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「ここから抜け出したい。」私を狂わせた2店舗目の甘い罠と無謀な挑戦【どん底編①】

7年間の準備期間を経て、大きな借金(1300万円)を背負いつつもカフェ開業の夢を叶えた私。

大変なことは山ほどありましたが、前回の記事で書いたような「複数の収益源」を作ったこともあり、2012年頃までは何とか順調にお店を経営していました。
売り上げのピークは2009年。得意だったイベント企画などを頑張って、一度落ちた売り上げをV字回復させたこともあります。

しかし、開業から6〜7年が経つ頃。
この地域にもカフェ文化が定着し、新しいお店が次々と増えていく中で、私のお店の売上は、総じてだんだんと右肩下がりになっていきました。
そんな中で、私は言葉にできないほどの疲れやストレス、焦り、そして強烈な「不安」を抱えるようになっていったのです。

前回の記事はこちら。

現場の限界と「ここから抜け出したい」という本音

私は元々、料理が好きでカフェを始めたわけではありません。ずっとサービス(接客)畑を歩んできましたし、この地域にカフェ文化を広めたい!カフェの楽しみ方を知って欲しい!という使命感に駆られて開業したのです。
メニュー開発は好きでしたが、毎日の仕込み作業や、何度も同じ料理を作るルーティンは正直苦手だったのです。

そして何より、飲食店は基本「待ち」の商売です。
来るか来ないかわからないお客様を、ずっと店で待っていなければいけない。お客様が少なければ売上も少なく、それが何日も続けば死活問題になります。

さらに、お店というのはこちらの都合でコロコロと営業時間やお休みを変えてはいけない、という暗黙のルールがあります。
※最近は不定休のお店も増えた気がしますが。

滅多なことがない限り休めないし、行きたい場所や参加したいセミナーがあっても行けない。
いろんなことに挑戦し、変化を好むタイプの私にとって、時間と場所を縛られる生活が何年も続くのは、じわじわと心を締め付けられるような苦しさでした。

身体の異変と、膨らむ不安

いつもお金はギリギリ。広告宣伝やお店への投資に回す余裕もありません。
プライベートでも、旅行もできず、欲しい物も買えず我慢ばかり。 

「本当は、もう現場を離れたい」
「企画・プロデュースやセミナーなど、自分が本当にやりたいことをメインの仕事にしたい」


そんな本音が頭をよぎるようになりました。
でも、それで今以上の売上を生み出すのは、すぐにできることではありません。
料理や現場に対するモチベーションは落ちていく一方。でも、それを表に出すことは、来てくださるお客様に対して失礼であり、許されることではない。罪悪感でいっぱいでした。

そのストレスからか、原因不明で左腕に力が入らなくなってしまい、フライパンが満足に持てなくなったこともありました。「嫌々やってるなら料理を辞めなさいってことなのか?」と本気で悩んだほどです。

まだ開業時の借金の返済は何年も残っている。
このままじゃ、返せなくなるんじゃないか? 人件費も払えなくなるんじゃないか?
やりたいこともできず、我慢ばかりの生活が、あとどれくらい続くのだろう……。

ローカルで有名なテレビ番組に取り上げてもらったり、雑誌で紹介されたりと、周囲から見ればお店も私個人も「順調」に見えていたはずです。
でも私の心の中は、将来への不安で完全に支配されていました。


舞い込んだ「甘い罠」

そんな時です。私の心を大きく揺さぶる話が舞い込んできました。
知り合いから持ちかけられた「カフェの新規出店」の話。
ある公共施設内の元飲食店スペースで、カフェをやってくれる人を探しているというのです。

普通の出店に比べてほとんど資金がかからず、家賃も売上歩合制という好条件。さらにある程度の売上は見込める、という夢のような話でした。
実は開業当初から、「いつかはいろんなタイプのお店をやってみたい」という夢があった私。
でも、現状を考えればそんなことは夢のまた夢でした。

一度は、「スタッフも必要になるし、万が一の時のリスクが高すぎる」と冷静に断念しました。
なのに、神様のイタズラか、期間をおいてもう一度、その話を聞くことになるのです。
その時、私の心はすでに「どうしてもやりたい!」という方向に傾いていました。


宇宙が応援してくれている?(という錯覚)

そこからは、まるで魔法にかけられたような展開でした。
同業者の友人が「応援するよ」と背中を押してくれ、既存店は長年一緒にやってくれていたスタッフが「店長として守る」と言ってくれました。
さらに、グッドタイミングで退職する知人が手伝ってくれることに。

極めつけは、当時知り合って間もない、私が憧れていたある経営者の方が「全面的にバックアップする」と言ってくださり、新店舗の店長や仕入先まで紹介してくれたのです。
「これは、宇宙(神様?)が私を応援してくれているのかも!」
…と、私は完全に浮かれていました。

そして、あろうことか、家族にはほとんど相談せずに、出店を決めてしまったのです。
(※のちに、このことで家族から猛烈に責められることになります)


破滅への助走

全く貯金がなかった私は、新たに日本政策金融公庫から借り入れをしました。
開業時から一度も滞納せずに返済していたため信用があり、「またいつでもお貸ししますよ」と言われていたからです。

さらに、「開業時に運転資金ゼロで苦労したから、今回はちゃんと用意しよう」と、少し多めに借りました。(改装費等初期費用はあまり掛からなかったので合わせて200万円ほど)
おまけに、両親の車が壊れたため自分の車を譲り、私は新たに自分の車をリースで手に入れました。
さあ、ここで私の「固定費」を計算してみましょう。

• 1店舗目の借金返済
• 新店舗のための新たな借金返済
• 車のリース代
• 食洗機などのリース代
• 2店舗分の人件費(スタッフ大幅増)

……どうでしょうか。
ここまで読んで、背筋がゾーッとした方。あなたの感覚は完全に正しいです。

それまでだって、不安を感じるくらいギリギリの経営状況だったのに。
現場を離れたい、今の状況から抜け出したいという「焦り」と「不安」から下した決断は、冷静な判断力を奪い、私にさらに巨大なリスクを背負わせました。
…ドキドキしてきました?



でも、本当に怖いのはこれからなんですよ。
次回、【どん底編②】へ続きます。

1300万を借り入れした時の話はこちら↓

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