見出し画像

35歳、公務員を退職。純粋な「人間」に戻りたい。


数ある記事の中から、このページを開いていただきありがとうございます。
優木 志歩(ゆうき しほ)と申します🌸

わたしは管理栄養士として12年間勤めた自治体を35歳で退職し、キャリアブレイクの期間を持つことにしました。(めちゃくちゃ悩んだ末の決断でした…)

このnoteでは、退職までの心の揺れや、キャリアブレイク期間にやっていることや考えていることを、等身大の言葉で綴っています。

35歳。
公務員を退職しました。


この記事のタイトルは
あまり理解してもらえないかもしれないけれど、
わたしの正直な気持ちを書きました。


もし、あなたが
少しでも興味を持ってくださったとしたら
読んでいただけたら嬉しいです。


わたしは退職した3日後に
青森の農家さん宅へお邪魔し、
数日間滞在させてもらっていたのですが、

青森を出た翌日は、
福島へ行っていました。


なぜかというと、
福島県立美術館で開催中の
「大ゴッホ展」に行きたかったからです🌻



🖼️なぜ、ゴッホは農民を描いたのか?


わたしはゴッホの
「夜のカフェテラス」
なんか好きなんです。笑

でも、実際会場に行ってみて、
いちばん興味を引いたのは
農民の姿を描いた絵でした。


農家さんの暮らしにふれさせていただいた
すぐ後のことだったので、


ゴッホはどうして農民を描いたのか?
ゴッホは農民をどのように捉えていたのか?


とても気になりました。



🧑‍🌾農民の姿に、生き方の誠実さを見る。


後から調べてみると、
弟テオへの手紙の中で、

ゴッホがこのような言葉を
残していることを知りました。

彼ら(農民)は、ランプの光の下でジャガイモを食べているが、そのジャガイモを育てるために、自分たちの手で土を耕してきた。

つまりこの食事は、自分たちの労働で正直に得た食べ物なのだ。


ゴッホは、農民のことを
「貧しい人」ではなく、
「誠実に生きている人」だと。

「社会的に階層の低い人」ではなく、
「人生を真面目に生きている人」だと。


ゴッホは農民の姿を
そんなふうに捉え、


彼らに
「生き方の誠実さ」
「人間の根源的な姿」
見ていたようなのです。



🌱「人材」よりも「人間」として生きたい。


わたしも青森で、農家さんと
生活を共にさせていただく中で、

気づけば純粋な労働の尊さや、
人間として生きることの根本について、
感じ、考えていました。


わたしはこれまで、
管理栄養士として、公務員として、
1人の社会人として、

自分の役割使命を果たすことに
必死でした。


一生懸命働けば働くほど、
「人材」としてのわたしばかりが確立し、

「人間」としてのわたしは
置き去りにされてしまっているような
感覚がありました。



自分でこんなことを書くのは
本当におこがましいのですが、

わたしの退職が公表されたとき、
ありがたいことに

びっくりするほどたくさんの方が
悲しんでくれて、涙を流してくれました。

それは周りの方々が
優しいからなのですが、

「こんなに惜しまれる人はいない」
と、
わたしには本当にもったいないお言葉も
かけていただきました。



でも、このことは同時に、
わたしがどれだけ今まで、

いかに
「人材」や「役割」としての自分を
全力で生きてきたのか

物語っているようにも感じました。



わたしはこれまで
不満や否定的なこと
ほとんど口に出しませんでした。

期待される以上のことを
常にやるようにしていました。

産休育休職員の分も働いて、
自分の出産は後回しにしていました。

また、市民の方々からいただいている税金を
大切にしたいという思いが強く、
残業はしないというポリシーを持っていました。
(変なところだけ頑固でした。)


周りからはいつもニコニコしていると
言われていましたが、

だんだん食欲はなくなり、
体重は5kg以上落ちました。

突然の激しい下痢もありました。
(いつもは大体便秘笑)

声が出なくなったこともありました。

とにかく体調が優れず、
血尿も出ました。



でも、それでも、
休職するという選択肢は
自分にはありませんでした。



産休育休や休職などで
いない人の分を埋めることが
どれだけ大変か。

それを痛いほど知っていたので、
わたしは休めない。休んじゃいけない。

そんなふうに、思っていました。

(今思えばそんなことは全然ないですし、
とても大切な制度なのに、あのときの
わたしはどうかしていました。)


中途半端に休んでも、
代わりの人員が補充されないことは
目に見えていたので、

休むなら辞めた方が
周りの人にも迷惑をかけずに済むし、
自分も気が楽だ。

と思っていて、本当に辞めました。笑



今思えば、きっと
組織としての体制にも問題があったのですが、

おかしいことを「おかしい」と言うことが、
できないことを「できない」と言うことが、

わたしにはできませんでした。



わたしはまだ、がんばれる。

周りもみんながんばっているんだから、
それくらいやらなきゃいけない。



ずっと、そんなふうに考えていました。



また、わたしの考えが未熟な部分も
多分にあるのですが、

正直なところ、
意味を見出せない仕事

たくさんありました。

不要だと思う仕事のために、
また別の仕事が生まれている現実
にも
うんざりしました。

でも、ここで働かせていただいてる限りは
やらなければならないという気持ちで、
やっていました。



でも、もう、いろいろなことが
限界に来ていました。


もっと自分の気持ちに、
正直に生きたい
と思いました。


心のどこかでは、いつも
もっと大切にしたいことが他にある
ような気がしていました。


少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
今までのわたしはずっと、

誰かの、何かの役に立っていなければ
生きていてはいけないような
謎の使命感に燃えていたところもありました。

(こういうところがINFJぽいと
自分でも思います。笑)



でも、


わたしはもっと、
「人間」としての自分を大切にしたい。


「人材」としてではなく、
「人間」としての自分を生きたい。



そんな思いが
だんだんと強くなっていきました。



🙆‍♀️純粋な、「人間」に戻りたい。


わたしは農家さんの暮らしにふれて、
「ほんもの」「ほんとう」
近いものを感じました。

ゴッホが見ていた農民の姿にも心を打たれ、
自分の中で芽生えていた気持ちが、
さらに強くなることを感じました。


人間も自然の一部なのに、
わたしはどうして、

こんなにおかしなことばかり
して来たんだろうと思いました。


今思えば、
そんなに自分を痛めつけてまで働いて、
何になるんだろう
と思いました。




上手く言葉に
できているかわかりませんが、



わたしは、純粋な「人間」に戻りたい。



今、そんな気持ちなんです。



正直、もう、
「人材」として生きていくのは嫌です。


今のわたしにとっては、
組織で働くのは苦しいとも感じています。


かといって、いずれは起業したい
という思いもありません。
(ないんかい笑)




ただ、誤解を恐れず言えば、
純粋な暮らしがしたいという思いが
今、わたしの中に確かにあります。



でも、生きていくためには
もちろんお金も必要で、
誰かの、何かの役に立つ必要もあります。



自分の中で大切にしたいことや
生き方の軸(抽象的なこと)は
少しずつ見えて来た感覚はありますが、

これからどうしていくのか(具体的なこと)は
正直、まだ全然わかりません。


不安も心配も、たくさんあります。



わたしはこれから、
どこで、どうやって、
どんなふうに生きていくのか。



すぐに答えは出ないかもしれないし、
もしかしたら、一生こんなふうに
探しながら、考えながら
生きていくのかもしれません。


でも、それもひとつの生き方
それもいいかな、なんて、めずらしく
楽観的に思っている自分もいます。


何かを成し遂げられなくても、
社会的にフラフラ(笑)
しているように見られたとしても、


わたしは今、こうして


自分の気持ちに
素直に向き合いながら生きている感じが
心地いいです。



だから今、この時間は、
自分にとって必要な時間なんだ。



そんなふうに思っています。



▼関連記事

最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

今日もあなたが
すてきな1日を過ごせますように🌿✨


いつも読んでくださり、
本当にありがとうございます
🌸

いただく“スキ”やフォローに
とても励まされています
🙇✨

もし気になる記事があれば、
またのぞいていただけたら嬉しいです
🌷


▼今、決まっている今後の予定について

▼管理栄養士のわたしが考えていること

▼自分の未熟さに気付いたときのこと

▼野鳥や自然が好きなあなたへ


いいなと思ったら応援しよう!