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人といるだけで疲れる理由|私はずっと「場の空気」を背負っていた

私はずっと不思議だった。

なぜ人といるだけで疲れるんだろう。

家族といても疲れる。
職場でも疲れる。
親戚の集まりでも疲れる。

特別嫌なことがあったわけじゃない。

それなのに、
いつも神経が張りつめていた。

誰かと一緒にいると、
無意識に周りを見てしまう。

空気が重くなっていないか。

誰かが気まずい思いをしていないか。

沈黙が続いていないか。

私はずっと、
「気を遣いすぎる性格だから」
と思っていた。

でも違った。

私は空気を読んでいたのではない。

空気を背負っていたのだ。

そのことに気づいた日、
身体がしゅわしゅわと緩み始めた。

今日はその話を書きたい。

息子夫婦が来るかもで緊張していた

先日、息子夫婦が帰省すると聞いた。

来るかどうかもわからない。

まだ何も起きていない。

それなのに私はもう緊張していた。

実際に来ると、
何を話したらいいかわからなくなる。

沈黙が怖い。

空気が重くなった気がする。

そして私は、

「何か話さなきゃ」

と思う。

今思うと、
私は会話をしていたのではなく、
場を支えようとしていたのかもしれない。

沈黙が怖かった

私は昔から沈黙が苦手だった。

誰も話さない。

空気が止まる。

すると身体が緊張する。

職場でも同じだった。

出張で来た営業マンが
私の前の席に座ったことがあった。

誰も話さない。

静かな時間が流れる。

すると私は、

「この沈黙、私のせい?」

と感じていた。

今考えると不思議だ。

その場には何人もいるのに、

なぜか私だけが
責任を感じていた。

 

気づいた。「私は空気を読んでいた」のではなかった


私はずっと、

空気を読むのが得意なんだと思っていた。

でも違った。

私は空気を読んでいたのではない。

空気を背負っていた。

誰かが緊張している。

誰かが不安そう。

誰も話さない。

すると私は、

「私が何とかしなきゃ」

になっていた。

家でも。

会社でも。

父母会でも。

親戚の集まりでも。

どこへ行っても同じだった。

 始まりは母との関係だった

ある時ふと思い出した。

母は緊張が強い人だった。

写真を撮る時。

親戚の集まり。

人付き合い。

私はいつも母の隣にいた。

そしていつの間にか、

母の緊張を感じ取り、

母の代わりに場を支えるようになっていた。

もちろん当時は気づいていない。

ただ必死だった。

それが私の役割になっていた。

家でも会社でも父母会でも同じことをしていた

今振り返ると全部繋がる。

家族といても疲れる。

職場のランチでも疲れる。

父母会でも疲れる。

人が嫌いだったわけじゃない。

人間関係が苦手だったわけでもない。

私はずっと、

場の空気を一人で持っていたのだ。

それは想像以上に重かった。

「もう全部背負わなくていいよ」と声に出した

その日、

私は声に出して言ってみた。

「もう全部背負わなくていいよ」

すると涙があふれた。

肩が緩んだ。

胸が緩んだ。

腕がしゅわしゅわした。

身体がでろんとなった。

まるで長年背負っていた荷物を
やっと下ろしたようだった。

私は緊張していたのではなく、生き延びようとしていた

私はずっと、

緊張する自分が悪いと思っていた。

もっと自然に話せるようにならなきゃ。

もっと気にしないようにならなきゃ。

そう思っていた。

でも今は少し違う。

私は弱かったのではない。

私は生き延びようとしていた。

空気を背負うことで。

場を整えることで。

安心を作ろうとしていた。

だから疲れていたのだ。


もしこの記事を読んでいるあなたが、

人といるだけで疲れる。

沈黙が怖い。

いつも周りを気にしてしまう。

そんな感覚があるなら、

もしかしたらあなたも、

空気を読んでいるのではなく、

空気を背負っているのかもしれない。

そしてもしそうなら、

私と同じ言葉を贈りたい。

「もう全部背負わなくていいよ」


最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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