見出し画像

なぜ私が書き続けようと思ったか

こんにちは、20代は外資系コンサル、現在中東でOLやってる30歳独身女です👩

なんで書き続けるか

それは自由に自分を表現したいから。
自分の脳内旅行の軌跡をどこかに残しておきたいから

いろんな環境で、いろんな人間の“違い”を経験してきた。ひとりひとりが持つ“言語”、その背後にある生まれ育った国の“文化”の影響を、肌で感じながら。

人は一人一人違う個性を持つ人間だから、国とか文化による差はそこまでないんじゃないかな、とか学生の頃は思ってたこともある。(なんて平和な日本人思考だろうか)

でも私自身、
オーストラリアでの留学経験やシンガポールでのインターン経験、前職や副業での海外メンバーとの協業、オンライン日本語教師としての経験、また今ドバイで働いている経験を通して、考えが変わった。

もちろん個性は人それぞれ。国民性という括りで人を決めつけることはできない。でも、”話してきた言葉”によって、人の性格や物の見方は養われるんだなあ、と思うようになった(勿論、生まれ育った環境、という大きな枠組みも、影響を与えるけど)

日本語には日本語にしかない言葉があるように、英語には英語の、スペイン語にはスペイン語にしかない表現がある。

同じことを伝えるにも、文章の組み立て方は違い、その言語にしかない単語もある。

例えば
「いただきます」や「お疲れ様」もそうだし
「詫びさび」や「木洩れ日」だってそう。

これらの言葉は、日本人が長い歴史と文化の中で育んできた価値観や美意識の結晶。その中には「もののあわれ」という感性――儚さや移ろいを美しいと感じる心――や、感謝の心を大切にする信念が息づいている。

そんな言葉に身近で触れながら生きてきた日本語を話す日本人は、少なからずそのような信念を、ひとりひとり潜在的に持っているのではないかと思う。

現代は情報にあふれ、すべてのものがものすごい速さで消費されていく。ネットを通じて、簡単に違う国の人とつながれる時代でもある。

表面的なもので流され、毎日を過ごすことがより一層簡単になった世の中だと感じている。だからこそ、自分が持つ言語や価値観、そして無意識のうちに影響を受けている文化の影響も大切にしながら、生きていきたい。

世界はもっと楽しいことであふれている。もっと楽しく生きるにはどうしたらいいかを、自分の心と向き合いながら考え、少しずつ広げていきたい。

“表現”という形を通して、文化が持つ奥深さにも触れながら、世界の広さを実感する。光の当て方を変えれば、どこまでも楽しめることを、軌跡として残していければと思う。


過去のわたしも良かったら読んでってください▼


いいなと思ったら応援しよう!