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【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#16】


炎翼のザイン

『冒険者』あらすじ

かつて魔王ザナグルを打倒した魔族の剣士・レオルは、人間の魔女ミレニムの誘いで“冒険者”として活動を開始。仲間には陽気な格闘家ジュラ、冷静な獣人ハクロ、健気な元エルフの少女エルフィがいる。

任務の中で使命に縛られていたホムンクルスの少女グレイシャを救い、家族として迎え入れた彼らだったが、倉庫街での海魔シンエンの出現、暗殺者カリナとノワールの襲撃、天使人形ルミエルとの戦闘など、事態は次第に混迷を深める。

敵すら救おうとするレオルの信念は、周囲に変化をもたらす一方で、異界より現れた魔族ザインの侵攻“星落とし”を引き起こす。ザインは強大な魔力と戦術眼を持つ半魔族エレクチュアを従え、王国を滅ぼそうとする。

レオルたちは王国から追われる立場となり、かつて救った少女リンの次元村へ逃れるが、リンには“勇者”のスキルが眠っていた。過去の傷を抱えたリンはレオルらの支えを得て「黒の勇者」として覚醒し、神に背いてでも仲間を守る決意を固める。

エレクチュアはザインの命令で雷王を動かし、王都に進撃するが、人間の少女リタとの邂逅によって心に揺らぎが生まれる。ザインに操られていた心を振りほどき、エレクチュアはリタを庇い致命傷を負うが、レオルが時の少女ソフィアを呼び、命を繋ぐ。

雷王の拳の一撃がザインを討つかに見えたが、ザインの真の身体は中央広場に潜み、巨大な魔神の姿で現れる。王国を飲み込む最終決戦が、ついに幕を開ける――。


登場人物紹介(第15話時点)

冒険者パーティー

  • レオル(Leol):魔族の剣士。魔王を討った英雄。誰も見捨てない信念を貫く。

  • ミレニム(Millenim):人間の魔女。レオルに想いを寄せ、戦術・指揮もこなす参謀役。

  • ジュラ(Jura):陽気な格闘家の少女。姉御肌だが情にもろく仲間思い。

  • ハクロ(Hakuro):獣人の斥候。冷静で万能。索敵・料理もこなす実務派。

  • エルフィ(Elfi):魔力を失った元エルフの少女。支援と癒しを担当。レオルに淡い恋心。

  • グレイシャ(Gresia):元は兵器として造られたホムンクルス。今はレオルを父と慕う。

支援者・関係者

  • ゾラ(Zora):レオルの影に宿る古の魔族。精神・魂魄術に長ける。

  • リン(Lin):“次元収納”と“勇者”のスキルを持つ少女。「黒の勇者」として覚醒。

  • ホロ(Horo):リンの弟分。病弱な少年。

  • カリウス(Carius):冒険者パーティー「赤き砂」の指揮官。

  • ミィナ(Miina):情報担当。ミレニムの旧友であり冷静な交渉役。

  • エイラン(Eiran):「赤き砂」の戦士。レオルと互いに認め合う仲。

  • カレン(Karen):ギルドの事務員。裏でレオル達を支援。

  • リゼル王女(Lizel):理知的な王国の第一王女。現在レオル達を助け、協力体制を取る。

敵対勢力

  • ザイン(Zain):異界から来た魔族。星落としを発動し、魂を喰らう魔神。

  • エレクチュア(Erekutua):ザインに従っていた半魔族。レオルへの想いに揺れ、自らを賭してリタを救う。

  • ルルリエ(Lulurie):傘を携えた謎多き魔族。虚実反転の能力を持つ。

  • 雷王:神の武神兵器。現在エレクチュアの命令で稼働。

  • カリナ(Karina):雷撃を操る暗殺者。現在は敗走中。

  • ノワール(Noir):冷酷な暗殺者。ジュラとの因縁あり。

  • オルト商会:魔族や妖魔を売買する暗躍組織。

  • ヴァルトラム伯爵:王国内の腐敗貴族。レオルを追放した張本人。

その他の存在

  • ルミエル(Lumiel):神造の天使人形。使命と感情の間で揺れ、リゼルに仕える。

  • シンエン(Shinen):海魔「深淵の姫」。妹を守るため人類に抗った。

  • シロガネ(Shirogane):シンエンの妹。無垢な海竜族。

  • ?(懐中時計の少女)/ソフィア(Sophia):レオルの命を救った時間の管理者。

  • リタ(Rita):雑貨屋の娘。エレクチュアに心を向け、彼女の復讐の鎖を断ち切る。

………………………………………………………………

炎翼のザイン

 「お前……何だ?」

 不気味な巨眼の怪物が宙に浮かんで揺らぐ。  
 これが、ザインの本体なのか。
 ザインの目が、ギョロリとレオルを捉える。

 「俺の手を一瞬で斬り抜けて、あのクズを助ける」 
 「あの異常な速度、或いは剣技か……お前がこの世界の高位の魔族、いや今代の魔王か?」

ザイン(本体)

 「そんな大層なものか……ただの、ハグレ魔族だよ、ザイン」

 ザインが目を歪めて笑う。

 口もないその怪物は、可笑しそうに揺らぎ、震える。

 「この俺を、甘くみるなよ……天使人形と共にいる魔族が大したことがない?」
 「こっちのトイ・ブレイカーが、俺に噛みついた原因であろう、お前を軽く見ろ、と?」

 重く籠もった笑いが、そこにいる者達の耳に付き纏う。

 「馬鹿にしてくれる……この俺の狩場を、台無しにしてくれた落とし前、どうしてくれる?」
 「お前の後ろにいるオンナどもを引き裂いて、お前に食わしてやろうか、人間に媚びるエセ魔族が!」

 レオルの瞳が、強く赤い光を宿す。
 「ザイン……お前、今何を言った……」

 ザインは、レオルの禁忌に触れた。

 彼の怒りを煽りたかったのだろうが、その効果は絶大だった。

 「コイツらに手を出してみろ……欠片も残さずこの世から消えさるものと思え!」


 「あのレオルが、コイツらだって……ミレニム」
 ジュラが嬉しそうに、拳を構える。

 「ま、身内ってことで、素直に喜んでおきましょ」
 「耐火の術を掛けるから、気を付けて頑張ってきなさい」

 ミレニムが、ジュラの肩から手を離す。術のラインが幾条もジュラの身体を流れ、消えてゆく。

魔剣

 レオルが十を越える魔剣を空から呼び降ろす。 
 既に待機させていた魔剣が、降り落ちる。

レオル

 更に、地上にても魔剣を呼び出す。
 明らかに今までの彼の能力を上回っている。

 ザインに対峙する。

 ルミエルの瞳に、三十近い魔剣が映り込む。

 「あれは、どうみても並の魔族を逸脱しているのです……勇者の力で、スキルレベルをいじったのですか」
 「何てことしてくれたのです、お前達は……」
 ……もう、私では止められない、かもです……

 ルミエルが錫杖を握る手に、知らず力を籠める。

 「レオルなら、絶対に大丈夫だよ」
 リンが、光の剣を呼び出す。
 「だから、解放したんだ。ザインを倒すために!」


 咆哮が、天を轟かせる!

 ザインのもう一つの魔神の身体が、空から落ち来る!

ザイン(魔神体)

 炎の魔神の如き力の象徴が、影たるザインを飲み干す!

 その巨体は、2階建の建物を優に越える。

 魔神が炎の奔流を吐き出す。
 炎の波が、石畳を舐め尽くし溶かしてゆく。

ザイン

 『堅牢なる盾、発動……続いて、各種強化、発動』

 飛び回る魔剣が、次々と術をレオルにかけていく。

 『剛腕』『剛腕』『強魔』『強魔』

 『瞬動』『瞬動』

 魔剣が4本、交差して重なり、炎を阻む石の壁を創り出す。
 「岩盾」 「岩盾」 「岩盾」 「岩盾」

岩盾


 炎の濁流が、岩の盾壁を溶かし砕かんと荒れ狂う。

 ザインの炎が、さらに横に薙ぎ払うように動いていく。

 まだ、避難の終わっていない住宅を、先に焼き払うつもりか……

ジュラ

 「そっちを、向くなー!」

 ジュラが、鞠のように身を抱え込んで回転を上げてザインの頭のもとに飛び込んでゆく。
 気を帯びた足刀が魔神の顎を、尋常ならざる力で蹴り飛ばした。

 魔神が怒りの咆哮をあげ、身体の炎がジュラに纏わりつこうと迫る。

 光の翼が広がり、炎の舌から龍気の拳士を掻っ攫う。

ルミエル

 「なに、ギリギリの危ないこと、やってるですか!」

 ルミエルが、ジュラの襟を引っ掴んで距離をとる。
 天使は、不満を隠そうともせずにジュラの顔を睨んでいた。

 「ありがと、ルミエル。いいとこあるじゃん……もうひと当て、付き合ってよ」

 ジュラは、そう言って笑う。 

 「集え……」
 魔剣のうち十本が融合して、一つの巨剣となる。

 レオルの眼前で、10メートルはある魔力刃がザインに襲いかかる。

 「跳躍」
 魔神の姿が、消え去る。

 「ジュラさん!」
 リンが、空間の揺らぎを急いで探る。

 ある一点を指差し、拳士を導く。

 「ルミエル!」
 ジュラが、天使に向かって頷く。

 「分かったのですよ!」
 ルミエルが、ジュラを投げつける。

 ミレニムの真上に…… 

 「我流伝外、襲牙!」
 ジュラの足刀が気炎の牙となり、空間から現れたザインの頭部を踵で蹴り潰す。

 だが、そこで終わらない……さらに、蹴り潰した場所を足場に宙を舞い上がる。 

 蜻蛉返りで返す足刀が光を帯び、さらに同じ箇所を気の炎で焼き潰し、抉り斬る。

 上下から閉じる龍の牙、それが我流にして認められざる伝外の技、襲牙……

 

 咆哮!怒りの咆哮!
 魔神の怒りが、近くに立つミレニムに向く。

 踏み潰さんと、足を振り上げる。

 ミレニムは、微笑む。

ミレニム

 綺麗な礼をして、後ろに滑るように飛び退がる。

 魔神の足が、罠の陣に踏み込む。

 「転びの陣」
 ミレニムが陣を起こす。

 魔神の足が横に滑り、姿勢を崩す。

「ミレニム!」

リン

 ……魔導王スキル、高速起動……氷の術、緊急作成…… 

「氷牙、疾走!」 

氷牙疾走

 リンの右手が氷の牙を生み出し、ザインに向けて奔らせる。

 ミレニムが横飛びに避ける。 
 
 氷の顎が、ザインの足に喰らいつき凍らせていく。  

 「炎の獄陣」 

炎の獄陣


 魔神の腕が、天と地を指し示す。

 巨大な二つの陣が、瞬く間に展開……炎がザインを中心に、渦を巻き、全てを焼き砕かんと回り出す。

 「岩槍の牙壁」
 レオルが、魔剣に術の放出を命ずる。
 六本の魔剣が、それに応える。

 ザインの炎を外から囲むように、魔剣が陣を展開していく。

 街路を砕き、土が硬い壁となって突き立ち、炎が街に迫らんとすることを防ぎ封じ込める。 

岩槍の牙壁

 「グラビティ・ボール……ぶっ潰れろ、ですぅう!」 
 ルミエルが、ここぞと術を放つ。

 壁に覆われたザインに向かって、黒球を放つ。

 ザインの周囲を、黒球が回り、倍増した自重で押しつぶさんとする。 

 魔神が、遂に地を這うように、両手をつく。

ルミエル

 「貴様らァァァ!」
 ザインの想定を越えてきている。

 何だ、コイツら……魔族に天使、勇者、敵対する者同士だろうに、何故……

 こんなにも違いすぎる者同士が、何故……

 「何故、ここまで連携できる!?」

 まるで、一つの生き物のように……一つの心のもとに、動く手足のように……

 ……こうした手合いが、一番不味い……


 魔剣が術の狙いを定める……

 リンが、別の術を展開し始める……


 ザインの思考が、叫びとは逆に冷めていく。

 これまでの経験からか、本能的に思考が切り替わる時がある。
 ザインは、そうしてここまで生き延びてきた。 

 ……流れが崩れて、押し切られる、最悪の型に嵌め込まれかねない……

 ……見定めを間違うと、終わる……

 

 「仕方がない……諦めるか」
 気配が、変わる……ジュラが、最初に気づく。

 ザインの巨体が、掻き消えた。

 「ルミエル!」

 天使が横に吹き飛ぶ。身体がくの字に曲がって、建物に叩きつけられる。

 リンが、何もない空間に構えるが、剣がひしゃげて地に叩きつけられた。

 姿が捉えられない。

 「……何?!」
 ミレニムが、陣を展開する。

 「ミレニム!」
 レオルが、ミレニムを殴殺しようとしたザインの拳を、かろうじて受け止める。

 だがザインは、逆にレオルを力任せに押し潰そうとしてくる。 

ザイン


 体格差もさることながら、計り知れない力が加わり、レオルを重く封じ込めてくる。

 「やはり、お前独りが別格か……」

 ザインの身体が、燃えあがり端から徐々に壊れていくのが、レオルの目に映る。

 「……ああ、これか?元々、この国の奴らを喰らい尽くして、次の段階に進めようとしてた身体だからな」
 「魂の燃料もなく、こんな使い方をすれば、当然壊れる」

 ザインの身体から、赤い光が立ちのぼる。
 それと合わせるように、その身体の端が欠片となって落ちてゆく。

 「だが、敗北よりはいい。全てを失うよりはいい」
 術で強化されたレオルを、ザインは圧倒してゆく。

 魔剣が次々とザインに対して術を放つが、赤光に阻まれ揺らぎもしない。

 遂にレオルの口から、苦鳴が漏れる。

 「時間遅延」
 ミレニムが、五つの陣を展開する。
 最大出力だ。

 僅かだが、魔神の動きが鈍る。

 ジュラが全ての気の光を収束し、ザインの腕を狙い撃った。ザインの腕が跳ね上がる。

 レオルが身体を離した隙に、ザインの腕がジュラを掴みあげ、地に叩きつけた。
 彼女の身体が、街路から跳ね上がり転がっていく。

 「ザイン!」

ザイン

 レオルが、一瞬でその姿を変え、再びザインに斬りかかる。斬撃の速度が跳ね上がっていく。

 魔神の腕が深く斬り裂かれるが、瞬く間に再生を開始する。

 逆にザインの顔が、喜悦に歪む。
 「それが、お前の限界だな?」

 「死連の業炎」

 レオルの身体が、至近距離の連続する爆発によって吹き飛ぶ。建物の壁に叩きつけられ、魔鎧に亀裂が奔る。

 「レオル!」
 ミレニムが駆け寄ろうとするが、ザインが彼女の身体を掴み上げて歓喜を上げる。

 締め上げられた彼女の口から、苦しげに息が押し出されてゆく……

 「終わりだ……」

 「ミレニム……!」

 ザインが残酷な笑みを浮かべて、高笑う。
 「どうした……俺を、滅ぼすのではなかったのか?」

 弄ぶように、ミレニムを摑む手に力を込めてゆく。ミレニムが、堪えるように苦鳴を噛み殺している。
 「……レ、レオル」

 「貴様……!」
 レオルの顔が、苦しげに歪む。

 「いい顔だな……どうだ、大切な者が目の前で苦しむ様を見るのは?」
 「この女が、さんざん苦しみ抜いた末に死んだら、お前はどんな顔をしてくれるか、今から楽しみだ……」

 ザインの哄笑が、夜の冷たい空気に広がっていく……


 『君は、助けて欲しい?欲しくない?』

 それは、レオルの前に立っていた。
 何の前触れもなく、そこにあった。

 『助けて欲しい?欲しくない?』 
 返事がなければ、ずっと同じことを繰り返すかのように……

 あるいは、見えていなかっただけで、それをずっと問い続けていたのか……

 後ろ手に手を組み、細く華奢な身体が振り子のように、左右に動く。

 感情があまり感じられない、単調な喋り方をする少女が、レオルを見つめていた。

 

 ザインには、見えていない……

 不思議な少女……

 レオルが目を合わると、別のことを口にしだした。

 『私は、君にしか見えない……仮初めの意思……でも、この状況を覆すことの出来る、隠し札……』

 『……使う?使わない?』

 『私は、使って欲しい?欲しくない?』
 『分からない、分からない?』

 巫山戯ている訳ではないことはその声で分かる。
 だが、これまでにない異質な存在……

 『君の中に残っているエネルギー、もらっていい?いけない?』

 『……食べていい?いけない?』

 今のレオルに最初から選択肢などない。
 例え相手が何者であっても構わない……

 「ミレニム達を助けてくれるなら、生命でも何でもくれてやる……だから、頼む」

 『了承した、してくれた』

 『アヴソーヴ、レベル10まで上昇、……同時にアルター、レベル10まで上昇……選定条件、適合完了』

 『仮想人格アヴィス、出現条件が満たされた、生まれることができた…』

 『君は、嬉しい?嬉しくない?』 

 少女は柔らかく微笑む。
 『……私は、嬉しい』

 

 『君が、選んでくれて嬉しい』
 少女の瞳に力がこもる。口の端が歪む。

 『君は、 スキルに選ばれた、私に選ばれた』

 『君が誰よりもこの世界で魂をたくさん食べたから、全てを捧げてもらったから』
 『君は、同じ存在と化した……あの方と、同じモノになった』

 『君の身体の操作権限を一時的に貰う……見せてあげる、私は優秀、役に立つ』

 とても嬉しそうに、アヴィスはレオルに笑いかけてきた。
 
 『そしたら、君はもっと魂くれる?くれない?』

 

 

 レオルの瞳が、虚ろになる……
 表情が、感情が抜け落ちてゆく……

 「……何だ?」  
 ザインが、訝しがる。

 突然、レオルが何も反応を示さなくなる。
 視線を下に向けたまま、何も喋らない。

 明らかにおかしい。

 その間隙をつく……
 ……ザインの視界を、黒いフードの少女が横切る。

 眼球に、赤い線が疾走り、瞬く間に破壊される。

 魔神が痛みに呻く。

 静かに、しかし、確実にそして的確に破壊する。
 それが、アサシン。
 それが、ノワールという暗殺者。
 
 「……私達の街で、好き勝手しないで下さい」

ノワール

 さらには、ミレニムを掴んでいる魔神の指の一本を音もなくに切断し、ノワールがミレニムを掻っ攫ってゆく。

 

 「貴様ぁ!」 

 魔神が燃え盛る腕を振り抜くが、ノワールの姿は既にない。
 建物の陰に沈み、形無きがごとく消えてゆく。

 『アヴソーヴ』
 レオルの空虚な瞳が、ザインを捉える。

 それは、小さな黒点……

 ザインの右腕に付いたそれは、一瞬で周囲の空間を黒く球状に食い破る。  
 魔神の腕が、その中に黒い塵となって分解されて飲み込まれゆく。

 ザインが、呻く。
 だが、状況を直感で判断する。

 右腕を自ら引き裂き、その場から飛びさがる。
 判断があと少し遅ければ、身体ごと呑まれかねない威力だった。

 「何だ、これは……」

 どこかで……見た……ことが……

 ザインの身体に、冷たい戦慄が通り抜ける。
 それは、恐怖の名を持つ何か……
 黒き闇に通じる、何か……

 

 『少し、外した……もう少し、必要』
 レオルの腕が振られる。

 今度は、拳大の黒点がザインの前に、生み出される。

 空間にある、ストラス・エネルギー、マナ、精霊力、物質、その全てを差別することなく、それは飲み干していく。

 周囲の建物の外壁が剥がれ、窓が割れる。
 空中の塵芥を飲み込み、空気そのものを呑み込んでゆく。

アヴソーヴ

 ザインが、さらにレオルから距離をとるように飛び退る。

 再生をし終えた両の目に映る光景……先程の黒点の時に抱いたものが、確信に変わった。

 「なぜ……貴様がそれを使える?」
  

 クスクスと嗤う声が、耳に届く。
「これは、これは……思った以上に興味深い」

 ルルリエが、ザインの横に立っていた。
 後ろにダイアウルフを、20匹ほど従えているが目の前の事態に怯え、逃げ出す寸前の個体もいる。

 「お前……今頃、何しに来た」

 「お言葉ですね、ザイン……契約は既に完了しています」
 ルルリエは、傘をクルリと回す。

 「それで、コレはどうするんです?」
 「これは、規模こそ違えど、あの方の力そのもの……今の貴方では、手に負えないのでは?」

 ザインが、ルルリエと後ろのダイアウルフを一瞥する。

 「お前と後ろの連中を食わせろ、ルルリエ」
 「お前の今の身体なら、この辺りの連中を喰らうのを補って余りあるだろう」

 「その対価は?お支払いできるのですか?」

 ザインの方を見ずに、ルルリエが笑う。

 「俺が、アイツとやり合うところを見せてやる……それが対価だ」
 「結果はどうあれ、それが見たかったんだろ?」

 ルルリエが傘を畳み、離れた住宅の壁に投げつける。それは、一本の槍のごとく突き立つ。

 「分かってらっしゃる……さすがは、炎翼公」
 「今回ばかりは、割引いておくとしましょう」

 ルルリエが胸に手を当てて一礼をする。

 「では、ご存分に、ザイン様」
 「ぜひともご健闘下さい……私の退屈を殺して下さいませ」

ルルリエ

 ザインは、ルルリエと大狼達を焼き尽くし、魂魄のエネルギーをその身体に取り込んでゆく。

 身体を包む炎がさらに膨れ上がってゆく……
 ……ザインが、本来の完成された姿を取り戻しつつあった……炎翼と呼ばれた、ザインの本来の姿に……

 

 「お前、ジュラだったですか……起きるですよ!」
 「そっちの勇者も、とっとと目を覚ましやがれです!」

 ルミエルが、パニック寸前の状態でジュラを揺さぶる。
 ついでに、リンの足を蹴っ飛ばして、起こそうと器用なことを試みている。

 「ルミエル?ちょっ、その力でやられると、首がもげるって!」
 「っ痛っう……今は、どういう、状況?」

 ジュラが、後頭部に手をやる……先程のザインにやられたところだ。乾いた血の跡がある。

 リンも頭を振りながら、身体を起こす。


 ここは、レオル達から少し離れた建物の陰。

 機能による自動回復をしたルミエルが、アヴソーヴの渦が荒れ狂うなか、リンとジュラを抱えて、ここに引きずり込んだのである。

 応急処置の術をかけつつ、揺さぶり起こすという離れ業まで使って、現状の立て直しを試みていた。

 「ミレニムは?!」

 「よく分かんないですけど、見たことない素早い女が助けたので、大丈夫ですよ」

 ……それは、本当に大丈夫なのか?

 ジュラの頭に疑念が横切るが、状況がただならぬことになっていることが目に入る。

 周囲の空気が、黒く深い渦の中に吸い込まれていく。

 「何か、物騒過ぎるモノが渦巻いてるんですけど……何あれ、ルミエルさん」

 リンがアヴソーヴから生まれた渦が、今だ周囲のモノを飲み込んでいる光景に、唾を飲み込む。

 ルミエルが頭を振る。

 「ストラス・システムでも……分かんないですよ。あれは、データバンクにないヤツです」
 「……あと、レオルのヤツが、様子が変なのです」

 ルミエルが指した先に、表情を失った彼が渦の方へ手を伸ばしたまま呆然と立っている。

 およそ、いつもの彼ではない姿……危うさを感じさせる。

 「確かに、おかしい」
 「ザインは……あそこだね」

 ジュラが渦の向こうに、赤く光る巨大な何かを見る。嫌な気の流れを、ここにいても感じ取ることが出来る。

 「……レオルの処に行こう。それしか、ないよ」
 リンが、壁に手をついて立ち上がる。

 「やっぱり、そうなるですか……」
 ルミエルが、その光翼を消す。
 あの渦のそばでは、大きなモノは、、引っ張られかねない。

 「ザインが何かやる前に、レオルを何とかしないと、こっちが終わりになる」
 「行くよ、ルミエル」

 ルミエルが一等大きな溜息をつく。
 「いつから、お前達と一緒に行くことが当然になってるですか?」
 「全く、世話が焼けるのですよ」


 『これだけあれば、充分?充分だね……』

 『アルター起動するよ……驚いてね、期待してね』 
 アヴィスが、レオルに笑いかける。

 ここは、彼の意識の中……今は、身体の主導権はアヴィスが握っている。

 レオルの意識は、靄に包まれている。
 酷く、行動に移す意志の力が薄くなって、麻痺させられている。
 「アルターとは、何だ?」

 『君のソウルトランスの上位スキル……エクストラスキル……身体そのものを、一から全部造り変える』

 『凄いよ、魔力鎧と能力向上だけのトランスなんて、比較にならないから……見てて、見てて』  

 

 レオルの手が上がる。
 アヴソーヴの渦が、一瞬で黒い球に戻る。

 彼の手に吸い込まれていく。

 街の中央が、大きく陥没し抉られていた。

 街路にはすり鉢状の穴が開き、辺りの建物も2階や3階が食い破られたように部屋の中までむき出しになっている。


 「レオル!」
 ジュラが駆け寄る。

 リンが、赤い紋様の瞳をレオルに向ける。
 ……なに?レオルの心の波動が、とても弱くなっている?

 「お前、どうしたですか?その能力、何です?」
 ルミエルが、レオルの顔を覗きこむ。
 彼女なりの心配の色が伺える。

 レオルは、彼女の呼びかけに反応を示さない。

 「何?アヴソーヴとアルターが、レベル10になってる」
 「なにこれ、アヴィス?レベルがない、スキルなの?」

 「……リン、今、アヴィスと言ったですか?」
 ルミエルの瞳が、いつになく深刻な色を覗かせる。

 「そうだけど……」

 「アヴィスは、闇帝の分身体の数ある名前の一つですよ。何故、いまその名前が出てくるですか」

 ルミエルの手を、いきなりレオルが掴む。

 「お、お前、何するですか?」
 今まで天使人形という立場から、手を異性に握られたことのない、ルミエルの心臓器官がワンテンポ循環速度を上げる。

 『天使人形、美味しそう……食べていい?食べていい?』
 声無き声が波となって、彼女らの脳に直接届く。

 レオルのもう一つの手に、黒点が発生する。

 ジュラが、レオルの手を蹴り上げる。
 いつもの彼女が、決してやらないことだ。

 だが、そうすべきと本能で感じた。
 ルミエルが、危ないと。
 「ルミエル、離れろ!……レオル、どうしたんだ!」

 『勇者がいる?食べていい?いけない?』
 『人間の拳士、食べていけない?いけない?』

 「やめろ……そんなこと、は許さない」
 「それだけは、やめろ」
 レオルの口から、声が漏れる。

 『……ダメ?だめ?……仕方ない、仕方ない?』
 『アルター起動の続行をする、する?』

 見えない力場が広がってゆく。
 ジュラ達三人を無理やり、レオルから押しのけていく。

 ドーム状の力場の中は、エネルギーの雷光が幾条も荒れ狂い、見えなくなる。

 

 「あれはデータバンクにない、アヴソーヴだ」
 「ゾラの言ってた厄災……私の責任だ……」

 リンが、力場の結界を呆然と見上げる。

 

 結界が破れる……

 黒き龍神……誰の目にもそう映る姿が、露わになる。

レオル(アルター形態)

 ザインも、その巨大な赤い殻を破り出づる。

 赤の炎の巨獣が生まれ出づる。

炎翼のザイン

 『敵個体の攻撃型巨獣形態、確認。完全体と確認……食べていい?いいよね?』

 アヴィスの喜々とした声が響く。

 ザインの熱線が、街路を焼き照らし、龍神となったレオルを狙う。

 龍神の前にアヴソーヴの黒球が現れる。
 熱線が全て曲がって吸い込まれてゆく。

 『アヴソーヴ』
 ザインの身体に、黒球が幾つも纏わりつき弾ける。炎の身体が次々と食い破られていく。

 『食べきれる?食べきれない?』
 黒球が、その数を増やしていく。

 ザインの削られた箇所は、すぐ炎が傷を再生していく。だが、それを上回る勢いで黒いアギトが食い破る。
 貪欲な闇が、その赤き巨体を喰らい尽くさんと纏わりついて離れない。

 「無限なる炎鎖」
 龍神の足元に、巨大な陣が広がる。

 赤い炎の鎖が、陣から飛び出し絡めとる。

 「隕石、招来」
 上空に王国を覆わんばかりの、巨大な陣が描かれていく。

 『アヴソーヴ』
 炎の鎖を、闇の球が次々と食らい消しゆく。

 だが、鎖が消えていく端から、新しい鎖が陣から飛び出して龍神の動きを封じ込めてくる。

 「レオル!無限系の術だよ!……一定時間、鎖がいつまでも出てくる系の術だよ!」
 リンが、口に両手を添えて叫ぶ。

 「お前、この国助けるつもりがあるなら、上のでかい方を先に消すですよ!」
 「このままだと、隕石が来てこの国のみんな、おしまいなのです!」

 ルミエルも、その隣で叫ぶ。

 『助ける?助けない?……必要?そんなに助けること必要?』

 『あの魔法陣を消すのは、エネルギー使う?多く使う……君の助けたい者だけ、助ければいい。それがいい』

 アヴィスの『声』は、相変わらず聞く者を選ばない。ジュラやルミエル、リン、ザインにも聞こえる。

 それどころか、半径内にいる意思のある全ての者の耳に届く。
 その『声』は、王国の全てのものを選ぶことなく、どこまでも広がってゆく……


 『そこにいる者だけ、助ければいい……君が、欲しい者だけ……助ければいい』 

 『なぜ、助ける?それは……魔族のあり様ではない……魔族は、我が子らは、究極の個であろう』

 
 アヴィスの喋り方が変わってゆく。
 雰囲気が、重く纏わりつくように変じてゆく。

 『答えよ。操作権限は返してやろう、弱き我が子よ』
 『だが、答えぬ限り……あの陣は、消さぬよ』
 『この国もろとも滅ぶか選べ、我が子よ』

アヴィス(闇帝)

 「闇帝……」
 ザインが、龍神の肩に現界したアヴィスの姿を見て、その動きの一切を止める。

 『ギラ・ファンより、逃げ出した個体か。良い仕上がりではある』
 『……だが、それだけだ。見るべきものはない』

 ザインが重く唸る。

 

 「闇帝……お前が、そうなのか……アヴィス」
 龍神が、右肩に立つ女性を見下ろす。

 『分体にして母体の意志を持つ者と心得よ……母たる本体ではない』
 『レオルよ、魔王ザナグルを倒した弱き子よ……何故、心を欲するか。天使人形の心を欲するか、勇者の心を欲するか、人間の心を欲するのか』
 『そのような刹那に変わりゆくものを、何故欲する……全ては、無意味である』

 深い瞳が、王国を見渡す。
 アヴィスは龍神ではなく、このエルサーク世界を見通している。

 「貴方が言う通り、個だからだ……個は、生きていけない。個は、弱い」
 「俺は、最初は一人で生きていこうとした。ザナグルを倒しても、何も戻りはしなかった……この王国に来たばかりの頃、また失うことを考え、怯えていたからだ」  

 「だが、ミレニムが隣にいてくれた。ジュラが共に戦ってくれた。ハクロが助けてくれた。エルフィが共に笑ってくれた」
 「グレイシャが父と慕ってくれた。エレクチュアやルミエルが、出会ってくれた……この街の連中やリン、ゾラが俺に居場所を作ってくれた……」

 アヴィスは、龍神を顧みない。

 空に、光の線が伸びてゆく。魔法陣が完成してゆく……

 「俺にいていい、と言ってくれたんだ。それが理由だ」
 「それが答えだ。ここが俺の生きる場所だ、アヴィス、いや、闇帝」

 

 「レオルさん……私だって、貴方がいる場所が、私のいる場所です」
 エルフィが、祈る様に偽りの空を見上げる……


 『それが、いつか消えるものだとしても、か』
 『定命の者は、お前をいつか置き去りにするだろう……お前を信じた者の心から、信ずる心がなくなる日も来るだろう』
 『その時が来たとしても、そのような事を言えるのか、我が子よ』

 アヴィスの瞳が、横に流れる。
 レオルが、龍神が、笑ったように見えた。

 「闇帝よ……ここに生きる者達は、強いぞ」
 「俺達、魔族より遥かに、だ」

 

 「だか、もしもその時が来たら……この想いだけもらって、俺はここから消えるさ」
 「ミレニム達から、もらったこの想いだけあれば、それでいい……」

 龍神は、胸に巨大なその手を当てる。
 そこにある何かを慈しむように。
 「ミレニムは、俺の虚ろな心を埋めてくれた。ジュラは、暖かさをくれた。エルフィは、優しさで俺を満たしてくれた」
 「たくさんのものを、俺はここで、もう貰っている」
 「だから……それ以上望むものは、ないんだ」

 『……いかにも、白皇の小娘あたりが、好きそうな話だ』 
 『あやつに取られるぐらいなら、ここで喰らってしまいたい気もするがな』

 『私も、見てみたくなった……お前の愚かさ、弱さがどこまで届くか、を』


 アヴィスが、指を鳴らす。

 空の巨大な魔法陣に、黒い罅が入り、広がってゆく……隕石を呼び込む、術陣が砕け散ってゆく……


 『認めてやる……お前の強さを』
 『力を手を貸してやる、レオル』

 『吾は、お前が気に入った。お前とともにあろうぞ』

 彼女が、初めて龍神の瞳を捉えた、瞬間だった。

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【2025年創作大賞ファンタジー小説部門:冒険者】
 第7話から第18話が一つのまとまりの応募となります。


続編


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