読者への手紙 (もう一つの自己紹介)
宇宙民話 もくじ (連載中のルア・ノアールの作品)
Querido Japón: ケリド ハポン
Siempre para mí has significado innovación, amor ágape y educación humanitaria.
日本はわたしにとっていつも、新しい発想の泉(革新)であり、無償の愛であり、また人はいかに考え行動すべきかの手本でした。
わたしの大好きな日本のみなさまへ
わたしの子ども時代は孤独で寂しく、発作的な不安によく襲われました。そのとき救いになったのが、ドラゴンボールだったり、ポケモンだったり、らんま1/2だったりしました。その素晴らしいアニメ作品のオープニング、エンディングから大きな幸福感を得ていました。
中でもDBZの「チャラ・ヘッチャラ」は、すべてうまくいくさ、という生きる上でのわたしの呪文になりました。スペイン語版のオープニングは、リカルド・シルバが歌っていて「Chala Head-Chala no pienses nada solo escucha …(チャラ・ヘッチャラ、何も考えずに聞いてくれ、きみの心には夢が、チャラ・ヘッチャラ、何が起ころうとも平気さ、今日は笑顔でいこう)」の歌詞が頭にこびりついていて、それが目の前の問題から抜け出す合図でした。
人生で最初に手にした本、読んだ本は、『ピカチュウのなつやすみ』。それは絵本でしたが、そこに日本との運命のつながりを感じています。なぜなら今、こうしてわたしのお話と絵による作品集を、日本のみなさんに読んでもらおうとしているのですから。
踊ること、後にわたしが情熱を傾けることになったダンスを知ることになったきっかけ、それも日本のおかげです。ビデオゲームに感謝です。詳しく言うとそれはコナミのゲーム、『ダンス!ダンス!ダンス!』で、わたしはダンスに興味を持ちました。メキシコでこのゲームを知っている人はあまりいないかもしれませんが、踊りながら世界を渡り歩き、世界中のダンサーとダンスバトルをするのです。さあ、あなたはヒトミのいとこになって、日本を出発、それから世界のあちこちを旅します。
それからしばらくして、「ダンス・ダンス・レボリューション」のダンスフロア(ステージユニット)と出会い、わたしは新しい音楽を見つけて、一日中踊りまくりました。ありがとうピコポップ、大好きです。わたしがアニメ好きになったのは、もう一つのビデオゲーム『pop'n music』のおかげです。登場するキャラクターはとても素敵。
その後、わたしが14歳のとき、すごくユニークな日本のカルチャー・ムーブメント、ヴィジュアル・ケイ(系)と出会いました。わたしにとって日本の音楽は名作揃いでした。彼ら両性具有のミュージシャンたちは、まさに贈り物、そのときから、わたしは自分のジェンダーが多くの人たちとは違うということに気づき始めました。でも、自分が何者なのかを受け入れるまでには時間がかかりました。Mana様、Hizakiが大好きで、ときに女性のヴィジュアル系の至宝を見つけましたが、彼女たちは男性の衣装を身につけていました。
わたしは音楽を聴いて泣いたことなどなかったのですが、X Japanを聴いたときは泣きました。完璧な曲だったから。最近はFENCE OF DEFENSEをよく聴きます。
わたしの人生が大荒れの難しい時期になったときも、それを悪運の行き着く先とは捉えず、新たな道を見つける良い機会だと思うことにしました。16歳のとき、アルコール中毒の人から暴力を受けましたが、運よくからだに傷を負うことはありませんでした。ただ、そのことで自分の身を守る方法を学びたいと思いました。わたしの人生は変わりました。柔道を習うことは宇宙からの贈り物(そうです、宇宙はより良く生きる道を示してくれます)。
わたしは祖父母を持ったことがありません。わたしが生まれる前か小さな頃に死んでしまったから。でも柔道の道場には先生、セルヒオ・イノオサ・フローレスがいて、まるで祖父のようでした。もし彼のような人生の師に会っていなかったら、わたしはどうなっていたか。アルコール中毒になっていたかもしれないし、自暴自棄になって、通りから通りをうろつくような人生を送っていたかもしれません。
柔道は自分がどう生きるかに目を向けさせてくれました。高校を卒業することができたし、大学にも受かりました。優等生にはなれないと思っていましたが、創造的なことや、世界に対する興味は十分ありました。他者と自分を比べて完璧であろうとすれば自分を傷つけることになります。また自分が何者かを見つけることもできません。ときに自分の弱さを受け入れて、自分なりのペースで唯一無二の自分を、自分なりの居場所を見つけるのは良いことです。
柔道の存在に感謝しています。
統合失調症は幼少時に現れることがある、と言われていますが、わたしの場合は、それが出てくるまで長い年月がありました。柔道をやっていたことで、健康が保たれていたのだと思います。
18歳のとき、再びわたしの日常を脅かすことが起きました。性暴力を受けたのです。いつも以上にお酒で酔っ払ってしまい(それほど飲んでいたわけでもないのに)、暴力を受けるはめになりました。そのせいで柔道の進歩に遅れが出ました。自分を守れないことにがっかりしました。
わたしは柔道の試合でうまく戦えなくなり、大きな大会で勝ちたいという気持ちも消えてしまいました。試合に出るたびに、わたしは動揺し、どう動いたらいいか忘れてしまった。心に受けた傷のせいで、何かを成し遂げる力や技術をなくしてしまうことがあります。でもあきらめてはだめです、大変なことかもしれませんが、新たな居場所を見つけることは可能です。
それからしばらくして、柔道で成績を残せないという辛い時期がきました。他に心を傾けられることはないかと探すようになりました。そして見つけたのがダンスでした。子ども時代のビデオゲームのおかげで、ダンスが心の拠り所になったことを思い出しました。
わたしはポリネシアン・ダンスが大好きです。それは柔道で感じていたような戦士の気分が、ダンスで味わえるから。わたしの目標はポリネシアン・ダンスがうまくなることですが、アイラオアフィ(サモアの火の踊り)を特に目指しています。その基本の動きは、日本のユーチューバーから学びました。
そこから時間がたって、わたしはまた自分を見失っていました。
統合失調症と診断されて、その危機的状況の中でやった唯一のこと、それが幻覚で見たものを書き記すことと、幻聴で耳にしたものをBandlab MIDIで再現することでした。
精神科医のところに送り込まれ、「あなたは統合失調症です」と言われたときは悲しく、まるで侮辱されたみたいに感じました。統合失調症についての十分な知識がなく、最悪のことと受け取ってしまったからです。
その混乱状態の中で、モチベーションを与えてくれる様々な助けによって、わたしは書き続ける希望をもちました。多くの友人、知人たちが、わたしのしていることを好きだと言って、やる気を与えてくれたのです。その内の一人に、助言を与えてくれた父がいます。
そのほかに感謝の言葉を贈りたい対象として、日本の存在があります。失意の日々から自分を建て直そうとしていたとき、葉っぱの坑夫との出会いがありました。彼らがわたしのことを信頼し、自己肯定感を高めてくれ、作家になるというこの先の道筋を示してくれました。
もっと向上したいという意欲に駆り立てられ、わたしにも人に誇れることがあるんだ、と思えるようになりました。
二人の素晴らしい女性(KazueとFernanda)の助けがあって、この美しいテチームワークが現実のものとなりました。彼女たちを「創作上の姉妹」と感じています。わたしがわたしであることを認め、あるがままのわたしを受け入れてくれ、もっとよくなるよう導いてくれます。メキシコ、チリ、日本が一つになって、愛の力で創作がなされていることに感謝しています。
わたしはスタジオジブリの存在に対して、日本にとても感謝しています。スペキュレイティブな素晴らしいストーリーのおかげで、自分が物語をつくるときもそれを映像化し、頭に描きながら創作しています。そのおかげで、より良い構成を組み立てることができるのです。また、幻覚のせいで集中できず、本を読むのが難しいときは、アニメを見る方がずっと楽なのでそうしています。わたしは漫画家の荒木飛呂彦さんの作品に登場するキャラクターに影響を受けており、もっと自分に自信をもとうと思うようになりました。荒木さんの「ジョジョ」は忘れがたい作品で、男として生きるには様々な方法があると教えられました。
わたしは『ワラキアの子犬たち』という物語でルーマニア原産の子犬たちのことを書いていますが、ルーマニアへの愛と興味は、日本のバンド「マリスミゼル」に由来しています。彼らには「トランシルバニア」という(ルーマニアの地名をもつ)歌があり、またドラキュラを讃える映画『薔薇の婚礼』があります。このようにたくさんの要素によって、わたしのアイデンティティは形成されてきました。
たくさんのことをわたしにもたらしてくれた日本、わたしはそれに対してどのように感謝したらいいものかわかりません。わたしにできる唯一のことは、わたしの心の片隅から生まれてくる物語を、お届けすることくらいでしょうか。あなたたち日本を愛しています。わたしの心の中にはいつもあなたがいます。
ルア・ノアール
だいこくかずえ訳・フェルナンダ・カルバハル [ スペイン語→日本語訳 ] 校閲
