つながる愛① トラウマが癒えても、満たされなかった理由 〜はじめて安心の形が知った日 〜
~「何か足りない。」の正体を探して~
「何か足りない。」
そんな感覚が、ずっと私の中にあった。
大きな問題が起きているわけではない。
少しずつトラウマと向き合い、
身体の感覚も取り戻してきた。
以前より、生きやすくなっている実感もある。
それなのに、心の奥にはいつも小さな違和感が残っていた。
「何かおかしい。」
「何かが、まだ足りない。」
私はずっと、その正体が分からなかった。
ある日、そのきっかけは思いがけないところからやってきた。
息子のことを話していた時だった。
「どうしたら回復していけるんだろう。」
そんな話から始まった。
私は、
「やっぱり、お母さんが近くにいた方がいいのかな。」
「一人暮らしより、一緒に暮らした方が安心できるのかな。」
そんなことばかり考えていた。
でも、話しているうちに気づいた。
「そばにいること」と「安心できること」は、同じではない。
その瞬間、不思議なくらい、いろいろな出来事が一本の線につながり始めた。
息子たちが一人暮らしを始めた頃。
料理を作ると、写真を送ってきてくれた。
旅行へ行くと、お土産を買ってきてくれた。
私はそのたびに、
「おいしそう!」
「すごいね!」
「センスいいね。」
そんなふうに返していた。
その時の私は、それが愛だと思っていた。
でも今になって思う。
もしかしたら、息子たちが見てほしかったのは、
料理やお土産だけではなかったのかもしれない。
「見て。」
その奥にある気持ちだったのかもしれない、と。
そんなことを考えていた時、
今度は叔母の顔が浮かんだ。
叔母と叔父と過ごした時間は、
特別なことをしているわけではなかった。
一緒にご飯を食べたり、
コーヒーを飲みながら話したり、
たわいもない話をしたり。
それだけだ。
それなのに、一緒にいると、なぜか安心する。
その安心は、何か一つの出来事から生まれたものではなかった。
思い返してみると、
私は叔母と叔父に
一度も否定された記憶がない。
考えを急いで正されることもない。
「それは違うよ。」と言われることもない。
話をしていると、
「あなたはそう思ったんだね。」
そんな空気が、いつも流れていた。
その積み重ねが、
少しずつ私の身体を緩めてくれていたのかもしれない。
そしてある日。
叔母が、何気なく言ってくれた。
「何もなくても電話してね。」
その言葉を聞いた時、私の中で何かがほどけた。
「あ、いいんだ。」
そう思えた。
叔母が、その日だけ特別な愛をくれたわけではない。
きっと、その前からずっと同じように接してくれていたのだと思う。
でも、その時の私は初めて、
その愛を身体で受け取ることができた。
私はずっと、
生きづらさはトラウマが原因だと思っていた。
だから、トラウマが癒えたら、
生きづらさもなくなると思っていた。
でも今は、こんなふうに思っている。
トラウマが癒えることは、とても大切だ。
けれど、それだけでは人生は満たされないのかもしれない。
私の中には、まだ知らなかった世界があった。
人と人が、安心してつながること。
その温かさを、身体で受け取ること。
私は今、その入り口に立ったばかりだ。
その答えを、このシリーズを書きながら、
私自身も探していこうと思う。
🌿「いいんだ。」
そう思える場所があると、
人は少しずつ、
人とつながっていける。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました🍃
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