対して向けるような感情じゃないって。勇太と出会う前は女性が恋愛対象だったし、実際、ありふれた恋愛をしてきた。しかし、勇太と過ごすうちに、確実に奴への感情がつのっていった。これが恋愛感情って明確に気づいたのは、奴と部室の上の天井裏に入るようになってから。あの空間で二人でいろんな話をするようになってから。この感情は単純な友情ではないのだなと認識した。勇太の人間性や所作、顔にいたるまですべてが好きだった。ある日俺は決意した。勇太にすべての気持ちを伝えるって。勇太に告白したのも天井裏だった。いつものように勇太と二人で天井裏に入って他愛もない話をしてたんだ。チャンピオンズリーグの話とか、ちょうどW杯直前だったから日本代表の話とかで一通り盛り上がった後に、俺は勇太に切り出した。ストレートに、『勇太のことが好きだ。これは友情ではなく恋愛感情なんだ。付き合ってほしい』と伝えた。そしたら勇太の奴、しばらく考え込んだ後に、『実は俺、付き合ってる人がいるんだ』とだけ答え、天井裏を後にした。結局、奴の気持ちは聞けなかった。ただ、振られたんだなと思った。それから数日後、俺は勇太と未貴が付き合っていることを知った。二人は生徒会で仲良くやってたみたいだし、未貴は優等生で美人だったからお似合いだとも思った。最初から俺には勝ち目がなかったって実感した。一方、勇太の奴は、俺があんなこと言ったにもかかわらず、いつも通りに接してくれた。こんな俺に優しくしてくれた。そんな奴だからこそ、俺は勇太に恋心を抱いたのだし、正直、未練はあった……だけど、二人の関係を知ってから純粋に勇太と未貴を応援していた。心の中に気持ちを封じ込めることにした」
 広樹の目には涙が溜まっていた。
「あと、俺は勇太に振られてから、天井裏には近づくことができなかった」
「え、勇太さんの死体があると思ってたからじゃないのか?」俺は素朴に聞いた。
「「わるい、実は嘘なんだ。俺が天井裏に近づけなくなったのは、紛れもなくあそこで勇太に振られたから、近づけなくなったんだ」
 たしかに、ここまでセンシティブな心のうちをやすやすといえたもんじゃない。それに天井裏に近づけなくなるほど広樹の勇太さんへの思いは本気だったのだろう。どうして彼が勇太さんの話をするとあれほどまで目が輝くのか今まで正直疑問だったが、今、答えを得た気がする。父は心の底から勇太さんのことを愛していたのだ。
「ただ、その後に一回だけ、本当に一回だけ、勇太に呼び出されて天井裏に入ったことがある。それは同時に勇太に会った最後の日でもある。夏の日で、すでに俺らはサッカー部も引退していた。勇太と俺は部室の天井裏で待ち合わせした。勇太が何を思って俺を呼んだのか見当もつかなかった。勇太はこう切り出した。『俺の子供を育ててほしい……ずっと黙っていたが、俺は未貴のこともお前のことも好きなんだ。ずっと答えを先延ばしにしててわるかった』と。はじめ俺は勇太が何を言ってるのかわからなかった。『ちょっと待ってくれ、お前の子供を育てるって? 第一俺ら同性だし』と俺が言うと、『実は未貴の腹の中には子供がいるんだ』と勇太は答えた。『は? 何を言ってんだ。それならお前と二人で育てればいいだろ』と言うと、勇太は少し黙り込んだ後に答えた。『俺の命はもう長くない。多分、数日後にこの世からいなくなる。でも、探さないでくれ。これは俺の運命なのだから』と、俺は奴の言ってることが余計理解できなくなった。だから、『わけがわからない』と正直に伝えると、『わからなくていい、俺がいなくなったとき、そのとき考えてくれればいい。あと願わくば俺の子供を生涯大切にしてほしい』と奴は答えた。勇太の顔は本気だった……俺が勇太の頼みを断れるわけがない。真意はわからなかったが俺は勇太のことを信じて、約束した。そして勇太は本当に俺らの前から忽然と姿を消したんだ」
 広樹の目から、とうとう一粒の涙が落ちた。
「俺は本当にためらった。勇太から失踪前に聞いた話を未貴にすべきかどうか。未貴と俺はその時までほとんど話したことなかったし、勇太がいなくなった直後に話しかけたら訝しがられるかなと思ってた。だけど、勇気を振り絞って彼女に話しかけたんだ。これは勇太との約束だし、勇太のことを信頼していたから、結局、行動を起こさない理由はなかった。俺が勇太に抱いていた感情と、失踪する前に勇太から聞いた話を正直に未貴にすべてぶつけた。そしたら、未貴は勇太から話をよく聞いてたみたいで、涙を流して、『本当にありがとう。でも、あなたの人生もあるからよく考えて』と感謝してくれて……こっちの胸がつらくなった。多分未貴は俺以上に何かを知っていた。でも、詮索しないように俺はした。俺が詮索するといつも知りたくなくてもいいことまでわかってしまうし、勇太も未貴も詮索されることを好まなかったから。一方で、俺にとっても勇太の子供を育てられるってのは夢にも思わなかったし、本音をいうと最高の提案だった。だから俺は勇太の提案を引き受ける覚悟はできていた。未貴にも伝えると、彼女は改めて涙を流して喜んでくれた。というわけで俺と未貴は結婚し、お前を二人で育てることにした。ともに勇太を失ったつらさがあったが、その感情を共有することで、俺らはうまくやっていけた。お前と言う共通の宝があったから俺らは幸せだった。こじれた関係に思えるかも知れないけど、俺らはそれでよかったんだ」
 広樹の目からまた一粒、涙が溢れた。
「本当はお前には勇太の名前からとった名を付けたかった。だけど、なぜかはわからないが勇太も未貴もお前を勇太の子ということを隠したがっていた。だからお前に、俺と未貴から一文字ずつとって貴広という名をつけた。でも実は、俺と勇太は当時ヒロヒロコンビなんて言われてたから、お前の『広』という字には密かに勇太の意味を込めたんだ。未貴も最初は抵抗していたけど、最終的には納得してくれた」
 俺の名前の由来なんて知らなかった。母の未貴と広樹と勇太、三人の思いが込められていたなんて。
「それから俺と未貴はお前に愛情を注いで育てた。正直、未貴と俺の間には恋愛感情はなかった。だけど、勇太の残したお前を一緒に育てられるだけで、俺らにとっては幸せだった。他の夫婦とかわらない、のどかな日常を送れていて、こんな日々がずっと続けばいいと思ってた。だが、長くは続かないことも知っていた。未貴は常々言っていた。『私は急にあなたたちの前から姿を消すかもしれない。でも、探さないで』って。『お前まで勇太と同じこと言うな、冗談やめてくれよ』と俺は言ったが、未貴の顔は最後にみた勇太の顔と同じで真剣だった。そして実際に未貴はお前が物心つくかつかないかの頃に、俺らの目の前から本当に忽然と姿を消した。勇太と同じように。彼女のいなくなった日、机には『あなたにはいつも迷惑ばかりかけてごめんなさい。だけど私たち三人の子供、最愛の貴広を頼んだ』とだけ書き残して、彼女は去っていった」
 俺は母に対してここ数日間抱いていた感情を心の底から悔いた。俺のことを愛してくれていた人に、なんてことを思ってたんだ。そして父の話に一つ疑問があった。
「なあ、親父、俺の母さんは交通事故で亡くなったんじゃ?」
「わるい。それも便宜上そういうことにしていたが、実際、未貴がどこに行ったか俺はわかってない。ずっとお前に勇太と未貴と俺の関係を説明できていなかったし、うまく説明できる自信もなかったから、お前には未貴は亡くなったと伝えてたんだ」
「待ってくれ、じゃあ、母さんは生きている可能性も」
「ああゼロではない」
「じゃあ、母さんはどこに?」
「すまんが、さっきも言った通り、俺にはわからない。未貴と結婚する前に、詮索しないことを誓ったから、俺は彼女の残した言葉どおり探さなかった。ただ未貴は勇太と違って、去り際、死の暗示はしていなかった。きっとどこかで元気に暮らしていることを俺は願っている」
 母は今どこにいるのか、なぜ失踪したのかは疑問が残るが、まずは「わかった。ありがとう」と広樹にここまですべてを打ち明けてくれたことに素直に感謝の気持ちを伝えた。
 この話を聞けて正直よかった。まず実の母が勇太さんのストーカーをしていたという事実がなくて。それどころか二人は恋人同士で、さらには俺の実の肉親だったなんて。この話を知らなければずっと母に対する疑念を抱き続けることになっていた。ここ数日間俺を悩ませていた母へのネガティブな気持ちが真逆の感情に置き換わるとは、つい数分前までは思いもしなかった。一方でやはり実の母に対してあのような疑念を抱いてたことが恥ずかしく思う。本当に本当に母さん、ごめん。
 てか、母さんに会える可能性は今後ゼロじゃないんだな。自然と母へ会うことは俺の人生の一つの目標となっていた。
「ところで、言える範囲で教えてほしいのだが、どうしてお前は未貴に対して疑念を抱いてたんだ?」広樹が言う。
「ああ、勘違いしていたとはいえ、実の母に対してあんなこと言ったんだ、親父にもしっかり説明しないとな」
 広樹のことを今更、親父以外の呼び名で呼ぶことも抵抗があるので、今まで通り呼ぶことにする。
「実は、親父にサッカー部の天井裏の話を聞いてから、天井裏のこと調べてたんだ」
「そうだったのか」
「ああ、そういや親父に言ってなかった。わるい……で、サッカー部の天井裏を調べてたんだけど、親父の言ってた入口が見つからなくって」
「まじか? そんなはずは……」
「大丈夫。天井裏の入口は一応見つけられたから。サッカー部と野球部の部室が今は取り替えられたみたいなんだ。当時サッカー部って角部屋だった?」
「ああ、角部屋の一番でかい部屋」
「そうそう。なんか今のサッカー部は弱くなったから、部室が取り替えられたみたいなんだ。だから今の野球部の部室を探したら見つかった……それを教えてくれたのが……親父と同期のサッカー部女子マネージャーの……」
 あれそういえば、彼女の名前はなんというのだろう。綾雪母の名前を俺は知らなかった。
「祐綾か?」
「ゆうり……?」
「寺島祐綾。たしか今は河合祐綾だが」
「そうそう、そうだった気がする……」いや待て、俺は綾雪母の名前を初めて聞いたはずだ。しかし、なぜか聞き覚えがあった。どうしてだろう。
「で、その人から、いろんなことを聞いたんだ。部室が取り替えられたこととか。現役時代の親父の話とか。勇太さんの話とか。てか勇太さんも親父か、まぁ、ややこしいから今は置いておいて、とにかく彼女からいろいろ聞いたんだ。その話の中で、勇太さんが当時生徒会でストーカー被害に遭ってたって聞いたんだ」
「そうだったのか?」
「親父は知らなかったの?」
「ああ、俺はサッカーしか真剣にやってなかったから、正直生徒会に疎くて」
「ともかく、そのゆうりさん?いわく、勇太さんは生徒会のとある女生徒にストーカーされていたみたいで、かつその女生徒はこの世にいないみたいなんだ。条件に当てはまっているのがたまたま俺の母さんだったから、母さんに勝手に疑念を抱いてしまっていた。でも、勇太さんと母さんが愛し合っていたのなら話は違う。そもそも母さんは生きている可能性もあるし。単なる俺の勘違いだったみたいだ」
「祐綾が、勇太は生徒会でストーカー被害に遭ってたと言ったのか……」
「うん。あと親父。里崎叶男って人知ってるか? 今のイチ高の教師で親父と同級生みたいなんだが」
「ああ、一応名前ぐらいは知ってる。ほとんど里崎とは話したことがないが、勇太とそれなりに仲良くやってたみたいだ。里崎に対して俺はそれぐらいしか知らない」
 そうか、母の疑念が晴れた今、里崎の単独犯が濃厚だが、父からは里崎の詳細な情報を聞くことは期待できなさそうだ。それより今は、
「里崎先生も、勇太さんは生徒会で女生徒にストーカー被害に遭ってたって証言してたから、話が一致してた。だから余計母に対する疑念も強くなったんだ。だけど本当に誤解が晴れてよかったよ。しかし勇太さんをストーカーしてた女って結局誰なんだろう。そんな人本当にいたのだろうか」
「うーん、どうだろう。ただ生徒会に入ってた奴らがいうのなら、本当に存在してたんじゃないか?」
「そ、そっかぁ……」ん? 今、親父が聞き捨てならないことを言った気がする……「親父、今なんて?」
「だから、生徒会に入ってた二人がいうんだから、やっぱり生徒会で勇太はストーカー被害に遭っていたんじゃ?」
「ちょっと待ってくれ。里崎先生は生徒会に入っていることは知っているけど、てらしまゆうりさんはサッカー部で生徒会に入ってたわけじゃ……」
「いや、祐綾は生徒会にも入っていた」
「は!」瞬間俺はあることに気づいた。寺島祐綾という名を確かに俺は何度も見ていた。それは天井裏で見つけた生徒会名簿の中だ。

「どうした、貴広?」
「いや、なんでもない」
 俺はずっと、綾雪母=寺島祐綾を生徒会に入っていないものとして考えていたが、彼女が生徒会に入っていたのであれば話が違う。
 頭の中で俺は一つ嫌な可能性を考えていた。『寺島祐綾が認識するストーカー女』と『里崎が認識するストーカー女』を俺は今までずっと同一人物だと思っていたが、俺の誤解だったのかもしれない。俺はこの後、綾雪母こと寺島祐綾に話を聞こうとしていたが、今聞くべきは里崎のほうかもしれない。俺は危うく致命的な選択をするところだった。
「なぁ親父、寺島祐綾さんて、どんな人だったか教えてくれるか?」
「祐綾か……俺はサッカー部での祐綾しか知らない。それでもいいか?」
「ああ、かまわない。親父の知っている範囲で教えてほしい」
「サッカー部での祐綾は俺らにとってかけがえのない存在だった。部員思いで、誰よりもサッカー部のために働いてくれた。彼女がサッカー部に献身してくれたおかげで、俺らのチームは常勝の波に乗ることができたし、活躍できた。サッカー部での彼女には感謝しかない。多分、それは俺だけではなく部員みんなが思ってたことだ。きっと、勇太も……」親父は尻切れになって話すのをやめた。「わるい。俺が祐綾について知ってること、言えることはそれだけだ。もしかしたらお前の知りたかったこととは違ってたかも知れないが」
 正直親父の言うとおり、俺の想像していた答えとは少し違っていた。でも父の今の発言は嘘偽りないことだけはわかった。後はこれから俺が調べる。
「もう一つだけ教えてほしい」
「ああ、なんでも」
「どうして親父は天井裏に勇太さんの死体があるかもしれないって話をしたんだ?」
「わりぃわりぃ。俺があんな話をしたばかりに、どうやらお前をあらゆる厄介ごとに巻き込んだみたいだな。実はこれも勇太の遺言だったんだ。勇太に、『もしも俺の子供が今の俺と同じ年齢になったら、天井裏に呼んでほしい』って託されていた。俺が『どうして?』って聞いても奴は詳しくは教えてくれなかったが、『でも俺の子供なら多分わかる。だからお前は子供を元気に育てて、なんとか天井裏に導いてくれって、俺の死体があるとでも言ってくれたらいいから』って」
「この話って、もともとは勇太さんが言い出したことだったんだな」
「ああ。で、お前、勇太の言う通り何かわかったか」
「……うん。おそらく」
 今ならなんとなくわかる気がする。勇太さんが俺をあの場所に導いた理由、勇太さんが残した手がかりの意味について。俺の憶測ではあるが、勇太さんと同じ年齢になった今、俺にこの問題を解決させたかったのではなかろうか。俺は今まで、広樹という最高の親に守られ、のびのびと生きてきた。しかし、いつまでも広樹に面倒になるわけにはいかない。勇太が旅立った年齢を子の自立のタイミングと考えていたのではないか。勇太は俺のことを育てることは叶わなかった。だけど唯一父ができる教育としてこの試練を俺に課したのではないか。これは勇太が俺に遺した通過儀礼だったんだ。そして、恐らくもう一つの側面もある。勇太さん自身もずっとみんなの前でヒーローとして振る舞っていたが、実は人一倍孤独を感じていたのではないだろうか。危機的状況におかれても周りの人に相談できなかった。仲間を巻き込みたくなかったんだと思う。だけど本当は誰かに助けて欲しかった。見つけてほしかった。勇太さんがいなくなる間際、誰からも見つけてもらえない恐怖を一人感じていたはずだ。勇太さんはみんなのヒーローにみえて実は孤独のヒーローだったんだ。だから、せめてもの思いで子供に未練を託した。勇太さんの居場所の手がかりを天井裏に残した。同じ18歳になった俺に勇太を探させ、一連の問題を解決させることにした。勇太さんはきっと俺にしか頼れなかったんだ。これは勇太が俺に遺した試練であり嘆願なのだ。
 わかりましたお父さん。たしかにあなたを見つけ、この問題を解決できるのは俺だけだ。もうすぐ行く、待っててくれ。
「なぁ、貴広、天井裏には何があったんだ? まさか勇太の死体があったとはいわないよな?」
「まさか。ただ、勇太さんが今どこにいるかは見当がついた」
「ほんとか? 勇太は今どこにいるんだ?」
「でも、まだ確証は得られていないんだ。真実が明らかになった時に教えるよ」
「なんだよ、もったえぶるなよ」
 事実、まだ確証はない。だけど、勇太さんの残した手がかりに懸けて自分の目で確かめる決意はできていた。あと、これからの行動は危険が伴うかもしれない。広樹にここで中途半端に教えると、彼に止められるか、最悪の場合、広樹も巻き込むことになる。勇太は、広樹に俺をずっと育ててもらう見返りとして、広樹に危険が及ばないように最大限の配慮をしてたんだ。ここで広樹に教えては勇太の意に反する。ここから先は俺が解決すべき問題だ。
「勇太さんを見つけてから、教えるよ」
 そう、すべてが終わってから広樹にはゆっくり話そう。勇太は俺に自立を求めたが、今後広樹と一切会うなと言うわけではない。18年間広樹は俺の親だったように、これからも広樹が俺の親であること自体はかわらない。

次話


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