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連載小説『私の 母の 物語』 五十五 (482)

 ただこれは享年とか寿命とかいうものであって、血圧がどうだとか、脈がどうだとか、医学的データだけで測りきれるものではなかろう。わたしがそんな思いを強くしたのは、その年の八月三十一日に届いた一葉の葉書のせいかもしれない。
 その葉書は学生時代の茶道サークルの同期だった蓮見さんのご主人からのもので、この年の五月に彼女が亡くなったという知らせだった。五十九歳、あまりに早すぎる死である。
 茶道サークルで卒業まで所属して同期は十三人いて、そのうち女性は七人いる。その中でも彼女はもっとも親しかった同期で、よく話もしたし卒業してお互い社会人になってからも一度二人で飲んだことがある。これは彼女から直接打ち明けられたわけではないから真偽のほどは分からないが、彼女はわたしのことが好きだったという。同期の男が、彼女からそう告げられたのだと云い、彼女の気持ちに応えてやってはどうかと云われた。だが、わたしには当時ほかに心を寄せる女性がいて、彼女と交際する気持ちになれなかった。同期とは別に、わたしをかわいがってくれていた卒業生の先輩からも云われたことがある。結婚するなら彼女のような女性がいいのではないかと。
 同期や先輩の勧めどおりに彼女と結婚していたら・・・。しかし、生活力のないわたしは彼女に苦労をかけただろう。また、もし彼女と結婚していたら、和歌山に戻らずそのまま東京近辺で暮らしていただろうから母の介護をすることもなかっただろう。そんなことを考えながら九月一日にこんな句を詠んだ。
 秋蛍をらぬか雲のへに往ぬる
 ひぐらしのひねもすもがな友逝きて
 これは『伊勢物語』四十五段にある「行く蛍雲の上までいぬべくは秋風吹くと雁に告げこせ」と「暮れがたき夏のひぐらしながむればそのことゝなくものぞ悲しき」の歌を踏まえて詠んだものだ。一人の娘が主人公の男に恋したものの告白することができず、恋煩いで息も絶え絶えとなる。死の間際になって娘の恋情を知った両親は涙ながらに男にそのことを告げる。男は会ったこともない娘からの恋情を知らされて戸惑いつつも娘の家にやって来るが、その甲斐なく娘は亡くなってしまう。なんとも云いようのない思いを抱えながら、男はそのまま娘の家で喪に服す。時は水無月のつごもり。夜更けに一匹の蛍が空高くとびあがるのを見て、男はこの二首の歌を詠む。
 状況はまったく違うのだが、この段にただよう男の途方に暮れたような思いと自分の思いがどこか重なるような気がした。(続く


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