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「お礼がなくても、私はこれをやりたい?」|優しさと我慢の境目

人に喜んでもらえたら嬉しい。

だから、できることなら少しでも気持ちよく受け取ってもらえるようにしたい。

そんなふうに思って、つい頑張ってしまうことがある。

でも、相手から思ったような反応が返ってこなかったとき。

「……え?」

となることもある。

今回、私はまさにそれだった。

そして、めちゃくちゃ腹が立った。

きっかけは、フリマアプリでのやり取りだった。



「誕生日のメッセージを書いてほしい」と言われた

同じ人が、商品を3つ購入してくれた。

そのあとに、

「誕生日のメッセージを書いてもらえませんか?」

とお願いされた。

「……ん?」

とは思った。

だって、購入手続きが終わったあとだったから。

でも、プレゼントをもらう人の立場になって考えてみたら、

「もしカードがあったら、書いてあげてもいいかも」

と思った。

せっかくの誕生日プレゼントだ。

喜んでもらえたらいいな、と。

ただ、メッセージを書くようなカードは家になかった。

そこで、家にあるもので簡単に包装することにした。

「これで大丈夫かな」

と思いながら包んだ。



でも、体調が悪い日は発送しなかった

ここは、今思うと大きかった。

発送しようと思っていた日、鼻水が出て、体調が悪かった。

それでも以前の私なら、

「早く送らなきゃ」

と頑張っていたと思う。

でも、その日はやめた。

今日は無理。

明日にしよう。

そう思って、発送しなかった。

そして翌日、できる範囲で包装して発送した。

そのときは、

「うん、私はちゃんとできた」

と思っていた。

ところが。



そして、猫スタンプ事件が起きた

発送についてメッセージを送ったら、

猫のスタンプがひとつ。

「確認します」

という意味のスタンプだった。

まあ、そういう人もいる。

そう思った。

そして、商品を受け取ったあとの評価。

そこに書かれていたのは、

「よかった」

だけだった。

…………。

いやいやいやいや。

こっちは包装までしたんですけどーーーーーー!

「ありがとうございました」

くらいあってもよくない!?

私は、めちゃくちゃ腹が立った。

🐱💢

猫スタンプ、嫌いだぜ。

いや、猫は悪くない。

悪くないんだけど。

今回の私は、完全に猫スタンプに腹を立てていた。



私、期待してたんだ

少し時間が経って、ふと思った。

私は、

「見返りはいらない」

と思っていたはずだった。

でも、違った。

喜んでもらえたら嬉しかった。

「ありがとう」と言ってもらえたら、嬉しかった。

「誕生日プレゼントに使います」

とか、

「丁寧に包んでくれてありがとう」

とか。

そんな言葉を、どこかで期待していたんだと思う。

だから「よかった」だけだったことが、あんなに腹立たしかった。

ああ。

私は期待していたんだ。

そう気づいた。

でも、期待することって、そんなに悪いことなんだろうか。

喜んでもらえたら嬉しい。

感謝されたら嬉しい。

それは、すごく普通のことだ。

だから、

「見返りを期待しない、優しい人にならなきゃ」

とする必要はないのかもしれない。



「お礼がなくても、私はこれをやりたい?」

今回のことで、ひとつ自分への質問ができた。

これから誰かのために何かしてあげようと思ったとき、

「お礼がなくても、私はこれをやりたい?」

と聞いてみようと思う。

「ありがとう」と言われなくてもやりたい。

相手が喜んだかどうか分からなくても、自分がやりたい。

そう思えるなら、やる。

でも、

「これだけやったのに、何も言ってもらえなかったら嫌だな」

と思うなら。

そこまでやらなくていい。

それは冷たいことではない。

自分が気持ちよくできる範囲を、自分で決めるということだ。



まず自分が大事だった

今回、もうひとつ大きかったことがある。

体調が悪かった日に、発送をやめられたこと。

もしあの日、無理して発送していたら。

今日の「よかった」を見た瞬間、

「私は具合が悪いのに頑張って送ったのに!」

と、もっともっと腹が立っていたと思う。

考えてみれば、今回のことで怒りが大きくならなかったのは、

その前に一度、自分を優先できていたからかもしれない。

私は、

「まず自分が大事」

ということを思い出した。

相手を大切にすることと、自分を後回しにすることは違う。

優しくすることと、我慢することも違う。

できるときに、できる範囲でやればいい。



聖人じゃなくていい

そして、もうひとつ思った。

私、ずっと聖人ぶってきたのかもしれない。

欲を出さない。

怒らない。

相手を思いやる。

我慢する。

ちゃんとしている。

そういう人でいようとしてきた。

もちろん、聖人になりたかったわけじゃない。

でも、

「相手を優先すること」

「我慢できること」

「いい人でいること」

を、優しさだと思っていたところはあったと思う。

でも、人間だもの。

腹が立つこともある。

「なんで私ばっかり」と思うこともある。

喜んでもらいたいこともある。

「ありがとう」と言ってほしいこともある。

そして、

「もう、やーーーめた!」

となることもある。

そんな私もいていい。

聖人じゃなくていい。

優しい私も、腹を立てる私も。

期待する私も、期待したくない私も。

誰かを大切にしたい私も、

「まず私を大切にしてよ」と思う私も。

どちらか一方を消さなくていい。



優しさをやめるのではなく、自分で選ぶ

私は、優しくすることをやめたいわけじゃない。

喜んでもらえたら、やっぱり嬉しい。

「ありがとう」と言ってもらえたら、やっぱり嬉しい。

でも、もう、

相手が喜ぶところまでを、自分の仕事にはしなくていい。

次に何かをしてあげようと思ったら、自分に聞いてみる。

「お礼がなくても、私はこれをやりたい?」

やりたいなら、やる。

やりたくないなら、やらない。

それでいい。

相手がどう受け取るかは、相手のもの。

私がどうするかは、私のもの。

そして、もし思ったような反応が返ってこなくても、

「ああ、私は喜んでもらいたかったんだな」

と、自分の気持ちを置き去りにしない。

今回の私は、ちゃんと怒った。

ちゃんと期待していたことにも気づいた。

そして、ちゃんと自分の側に戻ってきた。

うん。

これは、なかなかいい勉強だった。

……まあ。

猫スタンプは、しばらく出禁です。

🐱🚫


最後まで読んで下さり、ありがとうございました🍃

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