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どの子にも肯定のまなざし。多様性へ。探求の落とし穴❷

前回のnote⤵︎



ねらいや保育者の期待の陰に、実は
子どもたちの素敵な姿があるのでは?

それを見落としてしまう落とし穴があるのでは?
という記事


ではその落とし穴を塞ぐためには?
私たち保育士はどうしたらいいでしょうか?


自分の型を知り、疑うことから始める

自分の型

探求を大切にする際には、はじめから
『活動にのめり込んで熱中する姿が素晴らしい』
と思われがちです。

しかし、その子はまず少し離れて観察する方が
全体像が見えて、状況を理解しやすいのかもしれません。

私たちが新聞を読む時。
近くで見た方がよく見える人もいれば、
少し離れた方がよく見える人がいるのと同じで、

子どもたちが状況や活動を理解する時にも、
近くで見たり少し遠くから見ることが
その子にとっては、
ちょうどいい•見やすい•理解しやすい、
そんな距離なのかもしれません。

そして時には、メガネをかける必要があるように、保育者のサポートが必要な子もいるかもしれません。
音読しながらの方が頭に入る人がいるように、
実際に行動に移しながらの方が理解しやすい子もいますよね。

興味はあるけどまだ難しそう、と
他のことをしている間に、
自分からまた関わろうとする姿があることもある。

その日のその活動で
全員に経験させようとしたり、
発展、探求、没頭、などを求めずに

それぞれに少し長い見通しを持つことが、
一人ひとりの成長を最大限に自分ごと(主体的)に
そして結果的に探求心を育むことにも繋がります。

そんな風に、その子がその場でその行動を
していることにはすべて理由があります。

物理的に同じ視点に立ってみる

見守りの視点で、物理的に俯瞰で見つめることも時には大切。

そしてそれと同時に、子どもたちの視点を
大人の視点からなぞって見ていると、
やはり同じ行動をすると、
見えるものがぐっと変わってくることを、
忙しい先生にこそ、
どうか改めて実感してほしいと思います。

子どもの感じていることを実際に感じることは、
子どもの世界を知るために大切なパーツなんだろうということ。


それは、慌ただしい毎日や、
膨大なタスクで埋め尽くされた頭を、
一瞬で本質に引き戻してくれる時間だと考えています。

この子は何を感じているんだろう?と、
自分の感覚を通して知るつもりでやってみる。

芝生でゴロゴロ転がる。
立ってみていると
子どもたちの表情や、お友達とぶつからないかな?
ということがよく見えるけど、
安全な状態を確認した上でやってみる。

そうすると思っていた倍、気持ちがいい。

青くて広くて澄んだ空が見える。

肯定的な気持ちだけが生かされるわけではない。 

ちくちくと、くすぐったい人もいるかもしれない。

どれもそれぞれ、いつか何かのヒントになる。


野菜が苦手な子がいた時に、
「私虫苦手だから栄養満点だからって
 イナゴの佃煮を食べって言われたら嫌だもんな、
 それと同じかも」
「大きさの問題でも味の問題でもなくて、
 ごはんのなかに存在してることが嫌なのかも」など

自分のさまざまな感覚は、
『自分があの気持ちになる時と
           同じなのかもしれない』
   という視点を持つ大切な材料に
なります。

保育者が子どもたちの
感覚を同期して、保存しておくんです。

子どもたちは考えるより感じています。
何を考えているかと同じくらい、
何を感じているかを、想像したいですね。

パズルは意外とイライラするとか、
キリが良くないと本当に片付けしたくないとか、
何もしたくない時間もあるとか、
遊んでいるとあっという間に時間が過ぎるとか。
やっぱりお腹が空いたらイライラしやすいとか。

子どもたちに探求を大切にしようとするとつい、
「その子が何を考えているか?」
「次は何を考えられるようにするか?」
といった思考を巡らせるかと思います。
その視点はとても大切ですよね。

ただ、そればかりだと、
「考えるより感じたいんだ!」タイプの子や
「考えたいけどこんなことを感じていてそちらに集中できていない」状態の子
「物事を考えるよりも私を感じているのだ」など、
大切な姿を、陰に隠してしまう一因になるかもしれません。

子どもが感じていることを感じる。
ミドルリーダー、主任などになればなるほど
そんな当たり前の時間も取りづらくなってきますよね。忙殺されてしまう日常のなかで
明日はそんなことを感じられますように。

そんな感性を持ちながらみた景色を、
冷静に温かく分析するための
子どもをみる4つの視点。

思考の羅針盤🧭

自分の型、の背景にも目を向けてみる

自分自身の状況を認知しておくことも、
型に気づく大切な視点です。

以下はあくまでもそういう場合がある、
ということで、SNSやドキュメンテーションを
あるいは探求の保育を否定するものではありません。

マネジメントとして
以下をクリアにしておいてくれることは
現場の保育者が本質的な保育の魅力に向き合える
大きな保育者への環境構成です

現場の先生方
この状態をどうにかできなかったとしても、
この状態ではないか?というフィルターをいつも
持っていることは、とても強みだと思います。

⚫︎SNSのネタづくりをしなければいけない
⚫︎ドキュメンテーションを書くための活動
⚫︎探求だけがゴールになってしまう
⚫︎話題に出る子どもの姿に偏りがある
⚫︎だらだらしている子どもを許せない

これらは無意識の中にあると、どうしても
〝子どもの課題″とされやすいことです。

社会の課題、保育園の課題、
保育者としての課題、個人の課題
と切り分けた上で、

本当の子どもの課題(か課題ではないか)を
初めて検討できると思っています。

まとめ

⚫︎保育者の置かれた状況を認知して課題を分けて考えること
⚫︎子どもたちの感じていることを同期して保存する
⚫︎子どもたちの考えていることだけでなく、感じていることにアンテナを張ること
⚫︎「自分だったら」ではなく「自分がーの時と同じ気持ちなのかな?」と考えること
⚫︎「〜かも?」という仮説をたくさん持った状態で長い視点で見守ること
⚫︎他者と比べる相対評価ではなく、その子本人の様子を成長のいち地点としてみる

どの子にも肯定のまなざしを持つことが、
多様な子どもたちの、
多様な成長をサポートできる

保育者の探求を大切にする際の落とし穴を塞ぐこと
に繋がるのではないでしょうか。

今後、肯定でも、課題解決はできる!
ということについても書いていきたいと思います。
ぜひフォローをお願いいたします🌼

見知らぬ保育者のこのnoteを読んで、
共感してくださったり、
「明日はちょっとやってみようかな」
と思ってくださる小さなきっかけになれば幸いです。

「探求」という一つの視点も大切に
子どものあるがままをもっと大切に

明日もそんな保育があるんだろうと、
見えない世界に想いを巡らせています。 

こちらの記事もぜひ、どうぞ


始めたばかりのnote🗒️ですが、
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