雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第19話「星がふたつ、星座になる」
今夜、ふたつの星がデュオになる。
新月の公園で交わした約束が、次の夜明けを連れてくる。
***
見上げても、月の輪郭は見えない。
人気のない夜の公園。
グラウンドの真ん中で、ひとりだけ動いている影があった。
星乃美沙。
スニーカーが砂を蹴るたび、小さな体が鋭く切り返す。
ステップ、ターン、ジャンプ。
何度も何度も、同じ振りを繰り返す。
(転んだって、傷ついたって――今の私が、一番本物でいたい)
額から落ちる汗を拭って、もう一度ターンに入ろうとした、そのとき。
砂利を踏む、軽い足音。
「…あ、美沙ちゃん?」
反射的に身体が止まる。
振り返ると外灯の下に、見覚えのあるシルエットが立っていた。
派手なグラデーションのウィッグに、ゆるいパーカー。
片手にはスマホ。
画面の光に頬を照らされた少女、一之瀬 星。
「星ちゃん…?」
美沙は思わず目を瞬かせた。
「こんな時間に、公園って」
「だってさ、夜の公園って…配信的に、絶対エモじゃん?」
「それより、美沙ちゃんこそ。夜中にガチトレって、もしかして同類?」
「…うん。クセみたいなもの、かな」
美沙は苦笑して、胸の前で呼吸を整える。
二人の間に、夜風が通り抜けた。
しばらくして、美沙がぽつりとこぼした。
「この前のフェス…ハロウィンナイト、星ちゃん、すごかったね」
星は一瞬きょとんとしてから、照れ隠しのように笑った。
「美沙ちゃんのダンスに比べたら、あたしなんて。あの会場、ぜんぶぶっ壊してたじゃん。いい意味でね?」
「壊したいものが多すぎて、足りないくらいだったけど」
美沙も、ふっと口元を緩める。
「星ちゃんこそ。画面の中のSNSの星ってイメージだったのに、リアルであんなに光るなんて。ちょっとズルいよ」
「ズルいのは美沙ちゃんでしょ。あの身長で、あの存在感とか、チートだから」
互いを褒める言葉は、どこかぎこちない。
二人とも、ほんの少し目線をそらし合った。
***
少し間を置いて、星がスマホの画面をちらっと見た。
配信アプリはすでに閉じているのに、さっきまで表示されていた数字の残像がまだ頭の中に残っている。
「ねえ、美沙ちゃん。次の“デュオグランプリ”、出るんだよね?」
「うん…あれ逃したら、次、いつチャンス来るか分かんないし」
「だよね」
星は靴先で砂を蹴った。
「美沙ちゃん、もうパートナー決まってる?」
美沙は、一瞬だけ目を伏せる。
(今ごろ、みんな誰かと組んでるのかもしれない。それでも――私は、簡単に安心で選びたくない。私の隣は、覚悟が要る)
深呼吸ひとつ。
逃げずに、正直に。
「誰もいないよ。ていうか、簡単には決めたくない。隣に立てるって思える人、そんなに多くないから」
星は、その言葉を聞いて大きくうなずいた。
表情は明るいまま、瞳の奥だけが少し揺れる。
「そっか、よかった!」
「よかった?」
美沙が思わず聞き返す。
星は、一拍おいてから、いつもの配信っぽい元気じゃない声で言った。
「だってさ」
ふっと笑って、真正面から美沙を見る。
「美沙ちゃん、あたしと組んでよ」
風の音が、一瞬だけ遠のいた気がした。
「…え?」
「ガチの元トップアイドル候補と、ガチのバズり素人。この組み合わせ、どう考えてもエモい。脚本書いてる人いたら、ガッツポーズしてるレベル」
「ちょっと待って」
美沙は思わず笑ってしまう。
「星ちゃん、今さらって感じしない? フェスのときも、別々だったし」
「だからだよ」
星の声が少しだけ低くなる。
「あの夜、あたしたちは別々の光だった。でも…正直、悔しかったんだ」
「悔しい?」
「うん。バズることも、数字を稼ぐことも、ある程度はできる。でも、美沙ちゃんのステージ見たとき…物語そのもの、みたいだなって思った」
その言葉に、美沙の胸がきゅっと締まる。
「ただ上手いんじゃなくて、ただ注目されてるんでもなくて、あ、この子のここから先を見たいって、観客にそう思わせるステージだった」
星は夜空を見上げて、静かに息を吐いた。
「数字じゃ測れない続きを持ってる人。あたし、そういう人の隣に立ちたい」
美沙は、笑ってしまいそうになるのをこらえた。
照れではなく、自嘲でもなく――
胸の奥で、凍っていた何かが「きしっ」と音を立てたから。
「…でもさ」
美沙は、視線を足元に落とす。
砂をつま先でいじりながら、ゆっくりと言う。
「私、グループで浮いてたよ。扱いづらいとか、尖りすぎてるとか。みんな笑ってたけど…たぶん、本気でそう思われてた」
星は、即答した。
「扱えない大人のほうが悪いじゃん」
「え?」
「だってさ、向いてないってラベル貼る人って、自分の台本に合わせてくれる人しか要らないだけだよ。美沙ちゃんは、台本ごとぶっ壊す側の人でしょ?」
美沙は小さく目を伏せ、口の端を上げる。
「…ああ、そうかもね。だからスポンサーのお嬢様の横には、置いとけなかったんだろうね、私」
「だったらさ」
星は一歩、美沙に近づいた。
「スポンサーも、台本も、プロデューサーもいない場所で――誰が一番光るか、一緒に証明しよ?」
それは、宣戦布告であり、救いの手であり、新しい物語への誘いでもあった。
美沙は、夜風の温度を確かめるように目を閉じた。
(この子、自分も不安でいっぱいなくせに、平気な顔して前を見てる)
(…怖くないのかな。見られなくなった後のこととか)
そっと目を開けて、問いかける。
「ねえ、星ちゃん。配信、切ったあと…怖くない?」
星の表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「怖いよ」
あっさりと、でもどこか震えを抱えた声。
「通知が止まったスマホって、真っ暗でしょ。さっきまで星ちゃんしか勝たんって言ってくれてた人が、いきなりゼロになる」
指先で、スマホの画面をなぞる。
「だから、あたしは――」
星は自分の胸を、こつんと叩いた。
「ここの光を増やさないと、って思ってる。誰も見てなくても、ちゃんと燃えてるとこ」
美沙は、ふっと笑った。
「ヤバいね。思ってたより、ずっと本物だ」
「え、褒めてる?」
「褒めてるよ」
美沙は素直に言った。
「分かった。ひとつだけ条件つけてもいい?」
星がきゅっと姿勢を正す。
「条件?」
「私たちのデュオ、誰かに作られたって言われるのだけは嫌。事務所の戦略でも、プロデューサーの思惑でもなくて――ここで決めたってこと、忘れないって約束して」
美沙は、夜のグラウンドを指さした。
外灯の下、小さな二人の影が、少し重なっている。
星は、その場所をじっと見つめてから、うなずいた。
「うん。ここから始まったって、絶対忘れない」
そして。
「じゃあ――改めて、言うね」
星は一歩前に出て、美沙を正面から見上げた。
「星乃美沙。あたしと、デュオ組んでください」
まるで告白されたかのような、真正面の言葉。
夜の外気が、一瞬だけ熱を帯びる。
美沙は、目をそらさずに笑った。
「いいよ」
短く、迷いなく。
「一緒に、全部ぶっ壊そう」
「イエス!」
星は思わずガッツポーズをしてから、手を高く上げた。
「じゃあまずは――デュオ名、決めよ!」
「早い」
美沙は呆れながらも、自然とそのテンションに巻き込まれていく。
「何か考えてたの?」
星はにやっと笑い、胸を張った。
「キラキラ✩リベリオンってどう?」
「え?マジ?」
「もちろんマジ」
星は指で空に星マークを描く。
「キラキラって、可愛いじゃなくて、生き残った光って意味」
「うん」
「でさ、もう一個意味あるんだ。美沙ちゃんもあたしも――名前に星があるじゃん?」
「…そうだね」
「キラキラは星そのものなんだよ。ただステージで輝くんじゃなくて、ここに存在するって光。ここで生きてるって光。消えない、って光」
「…その反逆が、リベリオン」
「そう。誰かの台本に乗っかる星じゃなくて、自分の意思で灯る星」
言葉の端々に、星の生き方が滲んでいた。
美沙はしばらく黙って、夜空を見上げた。
新月の空には、本当は星がある。
なのに、街の明かりがそれを薄くする。
けれど、街の明かりの隙間で、小さな光が確かに瞬いている。
「悪くないじゃん」
美沙はゆっくりと笑った。
「いや、かなり好きかも」
「でしょ?」
星は得意げに言う。
「152cmのリアルファンタジスタと、SNSの星。キラキラ✩リベリオン――世界、ちょっとくらいビビるよね」
「ビビらせよ」
美沙は、差し出された星の手に、自分の手を重ねた。
新月の暗い空の下、ふたつの小さな光が、確かにひとつ星座になった。
(この偶然の夜が、きっと次の夜明けを連れてくる)
星乃美沙も、一之瀬星も、まだ知らない。
そして――もう、戻れない夜が始まった。
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