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35歳、公務員を辞めて屋久島へ。裸足で歩いた雨の森で、涙が止まらなかった理由。


数ある記事の中から、このページを開いていただきありがとうございます。
優木 志歩(ゆうき しほ)と申します🌸

わたしは管理栄養士として12年間勤めた自治体を退職し、キャリアブレイクの期間を持つことにしました。(めちゃくちゃ悩んだ末の決断でした…)

このnoteでは、退職までの心の揺れや、キャリアブレイク期間にやっていることや、考えていることを、等身大の言葉で綴っています。


35歳。

公務員を退職して、
ひとりで屋久島に行ってきました。



👣雨の森を裸足で歩く!?


わたしが屋久島滞在中に
参加させていただいたプログラムの中で、

「森の中を裸足で歩く」
という時間がありました。


その日は雨が降っていて、
森の中は薄暗くて、とても寒く感じました。

また、わたしが着ていたレインウェアは
ちゃんとお手入れをしていなかったので
撥水加工が死んでいました(笑)

雨がどんどんしみ込んでくるので、
めちゃくちゃ冷たくて、
手はかじかむほどでした。


だから、「裸足で歩いてみましょう」
の言葉を聞いたときは

「え???」という感じで
正直ビビりました。笑


案内してくださった方は、
「強制ではありませんので…」
というスタンスでしたが、

「せっかく屋久島まで来たんだから、
経験できることは全部経験したい!」

という謎のやる気に満ちていたわたしは、

覚悟を決めて靴と靴下を脱ぎ、
冷たい雨の中、裸足になりました。


(その結果、翌日から帰宅まで
鼻水垂らして過ごすことになりました。笑)



☔️気づけば、涙を流していた。



裸足になって歩いていると、
なぜか涙が溢れてきました。



裸足だと、
自分の歩き方がそのまま自分に返ってくる
のがよくわかりました。

靴を履いているときは、
わたしは守られていて、
歩くのは怖くもなんともない。

枝や葉っぱを踏んだって、
痛くも痒くもない。

でも、裸足だと急に怖くなる。
今までのように、歩けなくなる。

それまでのように何も考えずに
ズカズカと歩いて行くことなんて、
とてもできませんでした。



わたしはこのとき改めて、
自然と自分との関わり方について
振り返ることができました。

わたしは自然に対して、
今までずっと自分本位に
関わってきたのではないか。

言葉どおり「土足で」
踏み込んでいたのではないか。

そんなことを感じたのです。



そのときわたしは、

「自然が好き。自然を大切にしたい。」
そんなことを思ったり言ったりしながらも、

結局、わたしは自然の気持ちなんて、
実は全然考えられていなかったのではないか。

そんな、情けなさと恥ずかしさが
こみ上げてきました。



そしてそれと同時に、わたしが
森の中に「入る」、森の中を「歩く」
というのではなくて、

森の中に「入らせていただいている」
森の中を「歩かせていただいている」

自然と、
そんな感覚になっていくのを感じました。



一歩一歩進むたびに目に入ってくる、
太くて立派な木の幹や、瑞々しい苔たち。

それらにも、一方的に「さわる」のではなく
「ふれさせていただく」というような気持ちで、

「ごめんね」「ありがとう」
入り交じったような気持ちで、

愛おしく、慈しむような気持ちで、
そっと手を伸ばしている自分がいました。



🌱ただ、まっすぐに生きることの尊さ。


たくさんの植物が、生き物が、
ただそこに「在る」ということが

こんなにも尊くて、心地よいものなのだと
心から感じられたのは、
これが初めてだったと思います。



わたしは今までずっと、
誰かの、何かの役に立っていなければ
生きていてはいけない
ような、
そんな思いで生きてきてしまっていました。



生きているからには、
社会の役に立たなければいけない。


正社員で、
ちゃんと働かなければいけない。


辛くてもしんどくても、
逃げちゃいけない。



わたしはこれまで
働くことは苦労がつきもので、
お給料は我慢料みたいなもので、

社会って、人生ってそういうものなんだ。
みんなそうやって生きてるんだから。

そんなふうに
世間一般的な「常識」や「正解」、
「みんなと同じであることの安心」
から外れないように

行動してきたように思いました。



でも、森の中を、
裸足でゆっくりと進んでいくうちに、

何かを「しなければいけない」
なんてことはなくて、

「こうあるべき」「こうしなきゃいけない」
本当はそんなものなくて

ただ、自分が勝手に
そう思い込んでいただけなんだと、

自分を苦しめていた考え
少しずつ流れていくような、
そんな気持ちになりました。



たくさんの植物が
ただ、そのままの姿でそこに「在る」
ということが、すごく心地よく感じました。


否定も肯定も、
されていないように感じました。


森では、ひとつひとつの「いのち」が
みんなその「いのち」らしく、
素直に生きていました。


誰のためでもなく、ただ、それぞれが
自分の「いのち」に真っ直ぐに生きていました。



🌳自分の「いのち」に素直に生きる。


わたしは今回屋久島を訪れて、
屋久島は「岩」で出来ている島
だということを初めて知りました。

岩をたくさんのが覆って、
その苔が土のような役割をしてくれて
苔の上からたくさんの植物が育っていること。

老いや台風の影響などで、
折れたり倒れたりした木の枝や幹にも
苔が生えて、
そこからまた、さまざまな植物が
芽吹いている
様子も見ました。

また、木が倒れたりすることは
悲しく感じるかもしれませんが、

それによって、
今まで日陰になっていた部分にも
日が当たる
ようになり、

眠っていた種が目を覚まし、
いろいろな植物が芽吹き、
また森が豊かになっていくことも知りました。



あるひとつの命として生まれて、
生きて、老いていくこと。

何かを成し遂げようとするわけでもなく、
その一連の営み自体が
ものすごく尊いことなのだ
と感じました。

そして、その営みは
必ず周りとの関わり合いの中で
行われていることも感じました。



いろいろな関わり合いを持ちながら、
それぞれが、それぞれを生きている。


誰のためでもなく、
自分の「いのち」に素直に生きている。


ただ、純粋に、
自分のために生きている。


そしてその結果、互いに生かし合って、
全体としてすばらしい環境ができている。


そんなことを、強く感じました。



そしてわたしも、
自分の「いのち」に
真っ直ぐに生きていきたい。


植物も、動物も、人も、
すべての「いのち」が
素直に生きられる世界を
つくっていきたい。


そんなことを思いました。




…まだ上手く言葉にできませんが、
現時点でわたしなりに感じたことを

一生懸命何とか言葉にして、
書かせていただきました。

伝わるか不安もありますが、
ここまで読んでくださりありがとうございます。


また、今後の自分の生き方に
大きく影響すると感じている、

屋久島での
わたしにとっての最大の気づきについては
次の記事で書けたらいいなと思っています。

もし、何かしら心に響くところがあれば
また読んでくださったら嬉しいです。


拙い文章ですが、
最後まで読んでくださり
本当にありがとうございました。

今日もあなたが
すてきな1日を過ごせますように🌿✨



いつも読んでくださり、
本当にありがとうございます
🌸

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