「お客様の期待」より「自分の人生」を選んだ日。私が12年続けたカフェを手放した理由。
1300万という大きな借金をして、自分のすべてを懸けて創り上げた私のカフェ。
大げさだけど、自分の命を賭けて始めたと思っていました。
それを自らの手で手放す日が来るなんて、開業したばかりの頃の私には想像もできませんでした。
「どうして、あんなに必死に守ってきたお店を辞めちゃったの?」
カフェ店主を卒業した時、そして今でも、本当によく聞かれる質問です。
経営が苦しかったから? 体力の限界?
それとも……?
今日は、「私がカフェを手放した理由」の全てと、カフェ営業最後の日のことをお話ししようと思います。
■ 理由その①:すべてを「やり切ってしまった」から
結論から言うと、一番の理由はこれに尽きます。
「この場所でやりたかったことを、すべてやり切った」と心底思えたからです。
特別な才能も華麗な経歴もなかった私ですが、「この地域にカフェ文化を広めたい!」という情熱だけでお店を始めました。
そこから約12年。気付けばカフェは日常の風景となり、私のカフェも、当初思い描いていた理想のカフェを体現できた。
たくさんの「イベントの主催」など、数々のやりたかったことも実現。
カフェを始めたことで、たくさんの素敵な人たちとも出会えた。
「雑誌で紹介される」「テレビやラジオに出る」といった目標も、すべて現実のものになっていました。
「あ、もう私、ここでやれることは全部やったな。悔いはないな」
これまでの人生で、そんな風に「やり切った」と心の底から思えたのは初めてのことでした。
私がやらなくても、今は素敵なカフェもたくさんある。私の役目は、ここでひと段落したんだと感じたのです。
⭐︎私が自分のカフェでやっていたことは↓
■ 理由その②:現実的にカフェ経営を続けるのが厳しい状況になっていた
もちろん、綺麗事だけではありません。
現実的な話をすれば、売上・経営的に厳しくなってきていた、というのも事実としてありました。
それに加えて、長年私の右腕として活躍してくれていたスタッフのCちゃんにも新たな夢ができ、少ない報酬で私のところに留めておくことはできないと思いました。でも、Cちゃん無しではこれまでのようにカフェを続けられる自信が無かった。
⭐︎経営が厳しくなってしまったきっかけは↓
■ 理由その③:他人の期待ではなく、「自分の期待」に応えたくなった
そしてもう一つ、人には言えなかった「裏の本音」がありました。
それは、「カフェのカウンターの内側から出て、もっと自由にいろんな世界を見てみたい」という抑えきれない欲求でした。
12年間、私はとにかくがむしゃらに頑張ってきました。
お店を守るため、毎月の支払いを乗り越えるため。そして何より「お客様の期待」に応えるために。
美味しいコーヒーを淹れ、居心地の良い空間を作り、笑顔で話を聞く。
お客様に喜んでもらえるのは心から嬉しかったし、それが私の幸せでもありました。
でも、気付けば「他人の期待に応えること」が当たり前になりすぎて、一番大切な「自分の期待」に応えてあげられなくなっていたんです。
『もっと自由にいろんな場所へ行きたい。誰かの開業サポートや、文章を書く仕事をしてみたい』
『お店で毎日料理を作ってお客様を待つことから解放されたい』
そんな自分の本音に気づいてしまった時、ものすごい罪悪感に襲われました。
「そんなワガママ、長年通ってくれているお客様を裏切ることになる」「がっかりさせてしまう」と、ずっと心苦しく思っていたのです。
実は、新しく始めるより、ずっと続けてきたことをやめる方が心理的にずっと大変なのだと、私はこの時初めて知りました。
でも、ある時ふと思ったんです。
「自分が幸せじゃないのに、どうして他人を幸せにできるんだろう?」と。
■ 予想外だった「最後の日」の景色
怖い。不安だ。でも、自分の期待に応えたい。
迷いに迷った末、私はまず「一般営業の終了」を決断しました。
お客様にどう思われるか、ものすごく怖かったです。
でも、いざ発表をして、一般営業の最終日を迎えた時。私の目の前には、想像以上の景色が広がっていました。
本当にたくさんのお客様が駆けつけてくださり、数えきれないほどのお花や贈り物、そして温かいメッセージの数々をいただきました。
「ここが私の、気持ちを切り替える大切な場所でした」
「このカフェのおかげで、夢を持つことができました」
そんな言葉をたくさんいただいて、私は涙が止まりませんでした。
私はただ、この場所を創り、ここで笑って存在していただけで、誰かの人生の「きっかけ」になれていたんだと、最後になって気付かされたのです。
■ 受け継がれていく「場所のエネルギー」
一般営業を終えた後、私はお店を「シェアカフェ(レンタルカフェ)」として運営しました。
才能あるフレッシュな方々にこの空間を使ってもらい、新しいエネルギーを注いでもらおうと思ったのです。
そしてシェアカフェに転換して約1年後。
私は完全にカフェ店主を卒業し、お店の建物をそのまま、新たに飲食店をやりたい方へ貸し出すことにしました。その方が始めたお店は、嬉しいことに今でもその場所で長く愛され、続いています。
さらに、私ね、自慢したいことがあるんです。
私のお店で働いてくれたスタッフやカフェ研修生、シェアカフェを利用してくれた方々のうち、なんと「8人」もの方が、その後、自分自身のカフェやスイーツ店を開業しました。
ご存知の方も多いと思いますが、飲食業の廃業率は非常に高い世界です。
それなのに、ここから巣立っていった8人は、今でも誰一人として廃業していません。
みんな、それぞれの場所で立派にお店を続けているんです。これってめちゃくちゃ凄いこと!
「あの場所は本当に、良いエネルギーに満ちたパワースポットだったんだ」
…と、心から思います。
「カフェ文化を広めたい」と1300万の借金をして創ったあのお店は、私自身だけでなく、たくさんの人の夢を叶える場所になってくれました。
「ああ、私はめちゃくちゃ幸せなカフェ店主だったな」
そう心から感謝しながら、私は12年守り抜いたお店の看板を下ろし、そっと鍵をかけました。
何の悔いも未練もなく、最高に幸せな形での卒業でした。
重い鎧を脱いで、「ただの凛々子」に戻った私。
40代独身・お金が無く借金ありの女が、
ここからどうやって生きていくのか?
「今」に至る道のり、「アラフィフからの複業フリーランス」についてはまた次回に…。
長い文章お読みいただきありがとうございました!
⭐︎私がカフェを開業するまでの話は↓
⭐︎私のプライベート(恋愛・結婚)については↓
