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【漫画感想文】 あした死のうと思ってたのに

2023年という一年間は、
「なんで生きているんだろう」って
考えていた一年だった。


2021年の夏にコロナと呼ばれるヤマイに感染して
会社に戻ったとき、「自分が何を話しているのか」わからなくなった。
発せられた言葉の意味を、うまく理解できない。
でもまあ病み上がりだしそんなもんか、と思っていたら、頭痛とか熱とか倦怠感とかで、会社に行くことが困難になってしまった。
駅の階段登れなくて、何度も泣いた。
昨日できていたことが、今日ふいにできなくなる。
スタバでコーヒーは飲めるのに、会社までたどり着けない自分を、何度も責めた。

体調の浮き沈みや休職を挟んで、2023年5月。
2回目の感染以降、調子の善し悪しはあるものの「会社に1週間行けない」という期間が、ランダムに訪れるようになった。

会社に1週間行けない。
それは、給料が4分の3になるということで
じゃあ残りの3週間はフルタイムで働けているかといえばそうでもなく
じゃあムリをしなければ健やかに過ごせているのかといえばそうでもなく
毎日「明日会社に行けないかもしれない」「明日会社に行くために、家でゆっくり休まねばならない」と思っていた。

生きている意味ってなんだろう。

それは、「楽しい」と感じる瞬間のことかもしれない。
でも、その「楽しい」には、お金と体力が必要で
わたしはそれを捻出するほど、仕事ができなくなっていた。

「ただ、生きていればいいよ」

有り難いことに、誰もがわたしにそう言ってくれたのだけれど
誰かが、わたしを養ってくれるわけではなかった。
ギリギリのところで近しい人の援助を受けて、お金を受け取るたびにわたしは泣いた。

「わたしさえいなければ、この人たちはもっと好きなことをしたり、仕事を休んだりできたのに」

それでも生きていて欲しいと言うのは、もうそちらの勝手ではないだろうか。
誰もがわたしを養う余裕のない中、
わたしは自分ひとりを養うことももうできない、ギリギリの体力と気力で、病院を探して、休職の手続きをして、それでも治るかわからないヤマイの
それでも生きてゆくということは、

実家で死んだように起きて眠って
年金暮らしの親に、食べさせてもらって
それでも生きていて欲しいっていうのは

もう、わたしの願いじゃなかった。

介護の果てに両親を看取った母親の、「自分の子どもにはこんな思いはさせられない」という思いと、いったい何が違うのだろう。
わたしだって、自分の親や大切な人に、迷惑をかけてまで生き延びたくはなかった。




2023年は、「それでも生きていれば百点だよ」という言葉を、疑った一年だった。
否定するのとは少し違って
「それほど生きていることって尊いか?」と思う自分の存在を、受け入れることだった。

そりゃあもちろん、正常なときには、「死ななくてよかった」とか、友だちの顔を見て思う。
「この人がいなくなったらわたしは悲しい。友だちだって、わたしがいなかったら悲しむ」という、至極まっとうな事実を疑わずにいられるときもある。

けれども、そう思えないときもある。
「死ぬしかない」と感じた暗闇を、たくさん飲み込んだ。

わたしより重い病状の人もいるだとか
働けないけれど生きている人はたくさんいるだとか
わたしばかりが悲観的になってはいけないと、いつでも勇気を振り絞ってきたけれど

身体と心の限界を経てたどり着いたのは、勇気なんかじゃなかった。
「それほど正しくなくてもいいよ」って、「たまたま死ななかっただけだね」って、苦笑いの自分だった。

今でもわたしは、「生きること」を強く肯定できない。
もちろん、死ぬことを肯定しているわけではない。
肯定の反対が否定で、世の中が白と黒できっちり線が引けるのであれば
人間は勇気なんて必要なくて、諦めだけで生きてゆけたはずだ。




この人たちがいなかったら、生きてゆけなかっただろうな。と思う。

まずは、母親と同居人。
このふたりが、金銭的に生活を援助してくれて、わたしの「いちばんヤバイとき」を受け止めてくれた。

友だちの前では極力笑っていようと努めたけれど、その中でめそっとしたわたしの隣にいつも通りにいてくれたのは大学の同期たちで、
いちばんしんどいとき、みんなに会う予定を入れていなければ、わたしのここ数ヶ月はもっと苦しかったと思う。

そんなふうに周りに支えられて生きてこられたわたしは同時に、「ああ、ひとりぼっちで生きてゆくということは、本当に困難なことなのだ」と受け止めた。

もし、一生を常に、自分のことは自分でできる、自分の稼ぎで衣食住を確保できる、という体力やお金を持っていれば、「ひとり暮らし」であっても、孤独以外の選択肢を取れるような気がしている。

けれども、自分の食い扶持を稼げないくらい、身動きが取れなくなったとき
ああ、ひとりじゃぜんぜんダメだったなあ。と思う。

「ひとは一人では生きてゆけない」という、使い古された教えが、
これほどまで強く、身体をめぐる日が訪れるとは、思いもしなかった。




「あした死のうと思ってたのに」という強烈なタイトルの漫画を、Xで見かけた。

ああ、死のうと思っていたのはわたしだけではなかったんだ。
と思ったら、それだけで救われた気がする。

じゃあ、「死のうと思った」その結末はどうだろうと、読み進めたら、誰も死ななかった。

▼noteでもぜんぶ読めます

この書籍を通して、誰も死ななない。
ダサい言い方をすれば、「弱い自分が死んだ」とか「死にたい自分が死んだ」とか、そういうことだろうと思う。

結局みんな、誰かと関わることで救われていった。
わたしもひとりじゃどうしようもなかったところだったので、「ああ、やっぱりしんどいときは誰かに救ってもらうモンなんだなァ」と、勝手に自分に重ねてしみじみした。

誰も死ななかったこの書籍は、「あした生きることにした」というタイトルでもよかったのかもしれない。

でも、「あした死のうと思った」
その程度がどうであれ、ふとそんな感情がよぎってしまったひとたちに、この物語が届くべきだから
だから、「あした死のうと思ってたのに」
だから、このやさしい物語がわたしのもとへ、届いてくれた。


最近大切にしている言葉があって、
それは、「自分の成功体験を他人に押し付けるな」

発達障害について書かれていた、この著書で学んだ一文だった。

特に、発達障害の場合は「脳機能の障害」であり、
言い換えれば「脳の作りが異なる」とするならば
誰かが当たり前にできる「おとなしくする」とか「言われたことを守る」っていうのが、”当たり前”にできなかったりする。

だから、「自分はできるようになったから、君もできるようになるよ」というのは凶器に成り得る。というハナシだった。
もっと単純にいえば、「僕も牛乳を飲んだら大きくなったから、君もきっと大丈夫」とかね。
発達障害云々というのはさておき、人間ってのはひとりずつ違う。
牛乳を飲まなくても大きくなれる子もいれば、牛乳大好きでも背が伸びない子だっている。

だから、自分の成功体験を押し付けてはいけない。
ついつい励ますときに、「わたしも大丈夫だったから、あなたもへいきだよ」って言いたくなる。
この言い回しをするなというわけではないけれど、よりいっそう気をつけなければならない。と、今でも戒めている。


「あした死のうと思ってたのに」というこの書籍を通して、最初から最後まで、ずっとやさしかった。

それは、「ぼくが生きることを選べたから、きっと君もだいじょうぶ」というような、押し付けがましさがなかったからだと思う。
淡々と、「あした死のうと思っていたのに」という気持ちで、物語は進んでゆく。

7つの短編集から成るこの書籍の、「青春大どんでん返し」の心の機微も、きっと多くの人の心に住む懐かしい(あるいは現在進行系の)痛みだろう。

「心の傷は」の「謝られたけど… ぶん殴りたいと思った」もめちゃくちゃ好きだった。

そう、心ってそれでいい。
許せないままでいい。
もっとすなおでいい。
そして「すなお」って、けっこう汚い。


スガシカオの、「Thank You」という曲を思い出している。

ねぇ 明日しんでしまおうかしら
もどかしいこと全てのあてつけに
君の心ゆれますか
ぼくのことで後悔してくれますか

スガシカオ "Thank You"

2003年リリースの「SMILE」というアルバムの1曲め、こんな歌詞から始まる。
大学生のころから何度も聞いて
何度も、まっくろな感情をぶつけてきた。
あのころからやっぱり、「しんでしまおうかしら」と歌いながら生きてきたのがわたしだった。

スガシカオは、2022年の25周年ツアー大感謝祭でも
2023年の「INNOCENT」ツアーでも、この曲を本編の最後に歌っている。

いやいや、もっと別の曲あるだろ…
と思ってしまうけれども

正直にいえば救われる。
2023年、スガシカオはまだ死なずに、神様になろうとしている。

感じわるいかしら…
でも何もかもが気にさわるのです
君の涙落ちますか?
あのニブイくそ野郎も泣くかしら
ねぇ もう少しだけお手軽に 神になるにはどうすればいい?

スガシカオ "Thank You”

ほんとうにどうしようもないなあ、などと思いながら、少し笑える。
ああコイツよりはマシで、なんとかなりそうで、
あるいは「代わりになじってくれている」ような錯覚。

それでも、結局のところはこうなんだ。

そばにいて そばにいて そしてぼくの味方になって
許さない 許せないけど 君にいて欲しいの…

とまらない とまれないから ぼくの話を聞いて
信じない 信じられない こんな世界なんて

スガシカオ "Thank You”

結局、世界の救いは他者なんだと思う。

そして同時に、
世界を壊してゆくのも、他者でしかないのだと思う。


▼スガシカオ "Thank You"




「明日しんでしまおうかしら」と歌い続けたら、今日まで生き延びることができた。
もちろん、笑って歌えないときもあったけれど。

そして、「あした死のうと思ってたのに」というこの絶望とやさしさに救われた。
この物語のような苦しさや、あたたかな奇跡が、わたしの身に起こるかはわからない。

本当は「あしたも生きてみようと思っている」という言葉のほうが、百倍正しかったとしても
どうしても、正しさや勇気だけでは救われない夜がある。

灯火、ろうそくのゆるやかな炎のような
あるいは、青く冷たい憎悪こそが、道を照らすことがある。

人生の行く先が、「希望に満ちた光」じゃなくてもいい。

「あした死のうと思ってたのに」というこの物語が、
強くて優しく正しいことに疲れてしまった人たちに、届くことを願ってやまない。




著者のユータヌキ先生のプロフィールを読んでいたら、同年代で元バンドマンということで、少し嬉しくなってしまった。
そう、わたしもそうなんですよ。
わたしはね、もうちょっと長くバンドを続けちゃって
それからふらふら生きてたら病気になっちゃって、まあ今でもふらふらしているのだけれど

バンドって、そりゃあそれぞれ違うけれど
同じ時代に、どこかのライブハウスで、明滅と高揚と
不甲斐なさや苛立ちを感じながら、音を鳴らしていたと思うと、なんだか嬉しい。

こんなに優しいユータヌキ先生の音楽も聞いてみたかったなあ、と思ったりするけれど
わたしは「昔のバンドの音源聞きたい」って言われると、「うっせえばーか!もう多摩川に捨ててきたわ!」って思うタイプなので、自分が言われて嫌なことは、他人に求めないことにする。
それよりも、"吉本ユータヌキ先生"の次の作品が、楽しみでならない。

ユータヌキ先生
ご自身の体験をもとにされたという幾つもの痛みを、紐解いて、世に送り出してくれてありがとうございます。

人は、人に救われる。
人は、言葉に救われる。
それなのに、人を傷つけるのも人でしかなくて
その事実を噛み締めたり、怯えたりしながら、わたしたちは今日も紡いでいる。

そして、人を救うのは、勇気や希望、明るい光だけではない。
むしろ、強い光は暗闇を焼く。
そのことに苦しんでいる人がたくさんいるのだとわたしは思うし、わたしもそのひとりでした。

あなたのおかげで
これからもわたしは言葉を、暗闇を、自分のどうしようもなさを
許して、信じてゆけるような気がしています。


2023年12月29日 ねる


この本が、あの時代を駆け抜けた仲間にも
正しさのために嘘を重ねてしまったと言っていたあなたにも
届きますように。



▼映像化の夢、応援しています!!


▼しんどいときに、わたしを救ってくれた音


▼スガシカオのライブ感想文


▼内科で見捨てられたわたしを、拾ってくれた鍼灸師さんの話


▼笑いたいって思えたときには、オススメのYouTubeでも見てください
笑いたくないときは、笑わなくていいよ



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