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部室棟の天井裏には死体がある⑫《最終話》答え合わせ(中)|オーディオミステリー|#創作大賞2025

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最終話は㊤㊥㊦の三分割で、これは真ん中のパートです。

最終話 答え合わせ㊥

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 翌日、俺は緊張していた。学校である人物に話かけようとしていたからだ。
 俺はずっと彼が勇太さんを殺めた犯人だと思っていたが、違うのではと思い始めていた。むしろ彼はきっと、勇太さんの居場所を探そうとしていた、人一倍、正義感の強い人物なのだ。
 とはいえ、数日前に、あのような騒動があったんだ。その容疑者に話すというのは危険が伴う。彼が本当に安全な人物とはまだ確証がない。
 ただ俺が今から行おうとしていることには彼の協力が必要だ。だから今日、どうしても彼に話しかけたかった。
 今日の2限目は現国の授業であった。綾雪が襲われた日、里崎と俺はお互いのことを認識したはずだ。彼は覆面をつけていたが、こっちは顔を隠す必要もなかったから、薄暗い校舎の中とはいえ、彼は俺の顔を見たに違いない。里崎は間違いなくあの日の夜、俺が綾雪を助けたことを認知している。
 そして、今は授業中だというのに里崎は明らかに俺を意識している。こちらをちらちら見てるような素振りを見せながら、目が合いそうになると背けた。かなり警戒しているのがわかる。あの覆面男の声を聞いてから、十中八九、男は里崎だと思っていたが、今の彼の様子がそれを裏付けた。
 
 やっと授業が終わった。ここから選択をミスってはいけない。言葉を間違えてはいけない。ちょっとしたミスが命取りになる。里崎が敵となってしまうかもしれない。そうなるとこれからの計画は詰んでしまう。それだけは避けたかった。
 里崎は終業チャイムと同時に、手早く教材を整えて脇に抱え、足早に教室を出て行った。
 俺は、彼の後を追って廊下に出た。里崎は背後の気配に気づいたようで早足になる。
 俺は走って追いかけた。
 里崎に追いつき、彼の肩を掴む。
 俺も里崎も息を切らしていた。
 里崎はこちらに振り返ると、鬼の形相であった。
「……なんだ?」
 普段甲高い彼の声が、その時ばかりは低かった。明らかに警戒している。ここでミスると取り返しがつかなくなる。一番的確な言葉を選ばなくては……
「勇太さんの居場所がわかりました。一緒に勇太さんを迎えに行きましょう。あなたの協力が必要です」
「……なな」里崎が言葉にならないような音をもらす。
 琴線か逆鱗かどちらかはわからないが、少なくとも彼の核の部分の何かには触れた気がする。ここで畳み掛ける。
「寺島祐綾さんについて教えてください。彼女は勇太さん失踪にかかわっていますか?」
「なんで君がそれを知ってるんだ」
「いや、知っていると言うより、まだ確証がないんです。だから確証を得るためにどうしても里崎先生の話を聞く必要があるのです。確証がなかったからずっと里崎先生のことも敵だと勘違いしていました。だからあの日も……」
「ちょっと……ここであの話はやめてくれ……」
「すいません。たしかに誰が聞いてるかわからないですね」
「どうして……」
「どうして?」
「どうして君は、勇太くんのことをそこまで追い求めるんだ?」
 答えはもう決まっていた。
「それは、勇太さんは僕の父だからです。里崎先生も僕の顔を見て気づきましたよね。僕が勇太さんの息子だと言うことを。子が父の居場所を探したいと言うのはごく自然な心理だと思います。ただ恥ずかしながら、僕が勇太さんの息子だと知ったのもつい最近のことです。今まで、どうしてこうも僕が勇太さんのことを追い求めるのかわかりませんでした。しかし僕が勇太さんの子と知った今、納得ができました。彼の子供で同じ年齢だから、彼が考えていたことがなんとなくわかる気がするのです。父・勇太はずっと寂しい思いをしてると思うんです。19年前はみんなから愛されて、人気者だったのに、今となっては誰も彼を探そうともしない。だから誰かが見つけ出さないといけない。勇太は誰かに見つけてほしかった。だけどそれと同時に周りに迷惑もかけたくなかった。だから息子の俺にのみ、このごうを背負わした。でも今の僕にとっては迷惑というより使命だとさえ思っています。なぜなら僕しかこの件を解決できないから。父が僕に与えた課題だから。多少、危険な目に遭っても僕は見つけ出すつもりでいます。ただどうしても里崎先生の協力が必要なんです。あなたの協力がないと一連の事件を解決できる自信がないのです。お願いします。里崎先生」
 俺は大きく頭を下げた。
「ちょっと……やめてくれ」と言って、里崎は俺の肩に手を添え、頭を上げさせた。
 それから里崎は手に持っていた教科書を開き、中の紙面にペンを走らせ、ページを千切って、俺に手渡した。そして、足早に去って行った。
 俺はその紙片を眺めた。
『本日21時 Y市Z町3丁目53番地202号室にて』
 時間と住所が書かれていた。
 今日のこの時間に、ここに来いということか。まだ彼に対して怖さはあるが、今更、狼狽えてもしかたない。俺は今日この時間にこの場所に行く。正直手応えはあった。里崎先生の気持ちは間違いなく動いた。
 その直後、背後から、右肩にレンガのようなずっしりと重いものが乗った。
 俺は後ろを振り向く。
 後ろには俺の身長よりさらに高い身長の持ち主の河合理事長が立ってこちらを見ていた。
「今、君、里崎君と一緒にいなかったかい?」
「い、いや。見間違いじゃないでしょうか?」
 河合理事長は重々しい顔で俺の顔を凝視している。
 ずっと俺の顔を見ている。
 体感一分ぐらい、理事長は俺の顔をまじまじと見た後に、破顔して、言った。
「そっか、私の勘違いか。わるいわるい。まぁ君が里崎君と話すわけないよね。よかった」
「も、もちろんです」
「ただ、前もいったが、里崎君には要警戒だ。君もわかってると思うが。特に、私の娘に奴が接触するような真似をしたら、娘を守ってほしい」
「……はい」先日理事長と話したときは二つ返事で快諾したが、今日は声を発するまで時間がかかった。
「よろしく頼んだよ」と言って、河合理事長は右手を差し出した。
「え?」
「ほら、握手だよ」
「は、はい」俺は言われるがまま、理事長の右手を握った。
 理事長は強く俺の手を握った。顔は俺のほうを凝視していた。
「あと、くれぐれも里崎君に唆されるような真似だけはよしてくれよ」
「は、はい」俺は金縛りにあったように、はい、としかいうことができなかった。
 理事長は手をほどき、背を向けて、もと来た方向に歩いていった。
 俺の掌はしびれていた。

  5

 21時、里崎に手渡された紙片に書かれた住所に俺はやってきていた。目の前には単身者向けの藤色の外壁をした二階建てアパートがあった。人通りも少なく、アパートもどことなく不気味な雰囲気を醸し出していた。ただ、ここまで来て今更後戻りする気はない。俺はスチール性の階段を上り、202号室の前に立った。それから、インターホンに人差し指を添え、力強く押した。
 ピポーンと乾いた甲高い音が響く。
 その直後にドアが10cmほど開けられた。ドアガードがかかっており、中から里崎の顔が見えた。
 やはりここは里崎の自宅だった。多分ドアの前で待機していたようだ。
「つけられてないか?」ドアの奥の里崎が言う。
「だ、大丈夫です」
 俺も十分に河合理事長のことを警戒してここまでやってきていた。
「それなら、入ってくれ」
 里崎はドアガードを外して、すんなり部屋に招き入れてくれた。やはり午前に学校の廊下で里崎にかけた言葉が響いたようだ。俺は靴を脱いで、中へ入った。
 台所を通って俺は奥の部屋に連れてこられた。中央には円卓があり、卓を挟んで左右に2枚の座布団が敷かれていた。
「さぁ座って」
 俺は促されるまま一方の座布団へ座った。
 里崎は一人で台所に行き、数分後、お盆に急須と湯呑みを乗せて彼は円卓のほうへやってきた。
 せんべいの乗った皿と湯呑みを俺の前に差し出し、急須から緑の液体を湯呑みに注いだ。
 そして大きな目でこちらを覗き込むように見て、
「さぁ召し上がって」と言う。
 俺は毒でも盛られてるんじゃないかと訝しんだが、ここで出されたものを口にしないと信頼は築けない気がした。だから俺は湯呑みをとり、勢いよく緑の液体を喉の奥に流し込んだ。
 ——熱かった。熱いごく普通の緑茶であった。数十秒経っても体には異変は起こらない。ひとまず俺は安心した。
 里崎は円卓を挟んで向こうの座布団の上にあぐらになり、俺の方を見た。
「さぁ、聞かせてもらおうか」里崎は真剣な顔で言う。「たしか君は勇太君がどこにいるかわかったと言ったよね?」
「は、はい。恐らくですが、そこに勇太さんはいます。そして俺はその場所を実際この目で確かめようとしています」
「早く教えてくれ、なぁ勇太君はどこにいるんだ?」里崎の目は血走っていた。
「落ち着いてください。焦らなくてもしっかり教えます」
 これからの行動には危険やリスクが伴う。入念に計画を立てて行うことは必須だ。焦る必要はない。今はそれより、
「里崎先生、その前にまずは教えてください」
「な、なんだ?」今日も里崎の額からは脂汗が滲んでいた。
「どうして、あの日、綾雪を襲ったんですか? それをあなたの口から聞くまでは、この後の話はできません」
「そ、それは……」里崎は明らかに狼狽している。「言わなきゃだめなのか?」
「はい」俺ははっきりと告げた。「やはり、あの日、綾雪を襲ったのは里崎先生だったのですね」
「う……」と声をもらし、里崎は見るからにしまったという顔になった。額の汗は水滴となっていた。
「正直、里崎先生が綾雪にふるった行為に怒りを覚えないかというと否定できません。腹立たしいですし、いまでもあの日のことを思い出すと嫌な気分になります。ただ今日はそのことを咎めにきたわけではないです。それに俺自身にも綾雪をこの件に巻き込んだ責任があります。先生が綾雪にふるった暴力自体は決して許されることではないとは思いますが、俺に咎める権利などないのです。そして、これからの行動には、どうして里崎先生が綾雪を襲ったのか、その動機の部分はきっと重要なピースになるはずなんです。だから教えてほしいのです。率直にあの日、何を考え、あのような行動に及んだのか」
 里崎は瞼をとじ、ゆっくりと息を吐いた。
「あの日どうして、僕が彼女を襲ったのか……この話をするには19年前の話から遡らないといけない。それでもいいかい?」
「はい、俺もそのつもりで来ました。里崎先生が知っていること、考えていることをすべて教えてください」
 里崎は少し穏やかな表情となった。
「僕はずっと勇太君は、河合理事長とその妻である寺島祐綾の共犯で殺されたと思ってるんだ。加えて、おそらく勇太君は旧生徒会室で殺された」
 やはり里崎はその二人を犯人だと思っていたか。
「先生、しかしそれには根拠があるのですか? 何か決定的な」
「ああ」と言い、里崎は生唾を飲み込んだ。「19年前、二人が勇太君の殺害計画を話しているところを聞いたんだ」
 まさかそこまでクリティカルな理由が飛び出てくるとは。俺は静かに里崎の話に耳を傾けた。
「確かあれは3年生の春ごろだった。僕は生徒会での下校時間ぎりぎりまで仕事をした後、荷物を持って校舎を出て帰宅しようと思っていた。校舎から歩いて最寄り駅まで来たのだけど、どうやら、定期券を生徒会室にうっかり忘れてきたようだった。だから急いで学校に戻った。15分くらいかけて元来た道を戻って学校についたが、すでに校舎に入れる門限は過ぎてた。僕は裏手からこっそり校舎に忍び込んで、旧生徒会室へ向かった。しかし生徒会室はすでに鍵が閉まってた。諦めて帰ろうとした時、中から女性の悲鳴のような声と男の声が聞こえてきた。最初、女性にもしものことがあったらまずいと思い、僕はドアに顔をつけ、耳をそば立てた。そしたら、どうも中の様子がおかしい。女性のほうは『こんなところでやめて』と言って、男性のほうは『いいだろ』って。女性のほうの声の主はすぐにわかった。生徒会の同期の寺島祐綾の声だったから。これは聞いてはいけない類のものと察し、後ろめたさから僕はドアから耳を離した」
 里崎の目は泳いでいた。
「その日は定期券を諦めて、徒歩で帰ろうと思った。ドアに背を向けて、校舎の玄関に向かおうと、一歩を踏み出した直後、中から不穏な言葉がかすかに聞こえてきた。だから僕はもう一度ドアに耳をつけた。『ここまで佐村君殺害計画に協力したんだ。今日ぐらいいいだろ』と男の声が言った。『でも、まだ計画が終わったわけじゃない。まだ勇太くんを殺してない』と女性の声。『大丈夫だ。あとは計画どおり佐村君をここに呼び出し、ここで殺せばいい。そのためにこの部屋も作ったんだ。死体もこの部屋に隠せばいい。計画は成功したようなものだ』と。僕はその時点で、男の声の主が当時副理事長だった河合武志の声だとわかった。勇太君の殺害計画がどういうものかさらに詳しい情報が出てこないか耳をドアにつけていたのだけど、以降はその話への言及はなく、二人の情事が始まった。僕はさすがにそれを聞き続ける趣味はなく耳を離し、その日は徒歩で帰った」
「それからどうしたんですか? 翌日以降、二人に怪しい動きはありましたか?」
「まぁ、そう焦るな。今日は僕の知っていることを全部話すつもりでいる」
 いつのまにか俺と里崎の立場が逆転していた。
「それから僕は、寺島祐綾のほうを警戒するようにした。僕も生徒会活動があって忙しかったので、二人ともを追跡するのはむずかしかった。ただ寺島祐綾であれば生徒会の同期で、同じ学生だからライフサイクルも近しかった。だから彼女を追跡するのは比較的容易だった」
「それで何か手がかりは掴めましたか?」
「まず彼女はやはり勇太君に対してストーカーまがいのことをしていた。たとえば生徒会室に勇太君が置き忘れたケータイを勝手に開いて中を見たり、当時勇太君は生徒会の同期の女の子と付き合っていたのだけど……」
 多分、俺の母さんのことだ。
「二人の帰り道を寺島祐綾はほぼ毎日つけていた。僕も寺島祐綾をつけてたから彼女にとっては僕のほうこそストーカーだったかもしれないが、事が有ってからじゃ遅い。勇太君に何かあったら取り返しがつかないと思って、彼女の尾行を僕は続けた」
 里崎先生が寺島祐綾をつけていたのは、勇太さんを守るべく警戒していたためだったのか。やっと真意がわかった。そしてこれは俺の推測だが寺島祐綾が見ていたストーカー女はやはり俺の母のことを指していたのではないだろうか。勇太さんと母さんは当時付き合っていたのだけど、寺島祐綾は何かしらの理由でそれを認めたくなかった。寺島祐綾からは初め、ストーカー男の話を聞き、その後にストーカー女の話を聞いたため、時系列もその順番かと思っていたが実際は順序が逆だったようだ。おそらく実際の時系列はこのようになるのではないだろうか。

① 勇太さんと未貴が付き合い始める。
② 寺島祐綾が二人の関係に気づき、ストーキングする。また未貴のことを勇太さんのストーカー女だと思い込む。
③ 寺島祐綾が当時愛人関係にあった河合理事長(当時副理事長)と勇太さん殺害計画を立てる。
④ たまたまその殺害計画を聞いた里崎が、寺島祐綾を警戒し、尾行する。
⑤ 寺島祐綾が自身をつける里崎の存在に気づき、ストーカー男として認識する。
 
 徐々に当時、何が起こっていたのかがクリアになってきた。河合家で俺が寺島祐綾から聞いた話は多少の情報操作は入っていただろうが、19年前の事実をもとにしていたことは間違いなさそうだ。俺はさらなる情報を求め、そのまま話を聞いた。
「僕は、追跡の結果、寺島祐綾が確かに勇太君および勇太君の彼女をストーキングしていることを知った。だけど、しばらくはその情報止まりだった。ストーカーをしているという事実はあるが、勇太君を殺害しようとしている証拠まではつかめなかった。そもそもそう簡単に人が人を殺すわけない。あの日、生徒会室で聞いた殺害計画は僕の聞き間違いだったのではないかとさえ思い始めていた。だけど夏頃までは粘り強く尾行を続けた。僕も受験が控えてたし、その頃を最後に尾行はやめるつもりだった。寺島祐綾はほぼ毎日勇太君の後をつけていたが、ある日、勇太君のことには目もくれず違う方向の電車に乗った。僕も慌てて彼女を追った。同時に僕は彼女もとうとう勇太君のことに飽きたのではないかと思って、それを期待していた。彼女は市街地から離れた駅で降りた。向かった先には理系大学のキャンパスがあった。なるほど彼女は大学生の彼氏でも新たにできたのではないかと思い、安堵した。やはり彼女は大学の敷地に入って行き、理工系の研究棟の前で歩を止めた。そしたら数分後に中から、院生らしき若い白衣を着た男性が出てきた」
「そ、その男性は寺島祐綾の彼氏、またはそのような類の人間だったんですか?」
「結論からいうとおそらく違う。寺島祐綾とその男性はほとんど言葉を交わすこともなかったから……二人が会うやいなや、寺島祐綾は財布から10万円ほど取り出し男性に手渡した。すると、男性のほうも何も語らず白衣のポケットから黒の小さいボトルを取り出し、彼女に手渡した。男性との接点はそれだけで、直後、白衣の男性は足早に研究棟に戻って行った。その光景を見た僕は警戒モードになり、受け取ったボトルが何物か確認すべく、彼女のすぐそばにまで近づいた。彼女がボトルをカバンにしまおうとしたとき、僕はボトルに『Aconitin』と書かれているのを見てしまった」
「む、無知で申し訳ないのですが……あこにちん?というものはどういうものなのですか?」
「僕も後から調べてわかったのだがAconitinは神経毒の一種で、トリカブトに含まれる毒の主成分らしい。当時、ボトルを見た瞬間に毒薬とは判断できなかったが、危ないものだということは直感的にわかった」
「ちなみに本当にボトルにはそう書かれていたのですか?」
「ああ、間違いない。僕は当時から視力がいいほうだし、さらには彼女の真後ろまで、近づいていたから。いや、近づき過ぎてしまったんだ」里崎は苦しそうだった。「僕は前のめりになるあまり、彼女の真後ろの1mほどまで来ていた。彼女が振り向いて、僕の存在に気づいてしまった。彼女の瞳孔が開くのが見えるくらいに彼女が焦っているのがわかった。僕をみるなり、すぐさま走って逃げようとした。気づかれてしまったのだから、僕のとれる選択肢も一つしかなかった。走って彼女を追いかけた。彼女を捕まえ、その場でカバンの中を探れば物証が出てくる。僕は必死だった。死にものぐるいで走った。しかし、彼女に追いつくことはできなかった。図体も大きく、ほとんど運動していなかった僕にとっては、彼女に追いつくのは至難だった。結局、僕はその場で彼女を問いただすまたとないチャンスを逃してしまった。一方、逆に僕が彼女を追跡していたという動かぬ証拠を彼女には与えてしまった」
 綾雪母こと寺島祐綾が以前語ったトラウマエピソードはおそらく今の話だ。里崎目線では寺島祐綾が毒薬を受け取る決定的な瞬間を目撃し、それを追いかけていたということだった。
「以降、寺島祐綾が勇太さん殺害に加担するような証拠は掴めましたか?」
「実はその後は、これといった証拠が掴めなかったんだ。というよりこれ以上証拠は必要ないと思った。彼女らの殺害計画が実行に移される日も近いのだと思い、勇太君にはとうとう今までのことをすべて伝えようと思った。今まではストーカー止まりだったが、寺島祐綾が毒薬を手にしたのであれば話は違う。もう証拠集めより、勇太君に僕の得た情報をここですべて伝えるのが先決だと思った」
 一度は穏やかになっていた里崎の表情はまたわなわなと震え始めていた。
「すべてを伝えようと思っていたところ、先に話しかけてきたのは勇太君のほうからだった。初め、生徒会室で話をしようと思ったが、誰かに話を聞かれちゃまずいと勇太君はわざわざ僕の家までついてきてくれた。勇太君を僕の部屋に招き入れ、ちょうど今君と話しているように円卓を挟んで、僕は真剣に話した。寺島祐綾が勇太君のことをずっとストーキングしていたことから、旧生徒会室で勇太君殺害計画の話をしていたこと、毒薬を手にしたことまですべてを伝えた。そしたら勇太君はあまり驚く様子もなく、すべてを黙って聞いていた。最後に勇太君は、円卓の前から少しずれて、土下座をするような形になって、僕にこう言ったんだ。『寺島祐綾には金輪際もう近づかないでくれ、何かあってからじゃ遅い。頼む』って。どうしてと聞いても、勇太君は答えてくれなかった。何度聞いても勇太君は寺島祐綾には近づくなといった類の返答しかしてくれなかった。どうして勇太君は僕にこんなことをいうのか正直わからなかった。もしかしたら僕は寺島祐綾のストーカーだと思われているのだとも思った。実際彼女をつけていたことにはかわりない。寺島祐綾は裏で勇太君に僕のことを相談したのかもしれない。勇太君にとって僕は危ない人間と思われていたのかもしれない。いまだに勇太君の真意はわからない……」
 里崎の顔は明らかに沈んでいた。
「勇太君にそう言われて、僕も食い下がることはできなかった。何か深い考えがあることにはかわりないと僕は思ったから、勇太君の頼みを受け入れ、寺島祐綾の追跡を止めることを勇太君と約束した。その数日後、僕は旧生徒会室で、以前君に話したように、柄に紙の巻かれたナイフを見つけ、手にした。嫌な予感はあったが、僕は何もすることができなかった。ナイフを机におき、その日は帰った。そして残念ながら、翌日は勇太君と会った最後の日となってしまった」
 里崎の顔は苦悶に満ちていた。。
「その後、僕は激しい葛藤にうなされた。やはり勇太君は寺島祐綾および河合武志によって殺されたのではないかと。あの日、旧生徒会室にあったナイフに、寺島祐綾は毒薬を塗り、生徒会室で勇太君を殺したのではないかと。勇太君のお願いを無視して寺島祐綾を追跡しつづけてれば、このような結末にならなかったのではないかと思った。一方で、勇太君に言われた寺島祐綾に近づくなという言葉は常に僕の心に残り続けた。結局、僕は以後、どっちつかず、中途半端な行動しかとれなかった。勇太君との約束通り、寺島祐綾には近づかず、生徒会室や河合武志のほうを漫然と調べた。この件から手を引こうと思いつつ未練は断ち切れず、結局、19年間、五月雨式にこの件を調べるだけだった。旧生徒会室は、勇太君失踪直後に何度か調べたが、勇太君の血痕や争った跡などは見つけられなかった。この学園の教員にすらなったが、勇太君失踪にかかわる決定的な手がかりは得られていない。河合理事長のことも警戒していたが、彼はただのいい雇用主としか思えなかった。少なくともこの20年近くボロを出していない。ほとんど人伝にきいた話だが、寺島祐綾のほうも苗字が河合にかわり、それからは積極的にイチ高サッカー部の後援活動に従事しているようで、評判もよいようだった。彼女らを疑うのもだんだん苦しくなっていた」
「つまり、勇太さんの失踪以後には重要な証拠が出てこなかったのですね」
「ああ、その通りだ。正直なところ、この約20年、僕は少しずつ、勇太君の居場所を突き止めようとする熱意も薄れていっていた。モチベーションによるところも大きいと思う。結局、20年近く人生を棒に振って僕はずっと勇太君の失踪の謎を捜索するフリだけをしていた。フリさえ続けていれば、勇太君を助けられなかったことに対する贖罪になると無意識に思っていたのだろう。寺島祐綾と河合理事長への疑念はすべて僕の勘違いだったと思い込むようにさえなった。僕はただの一介の教師として、この学校に骨を埋めるつもりですらいた」
 里崎はもう一度、俺の目を見た。
「だけど、数週間前、君に勇太君の話をされて、初心を実は思い出したんだ。僕が忘れてしまったら、誰が真相を究明するのかって、使命感をもう一度持つことができた。当時まだ生まれていなかった君がこんな熱くなっているのに、僕がこんなに冷めててどうするって、自分をもう一度奮い立たすことができた。そして今日、君の熱意は本物だということを改めて実感させられた」
 最初、職員室で里崎と話した時は実は母親への疑惑が発端で話しかけていたのだけど、それはあえて言わない。今の俺の熱意は決して紛い物ではないのだから、実質、里崎の言ったことはその通りだ。また、今の俺と同じぐらいの熱意を里崎からたしかに感じることができる。勇太さんの居場所を突き止めるには里崎はかけがえのない存在だと俺も改めて認識できた。
「前置きが長くなって悪かったが、ここからがあの日僕が夜の校舎で起こした行動の説明に入る」
 ついに里崎の口からあの夜のことが聞ける。
「ちょうど君に職員室で勇太君の話をしたころから河合理事長のほうに不審な動きを感じた。彼は最近、旧生徒会室に出入りしていた」
「な、なんですと……もう少し具体的な時期を教えてもらえますか?」
「ああ、それはちょうど理事長の娘が夜に後者に忍び込む一週間前ごろだった。その頃から、河合理事長を校舎の1階東近くで見かけるようになった。何度か尾行を続けて、ついに彼が旧生徒会室の中に入っていくのを目撃した。ここ十数年は、ほとんど旧生徒会室に近づくこともなかった彼が旧生徒会室に入るなんて異様な光景だった。ドアの隙間から中を覗くとどうやら天井のほうを触っていた。ただ理事長に気づかれないよう、僕はかすかなドアの隙間から恐る恐る見てたから、理事長が何をしているのかよくはわからなかった」
「あの……一つお伺いしたいのですが」
「なんだい?」
「旧生徒会室の天井にはどうやら黒いビデオカメラが設置されていたらしいのですが、その存在について里崎先生はご存知ですか」
「いや、知らない」
 やはりか。
「そもそも僕はここ十数年近く旧生徒会室の中に入っていない。窓には全面に黒いカーテンもかけられてるし普段は中を見ることすらできない。僕が旧生徒会室に入れたのは勇太君が失踪して数日の間だけ。その間に、先ほども言ったように勇太君失踪の手がかりがないか調べたが、見つからなかった。しばらくして、旧生徒会室は閉ざされて学生は入ることができなくなった。その後に僕は教員になったけど、教員でも旧生徒会室に入ることができない。中には何も手がかりはないことをすでに確かめていたのが幸いであるが……」
 今の里崎の話から察するに、ビデオカメラは里崎ではなくどうやら理事長が設置していたようだ。理事長は先週海外出張に出ていたらしいから、その間に旧生徒会室に入る輩がないか見張るために設置していたのだろう。出張直前に綾雪と理事長は旧生徒会室の話をしていたようだから、娘が監視の主対象だったと思われる。事実、綾雪は旧生徒会室に忍び込んだのだしそこは間違いないだろう。それから、綾雪が襲われた後、理事長室で、『ビデオカメラを設置したのは理事長でないのか』と綾雪が確認した時に、理事長はいつも以上に強い語気で否定したことが印象に残っている。綾雪はあの時、単に事実確認のために聞いただけで、この学校の管理者である理事長に確認するのも当然である。一方で理事長にとっては図星で、後ろめたい気持ちがあったので必死に否定した。そして里崎に罪をなすりつけることで難を逃れることができた。少しずつ理事長の人間性がわかってきた。
「僕は、生徒会室に入れはしないが外から旧生徒会室を常に見張っていた」里崎は話の続きを始めた。「教員免許を取るために高校卒業後4年間は大学にいたから監視できなかったが、教員免許をとってからはすぐにこの高校に就職した。それから今まではそれなりに監視できていたと思う。話は戻るが、理事長含め、少なくともここ十数年、旧生徒会室に近づく者はほとんどいなかった。なのに数週間前に理事長が旧生徒会室の中に入ったことにより僕の警戒は高まっていた。それから数日後に、旧生徒会室に理事長の娘が近づくのを僕は目撃した。そしてどうも怪しい動きをしていた。僕の今までの監視対象は寺島祐綾と理事長だけだったのに、そこに娘も加える必要が出てきた。勇太君の19年越しの無念を晴らすためには綺麗事はいってられなかった。きっと寺島祐綾と理事長の差し金で娘が何か動いているのだと僕は決めつけて動いた。そうでもしない限り、19年間謎に包まれていたこの事件が解決するわけがない。今しかないと僕は躍起になっていた」
 少しずつ里崎の動機にも見当がついてきた。
「理事長の娘をしばらく監視・追跡していると、彼女がなぜか校舎から出ない日があった。彼女は人目のつきにくい3階の一番端にある女子トイレに入った後に、いっこうに出てこなかった。僕は彼女が夜に旧生徒会室に忍び込もうとしているのだと直感的に思った。だから僕は彼女がトイレから出てくるのを待った。このような事態に備え、目出し帽をいつも持ち歩いていたからそれを被って待っていた。それからは我慢比べだった。彼女は本当になかなか、女子トイレから出てこなかった。ただ僕はこのチャンスを逃すわけにいかないから、朝まででも待つつもりでいた。すると深夜零時ごろ、彼女はたしかにトイレから出てきた。僕の心臓は高鳴った。暗かったので、僕が見張っていたことも彼女は気づいていないようだった。彼女はすぐさま階段を降りたので、僕も気づかれないように追いかけた。やはり彼女が向かった先は1階東の旧生徒会室であった。しゃがんでドアに手をかけ彼女は施錠を解いた。旧生徒会室の鍵は二本しかないはずだ。一本は勇太君が生徒会長のときに彼が持っていた。そして勇太君はそのまま失踪した。もう一本は今、河合理事長が持っているはずだ。だから娘は理事長からその鍵を受け取ったのだと考えた。その時にぼくの警戒モードはMAXとなった」
 やはり俺が綾雪にあの鍵を渡したばかりに、里崎には要らぬ誤解を与えてしまった。綾雪および里崎に対してあのような事態を招いた責任を強く感じる。
「それから彼女は生徒会室の中に入って行った。暗かったし、例の如く、僕はドアの小さな隙間から覗くことしかできなかったので、中で何をしているのかよくわからなかった。ただスマホのライトであたりを照らして、何か探していることはわかった。それから数分後、彼女は慌てたような素振りを見せた。僕は焦った。彼女を外から監視していたことに気づかれたのだと思った」
 いや違う。綾雪が中のビデオカメラに気づいた瞬間だ。
「だから僕もいったんドアから離れたのだが、彼女はすごい勢いで、旧生徒会室から出てきた。廊下のほうを走って行ったので、僕も追いかけた。彼女は寺島祐綾と同じく足が速く、なかなか追いつけなかったが、廊下の中腹のあたりで、窓から外にでようとしているところに、なんとか僕は追いつくことができた。彼女が窓のサッシに手をかけたところで、僕は咄嗟に彼女の肩を掴みその場で、引き倒した。彼女は勇太君殺害計画について何か知っている、寺島祐綾と理事長の差し金で動いているとしか思えなかった。僕も必死だった。ここを逃すと事件は一生解決しないと思った。もうヘマを繰り返してはいけないと。だから僕は彼らの娘に覆い被さり、知っていることを吐くまで殴り続けた。しかし彼女は何も答えなかった。本当に何も知らないのではとも少しは考えた。だけど僕はもう後戻りできなかった。僕は決して彼女を殺すことが目的ではなかったし、彼女は失神寸前になったので、内心焦っていたが、一度ついた慣性を止めることはできず、僕は彼女を殴り続けた。そんな中、君がやってきた。僕を突き飛ばして、君は彼女を助けた。どうして君が彼女のことを助けるのかという疑念と怒りはもちろんあったが、同時に安堵も感じていた。その後、僕は無様に窓から逃げた」
 里崎は語り終え、一息ついた。
 やっと里崎があの夜、なぜあのような行動に至ったのか全容が理解できた。今聞いても里崎が綾雪に暴行を加えたことに対しては怒りが込み上げてくるし、許すことはできない。しかし、里崎以上に俺自身のことも許すことができなかった。
「里崎先生……」
「なんだい?」
「まずここは明確にしておかなければいけませんが、綾雪は19年前の勇太さん殺人計画については一切知りません。これは僕が保証します。彼女は親からその手の類の話は今まで何も知らされていません。それどころか、勇太さんの存在すらつい1ヵ月前まで知らなかったほどです。だからこそ彼女は自分で、勇太さん失踪の真相を究明すべく、一人で頑張っていたんです。あの日、旧生徒会室の鍵を渡したのは俺です。というより押し付けたといったほうが的確です。俺が彼女に鍵を渡して、後は彼女に責任を押し付けたせいで、あのような事態を招いてしまいました。だからあの日僕が綾雪を助けるのは俺の当然の義務だったんです。事態はすべて俺が招きました。本当に申し訳ございません」
「いや、僕に謝る必要はない。暴行をふるったのは事実だ。僕が謝られると逆につらい。その気持ちは、彼女にあててくれ」
 俺は里崎の言葉を素直に受け取った。ただ一方で、俺は綾雪に罪を償うことができるのかは不安だった。それどころかこれから彼女にさらに深い業をもたらそうともさえしている。俺が今から計画していることにはいったいどれほどの犠牲を伴うのだろう。想像もしたくない。しかしここで行動を起こさなければ、真実は闇に葬られる。勇太さんの未練は、今、断ち切るしかない。
「ところで、君は旧生徒会室の鍵をどこで手に入れたんだい?」里崎が言った。「まさか河合理事長から受け取ったとはいわないよね?」
「違います。俺の父、勇太から受け取りました。19年越しに彼からあの鍵は受け取ったのです」
「勇太君から受け取った? いったいどうやって」
「今から約1ヵ月前、俺は部室棟の天井裏にあるスペースに入りました。そこは俺の育ての親・広樹いわく、当時勇太と広樹しか知らない空間だったそうです。当時二人でよく部室棟の天井裏に忍び込んでいたらしいのです。勇太は生前広樹に言っていたそうです。俺が勇太さんと同じ年齢になったときに、俺をその空間に導くように。俺は勇太さんの思惑通り、天井裏の空間に誘い込まれました。そこでこの鍵を見つけました。漠然と勇太さんの遺した鍵ということはわかりましたが、初めは何のための鍵かはわからなかったのです。だけど、あの夜の綾雪の勇気ある行動が鍵の正体を突き止めてくれました。その鍵は紛れもなく旧生徒会室の鍵だったのです」
「そ、そうだったのか。勇太君が旧生徒会室の鍵をそんなところに……」
「はい。それから、勇太さんの遺した鍵は単に旧生徒会室の鍵というだけに止まりません。勇太さんの居場所へと導く重要なキーでもあるのです」
「ど、どういうことだい?」
「文字通りの意味です。旧生徒会室には勇太さんがいるのです」
「そ、そんなはずはない。僕はたしかに以前生徒会の中を調べた。しかしどこを探しても手がかりすら見つからなかった」
「中ではないのです。先生は旧生徒会室の天井裏まで調べましたか?」
「い、いや調べてはいない。まさか勇太君は天井裏に眠っているとでも?」
「はい、その通りです。先ほど里崎先生は、19年前、生徒会室の中から理事長が『佐村君をここに呼び出し、ここで殺せばいい。そのためにこの部屋も作ったんだ。死体もこの部屋に隠せばいい』と聞いたと言ってましたよね?」
「ああ確かに僕はそのような言葉を聞いた」
「先生の聞いた言葉は間違いではなかったのです。旧生徒会室はたしかに勇太さんを殺すために作られ、また勇太さんの死体は旧生徒会室に隠されているのです。その現場は旧生徒会室の天井裏にあるのです」
「……僕はまさか天井裏があるとは思わなかったから、調べてはない。君の説も一理ある。しかしどうしてそのような考えに至ったんだい?」
「勇太さんが部室棟の天井裏に遺したのは、旧生徒会室の鍵だけではなかった。勇太さんが天井裏で眠っているというヒントを一緒に残していたのです」
 俺は里崎に部室棟で見つけた勇太さんのものと思われる成人誌のこと、中に挟んであった生徒会名簿のこと、さらにはそこに描かれた横縞の絵と、その絵の上段に書かれた「ここにいる」という文字のことを順に説明した。
「以上から、俺は旧生徒会室の天井裏には勇太さんがいるのではと推測しました。また実際に、旧生徒会室は外から見ても、1階建ての建物にしては妙に高いです。天井裏の空間があってもおかしくはない」
「たしかに君の仮説はある程度、納得できた。しかし実際に確かめなければ真実はわからない」
「確かめればいいのです」
 里崎は驚きの表情を見せた。
「俺はこれから旧生徒会室に忍び込み、強引にでも天井裏をこの目で確かめようと思っています。仮に天井裏がない、または天井裏があり中に何もなかったとしても大きな問題ではないです。不法侵入や器物破損の罪で捕まることぐらいなら受け入れる覚悟はできています。俺にとってはそんなことより、リスクを冒してでも父勇太を見つけることが先決なのです。天井裏に勇太さんが眠っている可能性があるのにそれを確かめないでいるほうが我慢ならないのです。俺が旧生徒会室の中を無理にでも調べれば河合夫婦も動かざるをえないと思っています。彼らと決着をつける瞬間が同時にやってくると思っています」
 里崎は神妙な面持ちで俺の話を聞き、次の言葉を述べた。
「僕にも協力させてくれないか」
 俺は彼からその言葉を聞けて嬉しかった。今日俺が里崎に会った主目的は河合夫婦が勇太さん殺害に関与をしていたことを明らかにすることだった。今朝までは二人が勇太さんを殺害したのではないかというのは憶測のレベルであったが、里崎の話で裏が取れた。ここまでクリティカルな証言を得られるとは思ってもいなかった。今までの情報だけでも十分里崎から協力を得たつもりだったのに、加えて、これからの計画の協力まで申し出てくれるとは。
「里崎先生、まずはお気持ちありがとうございます。でも確認しておきたいのですが、これからの行動には危険とリスクが伴います。まず天井裏に勇太さんの死体がなかった場合、あなたは今の職や立場を失うことになると思われます。この計画には犯罪を伴うのですから」
「ああ、承知している。僕はそれを受け入れる覚悟はある。そもそもこの職についたのも勇太君の無念を晴らすためだ。僕が教員になったのは手段でしかない。本来の目的を達成するためになら、いくらでも今の職や地位を手放すつもりでいる」
「一方で、本当に天井裏に勇太さんの死体があり、河合夫婦が事件に関わっていた場合。多分こちらのほうがさまざまな問題をはらみます。彼らは必死で我々の行動を阻止しにくると思われます。俺たちに罪をなすりつけてくるかもしれません。俺は河合理事長が里崎先生を学校に置いていたのはまさに罪をなすりつけるためだと踏んでいます。生徒会室で見つけたナイフは勇太さんを殺害した凶器にあなたの指紋をつけるためにあったと思っています。柄に紙が巻かれていたのは指紋を長期間残すためです。また生徒会室に設置されていたビデオカメラもあなたが設置したものと言い張っていました。その他にもあなたをスケープゴートにするためのさまざまな算段を彼らはもっているはずです。また俺もその標的であることには変わりません」
「それなら、逆に僕らが、河合夫婦が犯人であるという決定的な現場を押さえなければならないな」
「はい、その通りです。だから俺は少し派手なまでに旧生徒会室に侵入して、彼らの注目を十分に引きつけることを考えています。天井裏にも多少時間をかけて忍び込み、彼らが俺らに近づいてくるのを待とうと思っています。天井裏に勇太さんの死体があるとすれば彼らは警察に通報することはできないはずです。だからきっと彼らが体を挺して俺らの行動を止めに来ると思います。しかし、逆にそうなるとこちらのものです。彼らが勇太さんの死体を天井裏に隠した張本人でなければ、警察に通報もせず止めに来ることなどありえません」
「いい計画だな。今の話を聞いてますます君に協力したくなった」
「しかし忘れてはいけないことは、勇太さんの死体が本当に天井裏にあるとしたら彼らは殺人鬼であるということです。われわれに危害を加える可能性は十分にあります。怪我をする可能性だってあります。勇太さんがあなたに寺島祐綾に近づくなといったのは、きっとですが彼女がそれほどまでに危険な人物だったからだと考えています。俺の育ての親・広樹に対しても勇太さんは寺島祐綾からは遠ざけようとしていました。勇太さんは寺島祐綾が危険な人物ということに関していくつものシグナルを発し、俺たちを警告してくれました。しかしどれも回りくどいものでした。おそらくですが、直接的に寺島祐綾が犯人と教えると俺らが彼女に狙われると考えていたのだと思います。きっと勇太さんは寺島祐綾に脅されていた。口外すると自身だけではなく、周りの者も殺すと。だから勇太さんは間接的にしか俺たちに証拠を残すことができなかったし、寺島祐綾から遠ざけることしかできなかった。俺が勇太の息子であることを隠して育てられてきた理由もそこにあると思います。一方、勇太さんの彼女で、俺の母である未貴は現在行方不明になっているのですが、おそらく寺島祐綾が犯人だと気づいてしまい本人から命を狙われたのだと思います。だから今も身を隠す必要があるのだと思っています」
 里崎は黙っていた。
「里崎先生も実は気づいていたんじゃないですか? 職員室で里崎先生に初めて勇太さんのことを聞いた時、あなたは俺をこの件から遠ざけようとした。それはきっと俺を危険から遠ざけようとしてくれていたのだと思います。先生がやったことはまさに勇太さんがやったことと同じです。顔を見て俺が勇太さんの子孫だと気づき、俺を守ることで勇太さんに恩返ししようとしたんじゃないですか? 本当は一人ですべてを背負い込もうとしていた。違いますか?」
「……君のいう通りかもしれない」
「今までは俺も先生も一人で解決をしようとしていた。しかしそれは非効率で成功の見込みも低いです。正直さっき先生が協力してくれると申し出てくれたことは嬉しかったです。実は先生がこれからの計画に協力してくれることまで期待していませんでした。ただ協力があるかないかでこれからの行動の成功率は段違いです」
 里崎は優しい顔でこちらを見つめていた。
「もう一度、先生に伺います。これからの計画にはさまざまな危険やリスクを伴います。それでも先生は俺に協力してくれますか?」
 俺は正直里崎がこの提案を断ってくれてもよかった。広樹のときと同様、勇太さんは里崎もこの件に巻き込みたくなかったはずだから。
 だけど、里崎は黙って円卓の上方に右手を差し出してくれた。
 強い信念のもと協力を申し出てくれて、俺にそれを断れる道理などなかった。里崎の気持ちに応えるべく、俺は右手で強く握り返した。強い握手であったが、今日の午前に河合理事長と交わしたものとは意味合いは根本的に違っていた。
「何がなんでも勇太君の未練を晴らそう」
「はい」俺は強く返した。
 後日、詳細な計画を里崎に伝えることを約束し、その日は里崎宅を後にした。すべてが終わった後にも里崎とは関係を持ち続けたいと思った。俺にとって彼はかけがえのない存在であった。

次話


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